婚約破棄?なにを言っているのかわかりませんが、とりあえず自白に感謝します
シリーズで飛んできて来て下さった方へ
シリーズについての説明と注意事項を活動報告に書かせていただきました。
ざっくりいうと、まだまだ私は経験不足なので、全力を出しても、ご都合主義0、無理な設定0にはできないだろうという話です。そのワードで、ん?自分の嫌いな言葉が…と嫌な予感を感じた方は、お手数おかけしますが、ご一読いただけると幸いです。
「ルイーゼ嬢、今日限りでお前との婚約を破棄する!!」
北方大陸一の大国、カエルレウス帝国の豪華絢爛なダンスホール。社交シーズンの真っ只中で、国中の貴族達が集まる帝王主催のパーティーで堂々と告げられた言葉に、指を指されて指名された令嬢ルイーゼはぱちくりと目を瞬かせて微かに首を傾げた。
「平民を貶め、その地位に嵩にかけて悪行をするお前など、皇太子妃にふさわしくないのだ!!
私の妃には、この心優しいマリアナが相応しい。
精々罪を悔いて、お前が蔑んでいた平民に身を落とし、生きてゆくといい」
びしっと決め、守るようにうるうるとした丸い瞳を持った少女を抱き寄せるこの青年は、この国の第一皇子である。その後ろに控えているのは、第一皇子の側近や取り巻きたちなのだろう。…おそらく。
指名され、次々と罪状が述べられていく中、当の婚約破棄されたという令嬢、ルイーゼは全くついていけていなかった。
「ふん、何のことかわからない顔をしても無駄だぞ!
これだけ調べがついているんだ、言い逃れはできまい」
ルイーゼは頭を最大限に回転させる。これは一大事だった。間を稼がないと持たない。
「申し訳ございませんが、全くもって身に覚えがないのですが」
これは罪状に対する事実だった。
「言い訳しないでくださいっ…私、別に恨んでなんかないわ。
ただ、罪を認め、償って欲しいだけなの」
「ああ、流石はマリアナだな。
女神とは君のような人のことなのだろう。
神に仕える君を求める私を、どうか許しておくれ」
「そんな…殿下の方が清らかな方ですわ」
事実は時間を作ったらしい。目の前で広げられる三文芝居から察するに、目の前の少女は神殿出身なのだろう。そして、第一皇子が恋心を抱いている、と。
罪を悔えと言われたルイーゼは、微かに眉をひそめるしかない。
マリアナの所有物破損を始め、水をかけた、階段から突き落とした、酷い言葉を毎日のように浴びせ、しまいには刀傷沙汰まで起こした。証人はたくさんいる、と言われても身に覚えがなかった。身に覚えがないことを悔いるとは、とても高難易度のことを要求するものだ。
「お前は神殿行きだからな。
マリアナのような美しい心には到底なれんだろうが、いい薬にはなるだろう」
そして、この第一皇子の中では、ルイーゼが神殿に行くことが決定しているらしい。そして、それをルイーゼが嫌がることだとも、認識している。
神殿出身のマリアナを褒めながら、どこか神殿を馬鹿にしている言葉にかちんときたルイーゼだが、一つの懸念材料があるため口を閉じる。それをいいことに第一皇子の側近たちが、ルイーゼを責め立てた。
曰く、平民と同じ視線に立てないのは愚かものだとか。神の守護か強いこの国で、聖女として突如現れたマリアナがどれだけ素晴らしいのか、とか。彼女が行ってきたという慈善活動の数々だとか。最早後半はマリアナ自慢である。
それだけ言われても、ルイーゼは反論できずにいる。
なぜなら。
…この第一皇子の名前、何だっけ?
第一皇子の長ったらしい名前を、全く思いだせないからだ。流石に、第一皇子の名前を間違えてはまずいだろうし、それこそ恥になろうものだ。けれど、全く思いだせない。
そもそも、この皇子は大丈夫なのだろうか。目の前でまくしたてている第一皇子に対する不安が、ルイーゼの胸に広がり出した時、再びびしぃっと指を指されて言われた言葉に、ルイーゼは抑えこんでいたものが弾ける音を聞いた。
「マリアナは、腐りきった教会を革新し、その大金をすべて民へと分け与えたのだぞ!!」
「っ…犯人はお前か!!」
初めて出てきた心当たりがありすぎる話に、思わずルイーゼの口から令嬢にしては少々乱暴な言葉が飛び出た。
思わずやってしまったと口を押さえながらも、もう止めることはできなかった。そもそも、言われ続けるのはルイーゼの性ではない。
「犯人?
