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第九十話 刺せ

伊織の姿が一瞬視界からずれる。

――下かっ。


地面すれすれの極端な前屈姿勢から、剣を持っていない方の手で地面を押し上げ、

伊織が刃を振ってくる。

隙間に薙刀の刃を合わせ、咄嗟に防ぐ。


キンッ


金属音が響く。

けれどその音に気を取られている余裕はない。

防がれるやいなや突きに切り替えたその刀を身を翻して躱す。


「カッカッカ、見事。

姫宮の血は錆びては居らぬようじゃな。

じゃが、まだ未熟ッ!!」


刀の持ち手を逆手に切り替えた伊織は上から突き刺す様に突き下ろしてきた。

咄嗟に薙刀で受けたものの、



「未熟と言っておろうがっっ!!」


薙刀の柄が両断され、

その刃は僕の脇腹を浅く切り開いた。


「遥さんッッ!!」


「それで終わりか、技の一つも出せぬとは…。

榛様に似ておるのは容姿だけか…、

天下に響いたその血が消えるには惜しいが、

もう構わん、早う斬らせいッ!!」

伊織が踏み込んで刃を降ろす。


「避けて遥さん。」

摂理の叫び声が響く。




僕は振り下ろされる刃を、

短くなった二つの薙刀の刃で受け止めた。

「――――まだだ。

時代と共に昇華した姫宮の技を時代遅れに見せてあげますよ。

摂理、回復を。」



「はいっ。回復術式(ヒーリング)!!」


「ほうっ?儂を愉しませてくれるか。」



「愉しすぎて死なないようにお互い気を付けましょう。」


「言うわ、若いの。」



実戦で試すのは初めてだ。

昔作られた使えないと寂れた技術だけれど、

曽祖父の代で再び研究され直した二刀奥義。


二振りの刃物を使った連撃術。

地面や刃物同士を使って出す音で、

感覚をずらして、

作りだした虚に刃を差し込む。

「――――砧拍子(きぬたびょうし)。」



背後の上方で二つの刃を重ね合わせ、

片方の刃で視覚を抑えたまま、その裏にある刃を再度正面に振り上げて斬りつける。

幾らこの世界をクリアしたことがある人間だとは言え、

不死身の特典なんてものは無い筈だ。


そもそも死を愉しむような感性の人間はそんなどうでもいいものは求めない。

これで、

「終わりだ。」




…そう、思っていた。

「終わるわけがなかろうて。」


よりにもよって刀を絡み付かせるように跳ねあげさせられて止められる。

そのまま横薙ぎに払ってきた刀はもう一刀で無理矢理受け止める。


「…流石、という所でしょうか。」


「儂の作った技で儂を倒そうなど甘いにも程があるわ。」

成程、この男が…。



「本物の『業』を見せてやろう。―――閑拍子(しずびょうし)。」


「遥さんっっ!! 二重体感加速(クロックアップ)!!」

摂理の声が聞こえると同時に意識が身体を置いていく感覚に襲われる。

普段より少し身体が重たいような感覚に襲われるものの、

動かすには問題ない。

体感的には普段より遅い動きなのだけれど、

現実には高速で動けているのだろう。


四方八方どころではない、

様々な周囲を刃の檻に閉じ込められるような感覚に襲われる程の速度で、

周囲から伊織が剣を振るう。


――檻の隙間が読めた。

摂理に合図を送る。合わせてくれるはずだ、摂理なら。

笏拍子(しゃくびょうし)。」


二つの刃による高速にして拘束の連撃。

全ての技が次への布石になる姫宮の戦闘技術を一つの技に変えたような技。

二振りという相手よりも数が多いであろう獲物を持って、

その力ではなく先読みの思考によって敵を追い詰め屠る。

姫宮の普段通りの戦闘方法を能動的、積極的に仕掛ける。



摂理が行ってきた、天降束滝(ヘブンズフォール)に僕の操作する水を逆からぶつけ、

飛沫による目晦まし、

そして水を操作する力の応用でその水の上を滑る様にし、

伊織の背に、刃を突き刺す構えに移る。

伊織は水飛沫の向こうに刃を繰り出しているけれど、

僕は既にそこにはいない。

そこに私はいません 眠ってなんかいません的な何かだ。

つまりその行動は、無理無駄無茶無味無臭無色透明な愚行だ。


これで、終わりだっっ!!

