外伝 とある勇者の軌跡 女冒険者リア ~アンタ達って最低の屑ね~
レイウスを引き摺りながら走ると、通路が二つに分かれていた。
取り敢えず片方の道を選ぶと、そちらの道は行き止まりだった。
急いで引き返そうとすると、
「か弱い女の子によってたかって、
アンタ達って最低の屑ね。」
と何処か嗜虐心を逆に誘うリアさんの声が聞こえてきた。
もう一度引き返して近づいてみると、落とし穴のような穴が開いていて、
もしかしたらこの下にいるのかもしれない。
「オレは行くぜっっ!!」
そう言ってレイウスが無鉄砲に跳び込んだ。
僕は慎重な頭脳派なので、杭を地面に打ち込んでそこにロープを巻き付けて縛った後、
ロープを伝いながら降りることにした。
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リアの声がゼット達に聞こえる少し前。
SIDE A DORAGONIC HUMAN (リア)
「止めなさいよ、アンタたち。」
私がそう声を荒げるのも自然な事だと思う。
キーワレとその取り巻きが私と同じぐらいの年の女の子…恐らくは同じ2次試験受験者。
その装具は剥ぎ取られ、服は破り捨てられ、
仲間の一人に組み敷かれて、別の一人には頭を踏みつけられている。
よくは見えないが、きっと痣も多くはあると思う。
時を見誤ったかしら。
気付かれる前に隙を突けば…いえ、この人数では無理ね。
それより、何とか話をして時間を稼ぎながら何か方法を考えなくては。
「キーワレ、珍しいわねアンタが仲間といるなんて。」
まあ実際、本当に珍しい。嫌われ者の代名詞であるキーワレが仲間とつるんでいるなんて、
その前に1次試験で初心者を嬲って合格した後に辞退せずに2次試験にまで来たという事が珍しいのかしら?
初心者の中ではキーワレには気を付けろと有名な位だし。
私だってそう言う風に聞いて実物を見た時にはああ成程と思ったものだからね。
毎回毎回初心者を嬲るために1次試験を受け続けるキーワレをランク認定所、
若しくはバックにいる国家が排除しないのかしらとはいつも疑問に思うけれど、
あの冷血王の事だから、「その程度の障害を越えられない弱者は僕の国には要らない。」
とか平気で言ってそうね。あのお優しそうな王妃様が何故あの王を選んだのかしら?
顔? 地位? 資産? 名誉? ああ、あの王は性格以外は完璧だったわね。
女ならあれほどの優良物件逃がさない手はないし、
第一、あの悪辣で有能な王が狙った女性に断られても逃がすかしら?
そもそも断らせる事さえさせなさそうね。
私が直接あの王について知っていることはほんの少しだけれど、
小さい時には竜人種筆頭バハムティア家補佐であるメスカリウス家当主である父からその敏腕と悪辣ぶりはよく聞いたわね。
曰く自分の権力をチラつかせることはあっても行使することなく物事を思うように推し進める人の形をした魔王だって。
って、今は王の話をしている場合じゃなかったわね。
どう見ても好意的な態度ではないキーワレとその取り巻きに鉢合わせるとは。
しかも既に囲まれるようになっていて逃げるのも簡単そうではないわね。
「…。」
「ところでよぉ、試験とは言え迷宮の中で帰ってこれない冒険者なんて普通だよなぁ。」
「…そうね。」
「んでもって死んだ冒険者がモンスター達に喰われたりするのも普通だよなぁ?」
「……そうね。」
「んでもって死ぬ前にそいつがどんな風になっても喰われて判んねえと思わないか?」
「………そうね。」
「それで、若い男ってのは色々(・・)溜まるってのも判るだろ?」
「情熱とか希望とかかしら?」
「なに未通女ぶってんだか。半分獣の亜人風情が。
獣欲にまみれて快楽を求めんだよ。死ぬ前に思いっきりいい思いさせてやんよ。」
「か弱い女の子によってたかって、
アンタ達って最低の屑ね。」
「それはコイツの事を言ってんのか?
