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すごろくホスピタル

作者: 早田将也

ゴールデンウィークの大型連休。

1人の青年は四畳半のアパートでごろごろしていた。

名前は太郎。

今年で25歳になる男だ。

太郎はベッドから起き上がり、カーテンを開けはなった。

昼下がりの日の光が太郎の体を包む。

予想外にまぶしい光に太郎は目を細める。

窓の外では、真昼のあたたかな日差しが山の緑を照らしている様子が見えた。

そしてそこには、この地域を観光にきた人々が歩く姿が見えた。

人々は連休を利用して、海外旅行に行くものや、家族で別荘に行きキャンプする者、自分磨きのために勉強や読書に励む者、遠隔地に住む友達と遊びや飲みに出かける者など、普段ではできないようなことをしようと過ごしていた。

対照的に独り身の太郎は暇だった。

それに今は仕事がなかった。

したがって、祝日だろうが、平日だろうが、関係ない。

自分は毎日休みなのだ。

仕事があれば、きっとこの連休は楽しいに違いない。

太郎には窓の外を歩く人々が目的を持っていて、イキイキしているように思えた。

連休を楽しそうに過ごす、人々を見るのは嫌いだった。

一種の劣等感。

だから太郎は出かけることもせずに家でゴロゴロしているのだった。

「しかし……暇だ~」

太郎は何気に呟いてみる。

家でやることがまるでない。

お金もない。

朝からテレビを見たり、インターネットをしたり、ゲームはひと通り試みてみたが、どれも続かない。

元々、太郎はアウトドアな人間なのだ。

外に出かけないとストレスが溜まる。

しかし、外に出ると、楽しそうな人々が目に映り、これもストレスが溜まる。

「……メシにするか……」

やることがないので、とりあえず料理でも作って暇をつぶそうと考えた。

家の中でできる数少ない趣味だ。

太郎はベッドから起き上り、5歩先にある冷蔵庫の扉を開ける。

「あれ……なんも無いや……」

冷蔵庫の中をのぞき込むと、大根のかけらしか入っていない。

大根のかけらはペットボトルのキャップほどの大きさしかない。

「逆になんでこれが冷蔵庫の中にあったんだろう?」

大根のかけらを三角コーナーに投げ入れると、気を取り直し、冷凍庫を開ける。

期待を込めて開けたものの、保冷材しか入っていない。

「食料……無いな……」

太郎は冷蔵庫から3歩先の机の上に置いている財布を開けてみる。

「あれ?野口さんがいない」

野口さんとは、1000円札の野口英世のことである。

10000円札の福沢諭吉は、ここしばらく財布の中に不在なので、確認はしない。

つまり、1000円も財布に入っていない状態である。

小銭入れを見てみると621円入っていた。

「仕方ない、621円分の食料を買いに行くか……」

太郎は小銭をポケットに入れ、パーカーをはおり、外へと向かう。

5月の気候は温かく、日差しが心地よい。

出歩くのは、嫌だった太郎の足取りも軽くなる。

やはり外は気持ちがよい。

幸運なことに通りには誰もいない。

そうだ。

もし人が来ても、人の顔や声さえ聞かなければいいのだ。

太郎はイヤホンを耳に当て、気分があがる音楽をかける。

太郎はだんだん陽気になっていった。

しかし、それがいけなった。

意気揚々と歩を進める太郎は、曲がり角の死角から接近してくる車の存在に気づかない。

車の音も聞こえない。

太郎は車にはねられてしまった。


太郎が再び目を覚ました時、救急車の中にいた。

サイレンの音を周囲に響かせながら、目の前の救急隊員は太郎の足や手の処置をしているのだろう。

「意識レベル30!」

体じゅうひどく痛い。どこか折れているに違いない。

太郎はどうしてこうなったかを思い出そうとしていたが、家を出たあたりから記憶がない。状況を救急隊員に聞こうと、声を出そうとした。

「う・・・あ・・・」

しかし、声がうまく出せない。

「道路に倒れていたところを近所に住む人が通報してくれたみたいです。おそらくひき逃げされたのでしょう。全身、いたるところが骨折しています。今は安静にしてください」

そうだったのか、私はひき逃げされたのか……。

まったく、失業中にひき逃げされるなんて、神も仏もない。

保険証、持ってないんだぞ!

「あの、ところで今から病院行くけど、身分証明、保険証持っています?」

私はゆっくり首を左右に振る。

「なるほど……」

救急隊は真顔になり他の隊員に伝える。

やはり、保険証がなければ、病院は受け入れてもらえないのだろうか?