とうとう頭が狂ったか」
「それはあなたの方でしょう?
先ほどから聞いていれば何なのです。
平民出身を貶めたとか、殺そうとしたとか、物騒過ぎます。
私、職業柄、結構な難易度のことをしてきましたけど、ない罪を悔いるなどということはできませんわ、流石に」
「まだ言うか!
証人はこれだけいるし、食いさがってもお前が私の婚約者に戻れることはないのだぞ!!」
認めたらどうだ、と余裕の顔で、憐れみまで浮かべてくる男たち。
呆れたいのはルイーゼの方である。
「婚約どうこうおっしゃってますけど、なんの話です?
破棄だどうのってなんのことですか」
「婚約破棄はもう神殿から認められている。
言い逃れしても無駄だ」
「矛盾の多い方ですね。
破棄もなにも、どうやってするのですか。
私、あなたと婚約を結んだ覚えが全くありません。
ああ、後、お友達が証人なんていう不鮮明すぎることは、証拠として成立しないことは習いませんでしたか?」
一番の疑問点をぶつけると、第一皇子のよく動いていた表情がぴたりと止まった。
まるで、予想外のことを言われたかの反応は、一番最初に婚約破棄を告げられたルイーゼと同じである。
「婚約してなかったってことにして、罪から逃れるつもりなのね。
そんなことしたって、罪が消えるはずないのに」
「罪というお言葉がお好きなのですね。
私に婚約どうこうという話が持ち上がるはずはないのですけれど。
それに、あなた、第一皇子殿下は皇族なのでしょう?
私について全く聞いてないのですか?」
第一皇子に不安を持ったのは、彼がどうみてもルイーゼについて、正しい情報を手にして動いているように見えなかったからだった。
「お前、私を侮辱するつもりか」
「いえ、どちらかと言うと心配しています。
本当に…大丈夫ですか、あなた。
皇族で仲間はずれにされてませんか?
いえ、あなたのことを名前すら覚えていない私が言うのも何ですけれど」
皇族にはルイーゼについての話が通っていると聞いていたにも関わらず、この第一皇子は第一皇子なのにルイーゼのことを知らない。知らないからこそ、このように無実の罪をルイーゼに被せてしまえるのだろう。
それを侮辱と取った第一皇子の顔が真っ赤に染まっていく。
「私は、皇太子だぞ!!
そのような無礼、頭が狂ったとしても許されると思うなよ。
衛兵!この女を牢へいれろ!!」
第一皇子がダンスホールの護衛をしていた兵たちに命じるが、彼らが動くその前にルイーゼの肩を抱き寄せて第一皇子との間に入った青年がいた。
さらりと揺れ動く白銀の髪に、青が揺らめく美しい瞳、中性的な美を持つ顔は笑いを堪えていた。
「グリゼルダ、お前、兄に楯突く気か!!」
「楯突く気はありませんよ。
もう少しくらいいい気分でいてもらうつもりだったぐらいです」
笑いを噛みこらえながら言うこの青年、グリゼルダはルイーゼが良く知っている第三皇子であった。母が伯爵家の出自と、皇子の中では一番低い立ち位置だったため、優秀でありながら帝王の後継者レースに参加していなかった。
「ならば退け!
お前はこの問題に関係がない部外者だ。
偽善者ぶって、罪人を庇うつもりか?
お優しいことだな」
「関係あるから出てきたに決まってるでしょう。
罪人?
庇うつもりはないですよ、ご心配なく。
最も、連れていかれる罪人は、ルイーゼじゃなくて貴様だ」
飄々としていた顔が一転し、冷たさを纏えば、グリゼルダの合図で衛兵が動き、第一皇子と例少女、そしてその側近たちを捕らえた。
「なっ、なにをする!!