それともまさかお前の事か?
亜人風情が自惚れてんじゃねーよ。
俺の親は『聖薬会』の幹部だ。
そんなこの俺に相手してもらえることをありがたく思うんだな。」
「同じ男でもレイウスは親の権力の庇護下にあることを理解していても、
それを盾にすることは無かったわね。」
あの王と言い、聖薬会の始祖である王女様と言い、
人間の王族は碌な結果を生まないわね。
「ムカついたぜ。
お前を散々嬲った後あの男の前に差し出して笑ってやる。
お前の女は俺達の性処理用雌奴隷だってな。」
私がレイウスの女?
私の婚約者は別の人なんだけどね。
それにしてもあの女の子は私がアイツ等を惹きつけていたらすぐに逃げ出せるかしら?
それともショックで動けなかったり、体力が残っていなかったりするかしら?
…情報が少なすぎるわね。天から救いが降ってはこないものかしらね?
―――――――――――――それは流石に現実逃避ね。
と考えてきたら、急に天上の方から何かが降ってきて、
女の子のすぐ横にいた2人の男の上に振ってきた。
というか、アレ…
「…レイウス?」
「いってぇ。何か下にいてよかった。
って人か? おいっ、大丈夫かよ。
悪かった。生きてるか?」
「レイウス、勢い重視で跳び込むことは男らしいけど、
もしさっきの穴が奈落に続いていたらどうするつもり?」
「そんときは……ほら、オレ飛べるし?」
「ああ。そうだったね。そう言えばそうだった。」
「それよりロープで降りてくるなら最初からオレに言えよ。
1人だけそう言うの使って。」
「ほら、僕はか弱い農耕民族だって言ったじゃないか。」
「農耕民族っていったいなんなんだ…。
…それよりさっきからオレの下敷きになった人動かないんだけど、
薬草でも使ったら起き上がるんじゃないか?
…主に不味さや痛さで。」
「僕の薬草をゲテ物や劇薬扱いするのは止めて欲しいね。
天然100%だ。」
「天然成分だって危険なものは危険だったりするだろーが。」
「まあ…、そこは自己責任ってことで?」
「医療の前に説明とかふつーするだろ。ふつー。」
「でもさ、君の下敷きは謝る必要もなさそうな人たちみたいだよ?」
所でいつの間にゼットさんはレイウスを呼び捨てになったのかしら?
ってツッコむところはそこじゃない。
余りに突っ込み所が多くてツッコミの優先順位が混乱してるわ。
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SIDE THE HERO OF AN ORACLE
レイウスの下敷きは状況証拠的にすぐ横の女の子を強姦してたみたいだし、
まあ、レイウスが女の子に圧し掛かることにならなくてよかったね。
いや、性的な意味じゃなくて物的な意味の方でね。
「お久しぶり…というか先程ぶりですねリアさん。」
「ええ…、助かったわ。」
「助けたのは主にレイウスですけどね。
それに、これで残りが退散してくれそうだとリアさんは思ってます?」
「……どうかしら。」
「折角だからご本人たちに聞いてみましょうか。
キラワレさんでしたっけ?
お仲間を連れて帰りませんか?」
「ふっざけるなぁっっ!!」
「怒られてしまいました。どうしましょうリアさん。」
「えっ、怒らせたんじゃなくて?
う~ん、そうね。レイウス頑張りなさい。」
「いや、もうオレ無理。」
「うん、レイウスはさっき頑張ったしね。
今だって高い所から落ちて怪我してるだろうしね。
で、そこで更にもう一回頑張ろうか。」
「鬼かっ!!」
「えっ、鬼がいるの? 早く逃げないと食べられちゃうよ。」
「お前だよ。」
「いや、思いっきり人間だし。」
そうやってふざけているとやっぱり水を差す人はいるわけだ。
「お前ら、調子に乗ってんじゃねーよ。ぶっ殺すぞ。」
「厳密には図に乗るという言い方が正しくて、
調子に乗るという言い方は間違いなんだ。
けれど、それが恒常的に使われて普遍となることで間違っていてもそれが正解と認められる。
一種のディファクトスタンダートという奴だね。」
「お前、俺の事馬鹿にしてんだろ。
最初にぶっ殺してやる。お前なんか速攻で潰してやる。
勝ち目があると思うのか? この雑魚が。」
「勝ち目があると思うから挑発なんかしたんだよね。
正確には勝ち目の為に挑発したという所かな。
僕に視線を集めるために。
ところで、先程の両端が崖の細道を通ってきたら天井には凄くたくさんモンスターがいてね?
