第38話 絶対に迷宮なんかに負けたりなんかしない。そう言うのなら愛するものをはなすべきではない。
「摂理、例の二人の背後関係を徹底的に洗ってくれ。」
「そう言うと思って用意しています。」
「君は本当に有能だね。」
「光栄です。
…私は遥さん色に染められてしまいましたから。」
そう言う台詞を真顔で言えるようになれば及第点だろう。
目を背けて朱くなっていうのではまだまだだね。
自分以外の意見が欲しくなる時もあるのかもしれないけれど、
それ以上に自分の意思に適切に対応してくれる人材は必要だね。
僕の横には僕だけでいい。
それ以外の全てのものは全て僕の下に這いつくばっていればいい。
「そうそう、そういえば『アレ』が概成したよ。」
「『アレ』?」…ああ、『アレ』ですね。」
『アレ』をここまで持ってくるのには多くの侵入者の犠牲が必要だった。
その犠牲をもってしてもまだ摂理の助けが必要なのだから完成ではなく、概成だ。
「遥さん、そう言えば耳寄りな情報がありますよ。」
「何かな。」
「現在モニターに表示してある男が、直接的に例の二人組を迷宮に追いやった男です。
その男が、知り合いを訪ねてまわって二人の支援の為の後発隊を編成しているようです。」
「その男の知り合いということは、
彼らとも当然知り合いだということだよね。」
「その通りです。」
「彼らの情報も?」
「既に収集済みです。」
「僕の補助装置が使える摂理でよかったよ。」
「私も仕える相手が遥さんでよかったです。」
「だろうね。」
僕を超える迷宮主なんて存在しない。
―――――――――――∮∮∮――――――――――
SIDE ARTHUR ~二人組~
「この迷宮も久しぶりだね。」
「一年ぶりになりますね。」
「相変わらず此処のモンスターは強めだね。」
「そうですね。」
あの時は、ただ生活の糧とちょっとした冒険心の為に、
迷宮にいればよかった。
「ディーヌ、こんな話を聞いたことはあるかな?」
「どんな話ですか?」
「死者も甦る聖なる水があるって。」
「それは凄いですね。」
「前にランスさんと二人で別の迷宮に行ったときに、
偶然だけど手に入れたんだ。」
「もしかして…。」
「もし、ここにまだダゼさんの遺体があれば、
これを使えば、あるいは…。」
「うん。見つかるといいですね。」
それから僕達は、モンスター達を倒しながら最初の砂浜付近を探してまわったけれど、
それらしいものは見つからなかった。
「…海の中かな。」
「……あの。」
「どうしたの、ディーヌ。」
「私、実は人魚族の血をひいているの。」
「うん。」
「人魚姫の話を知ってる?」
「知ってるよ。それがどうしたのかな。」
「人魚を人間にする秘術があるの。
そして、その逆の事もできるの。」
「…。」
「代償は一時的な声の消失。厳密には喋り方を思い出せなくなります。
…どうします?」
「行こう。僕達なら言葉が無くても大丈夫だよ。」
「そうですね。愛の力ですよね。」
僕達の愛の前に、敵は無い。
目の前に蜂のモンスターがいるけれど、負ける気はしない。
―――――――――――∮∮∮――――――――――
SIDE HARUKA ~管理者組~
此処のモンスターが強い?
当然だよ。僕の迷宮のモンスターの統率方針は、
『戦え』『競え』『奪え』。その先に進化がある。
だからね。
仲良しこよしな数を増やすことだけに執心する迷宮とは違うさ。
強いモンスター、
弱いモンスター、
そんなの迷宮主の勝手、
本当に強い迷宮主なら、
好きなモンスターで勝てる様に頑張るべき――――――だろうか?
確かに僕ならばそれでも勝てる。
けれど、支配者が勝手で何が悪いのだろうね?
「遥さん、どうします?
この秘術のシステムによっては超深海も突破可能かと。
既にこの迷宮のセミボスクラスである、
礁湖雀蜂の働き蜂も数匹倒されていますが。」
「デュカリスにはそれ以上手を出させないように言っておく。
そのまま『海』のフロアは素通りさせてあげてくれ。」
「いいのですか?『海』はこの迷宮の最大戦力ですよ。」
「問題ないさ。それより、後発隊は遅かったね。
今ようやく来たようだよ。
それにしても誰も彼も愚か者ばかりだね。」
死者を蘇らせる?
既にポイントに成り果てた者を?
僕がお母様に届けないのに、
お前達如きが望みに届くはずなんてないだろう?
