第30話 てん×のいない12月 ~passive hell and death ~
僕と摂理がサンドウィッチを食べ終え、
休憩していた時、突如女性の悲鳴が聞こえた。
少し利き覚えがある声だったのは気のせいだろう。
僕達が助けにいくつもりは無かったけれど、
取り敢えず悲鳴がした方へ振り向くと其処には人間の女性に襲い掛かる醜劣悪人の姿があった。
「…AUAUAAAA!!!!PASSHIROHENDAAASSU!!!!!」
奇声をあげて今まさに女性に襲い掛かろうとしている。
「醜劣悪人はヒトとの生殖は可能なのかな。」
「というより、今まさにそのために女性を襲っています。」
成程、このままいけばモンスターの繁殖現場に立ち会えるわけか。
…それにしても醜いね。
卑猥で品が無く、何より醜い。
―――――というよりも、そもそも醜劣悪人はモンスターというよりアレは…。
アレは、―――――――――――――ヒトじゃないか?
いや、違う。厳密には染色体が違うだけで、生物としては完全に別種とされる。
チンパンジーと人の遺伝子が近くても別種であるように。
「摂理、この世界における醜劣悪人とは?」
ゴブリンというのは多くのゲームにおいては緑色の亜人だ。
しかしこの世界においてはそうではない。
恐らくは、
「悪しき願いによって知性と成長力と寿命を引き替えに、
身体の頑丈さと、倫理観からの脱却、そして繁殖力を手に入れた元人間…
とされています。
…実際にはただの人間の遺伝子異常体で、
その醜さと知能の低さから人間社会から追放された存在を祖に持つもの。
つまり…」
「××すというやつだね。」
「はい、て××ですね。あっ、×ん×とかいって私と一緒にしないで下さいね。」
解かっているよ。
醜劣悪人…。
染色体異常…。
遺伝子のバグ―――、
……バグ?
気になることができた。
これは…、……かなり重要な事項かもしれない。
「そう言えば、
この世界はネットゲームのようだと言ったよね。
この世界に、『バグ』は無いのかな?」
「あります。世界が直接手を下しに来れない最大の原因こそが『バグ』です。
この世界のシステムを構築するにあたってどうしても矛盾が発生します。
その矛盾が大きければ大きいほど『矛盾』が発生し、その矛盾が『バグ』を生み出します。
だからこそ、世界も無理なことはできませんが、それでも発生する『バグ』は存在します。
『バグ』は他のあらゆるものを取り込み同化する、この世界の厄災です。」
なるほど、いつか、使えそうだね。
憶えておくよ。
「有益な情報をありがとう摂理。」
「いえ、どういたしまして。
…ところで、あの女性と醜劣悪人をどうしますか?」
「どうでもいいよ。」
「だと思いました。」
「でも―――」
「でも?」
「やはり、あのような醜い存在があることを僕の感性が許容しない。」
「では、」
「薙刀の錆びにしてあげよう。」
恐らく、この薙刀の素材は錆びそうにないけれど。
遂に女性が醜劣悪人に押し倒され、
今まさに純潔を奪われようとしていた。
このまま2体をまとめて斬り伏せてもいいけど、
確認したいこともある。
「そこの醜劣悪人、僕が相手をしてあげよう。」
僕の姿を確認した醜劣悪人は、
僕の方と摂理と、組み伏せた女性を見比べた後、
僕に向かって突撃してきた。股間を膨張させたまま。
「AAAUUAAAAUUAAAAAA!!!!!!」
運動能力は一般的なヒトを超えた程度。
「摂理、僕の姿の幻術を。」
「はい。」
醜劣悪人は僕の姿の幻術に抱きつくと、
只管交尾の為に腰を振っていた。
「幻術とはいえ、自分が犯されているのを見るのは嫌なものだね。
……戦闘中にこのザマだとは、知能も×、ということだね。」