正直ここにロープで降りてくるときも不安だったんだよね。
しかも案の定粘菌系モンスターがわっさわさ。
運よく僕には迫ってこなかったけど、
もしかしたら落ちてきたりして襲ってくるんじゃないかな?
特に『運が悪い』人の真上なんかに。」
「えっ?」
そう声を上げた取り巻きの一人が降ってきた粘菌のモンスター肉霊芝に襲われた。
実に不運な事だ。
周囲にも次々と肉霊芝や上位種の太歳等が降ってきている。
粘菌系はスライム系と似たような姿だけど、若干だけ違う。
でもまあ、一緒にしていいんじゃないかな。
原形質で単細胞で原形質流動による地味に速い運動が可能で、
上位種になればものすごい速度で移動してくる上に、融合により強力なモンスターに早変わり。
知能は無いようだけれど、代わりに合理的な無思考パターンを兼ね備えている。
スライムとの違いは弱点とか色とか透明度とか再生力とか生命力とか些細な構造位だ。
そんな地味に強力なモンスター達は天井に潜んでいたもの達が一斉に落ちてきて地上に降り立った。
少し痛そうにしていたり、他の個体が痛そうにしている個体を良し良しと撫でているように見える光景は、
知能が無いとか、合理的な無思考とか言われている常識を疑いたくなる。
が、実は撫でているのではなくて、原形質流動を使って衝撃を殺し損ねた固体同士が融合して、
体力を補おうとしているだけの光景であり、別に微笑ましくもなんともない。
まあ、今更だけど僕がここまでモンスターに詳しいのは教育の発展に伴う恩恵だ。
最高学部まで行けばモンスターの名前から行動パターン、弱点や対策まで知らないことの方が少ない教授までいる。
これも冒険者が持ち帰った情報を学者が整理して統計を取って研究して、それを冒険者にフィードバックする体勢が完成しているからだ。
特にモンスターの情報が見ただけで手に入るレアスキルやアイテムを持つ者は重宝されるみたいだ。
一つ疑問に思うのだけれど、そこまでわかっていてなぜ魔王討伐にまで進もうという人がいないのかが謎だけれど、
それは突っ込まない方がいいのかもしれない。
ふと天井を見るともう降りてきたロープ付近の天井には1体もモンスターは張り付いていなかった。
「今だ。」
僕はロープを指さしてリアさんに登るように促した。
次いで僕も昇る。決してスカートを覗く為にこの順序にしたわけではない。
因みに色は薄緑色だった。何がとは言わない。
「おい、この女の子はどうするんだよ。
ってオレが何とかするしかねえか。おい、行くぞ。」
「あっ、…はい。」
手を差し伸べ、おどおどと力無く手を伸ばす女の子の手を強く掴む様はまさにイケメン主人公だ。
まあ僕もリアさんも足手纏いになるとか言って女の子を見捨てるつもりは微塵も無くて、
おそらく一番近くにいるレイウスが何とかしてくれるだろうと確信して先に登ったわけだけど。
レイウスがそこで女の子を見捨てる様な奴だったら僕達もレイウスを見捨てていたかもしれない。
レイウスは女の子に先に登るように促した。
けれど力が足りないのか疲れているのか登ってくる速度はあまりにも遅い。
仕方がないので一足先に上に登りきった僕とリアさんは上からレイウスと女の子が掴まったロープを引き上げる。
こうして二人分の重さを持ち上げてみてリアさんが女性でありながら力持ちなのがよくわかる。
僕だけだったら2人いても厳しいかも知れない。
引き揚げ始めていると急にロープが重くなった。
キーワレの取り巻きの一人がロープにつかまったのだ。
因みにキーワレは既にどこかに逃げ出したみたいだ。姿が見えない。
