外伝 とある勇者の軌跡 農耕民族
宝箱の中には――――――中身は何もなかった。
ただ、手元の不幸四葉が一瞬だけ強く光ったような気がした。
…もしかしたら、気のせいかも知れない。
「何だよ、期待外れだぜ。空の宝箱なんて初めてだ。」
横でレイウスが悪態をついている。
気持ちはわからなくもない。
「まあ、それより先へ進もう。」
不満げなレイウスを促して先へ進むことにした。
細い道の向こう側であるこの先は、細い道の手前側と同じように洞窟になっていた。
まあ、大きく言えばこのエリア自体が洞窟の中なんだけど、それはそれだ。
要するに、また細い通路が繋がっているわけだ。しかも今度は下り坂だった。
下ってしばらくした時だった。
「しっ、少し静かにしてろ。」
「…それが賢明だよね。」
なぜならモソモソと壁の中を這いずり回る音がしたからだ。
このエリアには壁の中からいきなり襲ってくるモンスターもいて、
狭い場所で戦闘になると非常に危険なので、
上手くやり過ごすしかない。
暫くしているとモソモソという音が消えた。
「もう、大丈夫かな?」
そう言った僕の声にレイウスはまだ緊張した顔のまま無言で答えようとはしない。
「…しまった。―――――――――、一気に走れっっ。」
そう言うやいなや、レイウスは僕の腕を掴んで一気に駆け下りた。
…うん、この強引さ、彼はやはりイケメンだ。
僕が女の子だったらここで胸キュンポイントだろう。
実際、男である僕でも今の状況に心臓がバクバクしている。
主に後ろから壁を突き破って出現し追いかけてくる乾燥螻蛄への恐怖で。
ここで薬草を育てるために覚えた水系魔法を使って対処をすれば、
水を吸って急速に体積が膨らむ乾燥螻蛄は通路に詰まってしまう。
勿論そこから掘り進むことはできるだろうが、
通路を通るのよりかは遅くなるために十分逃げ切れる。
「水の弾丸よ、我が敵を討ち抜け。
水玉射撃!!」
水を吸って肥大化した敵が通路に詰まることを期待して水属性魔法を撃ちこむけれど、
それもあっさり躱されてしまった。
もう一度だ。
「水の弾丸よ、我が敵を討ち抜け。
水玉射撃!!」
…またしても避けられてしまった。
下り坂に沿って地面に当たった水がこちらに流れて来るぐらいしか残るものは無かった。
…仕方がない。
少しだけ大技で行こう。
「天より降り注ぐ恵みの雨よ、
集い束なりて大滝と化せ。
降滝!!」
突如大量の水が降り注ぐ大技だ。
この下り坂、下手に使えば自分達が巻き込まれる。
滝の発生場所は当然―――――――――――――乾燥螻蛄の後ろだ。
突如発生した大水に押し流されて乾燥螻蛄がこちらに流れてきたのは一瞬。
直ぐに水を吸って肥大化して通路に詰まってしまった。
その隙間から最初は暫く水が流れて来ていたけれど、
肥大化が進むにつれて完全に乾燥螻蛄が蓋になって水も流れてこなくなった。
「このまま自分の身体を通路で潰してくれれば良かったんだけどな。」
立ち止まったレイウスはそう言うけれど、
「そこまで不憫な生き物ならとっくに絶滅しているさ。」
「まっ、それもそうか。それより今がチャンスだぜ?」
「解かってる。さっ、早く逃げよう。」
「えっ、逃げるのか? 倒すチャンスって言ったつもりなんだけどさ。」
「乾燥螻蛄は水を大量に吸うと肥大化して動きは鈍くなるけれど、
弱点である火属性攻撃には強くなって倒しづらくなるって知ってた?」
「それぐらい知ってるに決まってんだろ。」
「じゃあ、逃げるでしょ、普通。」
「でもこんな無防備なモンスターを倒さないなんてないぜ。
しかも昆虫種。随分といい素材が手に入りそうだ。
それに、弱点が効かないならいい方法がある。」
「まさか、物理?」
「その通りだ。
弱点が効かないなら――――――――――殴って倒すだけだ。」
流石竜人。賢い脳筋と言われる所以がまさにそこに在る。
確かに乾燥螻蛄の遺骸は装具としての使い道はよく解からないけれど、
アイテムとしては吸水材として非常に有効で、
陸に上がった大量の水分が体表に必要なモンスターにぶつけて体力気力を低下させるなど、
使い道は結構ある。
それでも地面に潜ったり、泳いだり、走ったり、飛んだり、
あらゆる場所で高い行動能力を持つこのモンスターは倒すことは簡単ではない。
既に確立された方法では、毒を含んだ水を大量に摂取させて、
体の隅々まで浸透した毒で倒す方法や、
水を吸っていなければ素早い乾燥螻蛄には確率は良くない大量の炎で仕留める方法があるけど、
もしこの方法でレイウスが倒せたら、
乾燥螻蛄の倒し方として、
狭い通路で水を吹きかけて動きを封じて倒すという方法を投稿して賞金を狙ってもいいかもしれない。
効率は悪いけど、倒した後毒抜きや、使用できる部位の選択処置をしなくていいのは大きい。
今、レイウスは鉄爪で何度も乾燥螻蛄を殴ってるけど、
如何せんその水を吸った乾燥螻蛄の防御力の前に効果は高く無い。
打撃攻撃よりも切断攻撃の方が効きやすく、
