第19話 ランメルモールのルチア
♪~♪~~~♪♪~~
「おはようございます遥さん。お上手ですね。
私、遥さんが演奏するのを初めて見ました。」
「おはよう摂理。起こしたかな。」
「そういうことを気にする人は私が寝ているのにピアノを弾いたりしませんよ?」
その通りだね、だけれど、
「睡眠を邪魔するだけの価値はあるという自負はあるのだけれど。」
「遥さんらしいですね。」
「ありがとう。」
「……。まあいいです。ところで今の曲は何ですか?」
「Lucia di Lammermoor spargi d'amaro pianto
知り合いが好きだった曲だよ。」
「…知り合いというのは女性の方ですか?」
「僕の情報は仕入れていたのじゃなかったのかな?」
「交友関係までは…。
それに世界との接触を絶った今ではもはや情報を新たに手に入れることもできません。」
「婚約者だ。」
「こっ婚約者!?婚約者の事を普通知り合いって言いませんよ。」
大した話ではない。
「よくある政略結婚さ。
姫宮の名前だけでは飽き足らなくなった強欲な父親による、ね。」
「…別れて辛くは無いのですか?」
「彼女にも本当のところは恨まれているのかもしれないし、そうでないかもしれない。
そのような関係さ。
彼女はお金の為に僕に売られた。
結婚に希望を抱く女性であれば恨みもするだろうね。
…それに彼女には向こうの僕がいる。」
「それでも…。」
「コンヤクカッコカリによって彼女の父親の会社は、
僕の家の会社と提携し、
年商99億円の壁を突破できた。
それによって、その会社は持ち直したんだよ。」
「何処かで聞いたことのある話ですね。
ですがその女性は本当に遥さんの事が嫌いだったのでしょうか。
…実は感情表現が苦手なだけという事は無いですか?」
それはないね。
「だって和音は無表情というよりは微笑で煙に巻くタイプの人間だから。」
「遥さんと一緒ですね。
近くで見れば案外わかりやすい人かもしれませんが、
一見ただの冷たい人にしか見えない所も。」
そうかもしれない。
だが彼女が好きだったあの曲が、
僕には政略結婚に対する彼女なりの抗いに聞こえる気がしたのだけどね。
だって――――――――あの曲は好きでもない男との政略結婚の悲劇だから。