227話 掃除後半組の話2 -人生波乱万丈ですね-
とうとう掃除も最終日になりました。
掃除後半組の罰としての掃除は1週間を超えようとしていた。初日に重い話を聞かされた兵士達は心を入れ替えたかのように2日目以降も真面目に掃除をしており、特にリーダー格の兵士は最初に組んだ男の子と一緒に精力的に掃除に取り組んでした。
「今日の昼食は、おでんだぞ!」
「それって、リョージ伯爵の国で有名な料理なのか?美味いけど腹が減るのが早そうだな。おい、ジェイミー!ちゃんと腹いっぱい食えよ!お袋さんの分は貰っているのか?伯…リョーエモン!こいつが持って帰れるような容器は無いのかよ?」
昼食がおでんである事を大声で告げた亮二に、おでんをお椀いっぱいに入れた状態のリーダー格の兵士が話し掛けてきた。その横には初日から組んでいる男の子が美味しそうにおでんを食べていた。周りの兵士からも気にかけてもらっている子供はジェイミーと名前で呼ばれており、兵士達の癒やしキャラになっているようだった。
「なあ、容器を用意してやってくれよ。リーダーはジェイミーのお袋さんに惚れ込んだらしくて甲斐甲斐しく世話を焼いているんだよ」
「なっ!よ、余計な事を言ってんじゃねえよ!俺はそんなつもりでジェイミーのお袋さんの世話をしている訳じゃないんだよ!ジェイミーの笑顔を守りたいだけじゃねえか!お前達だってそうだろ?」
リーダー格の兵士の言葉に周りはニヤニヤしながら「頑張れよ!リーダー!」と声を掛けると宿舎に帰って行くのだった。
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「で、なんで今日は違う奴が泣いてるんだよ?」
「だってよ!聞いてくれよ!伯爵!俺が手伝いで行った先の婆さんが昔話をするんだよ!爺さんと苦労したけど楽しかった冒険者時代の話や、娘さんとの確執があって領都に住む事になった話とか、マイアが訪ねてきて…あっ、マイアってのは婆さんの孫娘の名前なんだけどよ。一緒に住むようになって楽しい毎日の話とか、王都で一緒に住もうとマイアに言われたけど娘さんとの確執の話があって素直になれない話とか。『老い先短い婆さんが行っても邪魔になるだけじゃから』とか言うんだぞ!そばに居たマイアが宥めたりお願いしても頷かないんだ。顔は寂しそうに笑ってるのによ!」
掃除を始めてから10日目の食事の時間に目を真っ赤に腫らした兵士が料理を取りに来た。兵士の様子に気付いた亮二がため息を吐きながら質問すると怒涛の答えが返ってきた。あまりの形相に苦笑を浮かべながら「おいおい。どんだけテンプレな話題が領都には溢れてるんだよ!」と心の中でツッコみを入れると、クロを呼び寄せて詳細な調査の依頼をするのだった。
「どうしたんだよ?なにか不満があるなら言ってくれた方が助かる。毎回、無茶を言ってるのは承知しているから、改善できる事なら早急に着手するから」
翌日、クロから調査報告を受けた亮二が追加の命令をすると不満そうな顔でクロが頷いた。不満な顔をされる心当たりが無い亮二はクロに近付きながら質問すると、呆れたような顔のクロから返事が返ってきた。
「ん。リョージ様は鈍感。兵士達の事にここまで気が使えるなら私達にも気を使って欲しい」
クロ達に気を使ってないと言われ「鈍感」と言われた亮二は、苦笑を浮かべながらクロに近付くと「有難う。色々としてもらっているのにお礼を言ってなかったね」と頭を撫でながら笑顔で感謝を伝えた。
「くっ!それは卑怯。リョージ様は天然のたらしだったとカレナリエンとメルタさんに報告しておく」
突然、頭を撫でられた事で真っ赤な顔になったクロは「リョージ様は卑怯者」と言いながら退室するのだった。
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掃除の最終日に掃除前半組の兵士達もダンジョンから帰ってきた。兵士達は以前のように絡んでくる事もなく普通に接してきており、掃除後半組も亮二に対して友好的な態度で話をしていた。誰の目にも亮二の罰が効果的だったと証明しており、亮二は罰を与えた兵士達を眺めながら満足気に頷くとユックリとした口調で話し始めた。
「諸君!2週間に渡る掃除及びダンジョンアタックご苦労だった。前半、後半に分かれての掃除だったが、諸君達にとっては気持ちを切り替える上でも役に立ったと思っている。今日は十分に休養して、明日のエルナン達との模擬戦に備えてくれ!」