不安が胸に広がる。

しかし、しばらくすると

「受け入れ先の病院決まったから、そこ行きますね」

太郎はその言葉を聞いて安心し、意識を失った。


太郎が再び目を覚ましたときは個室の入院ベッドの上だった。

体を確認すると、全身ギブスや包帯でぐるぐる巻きになっている。

まるでミイラ男だ。

左手のみが無事だったようだ。

「失礼します。体温はからせてください」

部屋の様子を見渡していると看護師が入ってきた。

「あ、気づかれましたか!先生呼んできますね」

看護師は太郎の意識が戻っているのを確認すると部屋を出て行った。

そしてすぐに医者と共に太郎の病室に入っていった。

「お目覚めですか。よかった。調子はどうですか?」

「あ、さ、さい……最悪、です」

肋骨が折れているのか、声が出しづらい。

「それはそうでしょうな。全身ズタズタだったので。緊急オペになりました。お気の毒に、ひき逃げだったそうですね?」

医者と看護師は、言葉は同情しつつも表情はどこか冷たい印象を受けた。

「あ、あの……医療……ひは?」

「ああ、医療費ね。心配には及びません。役所の人間が後からくて説明すると思いますが、とりあえず生活保護ということにしておいて、医療費は無料で受けることができるようにしてありますので……。あと、これは手術と輸血の同意書などなど、署名していただきますね……」

太郎は金がかからないことに安心し、必要な書類に言われるがまま署名した。

医者が出て行ったあと、役所の人間が来て太郎の生活状況や親族の話をした後、帰っていった。医者の言う通り、医療費は全額タダにしてもらえるとのことだった。

そういう法律があるらしい。

とりあえず、お金の不安から解放された太郎は幸せな気分を味わった。

太郎が余韻に浸っていると、ノックの音。

「失礼します」

すると先ほどの看護師が再び入室してきた。

その姿を見て太郎は驚いた。

看護師の手には、大きなサイコロが持たれていたからだ。

一体これは、どんな治療の道具なのだろうか?

すると看護師はベッドの机の上にサイコロを置いた。

「では、このサイコロを振ってください」

「え?」

私は思わず聞き返す。

「その怪我していない左手で、ポンと投げていただければいいんですよ」

しかし、看護師は面倒くさがって説明しようとしない。

早くサイコロを転がせと言わんばかりの表情だ。

お昼時の某番組のような光景だ。

私は仕方なく言われるがままにサイコロを振ってみる。

投げたサイコロは一度大きくバウンドしたかと思うと、病室の床を転がりながら、1の目で止まった。

「1ですね。えっと1だったら……明日、手術を行います」

看護師は持っていたカルテをかくにんし、太郎に告げる。

「はあ!?しゅ、手術!?」

「ええ、太郎さんは、昨日この病院に搬送されたときにも手術を行いましたが、先ほど1の目が出たので明日も手術を行います」

太郎は混乱した。

1の目が出たから手術?

「え、サ、サイコロで、しゅ、手術するか、き、決めたんですか?」

何とか声を絞り出しながら尋ねる。

「ええ、それがうちの病院の方針ですわ」

看護師は言い切った。

「そんな、バカな」

「私はこの結果を報告するために一度、部屋を出ます。太郎さんは明日の手術のために、安静にしておいてください。では、失礼します~」

「あ、ちょっと、待って……」

太郎の呼び止めにもむなしく、看護師はそそくさと部屋から出て行ってしまった。

いまだに訳が分からない。

サイコロで治療方針を決めることがあるのだろうか?