私は皇太子だぞ、不敬に値する!」
「ドゥーマニラウス兄上が皇太子?
ルイーゼが婚約者という話にしても、妄想が酷いな。
自分がなにをやったのかもわかってなさそうだ」
「あ、そうだ…ドゥーニラマス」
思い出したとぼそりと呟くルイーゼに、グリゼルダはその冷ややかな表情を、呆れに変えてルイーゼを見た。
「お前、本当に忘れてたのか。
あと、まだ間違ってる。
ドゥーニラマスはこの辺りで採れる魚で、ドゥーマニラウスが名前だ」
「カエルレウス語のその独特な音の合わせ方、苦手なんだもの。
やたら長いのも、覚えにくいわ」
ルイーゼの母国語はカエルレウス語ではない。北方大陸で広く使われているから使えるが、やはり母国語にはない音の合わせ方は難しいし、覚えが悪かった。
「私を馬鹿にしているのかっ!?
グリゼルダ、お前はいつもそうだ!!
私がなにをしたというっ!?」
「こっちも本当にわかってないのか。
兄上、あなたが婚約者だと勘違いをし、このような公の場で糾弾したルイーゼは、中央大陸でも魔術大国と名高い、ルクレシア皇国の皇女です。
遊学として身軽に動けるように、身分を隠してもらおうということになった会議、覚えてないのですか。
本来なら、皇子の中で一番身分があるあなたが、ルイーゼのサポートとしてする手配を俺に押し付けておいて忘れてたとは」
そう、ルイーゼが絶対に第一皇子と婚約するという話があるわけがないのだ。ルイーゼは他国から来た皇女で、婚約一つでも国同士の話し合いが必要になる。そんな大々的な話は、全くなかった。
グリゼルダの指摘に、思い出したことにがあった第一皇子の血の気がさぁっと引いていく。今更ながら、やっと自分が犯したミスに気がつきだしたのだ。
「皇女だかなんだか知らないけど、罪は罪よ!
皇女だから許されるなんで、それこそ権力に笠にしてるわっ
グリゼルダ様、あなたはその女に騙されてるのよ」
私が救ってあげるわっと頬を紅潮させて、グリゼルダに手を差し向けるマリアナに、第一皇子もハッとしたようだ。ルイーゼにグリゼルダが騙されている、という楽な方向へ思考が逃げたのが手に取るようにわかった。
「そうだ、グリゼルダ、お前はその女に騙されている。
聖女であるマリアナを捕らえるなんてどうにかしてるぞ。
教会は黙っちゃいないだろう」
先ほどから、神殿出身のマリアナを褒めながら、神殿を見下す発言をしたり、マリアナが聖女だといい憚らない第一皇子に、ルイーゼはあからさまに顔を顰めてしまうのを止められなかった。
北方大陸と中央大陸で信仰されているアクラタシア教は、どの国でも大きな力を持ち、大規模の聖騎士団という武力を持っている。教会に逆らえば、簡単に国が一つ消えてしまうというのは有名な話で、事実でもあった。
それこそ、本当に教会の聖女を捕らえれば、一気に抗議が舞い込み、下手をすればカエルレウス帝国でさえ、数日で攻め込まれてしまうだろう。
だが、グリゼルダはそう脅されたとしても、衛兵から彼女を解放させるつもりはなかった。
「連れていけ。
そろそろ目障りだ」
ちらりとルイーゼの表情を伺いながら告げたグリゼルダに、その気遣いを知ったルイーゼは何も言わないことにして、口を閉じる。
「私は聖女なのよ!!
こんなことして、教会が黙ってると思わないでよっ
神殿出身だって民を思って行動して、祈りを捧げれば聖女になれるんだから!」
泣き叫ぶマリアナの姿は愛らしく、まさに聖女にぴったりに見える。
それを見た貴族たちから、不安の声があがりだした。マリアナが本当は聖女なのでは。教会が怒らないか。そもそも、グリゼルダ様の謀反なのでは。そんな声が渦巻しだせば、マリアナは言葉を募らせる。
「疑うのなら、民に聞けばいいわ!
