外伝 とある勇者の軌跡 黒ひげファイト一発
洞窟の中はジメジメしているところが結構ある。
そういう所は付近に地底湖がある。
そして鉄砲水のように壁が決壊して地底湖の水が流れてくるトラップもあるので近寄らない方がいいとも言われているが、
ダンジョン産薬草ハンター達はむしろその付近に生える薬草や薬用のキノコ、
又は薬効があるモンスターを狙うらしい。
僕の様に自家製の薬草売りにはあまり関係が無いけど。
だから地底湖には近づくことはしまいと思っていたのだ。
何度か入り組んだ道を行くと細い道がひたすら続き、
両端が崖の細い道が続いているところに出た。
「どうする、進む?」
「道は1本だし、それしかないだろ。」
レイウス君は平然と言うが、
高所恐怖症には恐ろしい。
竜人、それも飛竜系の竜人には鳥人と同じく基本的に高所恐怖症は存在しない。
それが解かるから彼が僕が恐がるとは思わないのが想像できた。
「あーもしかして怖いなら止めておくか?」
又しても顔に似合わない機微が解かる性格でのフォロー。
一見無遠慮なワイルド系で実は細かいフォローが得意。
なんだこいつは、ただのモテ男か。
「いや、別に? 怖いなんて全然ないし。大丈夫だし?」
「怖いなら別にいいぞ。」
「全然怖くなんかないし?」
「まあいいけどさ。」
取り敢えず何か言いたげに納得したレイウス君は置いて前に向かって歩いていく事にする。
コツンッ、
足に転がっていた石がぶつかって、石ころは崖を落ちて行った。
気が遠くなるほどの崖の遥か下にある流水の中に石は落ち込んでいった。
ああ、落ちたら死ぬな。
そんな風にふと他人事のように思考が浮かぶ。
それでもレイウス君の前で必死に張っている意地というか見栄のためにその足を進めた。
なるべく意識しない様に、それでも歩幅が小さくなっているのは解かるけれど、
それでもあくまで臆病からではなく慎重からだと思われる程度の歩幅は維持して進んでいった。
一歩、また一歩、そうやって足を交互に動かしていく。
向こう側の岸まであと一歩、
そう思ったとき、
足が地面に伝える重みに反発する感覚に違和感を感じた。
普段なら確かに感じるその感覚がすっぽ抜けたのだ。
つまるところ―――――――――――――足場が崩れた。
一瞬の浮遊感の後、無に向かう自分への諦めに似た恐怖が襲ってきた。
しかし更にその一瞬の後、僕の手が何かに引っかかる感覚、
もっと詳しく言えば、僕の腕を誰かが掴む感覚を感じた。
無論、―――――――――――――レイウス君だ。
この時僕が感じたのは、
ありがとう。でも、
これって、何処かの製薬会社のCM? でもなく、
離すな、助けてくれ、という原始の生存欲求だった。
レイウス君が握る手に汗を感じて汗で滑る想像に恐怖して、
レイウス君が握る手が震えるのを感じて手の力が尽きる妄想に恐怖した。
「少しはオレを信じろっての。」
そんなこと言われてもできる筈がないと反論する本能を、
冷静に為れ、他人への感謝を忘れるなと言う理性が抑え込んでいく。
…文字通り命を預けているわけだ。
「この借りはどうやって返せばいい?」
笑いすぎて手を離されない程度の冗談を精一杯に強がって言い放つ。
「さあな、薬草以外なら何でもいいぜ。」
恐怖を誤魔化すために言った冗談は、
僕を力強く引き上げる手と軽口によって拾い上げられた。
「…ありがとう。意外に力あるんだね。」
「あったりまえだろ。
オレはバハムティア家のレイウス様だぜ。
それに、リアよりは軽かったんじゃねーか?
野菜しか食ってねーような身体だぞ。」
彼は、他人を思いやる心に機微には長けているようだが、
デリカシーはあまりないようだ。
「それ、彼女の前では言わない方がいいよ。」
1次試験突破者の格の違いを物理で教えられることになるからね。