空白Ⅱ
空白の世界である。
真っ白だ。
こんな世界でどうしろと言うのか。
辺りを見渡す。やはり真っ白。
所々に散乱する物を眺めながら、そういえば玉ねぎ――と思い出す。
遠く遠くに緑色が見えた。あそこに怪獣が居るわけか。緑色はのろのろとこちらに近づいてきているのだろう。
それはまだ放っておいても大丈夫なのだけど。
いや、あれ?
怪獣の速度が明らかに前回と違う。
嘘だろ?
ドッドッドッド――物騒な音が世界に轟音して、目の前に近づいてくる。
「わああっ!」
俺は逃げ出す。真っ白な風景が後方に流れていく。
「速い速い!」
既に後方に怪獣が居る。
なんだよ。こんなの聞いてないよ。
俺は逃げながらも眼下にも注意して走った。頼りになるものが野菜一つとはどれほど情けない話なのだろう。泣きたくなってくる。
ドッドッドッド。
ないぞ。ないない。
もしかしたら、見逃した?
それとも、正樹とか言う奴が上書きしたのだろうか。それなら、怪獣の速さも納得できる。
やばい息が切れてきた。
「っあ。死にたくねえっ! あっ」
やばい。今にでも地面に倒れたい気分だ。頭が朦朧としてきた。
吐きそう。
あれ、玉ねぎじゃないか?
服に汗が染み込む。
「っしゃ! もう少し」
もう少しで。
「ああ!」
玉ねぎじゃない。熊の縫い包みだ。
「あああああ!」
何だよ。ふざけるな!
玉ねぎ。玉ねぎ。
ドッドッドッドッド。
「おえっ!」
足が限界だ。軋む。
骨が折れちまう。頭がクラクラする。脇腹と心臓が痛む。
マジで吐いちまうぞ。胸の中に何かこみ上げてきた。
「おええっ」
玉ねぎ。玉ねぎ。
呼吸が苦しい。呼吸することすら苦しい。
脈が聞こえるようだ。とても速い。
ドクドクドクドクドクドクドク。血液が毒されて、真っ黒になっているようだ。全身に回る血液が悪いのならば、そりゃあ、具合が悪くなるに決まっている。
死んでしまう。
玉ねぎを見つけた。しかし、視界が朦朧として玉ねぎと認識するのに数秒かかってしまった。危うく、見逃してしまうところであった。
俺は玉ねぎを拾い上げ――損ねた。
玉ねぎは手から滑り落ちて、後方に流れる風景の波に乗った。
「ああっ!」
怪獣の後ろに行ってしまう。
ああ! ふざけるな。ふざけるな。
俺は踵を返して、怪獣と対峙する。
そして怪獣の股の下目掛けて、転がり込んだ。
「っしゃ! っぶねえ!」
怪獣がこちらに身体を向ける間に、俺は玉ねぎを拾い上げた。
そして、怪獣の方を向く。
「はぁはぁ――このクソ野郎! これで終わりだ!」
ぼしゅん、という間抜けな音がして、怪獣の体内が光った。
そして、盛大に爆発したのである。
刹那、目の前が真っ暗になった――ような気がした。
変わらない。
世界は変わらず、真っ白だ。
爆発した怪獣の肉片が飛び散り、真っ赤な血が広がっているだけ。
「あれ?」
何気なく手を見る。
何も変わらない。
「おい! 怪獣は倒したぞ!」
真っ白な世界に俺の声は響きはせず、ただ虚無感を感じさせるだけだった。
怪獣の血が広がってきて、眼下に入る。
正樹――その名が真っ先に浮かんだ。
上書きしたんだ。これだけで物語を終わらせないつもりか。だが、思い通りにはさせない。これで物語を終わらせてやる。
しかし、どうすればいい?
あいつが書き込んだってこと――ん?
書き込む?
そういえば、ここは元々『新規小説』の中ではなかったか。
そうだ。
俺は指先に怪物の血をつける。
そして、何度も行ったりきたりして、地面に文字を書いた。
『地面に触れたら、物語終了』
「っしゃ! 終わりじゃああああああ!」
地面に触れた瞬間、眼の前が真っ暗になった。