聞いて後悔したって知らないんだから。
誰がどう言おうと、私が聖女として食べ物やお金を施した事実はどこにもいかないわ。
今までの教会は、腐りきりお金さえあればどうにかできたかもしれないけど、今は違う。
私が救いの手を差し伸べ、変わったのよ!」
聖女である私を信じてっと貴族たちを、誑かしにかかったマリアナにぷつんとなにかが確かに切れる音がした。しゃらん、とルイーゼの腕から切れたブレスレットが落ちていく。
「ゼルダ、ごめんなさい、これが限界」
この国に来て、何から何までグリゼルダは本当に親切で、手を尽くしてくれたからルイーゼはなるべくそのグリゼルダの意を汲み取りたかった。けれど、もう我慢ならない。
魔力を整える魔道具だったブレスレットが壊れたことで、ぶわりとルイーゼの全身から魔力が滲み出す。その濃度は、ルイーゼの足がついている石のフロアがぱきぱきっと音を立てながら魔石が生成されていくほどだ。
「婚約破棄とか、罪がどうとか、私を辱めるだけなら別に気にはしませんでした。
無き罪を責められてもどうでもいいもの。
でも…教会を出してくるなら別です。
その喧嘩、買って差し上げます」
魔力にさらされたルイーゼの髪がさぁっと白金へ色を変え、女神が寵児にだけ与えるという金の双眸が一度閉じられた瞼から覗く。
「あなたは教会から認められた聖女ではありません。
神殿と教会の差も知らない聖女など、聞いたこともない」
「なんであんたにそんなこと言われないといけないの?
教会に認められた聖女じゃないって証明してみせなさいよ!」
ならば、マリアナが逆に教会から認められた聖女だと証明してみればいいのに。その言葉を飲む。マリアナが訳のわからないことを喚く前に、迅速に終わらせるために手っ取り早い方法を取ることにしたのだ。
ルイーゼは胸元にその白く華奢な手を置くと、小さく幾つかの言葉を呟いた。すると、その手元から青白い光が生まれ、消えていくとその手には教会の司教ならば全員持っている、十字と月桂冠をモチーフにした教会の紋章を模った金細工が残った。
司教階級によって大きさが違い、名前が刻まれているそれは司教たちの身分証明をするものである。普通に見るサイズは拳大から掌ぐらいのものであるが、ルイーゼの手の中にあるのは風船ぐらいあるのではないかと思えた。
「私がカエルレウスに来た目的は、昨年末にカエルレウスの本神殿で起きた寄付金横領事件の真相究明です。
基本的に教会が各国に沿った形を作っていく神殿に、手をいれることはないのですが、カエルレウスはあまりに酷い状況でしたので、こちらの帝室に協力要請し、私が直々に調べていました」
ルイーゼの正体について勘づきだした貴族たちがざわざわするなか、ルイーゼはただ目の前の少女を見ていた。
寄付金横領を調べれば調べるほど、それは悪質であった。貧しく、明日に食べるのにも困る人々や、孤児たちに配布されるはずだったものはすべて、裕福な金の亡者たちにわたっていっていたのだ。
「けれど、主防犯である者が中々捕まらずに困っていたのです。
感謝しますよ、わざわざ私の前で自白してくださってありがとうございます」
第一皇子の供述だけでは弱く、グリゼルダの配慮もあり、後で事を起こそうと思ったのだが、本人が自白したため検証の作業が楽になった。
「なによっ!
私、なにもしてないわ」
「あなたが、分け与えたという食べ物とお金がその寄付金から出たものです。
夜中に襲うようにやってきて消えていったという話でした」
マリアナの表情が一瞬凍りついた。心当たりがあったのだろう。けれど、首を振ると違うと声を張り上げた。
「それは教会が蓄えてた、民へ回ることがない金だったから!
