終わりの始まり
「はッ!」
ここは何処だ?
爽やかな風が吹き抜ける。
緑色の木々が静かに揺れた。
「は?」
そうか。ここは洞窟の前か。
「え? ここ何処? お兄ちゃん?」
「は? 兄貴?」
「お兄?」
後方を振り向くと、俺の妹たちが居た。
刹那、目に映る一面が崩れて、空洞の中に切り替わった。
「お兄ちゃん」
「兄貴」
「お兄」
明らかに三人の様子がおかしい。
「はぁ」
俺は少し躊躇った。
恐らく、小説の中の人物なんだろうけど――。
「あ」
でも、本当にそうだろうか。
本当にそう言い切れるだろうか。
不安感が高まる。心臓に充満する。
この小説では若葉は小指を失った。
琴音に至っては――おまり思い出したくないけど、頭はを失った。
しかし、それらは今、ちゃんとついている。だが、それが小説の中に転送する機械の補正だとしたら?
妹等は一度、転送されたことがある。
この三人が本当に小説の中で創造されたものだとは言い切れない。寧ろ、本物と考えるのが妥当ではないのか?
俺は地面に落ちている大剣を拾って、駆けた。
取りあえず、妹たちと距離を取る。
妹たちの目は虚ろだ。
それは本物が操られているからだろうか。
それとも作り出された妹たちが文字通りに動いているだからだろうか。
検討がつかない。
刹那、大きな音がして、手が何本も生えている化け物が出てきた。
こいつのことも忘れていた。
俺は地面を蹴って、そいつの顔を斬る。
化け物は気持ちの悪い呻き声を出して、地面へと落ちた。
どうやら、正樹が見たいのはこの部分ではないらしい。
俺の決断か。
妹たちを殺すか、否か――その途中までの過程を楽しみたいのか。
ふざけるな。
俺は小説の登場人物じゃないんだぞ。そして、妹たちも。
そうだ。ここに妹たちが居るのは、俺のせいだ。だったら、尚更、殺せない。誤った判断はしていけない。
後ろから化け物が迫ってきているような、緊張と焦燥感、厭な感情だけが混濁して、心の中に注がれていく。
妹たちを見る。
覚束ない足取りでこちらに向かってくる。手には与えられた、武器を持って――ロボットのように機械的に、俺を追っている。
あれは妹たちのか。
本当に。
居心地が悪い。
胸が焼ける。炙られる。
「ああっ」
やってやる。
あれは妹たちのわけない。
「はぁはぁ」
激しい動きをしていないのに、息苦しい
本当に。
「お兄ちゃんのため」
琴音の声が聞こえた。
あの時、いい掛けたこと――。
しかし、あれは完全に発していない。
正樹の上書きと思えばいいのだけど、あの時、妹たちはちゃんと小説の中で生きていた。つまり、自分の意思だったわけだ。
それを正樹が読み取れるだろうか?
本当に此処で俺を追ってくるのは、ただの文で構成された妹なのだろうか。
本物じゃないだろうか。
また心が犯される。
厭な感覚に。
吐きそうになる。
俺の居場所なんてあるのか。
「嗚呼」
「お兄ちゃんのため」
やめろ。
「お兄ちゃんのため」
琴音が呟く度に、あの時の光景がフラッシュバックして、罪悪感が襲ってくる。
焦燥感。
罪悪感。
緊張。
動悸。
妹たち。
俺。
正樹。
小説。
文の妹?
どうだ?
何が正しくて、何が間違っている?
まず、此処は小説か? 俺は人間か?
其れこそが、誰かの小説じゃないのか?
俺が見てきたもの全て、誰かの小説で、転送される物語の主人公なのではないか?
だから何だ。
そんなはずないだろう。
俺は、ちゃんと意思を持っている。
妹たちの殺すかどうかは、俺に委ねられている。
文か。
本物か。
ぐるぐるぐる。
目が回りそうだ。
今すぐ、倒れたい。
考えを巡らせていたら――妹たちに囲まれた。
「お兄ちゃんのため」
「俺のため? あんなことをしたのは?」
「お兄ちゃんのため」
お前の首が飛ぶ姿なんて見たくなかった。
こんなクソサイト死んでしまえばいいのに。
異世界転送なんてクソ喰らえだ。
死ね死ね死ね死ね。
俺なんて――。
自業自得かもしれない。
こんなクソサイトを始めた時点で、この運命は決まっていたわけで。つまり、俺が小説なんて投稿しなければ、こんなことにはならなかったわけで。
俺が。
俺は。
これが文の妹でも、ただ操られているだけの、本物だったとしても、殺されるべきかもしれないな。
これは小説の中だ。
死んだらどうなるのだろう。
死ぬのは小説の中だけか、それとも――。
どっちでもいいや。
「兄貴」
「お兄ちゃん」
「お兄」
「なんだ」
「スキ。アイシテル」
そんな棒読みで言われてもな。
結局、どっちか分からねえや。
ブッチュ。
「素晴らしい!」
正樹はガタっと立ち上がって、パソコンのディスプレイを見据える。
ワインが零れたが、正樹は気にも留めない。
「しかし、これでは終わらないよ」
「お兄ちゃん? お兄ちゃん?」
部屋を覗くが、兄の姿はない。
「あれ? いないのかな?」
パソコンのディスプレイが無機質に光っている。
琴音は好奇心から近づいてみる。
「小説家に――なろう? 構ったら駄目っぽいね」
離れようとしたとき、自動的に画面が切り替わった。
「え?」
並ぶ、文字の羅列。
刹那、目の前が真っ黒になった。
此処は何処?
琴音は辺りを見渡す。
「勇者様!」
後方から声が聞こえた。