230話 突然の来訪者 -約束通りに来てくれましたね-
着任して少しだけ落ち着いたので執務に専念できそうです。
「リョージ様にお客様ですが、如何されますか?」
「あれ?今日は来客は無かったはずだけど?」
執務室で仕事をしていた亮二にメルタが来客を告げに来た。アポイント無しの来客なら取り次がないように伝えていたにもかかわらず、わざわざ確認してきた事に不思議そうな顔をすると、メルタは慌てて情報を追加してきた。
「約束なしの訪問はお断りしますと伝えてもらったのですが『フェリルが来たと伝えよ』の一点張りで、リョージ様の判断を仰ごうかと」
「おぉ!フェリル来てくれたんだ!門番が取り次ぐって事は人型で来てくれたって事だな!さすがはフェリル!押さえるところはキッチリとテンプレしてくれてるな!ここは最大限におもてなしをしないと!フェリルを丁重に食堂にお通しして、うちで出せる最高級のお茶とお菓子を出しといて!」
亮二の嬉しそうな顔ともてなしの指示に、重要な来客である事が分かったメルタは急いでお茶とお菓子の用意を始めるのだった。
「どうじゃ!まさか人型で来るとは思わなんだろ!それにしても遅いぞ!リョージよ。我を待たすとは100年は早いわ!」
「ごめん。ちょっと仕事が立て込んでてさ。待ってもらってる間に用意したお茶とお菓子はどうだった?結構な自信作なんだけ…」
亮二が食堂に入ると2人の女性と10匹の犬が待っていた。亮二に話しかけてきたのは女王のような貫禄がある美女で、長身の銀色長髪ストレートに銀色に輝く瞳には強い意志が宿っており、誰もが惹きつけられるようだった。だが、話の途中で亮二の目線を釘付けにしたのは銀髪の頭に乗っかっている犬の耳と椅子からはみ出すように出ている銀色の尻尾だった。
「ありがとうございます!大事なことなので二回言います!ありがとうございます!ケモミミとシッポです。本当にありがとうございます!」
「お、おぉ。リョージよ、どうしたのじゃ?おい、リョージが錯乱状態になっとるぞ!なんとかせんか!」
亮二がフェリルの耳と尻尾を見た瞬間に感涙せんばかり顔で拝み始め、そのままシッポに触らんばかりの勢いで近付いてきた。最初は人型で来た事を自慢気に見せびらかすようにしていたフェリルも、亮二の勢いに若干引き気味になりながら、近付いてきた亮二の両肩を押さえると、周りに「お主達、早く止めんか!」と叫ぶのだった。
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「フェリル!ちょっとだけ!ちょっとだけ、その尻尾か、耳をモフらせてくれない?お礼にどんなお願…痛ぃ!痛ぃ!痛ぃ!本気で痛い!誰だよ!俺の頭を叩い…」
「ちょっと、落ち着きましょうか?リョージ様の勢いは付いていけない時があります」
「私の時も、その勢いでしたが獣人は見た事がありませんか?エルフよりも多いはずなんですが?」
「リョージ様。浮気は駄目。銀製のハリセンを量産してもらって正解だった」
亮二が興奮マックス状態でフェリルの尻尾を抱きしめんばかりの勢いで近付いたタイミングで、激しい衝撃を感じた事に怒りを滲ませて頭を押さえながら振り返った。そこにはカレナリエン、メルタ、クロの3人が右手にハリセンを持って立っており、亮二が思わず文句を言おうとしたが3人には表情が全く無く、ただ口元だけは見事なまでの笑顔を浮かべている事に気付くとフィリルから少しずつ離れて、3人に対してユックリと話し始めた。
「ま、まずは落ち着こうか?い、いや俺が落ち着くね。でもちょっと聞いてくれる?俺の国では獣人が居なくてさ。それで、ちょっとだけ興奮して思わず我を忘れてフェリルに近付いただけでして。あっ!紹介がまだだったよね。彼女の名前はフェリルと言って…「まずは、ちょっと4人でお話し合いをしましょうか?フェリル様。少しお時間を下さいますか?リョージ様と話がありますので」」
苦笑しながら頷いたフェリルに3人は頭を下げると、逃げ出そうとする亮二の首根っこを押さえて引きずるようにしながら別室に連れて行くのだった。
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「それで話はまとまったのか?そのほっぺたの赤さはどうしたのじゃ?」
「気にしなくていいよ。むしろ、そっとしておいてくれると助かる」
フェリルの元を一時的に離れて別室に行った亮二達が20分ほどで帰ってきた。亮二の両頬が赤みを帯びている事にフェリルからツッコミがあったが、3人から盛大に両頬を引っ張られながら説教を受けていたとは説明できない亮二は、誤魔化しようもなく「気にしないで」と呟くように言うのが精一杯だった。そんな亮二の様子を眺めていたフェリルは苦笑しながら立ち上がると自己紹介を始めた。
「では、改めて自己紹介をさせてもらおうかの。我の名はフェリル。“魔狼が住む森”の管理人であり一族の長である。アマデオ=サンドストレムとの盟約で“魔狼が住む森”からは一歩も出なかったが、リョージとの新たな盟約を果たすために、この場にやって来た」
「そういう事で、今日の執務はフェリルとの話し合いに変更する。フェリルには別室に移ってもらって詳細を詰めたいと思う。あれ?そっちの子は誰?気付かなかったよ。あっ!ケモミミィ!イ、イヤナンデモナイデス。オチツイテイマスヨ?ワタシハダイジョウブデスヨ」
フェリルの挨拶を受けて別室に案内しようと亮二が席を立った時に、フェリルの隣に座っている女の子に気付いた。透き通るような白髪に白い服を来ており、瞳の色は銀色で目元は少しキツイ感じだが、街で見かけたら誰もが振り返るような美少女だった。
亮二が何気なく近付いて少女に話しかけようとしたが、フェリルと同じように頭の上に耳が付いているのを見つけるとテンション高く「ケモミミィ!」と叫んだ瞬間にハリセンの音で三重奏が奏でられると、震えるように立ち止まり少女から2歩下がるのだった。
「ジャ、ジャア。カノジョノメンドウハ、メルタサンニオマカセシテモヨロシイデショウカ?」
「もちろんです。リョージ様。それと私の事はメルタと呼び捨てでお願いしますね。まるで、さっきの別室で私がリョージ様に恐怖を植えつけたみたいじゃないですか?」
満面の笑みで「メルタと呼んで下さいね」と伝えてくるメルタに亮二は小刻みに震えながら、気を取り直して「はい!了解しました!」と敬礼をするのだった。
ほっぺたがジンジンと痛みます…。