聖女の私が使ったって問題ないはずよっ」
「ですから、それは寄付金だったのですけど。
話になりませんね。
それから、あなたは全く気がついていない大罪についても」
「私にあんたの罪をなすりつける気なのね!」
最早、錯乱状態に近いのではないだろうか。状況をやっと飲み込めた第一皇子の制止の声も聞こえていない。
「聖女の名を騙り、教会の権力を借りて人々を恐喝した罪は、横領よりもずっと重い罪です」
大きな力を持つ教会は、だからこそとても厳しい懲戒が用意され、それに従えない司教たちはすぐに首を飛ばされる。だからこそ、教会の者たちが一番嫌うのは、あたかも教会の司教だというように見せかけ、その力を借りて脅すという行為だった。
「なんなのよ、あんた!
私が聖女じゃないって証明できないのに、適当なこと言わないでっ」
「証明できますよ」
「なら今、ここで、してみなさいよ!
できないでしょうっ!?」
「聖女は名誉称号であり、教会のトップである教皇が直々に任命します。
ですから、教皇が聖女を知らないことはありえない。
そして、私はあなたを知りません。
これが証明です」
首を傾け、唇を近づけたルイーゼの肩から、さらりと白金の髪がすべり落ちる。
誰かが崩れるようにして跪けば、波紋が広がるようにしてホールの人々が跪き、頭を下げた。先ほどまでの雑踏とした雰囲気とは一転し、ある一種の異様な空間となる。
「意味わかんない…あんた、なんなのよっ
私の邪魔ばっかして!」
「これでもわからないのですね。
私は、アルティアーナの洗礼名を持つ第七代目の教皇です。
グリゼルダ、この者たちは教会で聖裁判を行います。
連れて行かせてもよいですか?」
暗に衛兵を引かせるように言うと、なんとも言えない顔をしていたグリゼルダがうなづき、どこからともなく出てきた聖騎士たちがマリアナたちを捕らえ、あっという間に引き連れていく。
一気に静かになったホールで、この後処理を思ったグリゼルダはため息を落とした後、いつまでもマリアナたちが消えていった扉を見つめているルイーゼの肩を抱き寄せた。
「なに、ゼルダ?」
なんとも言えないような思いを燻らせたまま、ルイーゼが振り返れば、グリゼルダはちゅっとその額にキスを落とした。
「やっぱりお前には敵わないと思っただけだ」
月明かりが薔薇を照らし出す。皇族専用の美しく整えられた庭園にある東屋で、ルイーゼはグリゼルダを睨みつけていた。
「ゼルダ、あなたが仕組んだでしょ、昨日のこと!」
あの妄想婚約破棄、ならびに聖女寄付金横領事件が解決した後、ルイーゼは各所で対応を追われることになった。秘していた身分が二つもばれたのだから当たり前だ。一日使いつくし、帝王から口を出してもらったことで何とかうまく丸め込み、逃げるようにしてこの庭園に来たのだ。
「流石、早いな」
悪びれもせずにけろりと言う目の前の青年に、ルイーゼは口元を引くつかせた。実は第三皇子であるグリゼルダとルイーゼはある理由から長い付き合いで、軽口をたたくような間柄なのだ。
「可笑しいと思ったのよ、あの第一皇子、考えなしだとはいえあそこまで妄言癖は無かったはずだもの」
「あいつの妄言癖、というか思い込みは昔から激しいぞ。
今回、俺がしたことといえば、昨夜のうちに婚約破棄した方がいいって思わせるように策を打ったぐらいだ。
あとは全部、あいつの周りが仕組んだことか、あいつを蹴落としたいヤツが絡んでやったこと。
元々お優しい気性のある人だったからな、周りのハイエナ共にとっては扱いやすかっただろう」
ルイーゼが婚約者だと吹き込んだのは実は、第一皇子の実の母親である正妃であった。強かな正妃は、第一皇子が確実に皇太子に立てるように、ルクレシア皇国の皇女であるルイーゼを第一皇子の婚約者にしようと奔走していたらしい。けれど、当の本人である第一皇子が、平民の女に入れ込んでいる。流されやすい息子の性質を知っていた正妃は、ルイーゼが婚約者になったと告げることで、第一皇子をルイーゼに傾くように画策したつもりだった。結果は、許されぬ恋に燃えていた彼らに油を注いだようだが。
その他にもあることないことを吹き込まれ、第一皇子はその全てを信じ、自分の都合のいい理屈を見つけてそちらへ逃げていたため、ここまでの大事となってしまったようだ。
「…第一皇子が失脚となったら、ゼルダはまた後継者争いに巻き込まれるわ」
争ってまで手にするようなものではない、と早々に後継者レースから手を引いたグリゼルダだが、彼を支持する貴族や民、軍人たちは多い。彼らに持ち上げられ、疲れ切ったグリゼルダが逃げた先で出会ったのがルイーゼだった。やつれて厭世的な意見ばかりを述べていたグリゼルダを知っているルイーゼは、この後のグリゼルダがどうなっていくかを考えると胸が痛む思いだった。
「そんな顔するな、ルイーゼ。
これは俺が仕組んだことだ、巻き込んで悪かったな」
「悪いだなんて思ってもいないことをおっしゃらないでくださいまし」
つん、とそっぽを向いてわざとらしく丁寧に言うルイーゼは、怒っているようには見えない。グリゼルダはくつくつと笑いながら、その白い頬へと手を伸ばした。
「俺は表に戻りたかったから、いいんだ」
「皇太子にでもなるおつもり?」
「ああ」
「ならどうしてっ…え?