「伯爵の厚意で軽い罰で済ませてくれた事に感謝している。それに掃除を通して俺達は精神的に成長できたと実感している。エルナン達との模擬戦も今となってはどっちでもいいんだが、伯爵が奴らをどう鍛えたのか興味があるから明日の模擬戦は全力でさせてもらう。申し訳ないが遠慮はしないぞ」
リーダー格の兵士が亮二に対して頭を下げると恭しく告げた。兵士からの返事をニヤリと笑って受け取った亮二はリーダー格の兵士に近付くと「頑張れよ。お父さん」と肩を叩いた。
「な、なにを言ってるんだよ!誰がジェイミーの父親になるって言ったよ!」
「誰もジェイミーの父親なんて一言も言ってないじゃないか?なあ、俺はそんな事を言ってないよな?」
周りを見渡しながら話し掛けた亮二に、兵士達もニヤニヤと笑いながら「ああ、伯爵は一言もジェイミーなんて言ってないぞ!」「なにを勘違いしたんだよ!」「隠してるつもりだったのか?」「俺達がダンジョンから帰ってきたら、リーダーの話題で持ちきりだったぞ!」「もげろ!」などと囃し立てていると、リーダー格の兵士は真っ赤な顔になりながら「ふざけるな!」と叫んだ。
「ジェイミーの母親は寝たきりなんだぞ!心を入れ替えた俺が頑張って稼いでアイツを治してやるんだ!それからだよ!ジェイミーの父親になる話なん…えっ?な、なんで立ってるんだよ?今日の朝まで寝たきりだったじゃないか?」
リーダー格の兵士が怒りで叫んでいたが、こっちに向かって歩いてくるジェイミーの母親を見ると戸惑った顔と混乱した声になっていた。母親の腕にはジェイミーが抱かれており、リーダー格の兵士に気付くと満面の笑みを浮かべながら手を降ってきた。
「ふっふっふ。俺を誰だと思ってるんだよ。“イオルス神に頼りにされている男”の二つ名を持つ男だぞ。俺が持っている秘薬を使えばジェイミーのお母さんを回復させるなんて簡単だ。まあ、秘薬の在庫がそろそろヤバイけどな」
「お、おい!そんな貴重な品を簡単に使うなよ。お前はなにをしたか分かっ…「おい、それでどうなんだよ。ジェイミーの母親は元気になったぞ?」」
亮二が秘薬を使ってジェイミーの母親を回復させた事に困惑しながらも、リーダー格の兵士は真っ赤な顔で2人に近付くと片膝をついて話し始めた。
「俺は、お前達を養いたいと思っている。ジェイミーの兄も探すつもりだ。こんな俺で良かったら結婚してくれないか?」
「寝たきりの私を2週間も見捨てずに面倒を見てくれてジェイミーも懐いています。これからも見捨てずに私達の面倒を見てくれますか?」
涙混じりで答えたジェイミーの母親を不思議そうな顔で見ていたジェイミーに「アラちゃんがお父さんになってくれるって」と教えると、ジェイミーは輝くような笑顔で「本当?僕のお父さんになってくれるの?アラちゃん?」と問い掛けてきた。リーダー格の兵士は涙を流しながら2人を抱きしめると「まずは3人で楽しく暮らそうな」と伝えるのだった。
「おい。感動的なところをすまないが、アラちゃんって誰だよ?」
「うぇ。い、いや。その、えっとだな…「アラちゃんはね!アライグマのキグルミを着たおじちゃんだからアラちゃんなんだよ!」」
亮二の素朴な疑問にリーダー格の兵士が、しどろもどろになっていると母親に抱かれているジェイミーが嬉しそうに説明をしてくれた。亮二が「へぇ、アラちゃんか。よし!お前は今日からアライグマ騎士団団長のアラちゃんだ!」と任命すると、兵士一同が大爆笑しながら「よろしくなアラちゃん団長!」と敬礼をするのだった。
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「伯爵様。本当に有難うございました。伯爵様に頂いた秘薬でこうしてジェイミーを抱っこする事が出きます。それに、素敵な人とも出会う事も出来ました。あとはジェイミーの兄さえ見つかれば言うことは有りません」
「だと思ったから探して連れてきたよ」
涙を浮かべながら感謝の言葉を述べたジェイミーの母親に亮二は笑いかけると、止めていた馬車からジェイミーの兄を連れ出してきた。
「兄ちゃん!」
ジェイミーが母親から降りて兄に向かって全力で走りながら飛び付いた。ジェイミーの兄はしっかりとジェイミーを抱きしめて「ただいま。母さん」と呟くと母親も抱きしめるのだった。大喜びをしているジェイミーを挟んで号泣している親子に気まずそうに近付いたリーダー格の兵士に対して、ジェイミーの兄は「母とジェイミーをよろしくお願いします」と頭を下げるのだった。
アラちゃんの対応だけで終わってしまった…。