「そうですね。私が見せた幻術とはいえ私も腹立たしいです。
そういえばお勧めできないモンスターなのだと言いましたよね。
見てお判りでしょうが、
…正直、数少ない女性侵入者に対する恐怖心の煽りにしか使えません。」
「そのようだね。ヒトに生まれてくればよかったものの。
化け物に産まれてしまったのは彼らにとっては悲劇だろう。
だけどそんなことは―――、」
「「どうでもいい。」」
「その通りだよ摂理。
さあ、醜劣悪人よ、醜く生まれたことを後悔して死ねばいいさ。」
僕は醜劣悪人に薙刀の刃を振り下ろした。
僕は死んだ醜劣悪人を薙刀で引き摺り、湖の中に投げ捨て、刃先を水で洗った。
暫く、プカプカと醜劣悪人は浮かんでいたけれど、
突如、水飛沫とともに巨大な魚が水面に乗り出し、
醜劣悪人を呑み込み、また、潜っていった。
「綺麗なだけの湖ではなかったようだね。」
「…そうですね。」
僕と摂理がそう話していた時だった。
「あっ、あの、ありがとう。」
背後から声が聞こえてきた。
この場で僕に礼を言う人物など、先ほど助けた女性以外にはいない。
そう思って振り向くと、実際その通りだった。
其処にいたのは――――――、
「瑠、璃?」
髪の色は違うけど、間違いない…。
「どうしてわたしの名前を?」
「僕の事を、憶えていないのか。…そうか。」
「ごめん、わたしはあなたのこと知らないの。」
「気にしないでくれていいよ。」
「そうする。」
「ありがとう。摂理、……摂理?」
「気を付けてください遥さん。
その女性は真っ当な人間ではありません。」
「どういうことかな。」
「それは―――」
「摂理さん、だったかな。自分で言うから。」
「……。」
「わたしは天使ルリ・アマノハシダテ。翼は無いけれどこれでも世界の端末なの。
正確には天使兼迷宮主かな。最近になってだけど。」
…迷宮主?
「どういうことか、説明してくれるよね。」
「ええ、いいわよ。恩人だしね。
わたしはこの世界の呼び出された迷宮主の希望に沿った姿で作られた天使。
そこの摂理さんと同じね。同類位はわかるんだから。ねえ迷宮主さん。」
「だろうね、天使が付き従う存在が魔王でない可能性はあまりにも少ないからね。」
「遥さん、口を挟みますね?ところでどうして天使である貴女が醜劣悪人程度に?
それに天使なら私達の正体など断定できて当然でしかるべきなのですけど?」
「その質問についてもお話ししようと思っていたところです。
わたしの派遣先の迷宮主は世界からの期待度は大して高くは無かったの。
だから、わたしの能力も上位モデルの天使ほどではなかった。
上位モデルは性能も高い上に、権限も世界との交信以外にも初期でもっているデータベースも段違いなの。
その上、わたしの迷宮主はわたしがある程度の自由意思をもつ女の子だと解かると、
途端にわたしの戦闘能力の多くをリミットして、
その上にわたしと世界の交信の状況をOFFにしたの。
自分より上の存在に自分に仕える女が従っているのが癪に障ったのね。
酷い言い方をすれば他の存在と比べられる自信が無い。そういう迷宮主だったの。」
「僕以外のものに従うな。神様とやらとも接触するな。お前は僕のものだ。
遥さん、憶えていますか?」
少し今は静かにしようか、摂理。
「……そちらの迷宮主に言われたら靡いちゃうかもしれないわね。
羨ましい。」
「……そんなどうでもいい事よりも続きを聞かせてくれるかな。」
「…そういう人か。ふふ。
すこし、わたしにもまだチャンスがあるような気がしてきた。」
「いえ、大丈夫です。遥さんの専属は既に間に合っています。」
「プライベートの方は、フリーみたいね。
話を戻すけど、わたしは世界や他の天使や迷宮主のことは解からないし、