医療職について、全く知識は無かったが、これはどう考えてもおかしいだろう。

何かの罰ゲームみたいだ。

「太郎さん、術前検査します」

しばらくすると、白衣を着た男が部屋に入ってくる。

検査技師という職種らしい。

そのあとも放射線技師や医者、看護師が入れ代わり立ち代わり入ってきた。

そして翌日。

「あの、今日はいったい、何の手術をするんですか?何も聞いていないんで不安なんですけど……」

太郎は不安げに尋ねる。

多量の書類にはサインはしたものの、どんな手術をするのかということの説明は聞いていない気がする。

「大丈夫ですよ。きっと先生がうまくやってくれます」

手術室へ向かう途中、連れ添いの看護師にたずねる。

「いや、そうじゃなくて……あれ?」

太郎は手術室へ入ると、かなり若い医者が手術室の前に立っていた。

おそらく自分と同じ年代だろう。

なんと手にはサイコロを持っている。

「今日、手術される太郎さんですね?お手数ですが、これを振っていいただけますか?」

「え、何のために?」

「まあ、運試しだと思ってください」

手術前に運試しして悪かったらどうするんだ?と疑問に思ったが、そうこうしているうちに怪我していない左手に持たされ、サイコロを振っていた。

サイコロは一度大きく跳ねると、コロコロと床に転がる。

サイコロが止まった時、目の数は5だった。

「おや、5ですか。太郎さんラッキーナンバーの5ですよ!」

若い医者が嬉しそうに太郎に告げる。

5がラッキーナンバーだとは知らなかった。

「さあて、5ということは、弓部大動脈瘤の手術だな~。初めてやるが、研修医がこんな難しい手術できる機会なんてないから、頑張らないと!」

「!?」

太郎は医者が漏らした言葉を聞いて驚いた。

若いと思ったら、なんと研修医。

しかも、話の内容から考えれば、サイコロで、どの手術を行うか決めていたのではないだろうか?

えもいわれぬ、不安が胸に広がる。

タダでやってもらっているから、強くは言えないが、この病院の方針はどうなっているのだろう。

太郎は手術室の中にいれられ、麻酔をかけられた。

不安に押しつぶされそうになりながらも、意識が遠のいていった。


ふたたび目を覚ました時は、またもや病室の中だった。

良かった。生きていた。

しかし、気分は最悪。

吐き気と頭痛がひどい。

起き上るに起き上がれない。

左手で、ベッドを操作しようとしたが、自分の左手を見て驚いた。

手が真っ白だった。

まるで、死人のような手だった。

「失礼します」

すると看護師が部屋に入ってきた。

「あら、お目覚めですか。よかった。生き……無事、目覚めて。早くこのことを先生に伝えなきゃ」

看護師はそそくさと部屋から出ていく。

すぐに研修医と共に戻ってきた。

「いや~太郎さん。お目覚めですか。よかったよかった。手術は何とか成功しました。大量の出血があったので、輸血しましたが、間一髪で私が、手術をやり遂げて見せたというわけです」

研修医はすごいだろと言わんばかりに鼻高々と言ってのける。

「あの……私の病名は?」

「太郎さんは、検査データによりますと、まず交通事故による、全身の骨折、打撲、捻挫。そして、不摂生だったことによる、栄養失調です。それと大動脈瘤の疑い、肺炎の疑い、大腸ガンの疑い、食道ガンの疑い、菌による胃潰瘍の疑い、肝炎の疑いですね」

「!?」

疑いばかり。

骨折と栄養失調以外、何一つ確定した診断がない。

「もしかして、先日、先生が行った手術は?」

「ええ、大動脈瘤の疑いがあったので、開胸してみたのです。悪いところは全部取り除いたのでもう安心ですよ」

疑いだけで手術などするのか?

そして、本当に悪いところがあったのだろうか?

「そうですか。ありがとうございます。気分が悪いので眠らせてもらいます」

まあ、なんにせよ、これでもう終わったのだ。しばらくはゆっくりさせてもらおう。

そう太郎は思い、ねむろうとした。

「あ、太郎さん。サイコロを振っていただければなりません」

またサイコロ。

しかし、太郎は聞こえないふりして眠ろうとした。

こんな変なことに付き合わされるなんて御免だ。

すると看護師は、布団の中に入れていた太郎の左手をひっぱりだし、サイコロに触れさせた。

サイコロは地面に転がり始める。

これで、私が振ったことになるようだ

研修医は「何が出るかな、何が出るかな?」と1人ノリノリで歌っている。

サイコロは6の目でとまった。

「6ですね……1回休みと先生から見舞い金の進呈です」

看護師は残念そうに研修医に告げた。

「くそっ!!!」

研修医は烈火のごとく怒りだし、部屋から出て行った。看護師も後を追う。

「いったいなんなんだ……」

取り残された太郎は1人呟いた。

床にはサイコロ1個と、一万円札が1枚落ちていた。


翌日、太郎がベッドの上でうとうとしていると、廊下から話し声が聞こえてくる。

「ここの病院は変じゃな」

「ああ、大きな声では言えないが、患者を実験台にしているとしか思えない」

「生活保護で医療費をタダにしてもらっているとはいえ、こんな病院は嫌だわ」

「何?お前さんも生活保護受け取るんか?」

太郎は廊下で話し込んでいる患者同士の会話に耳を澄ませた。

「ワシは毎日毎日、何のためにやるか分からない検査ばかりやっとるんじゃ」

「ワシもじゃ。いろんな場所に検査行ったせいで、この病院の施設、ほとんどわかるようになってしまったわい。それに薬なんて、食事と同じ量ぐらい出る。どっちがメシだか分からないの~」

