怖い話
怖い話を投稿するという催しが行われていると言うので、俺も参加してみることにした。
怖い話なんて見たことはあるけど、書こうと思ったことすらないので、少し困っている。無難に村の廃家に乗り込んだ少年というのを書いてみようと思う。
少年が廃墟の前に立った所で、瞼が下りてくる。
「あ、やべ・・・」
嘘だろ?
完全に忘れていた。
黒々とした空は恐怖を引き立てる。普段は碧に染まっている木々も夜になると、忽ち、色を変えて、人を恐怖に陥れる。目の前に聳え立つのはボロい家だった。
何故、俺はここに居るのか。
「嘘だろ。おい」
怖え。
冷たい風が吹いて、木々が不気味に揺れた。
蝉の泣く声が虚しく響いている。
遠く。遠く。とおくに。
「行くしか――ないのか?」
迂闊だった。怖い話を書くのが始めてだから、妙に緊張――というか変な感じになって、小説の中に転送されるなんてまったく考えていなかった。
ここでうろちょろしていても仕方がない。行くしかない。行かなければ終わらないのだから。
戸に手を掛ける。木製の戸。無機質にそこに嵌め込んであるだけだ。それは俺を冷徹に見ているようにも見えた。ひんやりしていて、冷たい。
横に引くと、ガラガラ、と音を立てて中を見させてくれた。
長い長い廊下。奥の方は闇に染まっていて、永遠に続いているんじゃないかと、錯覚する程である。
俺は一応、靴を脱いで、誰も居ないのを知っているけれども、
「おじゃまします」
と言った。そして後悔した。
「はーい」
と冷たい声が返ってきたからである。背筋に何か冷たいものが走った。
声に似合わず、何処か陽気である。それが更に俺の恐怖心を煽った。
帰りてぇな。なんで廃家に入るんだよ――自分で書いたにも関わらず、そんな不満が充満する。
やはり幽霊が居るのである。
こんな家に人が居るわけがない。しかも、あの声は。完全に。
人じゃない。
廊下を歩くと、ぎしぎし、と床が軋む。
入ってすぐにある左側にある戸。恐らく此処が居間であろう。音を立てないように、襖を開ける。
至って、平凡な居間である。中央に机があって、左の方の壁には箪笥が並んでいる。右の方の壁にはブラウン管のテレビがぽつんと一つ置いてある。机を挟んだ向こう側には、壁ではなく、また襖があった。庭にでも通じているのだろうか。
目を凝らして見て見ると、机の上には茶碗が置いてあって、恐る恐る覗いて見ると、お茶が入れてあった。
「ああ」
怖い。怖い。
なんでお茶があるんだよ。
気味が悪いので、手はつけず、奥の襖の方へと進む。
またそうっと、襖を開ける。
すると。
また同じ部屋が広がっていた。机の上には茶碗が置いてあって、目の前の壁は襖で。
後方を振り向くと、やはり同じ部屋だ。
「なんだよ。これ」
俺は今度は走って、襖を思い切り開けた。
同じ部屋だ。
怖い。怖い。怖い。怖い。
ペタ。ペタ。
誰かが後ろから来る。
「ああああああああああああああ」
俺は走っていた。襖を開けても、開けても、開けても、同じ、同じ。
同じ部屋だ。
後方からの気配は消えない。あっちも走っている。
「あッ!」
躓いた。
「あ・・・あ」
俺は何とか立ち上がって、振り返る。しかし、開けっぱなしにしていた襖は閉まっていた。
「あれ? あれ?」
前に目を戻すと、ただの壁であった。
「あれ?」
踵を返して、襖に寄る。恐る恐る、開く。けど、先ほどの廊下だった。
「は? なんで」
右左を確認するが、右には玄関があって、左にはまた淡々と黒い廊下が続いている。
居間から出て、廊下を進むことにした。本当はもう帰りたい。しかし、何処へ帰る?
恐らく、この怖い話にオチをつけなければ、現実世界には帰れないだろう。
だから進むしかない。
廊下はここで行き止まりだ。一階は居間以外、部屋がないのか? おかしい。そんなのはおかしい。普通、台所とか風呂とかは一階にあるものじゃないのか?
少し戻ると、扉があった。何だ俺が見落としていただけか。
扉を引くと、嫌な音を立てて、開いた。まず、中を見る。
台所だ。
入ると、扉が大きな音を立てて閉まった。
「わぁ!」
俺は吃驚して、尻餅をついてしまった。
「あれ? は?」
扉が無くなっている。コンクリートの冷たさが、手に染み込んできた。今さっき入ってきたのに――扉が消えた。
何なんだよ。台所に向き直って、足を進めた。一つ一つのことに構っている暇はない。
普通の台所だ。しかし、台所と居間の距離が妙に離れていないか?
ああ。ここに食卓があったんだろうな。きっと。それらしい空間が壁の隅の所にあった。
流し台は散らかっていて、汚い皿が置いてあった。異臭が鼻腔を突く。
台所の入り口――今となっては壁だが――があったところから間を置いて、左側に扉がもう一つあった。開けると、左の方にはトイレの入り口があって、右の方に洗面台があった。脱衣所だ。
服が脱ぎ捨ててある。女性のものだ。
風呂の中から蛇口を捻る音が聞こえた。
「嘘だろ」
俺は無意識のうちに呟いていた。
居る。何か居る。しかし、俺の足は勝手に進んで、取っ手に手を掛けていた。
嘘だろ? 開いちゃうのか? お願いだから。鍵とか――鍵掛かってくれ。しかし、俺の切実な願いに反して、扉はすんなり開いてしまう。
だが、誰も居ない。水も出て居ない。当たり前だ。水道なんて止められているに決まっている。
浴槽の中を覗く、瞬間、戦慄した。いや、浴槽の中には何もなかった。
髪の毛が。髪の毛が浴槽に面する壁に掛けられていて、まるで。
女が入浴しているかのような。そんな位置に長い髪の毛があった。それからは人間らしさを感じられず、鬘だと直感的に思った。しかし、俺が戦慄するのはそれだけで十分である。
なんでこんなところに髪の毛が? 髪の毛を触って見る。
濡れている。濡れてる。濡れてる。
誰かがかけたんだ。水を。お湯を? いや、そんなことはどうでもいい。兎に角。
俺は急いで脱衣所から出て、台所へと戻る。
台所の皿は綺麗に並べられていた。
「ああ、あああ! 誰だ! 誰か居るのか!」
叫んでも誰も返事せず、静寂だけが場を包み込んでいた。
帰りたい。絶対、誰か居る。
いつの間にか隅っこに食卓があった。そして、椅子が一つある。
卓上には。
料理が。
ご飯と味噌汁と鮭。
「出してくれ! お願いだ! 助けて! 怖い! 怖い!」
先ほど、扉があった壁を叩く。
そうか。
俺も。
此処の住人なんだ。
そうだったんだ。
ご免ね姉貴。風呂、覗いちまった。
母さんありがとう。お茶淹れてくれ。
父さんが作ってくれた料理、初めにしちゃ上出来じゃないか。
俺は席に座る。
「いただきます」
自分の声が曇って。
そして、なんだか自分じゃないようで。
ああ。
「ハッ」
冷や汗をかいている。
とても嫌な小説だった。
怖かった。ちょー怖かった。
『本当に怖かったです。背筋がぞわっとしました。オチが少し適用な気もしますけど(笑)』
感想が来たけど、素直に喜べなかった。