「疾ッ!!」


刃を繰り出す。



「甘いわっっ!!」


…まさかだった。

背後から襲った刃を、

振り向くことなく刀で防ぎ切った。

それも止めにくいであろう突きを。






…けれど残念。僕の刃はもう一本ある。

「一度しかさせないミツバチの様なハチもいるけれど、

―――――スズメバチは二度刺す。」


薙刀の刃が伊織を貫く。


「……見事。




じゃが、―――――――まだぬるいわ。」


心臓を外し伊織の正面にまで突き抜けたであろう薙刀の刃を掴み、

伊織はそのまま、僕から奪い取った一振りを投げ捨てた。



「折角じゃし、見せてやろう。姫宮流の到達点を。

完成とは言えんが、お前には充分だろう。

奥義――――――――無間拍子(むかんびょうし)。」





その言葉を聞いたとき、

何が起こったのか理解できなかった。

気が付けば僕の目の前にいた摂理が、

いつの間にかそこにいた伊織に斬られていた。


「はる…か…さっ…ん。まに…あ……った?」



摂理は笑顔のままその場に倒れる。

…天使の血も赤いのか……。

そんな場違いな思考が流れる。


動揺など捨てろ姫宮遥。

死体を盾に動揺を誘い最大効率で死を与えるのは、

お前の十八番じゃないか。

兵は捨て駒。

己も所詮捨て駒。

全てを贄に全てを踏破しろ。



「ふん、邪魔しおって。死んではおらんようだが、

もはやこやつは動けはしまい。」



摂理の生存に希望を見せるな。

自分の弱みをさらけ出すことは無い。

そう、所詮は摂理も僕が勝利するための道具に過ぎない。

道具は壊れたら他のもので代用すればいい。

他の物を買えばいい。



…思考が邪魔だ。

思考を棄てろ。

思想を棄てろ。

倫理を棄てろ。

心情を棄てろ。

信念を棄てろ。

意思を棄てろ。

欲望を棄てろ。

本能を棄てろ。

感情を棄てろ。

過去を棄てろ。

未来を棄てろ。

今を棄てろ。

捨てろ棄てろステロ。



スベテ――――――――――ドウデモイイ。




「……その眼だ。

榛様と同じ硝子細工のような透明なその眼。

やはりお前は榛様の―――――――よ、う…だ?ば…ばかな。

若造が、無間拍子…を?糞ッ!!」


僕に貫かれた伊織が袖の中から飛針を射出してきた。

首元と腕と足が抉られた。

けれどまだ、僕は死なない。


「くっ、外したか。儂の居場所はこの世界にしかない。

折角なんだ。斬って斬って斬って斬る。

人斬りが追われることなく、移動する庵と共に、

人をKILLことが出来る、

儂の世界を奪うような奴はっっ!!」




煩い。音が邪魔だ。

聴覚を棄てろ。


口の中に湧き上る血が邪魔だ。

味覚を棄てろ。


匂いが邪魔だ。

嗅覚を棄てろ。


視界が邪魔だ。

視覚を棄てろ。


痛みが邪魔だ。

触角を棄てろ。


























全て棄てて、突き刺し通せ。


















……………。

―――――――――僕が何をしたか、

僕が何を言ったか、何を考えていたか。

まるで覚えていない。

気が付けば伊織は死んでいて、

摂理は僕の腕の中にいた。




「はるか…さん?」


「摂理、早く治してここから出よう。

全て終わった。」



「倒せたの、ですか?」



「摂理、僕を誰だと思っている。

最強の魔王の異間同位体、姫宮遥だ。」


「…。ふふっ、そうですね…痛っ!!」



「早く治せばいい。」


「はい、回復術式(ヒーリング)。」



摂理と僕の身体は元通りになった。

もうコアも手に入ったしここに用は無い。


「帰ろうか。」


「はい。」


コアを持って迷宮(ダンジョン)を出ると迷宮(ダンジョン)は風に消えた。


「ところで遥さん?」


「何かな、摂理?」



「あの――――中の人たちは?」


そんなことはどうでもいいさ。

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