―――――――――――∮∮∮――――――――――
SIDE THE BACKUP PARTY ~後発隊~
「全く、なんなんだこの砂漠は。」
「本当に、どこかの誰かが余計な事をしなければこんな所に来ることなんて無かったんですけどね。」
「…ごめんなさい。」
毛むくじゃらの神父が素直に述べた感想に、
仕立て屋が皮肉に変えて同様の感想をダゼ少年に述べる。
「まあまあ、ランスの奴もほんとに嫌だったら来てねえよ。
ここに来た以上それもこいつの意思だ。」
「…不満が無いとは言っていませんけどね。
もし、万が一、仮に、天文学的な確立で、
あの二人が助からなかったら、その時は、
私が君を斬る。」
「……。」
「そうならない為に俺達が来たんだろう。
俺達は絶対に迷宮なんかに負けたりなんかしない。
そんなことより、腹が減る前に帰るぞ。」
「……うん。」
「そうしますか――――――――、
アレは、何ですか?」
「アレってどれだ…、ああ歩骸骨じゃねぇか。
あんなの、楽勝だ。俺は神父だぜ?」
「…そうでしたね。見かけが熊なので忘れてました。」
「よっしゃ殴ってバラバラにしてやるか。」
「…中身が熊なのも忘れてました。」
「おい、ランス、坊主、敵は2体だ。
一気に行くぞ。」
「そうしますか。」
「ちょっとまってくれよ。
あの2体の歩骸骨の手。
もしかして…。」
「なんだよ?」
「いったいなんなんですか…――――珊瑚の指輪…。」
「倒せないよ。無理だよ。」
「言われてみれば、身長も似てるし、
片方の足が欠けてるのをもう片方が、支えてる。
そんな…、嘘だろ…。」
「落ち着いてください。私も一瞬動揺しましたが、
彼女の下半身は…。
死ねば、人魚の下半身に戻ります。」
「何でそんなことが言えるんだよ。」
「…そういうことかい。」
「ええ、そうです。
彼女は人魚族の血が先祖返りして、
10歳の時に人間の足を失いました。
この事を知っているのは、私だけ。
もしかしたら彼にも話してはいないかもしれません。」
「じゃ、じゃあ、ディーはあの閉鎖的な人魚族が、
人間と結婚して産まれた子っていうのかよ。」
「そう言わなかったかな。」
「まあ、ランス、普通の奴はそうなるのはしょうがねえや。」
「そ、それにだ。アーサーにも話してないことをなんでお前だけが知っていたんだよ。」
「それは、私も――彼女の同類だからだ。」
そう言って仕立て屋は上着を脱ぎ去ると、
その下に着込んだ服を突き破らせるようにして、
背中から翼を生やした。
「鳥人族!?山から下りてこない奴等じゃなかったのかっ!?」
「コイツも嬢ちゃんと同じなんだよ。」
「彼女の異変には直ぐに気が付いた。
高貴なる家の出だったのだろう。彼女は人の姿になる秘術を知っていた。
だけど、知ってはいたものの、それまで必要が無く使わなかった術が直ぐに使えるわけではないからね。
同じ道の先輩として、色々教えてあげたのさ。」
「ランスと嬢ちゃんの話はここらで止めようや。」
「なんでさ。」
「コイツが苦しむ。…理由は解からなくていい。
それと、コイツが人の外見に拘らないわけは解かっただろう?」
「わかんねぇよ。鳥人の女が好みだとか?」
「……マジかよ、そりゃあ坊主はモテねえぞ。」
「一見普通の人間でも一皮むけばその本性は解からない。
種族すら隠せるのなら、表面なんて価値がなくなるだろう?」
「そういうもんかなあ。」
「そんなこと考えてるよりも、
2人の偽物が来るぞ。」
そう言って、3人が戦闘態勢を取ろうとしたとき、
片方の歩骸骨の足に靄がかかった。
その靄が、風に揺れるようにして消えると、
其処には、魚の様な下半身に変わった骨になっていた。
「まさか、本当に…。
すまないね。私は戦えそうにない。」
「無理だな。俺も。」
「こんなの嘘だ。」
ゆっくりと迫りくる歩骸骨は、
神父と仕立て屋に抱きつくようにして、
その身体に剣を突き刺した。
「嘘だ、嘘だ、嘘だ。」
大人二人が直ぐに地を飲み干す砂漠を、
それでも尚、朱く潤そうと倒れ込む中、
ブラート少年が叫んだ時だった。
「そうだよ。嘘だ。」
女神が現れた。
―――――――――――∮∮∮――――――――――
SIDE HARUKA ~管理者組~
珊瑚の指輪はこの迷宮で取れるもので、
確保は難しくは無い。
骨の身体で構築された歩骸骨の身体を組み直すのも簡単な事だよね。
通常であれば陸上で無理に魚の下半身にするメリットは無い。
通常であれば、ね?