なるつもりなの?」
ぱちくり、としたルイーゼの瞳が、思わずグリゼルダに向けば、穏やかにグリゼルダは笑みを浮かべて触れたままだったルイーゼの頬を撫でた。
「あんなに嫌がっていたのに、なぜ?」
「ルイーゼが中央大陸の宝と呼ばれるルクレシア皇国が大切に隠しているつもりの至宝だから」
「…なに、それ。
答えになってないわ」
女神の加護をたっぷりと受け、魔力にまず困ることはないというルクレシア皇国。その中でも、数えるほどしかいない光の魔術師の一人であるルイーゼは、ルクレシア皇国に過剰ともいえるほどに隠されて来た。それが裏目に出た結果、こうしてルイーゼは教皇に上り詰め、グリゼルダの手の届く所へ来たわけだが。
「お前を手に入れるには、カエルレウス帝国の玉座は必須だということだ」
「…私を魔石か便利な魔道具かなにかだと思ってない、それ?」
その他にグリゼルダがルイーゼを手に入れる理由が思いつかないルイーゼに、彼女が鈍感だとわかっていたグリゼルダは優しく笑みを零すと、ルイーゼの顎を掬い上げてその柔らかな唇を奪った。
いきなりのことに、ルイーゼの瞳がくるくると動いて戸惑っていることがまるわかりだ。
「なにっ…するの」
「ルイーゼ、俺はお前が好きだよ」
ひゅっと微かに息を飲んだ音が夜に吸い込まれていく。見る見るうちにルイーゼの白い頬が紅潮していくのを眺めながら、グリゼルダはその艶やかな髪を拾い上げ唇を近づけながら、その顔を覗き込んだ。
「出会った時からずっと好きだった。
ルイーゼを俺のものにするのに、必要なことはなんだってする。
…絶対に幸せにするし、一人で泣かせたりしない。
だから、俺の隣を歩いてほしい」
差し出されたその手に、ルイーゼは信じられない気持ちを抱きつつも、そっと手を乗せた。
「私、でいいの?」
一人で立ち、戦わなければ、潰されてしまう。ルクレシア皇国で、至宝を隠すためにとられた計画はあまりにも無慈悲なものだった。一人で生きなければならない、誰も信用できない。そんな中で、出会ったのが後継者争いで疲れ切ったグリゼルダだった。どこか似ている、けれどルイーゼとは決定的に違う場所にいるグリゼルダが、ルイーゼに手を差し出す日がくると思ってはいなかった。いつか、ルイーゼから離れて行ってしまうと思い込んでいた。
「ルイーゼでなければダメだ」
初めて差し述べられた手が温かくて、ルイーゼの胸が熱を持ち、はらりと瞳から雫がこぼれた。
「私も」
それから数年後、カエルレウス帝国では大々的な結婚式が行われた。
その中心で、神の加護を受けた夫婦は幸せそうに微笑んでいた。
違う国名が混ざっていたところを修正しました。混乱させてすみません。
ルイーゼの母国は、ルクレシア皇国です。
ご一読ありがとうございました。