340話 宿屋の前の戦い -サクッと戦いますね-
テンプレな感じの用心棒が出てきました。
「ずびばぜんでじだ」
「分かってくれたらいいんだよ。やっと俺の説得が通じたみたいでホッとしたよ」
亮二は朗らかな笑顔で相手を見下ろしていた。足下では顔面蒼白で全身から汗を噴出して震えている用心棒が倒れており、その周りには千切りにされた刀身が散乱していた。
「え、えげつねえ」「悪いのはあいつ等だって分かってるのに同情してしまう」「あの人、立ち直れるのかな?」「俺、あの子供見たことある!」
風薫る子羊亭の前での立ち回りは多くの者が見ており、最初こそは子供相手に剣を抜いている用心棒を非難していたが、時間の経過と共に非難の目は同情や憐憫の表情になっていた。
「やりすぎですって」
「そうか? 俺としては、こいつが納得できるまで付き合っただけなんだけどな」
亮二が軽く答えたのを眺めながら、あまりにもな一方的な展開になった事を驚きと共に、マッティアは先ほどの一連の流れを思い出していた。
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リーダー格の男に呼ばれた用心棒らしき男が首を鳴らしながら近付いて来た事に、亮二は満面の笑みで待ち受けているとメンドクサそうな声が聞こえてきた。
「せっかく人がタダ酒を飲んで、気分を良くしているのに邪魔すんじゃねえよ。まあ、俺としてはガキ相手に金貨一〇枚をもらえるからいいんだけどな」
用心棒の発言を聞いた亮二は何度も頷きながら感心した表情になると、拍手しながら褒め称えた。
「素晴らしい! ここまでテンプレな台詞で登場してくれるなんて! さっきの三下とは大違いだな! お前は新しい街の宿屋でも用心棒として雇ってやるよ」
「はあ? てんぷれ? 新しい街で用心棒? なに言ってんだ?」
亮二の発言内容が理解できない用心棒だったが、自分を混乱させる幼稚な手だと判断すると口にくわえていた串を亮二に向かって吹き付けた。
「汚っ!」
慌てて避けた亮二が流石に体勢を崩した。その隙を逃さずに蹴りを放った用心棒だったが、体勢を崩しながらも蹴りを躱した亮二に感心しながらも用心の為に間合いを取った。
「おいおい。やるじゃないか。子供と思って油断しない方がよさそうだな」
「こっちこそ驚いたぞ。まさか口にくわえている串を吹き付けるなんてな! 汚いだろうが!」
「怒るポイントがズレてませんか?」
用心棒の賞賛に亮二が抗議すると、マッティアが呆れたようにツッコんできた。亮二は「そのツッコミ一八点!」と叫ぶと、用心棒に向かって全力で掛かってくるようにと伝えるのだった。
「ガキ相手に本気になる必要があるわけないだろ」
「テンプレ能書きはいいから、さっさと来いよ。一瞬で片付けてやるから」
呆れた様子の用心棒の感想を軽く聞き流して挑発してきた亮二に、無表情になった用心棒は不意打ちとばかりに抜剣をしながら突きを放ってきた。
「なっ!」
本気ではないとはいえ、それなりに力を込めた突きを体捌きだけで躱された上に、手首を強打された用心棒は床に転がっている剣を呆然と眺めていた。
「なんだ、本気を出してこの程度か。あれだけ口上を述べてるから、さぞかし戦いがいのある奴かと思ったけど見かけ倒しだな」
「ふざけるな! ちょっと手が滑っただけだ! それにここでは狭すぎる。表に出ろ」
用心棒は剣を拾いながら一方的に言い放つと、宿屋の扉から出ていった。亮二はその様子を見ながら、ストレージから水筒を取り出すと飲みながら用心棒が戻ってくるのを待った。
「おい! 表に出てこいよ!」
「はっはっは。すまん。すまん。一回やってみたかったんだよね」
再度、宿屋に入ってきた用心棒の顔は怒りで真っ赤になっていた。からかわれている事に気付き、怒りで剣を握る拳までもが赤くなっていた。
「もう、手加減はしねえ。殺されても文句言うなよ。最後に名前だけは聞いてやる」
「手加減なんてするなよ。これから心をポッキリと折られるんだからな。それと俺から名前を聞きたいなんて一〇〇年早い!」
宿屋の前で対峙している二人に気付いた住民達が、何事かと集まりだした。営業の邪魔をしていた男達にとっては、大通りで用心棒が暴れる事は宿屋の評判が落ちると判断すると満足げな表情を浮かべながら叫んだ。
「先生! 全力でお願いします。暴れっぷりで報酬は弾みますよ!」
「それはいいな。お前の働きで俺も特別報酬をやるぞ」
リーダー格の男の声に被せて亮二が報酬の話をすると、対決を眺めていた群衆からは笑い声が起こった。単純な挑発に用心棒は怒りで真っ赤になりながら無言で斬りつけてきた。
「きゃあ!」「うぉ! 本気だぞ! あの男」「子供相手にムキになるなよ」「誰か衛兵を呼んでこい!」「あの子供どこかで見た事があるんだよな。どこでだろ?」
群衆からの悲鳴を背景に襲ってきた剣戟を軽く躱すと、ストレージからミスリルの剣を取り出して柄の部分で用心棒の横腹を強打した。
「がぁ!」
「躱せよ。これくらいの攻撃は」
身をよじりながら大きく距離を取った用心棒は、あまりの痛みに涙目になりながらも虚勢を張った。
「ふ、ふっ。そ、そこそこやるみたいだな。だが、俺もBランク冒険者として名を馳せた男としての意地があるからな」
「そんな強いんだったら飲んだくれてなくて働けよ。だから俺にからかわれるんだよ」
用心棒の虚勢を一刀両断で切り捨てた亮二の台詞に、怒りに我を忘れた用心棒は絶叫に近い叫び声を上げながら切りかかるのだった。
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「本当に申し訳ありませんでした。勘弁して下さい。全部、喋りますから」
「よかった。俺の誠心誠意の説得を分かってもらって。これ以上の話し合いが出来なかったら実力行使をするとこだったよ」
全身ボロボロになって正座をしている男達に亮二は爽やかに言い放った。この状態がまだ話し合いである事に恐怖で震えている男達は、用心棒の男が別の場所で全身から汗を出して転がっているのをみて隠し事をせずに全て喋る事を誓うのだった。
説得が通じて、よかった良かった。