鉄爪はそのどちらもできるけれど切断攻撃よりの武器だ。
それでも手からの距離と重量、つまり遠心力やてこの原理と言った作用が他の武器と比べてあまり大きく無い。
そもそも手数と細かい動きが求められる武器で威力はモンスターに対しては些か頼りない。
それは力自慢の竜人であっても同じ事だ。
「クソッ、なんてタフな奴なんだ。」
「その辺で諦めない? …別に強いモンスターを倒すことが今回の試験の条件じゃないし。」
「うるせーよ。親父なら…兄貴なら、動けなくなったこんな奴に負けたりはしないんだ。」
「今ここで逃げてもせいぜい引き分けじゃないかな?」
「それでもオレは勝ちたい。兄貴の様に強くなりたいんだよ。」
「レイウスは、十分強いよ、…うん。」
気遣いもできるし、さっきは命を僕も助けてもらった。
色々残念さはあるけれど、中身も見た目もイケメンで眩しい。
小さい村の宣告で勇者のお告げを受けても今日にいたるまで平々凡々と生きてきた僕と違って、
よっぽど主人公っぽい。
「…竜人は他の亜人種とは一線を画す最強種だ。
それでも個体数が少なく、政治的立場それほど強くも無く、
この国にも独立亜人国家にも確立された地位が無い。
結局はこの迷宮で取れる武器や素材が人種の差なんて覆しちまうからな。
それでもバハムティア家の男は強く逞しくなくてはならない。
強くない竜人に価値はない。
それは家訓だとかそんな理由だけじゃない。
竜人筆頭家のバハムティア家に生まれた男の生き方だ。」
「…。」
僕は僕にできることをしよう。
「…不幸四葉。」
手持ちのアイテムの力を開放する。
因果を逆転させ、未来を劣化し、
再び元に戻して再生する。
ようは、乾燥螻蛄には少し不幸になって貰うだけだ。
そこで乾燥螻蛄を倒しきれるかどうかはレイウスの腕次第だ。
「レイウス、何か必殺技みたいなのは無いの?
もう、敵さんも少しずつ脱水して後少しもすれば通路で動ける程度の大きさになるよ?」
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SIDE A DORAGONIC HUMAN (レイウス)
届かねえ。届かねえ。
こんなんじゃ兄貴には届かねえ。
強くならなきゃ何も決められねえ、何も許されねえ、
強者になって初めて自分で自分の人生を選んで歩いていける。
道から外れることも突き進むことも飛び立つことだってできる。
弱いままじゃ、誰かに支配されて虐げられ、利用されて嗤われるだけだ。
オレは強くなりたい。
親父の様に、兄貴の様に。
オレだって強くなりてーよ。
必殺技?
簡単に言ってくれる。
…無いわけじゃないけどよ、
此処は1対1の決闘場じゃなくて、この後もどんなモンスターが襲ってくるかわからない迷宮の中なんだぞ。
ま、いいさ。
「オレが動けなくなったらおぶってでも運んでもらうぞ。」
「…解かったけど、お姫様抱っことか気持ち悪いリクエストは止めてね。」
「こっちから願い下げだ。それよりオレを運ぶくらいの体力はあるんだろうな?」
「農耕民族を甘く見ないでほしいね。」
解かったよ、見せてやる必殺技っていうのをよ。
「おりゃぁっっ。」
両手の鉄爪を深く突き刺す。
もはや無防備と言ってもいい状態だが関係ねえ。
この一撃で終わらせる。
竜種の咆哮の力を両手の先に凝縮して打ち放つ。
高等竜種と竜人の持ち得る種族固有の秘技。
「いくぜっっ――――――――――――――――咆哮掌!!」
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SIDE THE HERO OF AN ORACLE (ゼット)
急所へ貫通。
それは不幸四葉の効果かも知れないけど、
それでもモンスターを悶絶死。
対人戦の1次試験では相手を殺すつもりでなければ使えないオーバーキル技だ。
レイウス、君は弱い弱いっていってたけれど、十分強いじゃないか。
疲れて右腕は死んだ乾燥螻蛄に差し込んだまま、
左手は衝撃で抜けてぶらーっと力無く垂れ下がっている。
仕方ないので代わりに僕の収納箱に乾燥螻蛄を格納すると、
支えを失ったレイウスは倒れ込みそうになったので腕で掴んで立て直そうとしたけど、
思いの外体重が重くて僕も一緒に倒れ込んだ。
「何が農耕民族を甘く見るな、だ。この非力。」
「うるさいな。予想より君が重たかっただけだろう。」
君、と言って思い出したけど、
気が付けばさっきからレイウスに対しては君すらつけるのを忘れていた。
まあいいか、レイウスだし。
農耕民族の皆さんの評判の為にも僕はレイウスに肩を貸すような形で引き揚げてそのまま通路を歩くことにした。
「所で、薬草食べる?
栄養満点で体力回復にいいよ。凄く苦いけど。」
「勘弁してくれ。…それより肉が食いてぇ。」
そんな時だった。
「止めなさいよ、アンタたち。」
そんなリアさんの声が通路の向こうから聞こえたのは。