「そうだよ。嘘だ。人間は無様だね。」
摂理と共に現れた僕は、
目の前の生き残りにそう言ってあげる。
この3人の内、有力な二人には先に退場してもらった。
残り物には心配する必要もない。
咄嗟に足を引きずりながらも逃げようとする無様な残り物の為に、
出入り口を閉鎖しておく。
「だっ誰だよアンタは。くっ来るな。
皆ごめん。逃げるしかないんだ。
後で他の人を呼んでくるから。―――開かないっ!?そんなのってないよ。嘘だ。」
「パンドラの函の最大の災厄は解かるかい
――――――――――希望だよ。」
君みたいな奴には僕が直接手を下しても、
摂理も危ないとも言わないだろうね。
君たちの死体は、しっかり有効活用させてもらうよ。
「君のプロフィールも調べさせてもらったよ。
実に、―――――――――――実に詰まらないものだった。
母親がいなくなった事を理由にして自分勝手を正当化?
惨め、余りにも惨めだ。
母親がいなくなったことが君を歪めたかもしれない。
だけれども、君の行動は全て君の意思のみによって決まることだ。
自分の母親を盾にして誰かに我儘を赦してもらおうというのは、
余りにも虫が良すぎる話じゃないのかな。」
……いけない。
こんなどうでもいい存在如きに何を苛ついているんだ僕は。
「何でだよ。なんで俺ばっかし責められるんだよ…。
なあ女神様助けてくれよぉ。アーサー達や、
おじさんたちやかあちゃんを返してくれよぉ。」
「…不思議な話だね。
僕が女神だというのなら、先程何故逃げたのか教えてくれるかな。
……君の様な弱者に備わった唯一の長所である危機察知能力。
自分の感は、大事にした方がいい。」
「女神様、女神様じゃないのかよ。
女神様なんだろ。助けてくれよ。」
苛々する。
時折こういう愚か者は来るんだ。
死者を蘇らせる目的でこの迷宮に挑みに来る愚か者が。
現状僕の知る限り、この迷宮には、
死亡した者を甦らせる為のアイテムはドロップしていない。
精々、寿命が延びるものや、肉体の回復、病魔の根絶位のものだ。
つい1日前に来た少女も苛々させた。
死んだ母親を甦らせる為のアイテムを探しに来たらしい。
砂漠の入り口付近では見つからなかったようで直ぐに帰っていったけど。
その事には苛立ちはしなかったけれど、
摂理がその後に言った、
「母親の為に頑張る子の気持ちはわかるんですね。」
と笑っていたので、しばらく無視することにした。
有象無象の女と、僕のお母様を同列に扱われるのは、
許し難いという話ではない。
…恐らく、摂理にはただの照れ隠しだと思われているかもしれないけれど。
ああ、そうだった。この少年を処分しに来たんだったね。
どうでも良すぎて忘れていた。
「人は真実よりも信じたいものを信じる。
愛してくれる人よりも愛している人を選ぶのに似ているのかもしれないね。
…だから君達はあの少女に選ばれなかった。」
人は、愛してくれる人よりも愛している人を選ぶ。
例えば、真面目なだけの夫よりも、
自信家で積極的な男を選ぶ女、
例えば、―――――育ちの良い眩しすぎる妻よりも、
似たような育ちの阿婆擦れを選ぶ男の様に。
「…そろそろいい時間だろうから、
ここで君には人としては死んでもらおうかな。」
僕はそう言うと何やらどうでもいいことを喚き散らしている少年の、
心臓からは『随分と離れたところ』に薙刀を突き刺した。
ここで、今まで黙っていた摂理がようやく口を開いた。
「母親を失ったから歪んだなんて、少し、似てますね。」
…全く、誰にだろうね。
…どうでもいい碌なことを言わないのなら、
そのまま黙っていればよかったのに。
―――――――――――∮∮∮――――――――――
SIDE ARTHUR ~二人組~
「」
「」
ディーヌッしゃがみ込んでっっ。
そう言うつもりで声を出せずに叫びながら、
ディーヌの肩を抑え込んで共にしゃがみ込む。
僕が先に一人でこの部屋に入って、一度戻り、
ディーヌが部屋に来る前に説明しておいたのでディーヌも対応できた。
直後、座り込んだ僕達の頭があった所を、
水平のギロチンが通り抜けた。
これで何度目の罠だったのだろう。
ここ最近、なぜか危ない状況になっても、
巻き込まれずに済むことが酷く多い。
幸運が続きすぎて怖いくらいだ。
壁の側面に幾つもの扉がある部屋を、
何度も通り抜けては進んできた。
不思議なことに、このまま自分の間に従って進んでいけば、
出口にまで出られる気がする。
これだけの幸運、幸運すぎて、逆に不安になるくらいだ。
…いけないな。
不安そうにしていたら、ディーヌに頼りなく見られてしまうかもしれない。
僕が、頑張らないと。
よく、解かりましたね。あの罠も。
と、恐らくディーヌはそう言いたそうにしている。
まあね。
と喋りたいけれど声が出ないので、取り敢えず笑ってみる。
…伝わったのだろうか?
