異世界転送Ⅱ
「ハッ」
起きると、そこは別世界であった。
なんだここ。
西洋風の建物が続いていた。右も左もそんな住宅が建っていて、俺はそのど真ん中の道で寝っ転がっていた。
「此処は」
見覚えのある風景。
「勇者様」
俺は急いで声のした方向を振り向く。
やっぱりだ。やっぱり――。
触れば抜けて落ちてしまうのではないかと思う程に、繊細な金髪。目は蒼く、まるで心を見透かすようである。肌は綺麗で、白く、日光を受け付けないようであった。
少女の名をリアスと言う。俺が作り出した。
「勇者様。ヤリマシタネ」
彼女の様子はどこかおかしい。
「勇者様」
瞬間、地面が振動して、一つ目の怪物が出てきた。
どうなってる。また、やれってことか?
しかし、あの時は漲っていたはずの力が今の俺にはない。そうだ。確か。
この少女にキスしなければいけないのだっけ。
「ええい、どうにでもなれっ!」
俺は少女に近づいて、唇と唇を重ねる。
俺はゆっくりと目を開ける。少女の見下すような目が――。
「ああっ!」
俺は思わず、少女を突き飛ばした。唇を指でなぞる。すると、真っ赤な血が指先についた。
リアスに唇を噛まれた。
少女を見ると、不気味に笑っていた。後方では大きな音が響いている。どうせ、家を壊しているのだろう。しかし、俺の目は少女に釘付けであった。
「ゆうしゃさま」
これは俺の作ったリアスじゃない。
刹那、リアスがこちらへ飛び掛って来る。
「うおっ!」
俺は何とか危機一髪で避ける。動きはそれ程、早くない。
「みんな、あれにころされます」
また飛び掛って来る。しかし、先程よりも一段と早く、俺はまともにくらってしまった。
「ぐえぇ」
腹部に強烈な痛みが走る。
「ああっ」
正樹は画面を見つめる。自動で打ち出される文字は少年の行動である。
画面の中で少年は自分の作り出した世界と戦っている。
正樹はニヤリと笑う。この自動で打ち出される文字は正樹だけが見ているものではない。サイト内のユーザーに関わらず、アカウントなしでも見れるように設定しておいた。
表向きは『作家がリアルタイムに文字を打ち、それをリアルタイムに感想を送ろう!』という実験である。誰もこの中で人が動き、それが打ち込まれているなんて思わないだろう。
その証拠に『誤字ねえ、すげえ』などと滑稽なコメントが多々打ち込まれた。
どのくらいの人が閲覧しているのだろう。
「ククッ」
正樹は年甲斐もなく子供のように興奮していた。
「ああっ」
後ろの一つ目の怪物は今の所、何もしてこない。
「勇者様」
「なんだよ。なんなんだよ」
俺は情けなくも、逃げていた。怪物の方――のわけがないだろう。逆方向へだ。
疲れた。
力が。
一応、キスはしたはずだ――いや、もしかしたらしていないのかもしれない。あの時、俺は自棄になっていたし。直後に予想外にも唇を噛まれた。
キスしていない。
だったら、キスしたら、あの力が手に入るんじゃないか?
「リアス!」
俺は立ち止まって、少女の方へ向いた。
「勇者様」
無機質な少女の声。まるで機械音のようである。
「引き出しのキスを」
俺がそう言うと、
「了解しました」
少女はそう言って、スピードを落とし、俺の眼前へと立つ。
今度こそ、しっかり彼女の唇が俺の唇に重なる。
力が漲る。
「あああ! この感覚だ! ああ!」
俺は一先ず、少女を擦り抜けて、怪物の方へ向かった。
「おりゃあああああああああああ」
地面を蹴って、風の中を進む。
左手に力が集中して――。
「りゃあっ!」
巨大な怪物の首は豆腐のように切断されて、地面へと落ちた。
地面に降り立つ。
「勇者様」
リアスがこちらへ駆けてくる。また、俺を襲うのか。機械的に。
これはあの少女じゃない。
ごめん。ごめん。
俺は謝りながら、少女の心臓を左手で貫いた。
げぼぉ――そんな声が耳に入ってきて、生暖かいものが手を伝って、顔に飛び散った。
「勇者様」
「え?」
それは先程の声と明らかに違う。何と言ったらいいか、分からないけど。
心の篭った。
リアスは地を大量に撒き散らしながら、地面へと落ちた。
俺が勝手に作り出して、勝手に完結済みにして、勝手に殺して。
涙が溢れだした。なんだかリアスが可哀相で。
目の前が暗くなった。
「すごい。すごいぞぉ」
正樹は思わず、椅子から立ち上がった。
感想欄が埋まっている。サイトのユーザーだけじゃないだろう。ネットのあらゆる者がこれを見ている。そして、それはもっと増えていく。
「フフ、ふふふふ」
笑いが止まらない。
そして、正樹はこう書き込んだ。
『これはお試しなので、次の話はまったく違う話になります! お楽しみに!』
滑稽だ。
感想欄が流れて行く。
『このサイトに偏見もってたけど、改めようかな』
『異世界系だけど、面白い』
『俺もやりてー』
『つまんね』
そんな感想欄を見て、正樹は大笑いをした。




