#001「ご馳走さま」
@香澳島中央駅
中狼「三個までだからな、小小」
小華「わかってるわよ、中中。何度も言わないでちょうだい。シツコイ男は嫌われてよ?」
白龍、小鉢の饅頭を指差し数える。
白龍「ヒィ、フゥ、ミィ、と。ほぅ、全部で九つか。ワシは一つで結構じゃから、四つずつ食べなさい」
中狼「老師の気持ちはありがたいけど、ここは公平に三等分すべきだ」
小華「あら。ありがたく申し出を受け取ればいいじゃない。中中が三個でいいなら、わたしが五個いただくわ」
中狼「遠慮や慎みのない女だな。また肥るぞ」
小華「失礼ね。そう簡単に肥らないわよ」
白龍「ウム。いざとなれば、スカーレットさんに減肥薬を調合してもらえば良かろうて」
中狼「それが良いや」
小華「もう。揃いも揃って、レディに対するデリカシーがないんだから。老師?」
白龍「ホッホッホ。罪のないジョークじゃよ。睨まんでくれ」
――オッと。ここいらで、二人を紹介せねばならぬ。いやはや。蒸饅頭と香澳茶で点心にしてる場合ではなかったのぅ。舌鼓を打ち、喉を潤すのは後回しにしよう。
さて。座卓を囲んで、ワシの右に座ってる少年は、真名を中狼という。逓信局で荷役郵便係をやってもらっておる。歳相応に悪戯好きな面もあるんじゃが、現実主義で、どこか醒めたところもある。種族は人狼で、白銀に輝く真円を目視すると半強制的に狼の姿になってしまう体質の持ち主じゃ。日頃は諸君たち人間と変わらない姿をしておる。人間としての年齢は十五歳くらいじゃろう。正確な年齢がわからんのは、幼い頃、群からはぐれて途方にくれておるのを、ワシのところで預かることにしたからじゃ。
そして、いま一人。ワシの左に座っている少女は、真名を小華という。同じく、観光案内係をやってもらっておる。好奇心旺盛なのは良いんじゃが、ちょいと御転婆が過ぎる嫌いがある。種族は妖狐で、有機物、無機物を問わず、さまざまなモノに化けることができる体質の持ち主じゃ。日頃は諸君たち人間と変わらない姿をしておる。人間としての年齢は、中狼と変わらんじゃろうが、やはり正確な年齢は不明じゃ。何しろ、粗末な箱の中に毛布で包まれて捨てられていたのを、薬屋のスカーレットくんが拾ってきたものでな。
おぉ、そうじゃ。話題に上ったついでに、彼女についても紹介しておこうかの。
スカーレットくんは、真名を紅月という。塔の一階で薬屋を営んでおる。処方する薬は苦く、治癒は痛いが、よく効くことで評判の店じゃ。世話焼きで面倒見は抜群じゃが、いささか厚顔無恥なところがある。小華の親代わりを務めておる、肝っ玉母ちゃんじゃ。種族は魔女で、十八番は変身術なのだとか。基本的に中年女性の姿をしているが、正体は不明じゃ。
ここまでの会話と説明で、頭の切れる諸君なら疑問に思うことがあるじゃろう。
そう。実は、濫りに真名を呼んではいけないことになってるんじゃ。して、その理由じゃが。
中狼「お茶が冷めるぜ、老師」
白龍「それは、マズイ。渋くならないうちに頂こうかの」
小華「待って、老師。それは、淹れなおした方が良さそうだわ」
小華、急須と湯呑みを持って立ち上がる。
小華「お勝手は、こっちよね。お借りします」
小華、部屋を出る。
白龍「火の扱いには気をつけるんじゃぞ。――細かいところに気がつくようになったものじゃのぅ」
中狼「おかげで、気が抜けないぜ。――あっ」
白龍「どうかしたかの?」
中狼「小小の奴、本当に五個平らげてやがる。やられたぜ」
白龍「ホッホッホ。ますます、目が離せんな」
――やれやれ。そろそろ、二人に御遣いを頼もうと思ったんじゃが、これから起きるであろう喧嘩の仲裁が先になりそうじゃな。