実際は解かったわけでもないんだけどね。ほぼ直観みたいなものだったから。
喋れないということは複数で行動する時にはとても困難な事だと思う。
人魚の秘術は、人間の下半身と人魚の下半身を自在に変化させられる代わりに、
変化させた後しばらく、具体的には半日以上はかかるらしいけれど、
言葉の出し方を忘れてしまう。
僕達でなければ、もっと早くやられていたとは思うけれど、
僕達でも、半日程度なら待てばよかったと思わなかったことも無い。
けれど、深海の底に海のフロアの出口があったのを見た時、
これは、この海のフロアにあの蜂以上のモンスターを置いていないわけだと思った。
普通の、しかも内陸に住む人魚以外の種族は絶対に超えられない場所だから。
だからこそ、魔王が油断しているうちに早く進まなくてはという判断をすることになったんだ。
その後も、扉が幾つかあったので、
先程は言った扉から見て右側の扉に行くことにした。
最初に僕が行くから。
今までの部屋同様にジェスチャーでそう言った後、
先程と同様に、僕だけが先に入って、
様子を確かめる。
扉に入った直後に剣を周囲に振って見て、
罠を確認した。
…あった。
目に見えるかどうかというほどの、
細い糸だった。
…強度はかなりのものだ。
このまま直進していたら細切れになっていたかもしれない。
先程の扉に入って、
元の部屋に戻り、ディーヌと一緒に次の部屋に進んでいこうとしたとき、
ディーヌはおらず、
この部屋に入ってきたときとは別の扉が閉まるのを僕は見た。
追いかけるべきなのか、
そのまま進むべきなのか。
僕の直観は、どちらでもディーヌに追いつける気がしていた。
恐らく魔王に連れ去られたのかもしれない。
だとすると先回りして、予想以上に早く着いた僕に準備をさせないまま、
ディーヌを奪い返すべきだろうか、
それとも、この迷宮の罠を熟知している魔王を罠部屋群の中で追いかけるべきだろうか?
…前者を選ぼう。
ディーヌッ、君は絶対に僕が助ける。
―――――――――――∮∮∮――――――――――
SIDE HARUKA ~管理者組~
勇者君(仮)がヒロインさんと別れた僅かな隙に、
僕は策を施行した。
身体から血を流した少年に、
子蜘蛛曼陀羅華から採取した成分を、
何十人という侵入者で試して作った秘薬を飲ませる。
『脱羅の秘薬verB』
概ね完成して、
摂理の魔法と組み合わせれば、
人を思い通りに操ることができるようになった。
ただ一つの欠点は、
表情を除き、首から上だけはこちらの制御下にならないこと。
つまり、自由に喋れるわけだ。
そんな状態になったブラート少年をオンディーヌの部屋に別の扉から登場させる。
血を流しながら、苦しそうにうずくまらせる。
「」
声を出せない人魚姫は音のない叫びをあげながら駆け寄ったけれど、
少年は、助けを乞うような姿勢を取りながらも、
「来るなっ。こっちへ来るんじゃないっっ。」
そう叫んでいた。
…今がこの少年の人生で一番輝いているときだろうね。
僕はそうほくそ笑む。
だけれども、人魚姫さんの慈愛はそんな少年の人生の輝きを上回っていたようで、
そのまま駆け寄っていく。
その距離が近づくや否や、突如少年は心配して駆け寄ってくれた2本足の人魚姫を押し倒して組み敷く。
……僕がさせているからこういうべきではないけれどけれど、醜い絵だね。
主にその醜い絵の要因となっているブラートは持っていた蓋の空いた瓶の中身を、
むりやり御嬢さんの口の中に流し込んだ。
―――中身は勿論、『脱羅の秘薬verB』だ。
少女の喉が動く。…よし、飲んだね。
さあ、勇者君、決戦といこうか。