「大変じゃな。しかし、わしは明日ほかの病院に行くからな」

「そうか。やっと“あの目”が出たのか。やっと解放されるんじゃな」

「ああ、“あの目“が出たおかげでやっと退院じゃ。こんな病院とはおさらばじゃ」

なるほど、俺みたいに生活保護を受けている人間はこういう扱いなのか。

しかし、“あの目”とは何だろう?

太郎はまだ出ていないサイコロの目を考えていた。



数日後、再び研修医と看護師が一緒に太郎の部屋にやってきた。

もちろんサイコロをかかえて。

「手術、手術」

若い研修医は血走った眼で、1人呟いている。

怖すぎる。

この研修医は自分を殺す気なのではないかと思ったほどだ。

こんな病院、いち早く退院したい。

「太郎さん、はやく振りたまえ」

研修医は早く振るように催促する。

今日の担当の看護師は鉄仮面を思わせるような無表情で、サイコロを太郎に渡した。

太郎は受け取り、サイコロをしげしげと眺める。

今まで出した目は1、5、6。

ということは、2、3、4のいずれかの目が退院するための目に違いない。

穴が開くほどサイコロを眺めていると、先ほどまで静かだった看護師が口を開いた。

「先生、いうのを忘れていましたが、先ほど医局長が先生をお探しでした」

「なんだって!?早くいってくれよ。ちょっとサイコロ振るのは待っていてくれ。すぐ戻る!」

そう言って研修医は慌てて、病室から出て行った。

病室には看護師と太郎だけになった。

「……太郎さんは、あと11マス進むか、“特別な目”が出れば退院できます」

唐突に看護師がサイコロについて話し始めた。

太郎は不思議そうな顔でみつめる。

「これはすごろくのゲームなのです。入院生活と命を懸けた……。」

先ほどまで無表情だった看護師の顔には明らかに嫌悪感が現れていた。

「これはうちの院長が考案したゲーム。医者のための娯楽と金儲けの手段といったところですね」

「どういうことです?」

太郎は看護師に尋ねる。

「生活保護の患者は、治療や検査にどれだけ高い医療費がかかっても、病院側は必ず全額、お金を受け取れます。なぜなら生活保護の医療費は全額、税金から出ているからです。つまり検査や治療をやればやるほど、お金が入ってくる仕掛けなのです」

「しかし、それなら何故すごろくにしたんだ?」

「先ほども言ったように、医者の娯楽ですよ。病院的に生活保護者は嬉しい存在ですが、医者としては生活保護の人間など、もはや人間と考えてない。」

看護師の告白は止まらない。

「それに身寄りのない生活保護の人間は、手術の実験台にもってこいですからね。難しい手術や研修医の技術向上のために役に立てようというわけです。保護の患者が死んでも、訴えられる確率が圧倒的に低いですから」

「じゃ、もしかして、俺も……」

「残念ながら……そういうことです」

なんてこった。

俺も研修医のモルモット(実験台)にされていたなんて。

「助けてくれ!ここから出るにはどうしたらいい?」

「私もこの病院に雇われている身。このやり方は気にくわないですが、身の危険のある内部告発などできませんし……今すぐでしたら、特別な目を出すしかありません」

「特別な目って?」

「サイコロをよく見てください。このサイコロ。実は6面ではなく、8面あるんです。2と3の間の狭い面積に○が薄く描かれているのがわかりますか?」

太郎は2と3の間を見てみると、使い込んで、角が取れていると思っていたサイコロはわずかに平坦になっていた。反対側の4と5の間はわずかに平坦になっているものの、そこには○はない。