もしかしたら粘菌の下にいるのかもしれないけど。
ロープにつかまってきた彼の事は、
一緒に助けてあげないことも無いけれど、
少々重すぎる。
「おい収納箱に装具とか全部移せ。」
ロープにつかまった男にそう言って自身の装具も収納箱に格納しているレイウスはやはり判断力に優れている。
そう思っていると、
「お前ら邪魔なんだよ。早くどけ。詰まってんだよ。」
事もあろうに自分の登るロープの先にいるレイウスと女の子を邪魔だと言い捨てて剣を抜き振りかぶった。
そして、その剣に纏わりついた粘菌に剣ごと引っ張られて下にある粘菌の海に落ちて行った。
同情はしないし、手が塞がっているので合掌もできないけどこれは自業自得だ。
格段に軽くなったけれど粘菌たちがロープに張り付いて登ってきた。重いっっ。
咄嗟にレイウスが足元までのロープを切断してロープごと粘菌たちを墜落させたので再び軽くなったけど。
しかし粘菌たちも馬鹿じゃなかった。
単細胞だけど馬鹿じゃなかった。
互いに融合して巨大化しつつ上方に伸びあがりロープを使わずに上昇してきた。
「ゼットさん力をもっと入れて。」
「うんっっ。」
そうはいうものの力は既に全力だ。
結局女の子を片腕で抱いたまま、残りの腕と足だけで登ったり、
逐次足元のロープを斬り捨てていったレイウスのおかげで何とかギリギリで先程までいた穴の上の通路に抜け出した。
「お疲れ様ね、王子様。」
女の子を抱いて上に登ってきたレイウスをリアさんがからかう。
そんなリアさんを逆にからかってみたくなったので僕はふと冗談を口にしてみた。
「てっきりレイウスはリアさんの王子様かと思ってたんだけどね?」
「……。」
「……。」
「…?」
少しは笑いが起こると思っていたら、帰ってきたのは無言だった。
「…リアは兄貴の婚約者なんだよ。」
「…そうなの。」
それが無言の訳だった。
心なしが女の子がほっとしたような顔をしている。…このモテ男が。
そんな面白くも無い冗談で安心するのもつかの間だった。
穴から粘菌たちの融合体が伸び出てきたからだ。
「逃げろっっ!!」
皆が口々にそのような事を言い、駆けだした。
走り続けて行先は2つあった。
僕達が通って来た道ともう一つあった道だった。
逃げるのならよく知った道の方がいい。
「リアさん、この先の細道は地面すれすれを低空飛行してください。
奔るには足場が不安定ですが、
高く飛び過ぎたり低く飛んだりすると罠にかかります。」
「解かったわ。」
「では、ここで分かれましょう。」
「「えっ!?」」
逃げるだけならそれでいいけれど、
後何体かモンスターを倒さないと失格になる。
先程通った道にはモンスターはそういなかったはずだ。
だから僕は敢えて横道へ一人で走る。
仮にこの先が行き止まりでも、粘菌たちはある程度移動して獲物がいないことに気が付くと直ぐに諦める。
だから引き返した時に粘菌たちに道が塞がれたままなんてことはない。
合理性が高く諦めがいいという事は待ち伏せによる偶然のチャンスも逃してしまいやすいという事だ。
暫く走っていると、もう一つ足音が聞こえてきた。
僕に追いつくような速さじゃない。
咄嗟に振り向くとそこには息を切らしながら走ってくるレイウスがいた。
「…着いてきてくれたんだ。」
そう言う僕に対してレイウスはそのまま無言で走ってきて、
僕の頬に思いっきりいい一発をくれた。
力があまり入っていないようだったけど、それでも体の連動と、
走ってきた推進力が乗ったいい拳だった。
「弱いくせに1人で勝手に行くんじゃねーよ。」
ああ、やっぱりレイウスはイケメン過ぎる。




