185話 ネイハムとの一コマ -授業を始めますね-
学院の改革も始めないとね。
リカルドに工事の総指揮を任せた亮二は、学院の改革に力を入れることを決め行動に移しだした。縁故やコネで採用された教授や職員は初級探索者ダンジョン攻略後の騒動で大量退職していた為、当初は壊滅的な人員不足で残った職員が過労で倒れる寸前まで追い込まれている状況だった。
だが、亮二やライナルトの他に試練の洞窟で深部調査をした学者チーム5名を学院に召集して授業を受け持たせ、それ以外にも費用は王家持ちで私塾を開いている者を生徒ごと学院に入学させる事で人員不足の解消を行った。
私塾を開いている者の多くは学院で授業を受け持つ事を望んでいたが、縁故とコネかライナルトのように大量の結果を残さないと学院で授業を受け持つ事が出来なかったので、今回の緊急処置に伴う学院からの囲い込みを喜んでいた。
亮二とシャルロッタは教員が増えて人員不足が改善されたタイミングで、現在の特別クラスと普通クラスの2クラス制を細分化して3年制にし、現2年生については卒業するも進学するも自由に出来る選択制とした。授業日数にしても現行の週6日から5日に変更し、休日を2日に増やして講師の疲労軽減及び、研究時間を持てるようにすると共に、望む者については年に1度の研究成果発表会への優先発表権を発行するのだった。
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「このクラスでは授業をするのは初めてなんでよろしく!俺の授業では詠唱短縮をするための練習として魔石に属性を付与する必要が有る。授業の前に渡しておいた魔石10個への属性付与は出来てる?全部出来てなくても大丈夫だから。まずは皆の実力を知りたいだけだからね」
亮二の声に生徒のほぼ全員から「5個は出来てます!」「俺は3個」などと答えが返ってきた。亮二は1人だけ返事が返ってこなかった生徒に視線を向けると俯いてしまった。
「どうした?ネイハム?」
「いえ、すいません。兄貴…リョージ先生1個も出来ていません…。本当に申し訳ありません」
「リョージ先生!ネイハムはリョージ先生の【黒】の勲章の正反対で【白】の勲章持ちなんですよ。そんな奴に難しいことをやれと言っても出来るわけないじゃないですか。無駄な事を言ってないで授業を進めてくださいよ!なあ、ネイハム!」
ネイハムの消え入りそうな声に横から嬉しそうな声が教室内に響き渡った。亮二が声の上がった方に視線を向けると、蔑むような視線と態度と口調で席から立ち上がってネイハムを口撃している男がいた。亮二の視線に気付いた男はネイハムへの口撃をやめると、亮二の方を向いて大仰に挨拶を始めた。
「リョージ先生の授業は素晴らしいと聞いております。我が父も『サンドストレム王国の貴族の血統でさえ有れば完璧だ』と申しております。我が父をご存じないですか?我が家はリョージ伯爵と同じ伯爵位ですが、こちらは建国王アマデオから続く由緒正しき血筋の伯爵です」
「そうか。それは良かったね。血筋だけで判断するなら君のお父さんはさぞ立派な人なんだろうね。全く知らないけど。って事で、授業を始めようか」
挨拶を軽く聞き流して授業を始めた亮二を男は憎々しげに睨んでいたが、亮二が全く意に介していない事に気付くと苛立たしげに着席した。亮二は生徒全体を改めて眺めると特別クラスでは感じなかった勢力図のようなものを感じた。さきほどの生徒を中心とした貴族達とそれ以外とに分かれているようで【白】の勲章であるネイハムはどちらにも属しておらず1人で居るようだった。
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「なあ、ネイハムは悔しくないのか?前に俺がお前の店に行った時の気概はどこに行ったんだよ?あんな『血筋が立派だから俺も凄い!』なんて言っているバカに好き勝手言わすなよ!」
「だって!兄貴はそう言うけど、アイツは貴族の上に一般クラスではトップクラスの成績を収めているんだぞ!王立魔術学院に入学しているのに魔法が使えない俺のような生徒が同じクラスに居るだけで苛々するって言われてるんだよ!」
授業後にネイハムを個人的に呼び出した亮二が問いただすと、ネイハムは唇を噛み締めて暫く黙っていたが、最後は苛立ちとともにツラさを吐き出した。亮二はネイハムの目を見て諦めている訳ではないが、自分の無力さに諦めつつある様子を感じ取ると力強く宣言した。
「よし!今日から特訓だ!俺がお前に魔法を教えてやる!」
「え?いいのかい?兄貴は貧民対策や学院の講師として忙しいんじゃないのか?」
「そんな事は気にしなくていい!貧民対策はリカルドに押し付け…任せているし、講師の仕事は人員不足が解消しつつあるから時間に余裕は出来始めた。これから1週間で魔法を使えるようになるぞ!」
「い、1週間?いや、いくら兄貴でも無理だろう。俺は魔力が殆ど無くて属性も無いんだぞ!それに今まで授業にも真剣に出てたけど、魔力も上がらなかったし属性も出て来なかったんだぞ」
亮二の宣言にネイハムが仰天したように出来ない理由を並べ始めるたのを亮二は勢い良く遮ると自分の指示に従うように伝えるのだった。
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「取り敢えず1週間は俺の屋敷に泊まって魔術の特訓だ。屋敷に入ったら俺の指示に従え!お父さんには『お宅の息子は預かった』って言っとくから」
「兄貴!その台詞は駄目だ!誘拐されたと親父が勘違いする!」
「じゃあ、『お宅の息子は新しい世界に行きました』ってのは?」
「どこ!新しい世界ってどこ!親父が色々と諦めそうだからやめて下さい」
「じゃあ、『お宅の息子は実に勇敢でした』ってのは?」
「勝手に殺さないで!お願いですから普通に『リョージ伯爵の屋敷で魔術の勉強をしています』って伝言をしてください」
「えぇ!そんなのつまらないじゃん!」
「伝言に面白さを求めないでくださいよ…」
これから1週間はネイハムの特訓です。