対して強くも無いの。
そして、世界が掛けた期待度の通りわたしの迷宮主は敗北、
破産して消滅した。
上手くシステムの補助装置としての役割が作動し、
補助装置であるわたしが迷宮主に為り替わった。
天使が迷宮主をする特典として、世界からの取り立てが免除されるの。
ダンジョン使用料と、天使レンタル料、モンスターの呼び寄せポイントの減額ぐらいだけど。
だけど、問題はあった。
今回のわたしの場合は使用モンスターは前迷宮主の引き継ぎ。
他の天使たちの場合は知らないけど、少なくともわたしはそうだった。
だから、外でモンスターを倒して、それを格納すれば、
その解析を元に自分のダンジョンに呼び込めるカタログに登録できるの。」
自分の迷宮の為に怪物を狩る容姿端麗な乙女、
成程、それは人々に目撃されれば天使信仰が生まれてもおかしくないわけだね。
だけど、
「醜劣悪人にさえ勝てなかったというのは、
私は同じ天使として逆に難しいとさえ思うのですが。」
「それは、前迷宮主が掛けたリミットが未だにわたしを縛っているから。
わたし自身には外せず、どうやら世界からその権利を買い取るしかないようね。」
「……そうか。カタログのデータがスカスカだと言っていたよね。そのままでは厳しいと思うのだけど。」
「ザコ数種ではとてもじゃないけど厳しいかな。この前も初級罠が無ければ全滅していたし。」
「ここに来るまでに倒したモンスターを幾つかは格納したんだ。
どれも低級で悪いけど、持って帰って選択肢の足しにするといい。
後、幾つかの悪質なノウハウなら教えてあげられる。」
「いいの?」
「助けたついでだよ。」
その後僕とルリは迷宮談義に明け暮れた。
といっても時間は1時間も経ってない。
それは、話に入れない摂理が不満そうな顔でいたこととの関連性は無い。
そしてその迷宮談義、というよりも迷宮講座が終わった頃。
「遥、だったっけ。本当に遥はわたしの恩人だよ。」
「どういたしまして。早くダンジョンに戻って試してみるといいよ。」
「まだまだ遥と話していたいけどね、あはは。」
いつの間にか、僕は呼び捨てにされていた。
ますます、背後からの視線が強まっている気がする。
自分の迷宮主がないがしろにされることが補助装置にとっては重大な問題なのかもしれない。
「遅くなれば不慮の事故も多くなるから。」
「…う~ん、そうしようかな。じゃあ今度改めてお礼に行くから遥の迷宮に連れていって。」
「ルリが出歩くと直ぐにまた、モンスターに襲われそうだから、
僕の方から出向くことにするよ。」
「…うん。待ってるから。」
そう言って、彼女は帰っていった。
「他の迷宮主に施策を教授して、
遥さんの方から尋ねに行く約束をするなんて、
随分と彼女の事を気にかけているんですね。」
「…僕がお母様以外にそこまで気を掛けると摂理は本気でそう思っているのかな?」
「……少し、可哀そうですね。」
「同じ天使として摂理も彼女の事が心配なんだ。」
「はい。彼女の事『も』哀しく思えます。」
『も』、というのはルリの他に誰を指しているのかはわからない。
そのような事を考える余裕はこの後すぐに消え失せた。
何かが倒れる音が響く。
「…摂理、何か聞こえないかい?」
「待ってください。天使イアーは地獄耳ですから。
少し集中してみます。……聞こえますね。
それもだんだん近づいてきているようです。
―――――何かが来ます。」
僕と摂理が後ろの森を見ていると、
森の木々が次々と切断されなぎ倒されるのが認識できた。。
「えっ?えぇっっ?もしかして…。」
「来た…。」
両断刃麒麟 RANK B-
森の木々を斬り倒しながらここに来たのは、
先程は逃げるしかなかった相手だ。