後日談9 紅葉狩りやってみる -思ったよりも普通に終わりましたね-
ちょっと久しぶりに後日談を書いてみました。紅葉狩り行きたいですね。
「そうだ、紅葉狩りに行こう!」
机を勢いよく叩いて亮二が突然叫んだ。ここはウチノ領にある亮二お気に入りの喫茶店であり、始めて領都にやって来た時に入った店でもあった。亮二が領主である事を知っている喫茶店の女店主は、いつもの事だと笑いながらコーヒーを出し、一緒にミルクも添える。
「リョージ様のお陰でミルクも無料で提供出来るようになりましたよ」
「だろ。だって頑張ったからな! 今日もニコラスの魔の手から逃げてきたんだから」
以前のウチノ領は別の貴族が治めており、領民に重税を課して王都で優雅な生活を送っていたのである。その為、喫茶店の女店主も重税を支払うためにコーヒーの豆を減らしたり、ミルクを有料化したりと、涙ぐましい努力をしながら税金を支払っていた。
もうそろそろ店じまいをして他領に逃げだそうと思っていた矢先、亮二が着任したのである。その後は劇的な領地改革が始まり、重税は全て取り消され、それだけでなく2年は無税とのお触れ書きが立ち、また滞っていた流通も商人への優遇政策で一気に解消し、ウチノ領は未曾有の好景気であった。
「また逃げてきたんですか? 前みたいに店の中で暴れないで下さいよ。まあ、お陰でお店は新品になりましたけどね」
「いや、あれはごめんって! まさかカレナリエンとエレナが2人掛かりで拘束に来るなんて思わないじゃん! しかも背後からの奇襲なんだよ! あれは卑怯だろ! いくら俺でも不意打ちは……痛ぃ! え? なに? ……。マルコ? どうしたの? マルコも休憩しに……。痛ぃ!」
「なにしてんだよ、こんなところで。お前さんがサボるからニコラス殿から泣きが入ったじゃねえか! お陰で俺が呼ばれたんだよ! カレナリエンとエレナ様だと戦闘になるんだと。逃げるな!」
「痛ぃ! 調子に乗るなよ! 今までの俺と同じだと思ったら……。痛ぃ! 最後まで言わせろよ! と、見せかけて……。痛ぃ! 行動の先を読むなよ! と、見せかけて……。痛ぃ!」
「何度やっても同じだよ! お前さんとの付き合いは長いんだぞ! そんな簡単に逃げられると思うな!」
流れるような動きで亮二の動きそうな場所へ、なにを考えるまでもなくハリセンを振り下ろしているマルコを喫茶店の女店主は感心したように眺めていた。
「よし、とりあえずは俺もコーヒーを頼む。ミルクと砂糖は要らない。それと軽くでいいから食べ物をくれ。2人前だ。そして飯を食ったらニコラス殿の元に帰るぞ」
「ああ、分かったよ。少しでも休憩時間をくれるマルコに免じて戻るよ」
「2人前はマルコさんとリョージ様の分かい?」
「ああ、リョージも付き合えよ。若いから夕食前だと言っても食べれるだろ?」
「ああ、まあな。お姉さん! 俺は豪華版で! マルコのおごりだからね!」
世界有数の大金持ちであり、貴族でもある亮二の言葉とは思えない発言に、喫茶店の女店主は笑い、マルコも苦笑いしながらも一番良い料理を持ってくるように頼んだ。
マルコが椅子に腰掛けるのを見て、亮二は先ほどの事を思い出してマルコに話し掛ける。
「そうだ、マルコにお願いがあるんだよ」
「ん? なんだ? 珍しいな。俺で対応できることか?」
食事も終わり、食後のデザートは亮二が取り出していた。喫茶店の女店主にも振る舞っており、出されたショートケーキは大絶賛だった。
「紅葉狩りをしたいんだよ!」
「紅葉狩り? なんだそりゃ?」
セーフィリアではする事はない紅葉狩りを提案されてマルコは困惑する。そんな表情に気付いた亮二は紅葉狩りについて説明する。
「紅葉狩りってのは木々を眺めて楽しむ事なんだよ。大人は酒を飲んだりして楽しんでいたな。俺のニホンコクでは、このくらいの時期にしてたんだよ。懐かしいなー」
「そうか。分かった! 俺達に任せろ。お前さんを紅葉狩りに連れて行ってやるよ」
亮二の望郷の念を感じ取ったマルコは大きく頷くと、全て俺に任せろと言って一足先に領都の屋敷に戻ると告げた。
「えっと……。マルコさんはなにをしに来たんだろうね?」
「さあ、でも俺はユックリと出来る事が決まったから別に良いけどね」
亮二の回収を忘れて嵐の如く去って行ったマルコを喫茶店の女店主と眺めながら、リョージは我に返るとコーヒーのお代わりを頼んだ。
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「なんだよ。忙しいんだよ! 見たら分かるだろ!」
珍しく仕事をしていた亮二にマルコが訪ねてきた。普段なら言わない台詞にマルコは苦笑したが、表情を変えるとニヤリと笑う。
「まあまあ。そんな事を言うなよ。せっかく紅葉狩りの準備を整えてやったんだからよ」
「マジで! そうなの!? 行くいく! ちょっと待ってくれよ! 『我、ここに我が身を省みる。そして我が身は我が身であり、ここにあり続ける』ふー。さすがに魔力の消費が半端ないな」
「な、な、な。リョージが増えた!?」
マルコの目の前に亮二が2人並んでいた。そんなマルコの表情を見て、気分良くしている片方の亮二は、もう片方の亮二になにかを命じる。
「なにをしてるんだ?」
「ん? 俺の分身を作ったんだよ。前から試作はしててさ。こいつなら簡単な書類なら決裁出来るようにしといた。サインも本物と一緒のが書けるぞ」
「……。まあ、お前さんは理解不能を作り出して、それを理解不能のまま俺達に納得させる名人だからな」
「酷い言われよう!」
そんな感じでマルコと漫才をしながら亮二は分身に仕事を頼むと、転移魔法陣を使ってマルコの指定する場所の近くまで移動する。
「それで、どこで紅葉狩りをするんだよ。まさか紅葉狩りだからって赤色の魔物を狩り取るとかじゃないよな? そんなテンプレは要らないぞ?」
「なんだそりゃ? 木々を楽しみにながら食事をするんだろ? せっかくカレナリエンとエレナ様達が料理を持ち寄ってるんだ。存分に楽しもうぜ。ほら、ソフィアも新作のスイーツを作ったらしいぞ」
マルコが指さした場所では亮二の妻達が忙しそうに動いていた。カレナリエンとエレナは準備の指揮を執っており、メルタは料理の最終チェック、シーヴはメルタのサポート、ソフィアはスイーツの仕上げをしており、ライラとクロは盗み食いをしていた。
マデリーネとフランソワーズは帝国と魔国から名物料理を取り寄せており、イオルスはあっちへフラフラ、こっちへフラフラとしながら祝福を振りまいていた。
「こうやって眺めると、俺の奥さん達って多彩だな」
「ああ、イオルス様がやっているのって祝福だよな? 教皇オルランド殿が見たら卒倒するかもな」
感心している亮二の横でマルコが苦笑しながら答える。思った以上に混沌としながらも、紅葉狩りは普通に終わり、満足して屋敷に戻った亮二だが、身代わり亮二は魔力不足で溶けており、ソレを見たニコラスが失神して病院へ担ぎ込まれる事件があった。
そして復帰したニコラスに説教された亮二は、身代わり人形の作成を禁止されるのだった。