「こんな目が出るわけない」

太郎は絶望に打ちひしがれた。

すると先ほどまで、無表情だった顔が少し微笑んだ。

「安心してください。実はこのサイコロ、○の出やすいサイコロなんです。先ほど私がすりかえておきました」

太郎にはこの看護師が女神のように見えた。

「ありがとうございます。何とお礼を言ったらいいのか」

「礼には及びません。あ、それとあなたには不要な薬を回収しますね。変な薬を飲んで体調崩されては困りますので……」

「感謝します」

話しがついたところで、ちょうど研修医が戻ってきた。

「待たせたな。さて……サイコロを振ってくれ」

研修医は舌なめずりしながら、ニヤニヤしながら太郎を見つめる。

獲物を追いつめた肉食獣のようだ。

太郎は再びサイコロをみつめ、祈りを込めた。

どうか、○が出ますように。

太郎は左手でサイコロを天井まで放り投げた。

高く宙を舞ったサイコロは放物線を描きながら、地面に落ちていく。

地面についたサイコロは一度大きく跳ねあがり、部屋を転がる。

7種のサイコロの目が表にでては消えていく。

太郎はその様子を祈るように見つめる。

徐々にサイコロの勢いが弱くなり、今にも止まりそうだ。

するとサイコロは転がることをやめ、その場で回転し始めた。

太郎は興奮した。

おそらく、あのわずかな平坦な面を重心に回転しているに違いないと感じたからだ。

そしてサイコロはバランスを保ったまま、停止した。

サイコロはあのわずかな面を上にして、止まった。

「よっしゃ!」

太郎は左手でガッツポーズをした。

これで、俺は自由の身になった。

こんな病院とはおさらばだ。

「よし、さて、転院の準備をしてください」

太郎は看護師に告げた。

しかし、看護師の顔は沈痛な顔をしている。

どうしたことだろう?

「はは、太郎さんやりましたね!あなたはついている!」

何故か研修医の顔は明るい。

太郎は再びサイコロを眺める。

サイコロはわずかな面を上にして床にある。

そう、4と5の間のわずかな面を上にして……。

「まさか……」

そう。

○が描かれているのは2と3の間。

つまり、4と5の間のわずかな面には何も描かれてないのだ。

「これが出たということは……?」

研修医はにやけ顔で看護師に尋ねる。

「はい。一からのやり直し。“ふりだしに戻る”です」

研修医はそれを聞くと満足そうに部屋から出て行った。


「どうして……」

太郎は打ちひしがれた。

看護師は先ほどまでの沈痛な面持ちを脱ぎ捨て、笑顔で答えた。

「さて、あなたの体に不要な薬をいただきますね。私はその高価な薬を必要としています」

女神は一瞬にして、悪魔になった。

「……つまり、横流し?」

「……“不要な薬を回収している“ということです」

「もしかして、さっきの話……」

「○が出やすくなっているって話ですか?あれは嘘です。退院されたら、私がクスリをもらえなくなりますからね」

なんてこった。

この鉄仮面め。

よくも騙しやがったな。

太郎は怒りに震えた。

「そうか、そうやって今までいろんな生活保護の薬を横流しして、現金を得たというわけだな?」

「ええ、その通りよ。看護師長以上は管理者であることを利用して、みんなやっているわ」

「そうか……」

すると太郎は左手を布団の中に入れると、携帯を取り出し、耳に当てた。

「聞こえたか?そういうことだ。逮捕しろ。」

太郎が携帯電話の先にいる相手に伝えると、病棟のあちらこちらが騒がしくなった。

看護師は突然の太郎の行動が理解できずにいた。

太郎は笑みを見せた。

「実は、私は刑事なのですよ。最近、生活保護者を食い物にした悪質な病院が増えてきているという通報がありまして、潜入捜査していたのです。まさか、ひき逃げに会って、本当に入院するなんて思いませんでしたが……」

急に太郎の態度が変わって看護師は驚き、慌てて逃げようとした。

しかし、病室の前で待ちかまえていた警官に取り押さえられてしまった。

「警部、ご苦労様です」

太郎と同じくらいの年齢の刑事が病室に入ってきた。

太郎はエリートコースの刑事だった。

「まったく、上層部の指示とはいえとんだ目にあったぜ。なんで俺が潜入捜査しなきゃいけないんだ。しかも住むところもわざわざ、あんなところにしなくてもいいじゃないか」

「はっ!それはやはり、警部が優秀な人材だからでしょうか。住む場所等は、やはり本格的に偽装した方がいいという考えではないでしょうか?」

「危うく死にかけたがな。ふん。まあいい。」

「それともう1つ報告ですが……警部をひき逃げした犯人は、先ほどの担当の研修医でした」

「まったく、あのくそ医者に2回も殺されかけたということか。この遊びをやる医者といい、看護師といい、とんだ病院だな。さて、こいつらの刑をどれくらいにするか、サイコロできめてみるか……」

太郎はサイコロを振ってみる。



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