315話 アンデルス王子とマルコの会話 -話が進み始めましたね-
「順調に帝都近くまで来れたね。それで周りの状況は?」
「近くに魔物や人影等は見受けられませんな」
アンデルスの問い掛けに偵察を取りまとめているアマンドゥスが答えた。マデリーネと出会った街から出発して五日目になっており、帝都まで残り一日の距離まで来ていた。周りに敵影が無いとの報告を聞いたアンデルスは、全軍に停止を命じると休憩の指示を出すのだった。
「よし。ここで休憩を入れる! 輜重隊は食事の準備を始めるように」
「はっ! では、殿下はこちらに」
簡易の休憩場所に案内されたアンデルスは、汗を拭いながら各将校から報告を聞いていた。その中で浮かない顔をしているマルコが気になって声を掛けると、表情にあった口調で返事がやってきた。
「リョージが相変わらずハチャメチャな事をしているので、頭が痛いだけですよ。今後のあいつの取り扱いについてユーハンやハーロルト公爵だけでなく、重鎮の方やマルセル王にも相談が必要かなと思いまして」
「なにかトラブルでも?」
ため息を吐きながら話をしたマルコに、アンデルスが不測の事態でも発生したのかと顔を強張らせて質問すると、予想の斜め上の返事がやってきた。進軍自体は順調に進んでいる事。アライグマ騎士団の団長であるアラちゃんと模擬戦をした事。一人で王都に戻って魔剣を作っていた事。アラちゃんに対して剣の授与式を盛大に行った事。
次々とマルコから報告される内容にアンデルスは最初こそ唖然と聞いていたが、徐々に口元に笑みが浮かび、段々と笑い声が大きくなり、マルコの説明が終わる頃にはお腹を抱えて蹲っていた。
「相変わらずのリョージ伯爵ですね。一日で魔剣を作り上げるなんて。私の分も作ってくれないかな」
「笑い事じゃないんですけどね。殿下のように『私にも作れ』とお願いするならまだいいですが、強制的や高圧的に作らそうとする輩が出てくると、リョージは嫌がると思うんですよね。正面からリョージにぶつかっていくバカな奴程度なら、あいつに叩き潰されて終わるので問題ないんですが、裏で陰湿に動いたりする奴が居るとなると……「居ると、どうなるんですか?」」
マルコの説明を聞いていたアンデルスが途中で口を挟んできた。リョージの性格をある程度理解しているマルコは軽く肩を竦めると、諦めの混じった表情で冷静に答えた。
「対応が面倒くさくなった時点で、サンドストレム王国から逃げ出すでしょうね。もし、そうなったら、
笑顔で帝国や他国が動き出すでしょう」
マルコから亮二は逃げ出すと聞いたアンデルスは、今までの笑みが引っ込んで一瞬で青ざめた表情となった。ドリュグルの英雄と呼ばれる戦闘力に、王国で二分していた勢力を一つにまとめた手腕。それだけでなく腐敗しきっていた学院を立て直し、建国王アマデオ以外に攻略されていなかったダンジョンを次々と攻略している。さらには近々Sランク認定される予定の冒険者で、王国でも重要な位置を占めつつある伯爵でもある。
そんな、並べ始めたらキリがない伝説の英雄が現代に現れたような偉人。まだ子供だが、博識さやカリスマ性にと、将来性はずば抜けており、マルセル王やハーロルト公爵が王国に定住してもらおうと裏で必死に動いているとも聞いている。
なぜ父までが動いているかを理解しきれていないアンデルスは首を傾げながら疑問をマルコにぶつけた。
「リョージ伯爵が他国に行く? なぜ? 伯爵まで上り詰めたのに?」
「お忘れですか? あいつの行き先が帝国や他国とは限らないでしょう。アーティファクトでニホンコクから飛ばされて来た貴族ですよ。あいつは。少なくとも国に帰れば子爵であり、父親は亡くなっていますが伯爵です。成人すれば父親の爵位を引き継ぐでしょう。帰り方さえ見つければ自国に戻るでしょうし、カレナリエンやメルタはもちろん付いて行くでしょ。他の婚約者やエレナ姫も一緒に行くんじゃないですか?」
マルコから説明されて、アンデルスは亮二がニホンコク出身の貴族である事を思い出していた。納得の表情を浮かべながらも困り顔で思案にふけっている王子を見ながら、少し言い過ぎたと感じたマルコは慰めるように話し始めた。
「まあ、大丈夫だとは思いますけどね。ここまで話して、やっと俺も冷静になれました。俺達が今までの付き合いを変えなければ大丈夫ですよ」
「なるほど! なにかあってもマルコのツッコミがあれば大丈夫だろうからな! まさにマルコは神が遣いし人材だな。リョージ伯爵が『マルコのツッコミは前人未到の偉業になる』と言っていたのだが…… 痛ぃ!」
「だれが前人未到の偉業になるんだよ! おれはツッコミで立身する気はねえ! むしろドリュグルの門番で一生を終える予定だったんだよ!」
亮二にかかわった事で人生が大きく変わった事を嘆くマルコを見ながら、アンデルスは亮二が来た事によってサンドストレム王国が大きく発展していく事を喜ぶのだった。
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マルコとアンデルスが話をしているとアマンドゥスが高級将校達を引き連れて休憩場所にやって来た。
「殿下! おぉ、マルコ殿も居たか。丁度よい。偵察兵が魔物の群れを発見したそうだ。こちらに気付いている様子はなく、帝都に進軍中との事だ」
「数は? 魔物の種類は分かるか?」
アンデルスの質問に状況の悪化を顔で表現したかのような渋い顔をしながらアマンドゥスは報告を始めた。距離はここから二時間ほどで、魔物の種類は大型種や小型種が入り混じっており、数は目算で三千匹は居るとの報告に、事情を聞いていなかったアンデルスは青ざめた表情になるのだった。