外伝 サンケミウリ・レポート少年の事件簿 13
ボクはお姉ちゃんを探しながら、お姉ちゃんが魔王側についていない証拠を探した。
そして今、ボクは最後のエリア『湧迫潮山地』にいる。
もう敢えてこのエリアの説明をする必要もないんだけど、
ここまで来たら折角なのでいつものようにしておこう。
湧迫潮山地は、水が満ちたり引いたりする中をタイミングを見て走り抜けるエリアになっている。
ただ、水の満ち引きのタイミングは毎回微妙にだけ違っており、
運が悪い時は装備を持ったままで1時間あたり15~20km、1kmあたり3~4分で走らないといけないので、
かなり厳しい計算になる。モンスターとの戦闘なんかに巻き込まれて立ち止まったら終了だ。
けれど、結構簡単な方法があって、水が満ちた時に携帯式の船の役割を果たす物を用意しておいて、
水が満ちてきたらそれで移動して、引いてきたら後は走り込むという方法もあるので、そう難しくはないのかもしれない。
このエリアは海のエリアと違って陸地にもモンスターがびっしりいるので、船商売をしているものはかなり少ない。
そして水が引く時にはイベントボスモンスターと呼ばれる、暴虐鳩が葉っぱを加えた姿で飛んでくることがある。
ちなみにこの暴虐鳩はかなり強い。
が、それはひとまずおいておく。
この葉っぱは、この湧迫潮山地のあたり一面に生えているソルトハーブという薬草で、
王子が有益な薬草と紹介してからは爆発的に人気になった。
入手が非常に容易で、個人差はあるけれど食べるだけで魔力を中心にステータスが若干向上し、
しかもそれが至る所で取り放題だからだ。
けれど、食べすぎるとおかしくなる人の例もあるらしい。
まさか王子も既に……まさかね?
このエリアにはそれが目当てで大量の人が来るし、
来た冒険者たちはソルトハーブが目的だから別にクリア目的じゃない。
だから、クリア用に存在する船業者たちが極端にいないわけだけれど。
それに、ソルトハーブは能力が低い者が摂取すると死ぬなんていう噂もある。
それが本当だとすると、能力が極端に低い者には向上させる見込みがないので斬り捨てる様に選別し、
能力が高いものを更に高めることがソルトハーブの特性になるのだろうか?
果たして、それはソルトハーブの生存戦略としてはどのように関わってくるのかが不思議だ。
家畜が飼い主の酪農家を自分という個体としてではなく、自分達という種族の為に利用しているように、
能力が高いものを選びさらに向上させた上におかしくしてソルトハーブの栽培家にでもするつもりなのだろうか?
…それにしてはソルトハーブを迷宮の外に急いで持ち出して、
迷宮外で栽培する計画は今だ成功していない。
これほど辺り一面に広がっていて生命力は折り紙つきなのに、
このエリアでないと育たない環境なのだろうか?
それと、このエリアにはクリアリプルスの軍人たちも仕事で入っていて、
クリアリプルスの民がソルトハーブを食べれるように護ってくれたりする。
もはや、ソルトハーブによる民族底上げは国策に近いものになっている。
この軍人たちはクリアリプルス以外の人間には非常に冷酷な事で有名だ。
「我々は、クリアリプルス王国の民の生命、肉体、精神、財産、誇りを守護することが役目である。
その為に命を投げ出すのは我々の義務であり誇りである。
何故なら我々はクリアリプルスの守護に任じられし軍人だからだ。
しかし、それ以外の者達の為に投げ出す程我々の命は軽くない。」
と、一つ前の将軍が言っていて、
記者たち、特に兄や、外国とズブズブに繋がっている人や、
隠れ革命家なんかは「命の差別だ」と物凄く怒っていたけれど、
冷静に考えると何一つ間違ったことは言っていない。
外国の民は外国に護ってもらえばいいのだし、それが外国に出来ないのならそれは外国の落ち度だ。
…というか、自国の為なら命を投げ出せるという厳格にして旺盛な士気が寧ろ褒められるべきだとさえ思う。
感情的なことを排すれば、不幸を行った側を弾圧しても、
不幸な目を受けさせられた側にはやった側に補填させる事以外は無関心で、
自分達の様に不幸なものを出さないための行動は推奨しても、
不幸になった自分達の不幸も周りも受けろだとか、周りが不幸から逃れるのを許せない様に歪んでしまったものには、
きっぱりと切り捨てる王のやり方は国家元首としては小を捨てて大を取る方針としては間違ってはいない行為だ。
最近何だかボクも国家側のプロパガンダ要員の記者になってもいいような気が偶にしなくもない。
批判をすることだけ、敢えてほかに言うのなら批判をする為の力を付けることにしか目が行かない反政府側よりも、
国家全体の利益を上げて、国民にそれを分配する現在のジャズロック陛下の方が国民に人気があるのも確かだし、
国民に人気がある方の味方をした方がボクの利益にもなると思う。
…問題は裏切者としてボクの命が狙われないかどうかだ。
後は、高山の崖下など、脚を踏み外したり、他のモンスターの争いに負けたり、
エサとなったモンスターの食べない部分を投げ捨てたりしたものを投げ捨てたりしたものが溜まりやすい場所で待ち構えて、
お零れを狙うスポット、所謂貝塚のような場所があるけれど、このエリアでは水の満ち引きでそれが狙いにくい。
とはいっても逆に水の満ち引きの為にそれが溜まる場所が無くも無い。今回は行かないけれど。
ふと空を見上げると、
エリアの最初の高台から、水が満ちている間空を眺めていると暴虐鳩がソルトハーブを咥えて飛んできた。
そろそろ水も引くころか、そう思っていると五首鶴が暴虐鳩に向かって飛んできた。
どうやらよくある戦闘が始まりそうだ。被害がこちらに及ばなければ別にいい。
五首鶴は正義のシンボルの1つであり、
イベントボスと呼ばれる暴虐鳩からの更に追加イベントボスと呼ばれる、
非常に珍しいモンスターだ。
その姿は王から与えられた律務官の家紋となっている。
暴君の象徴である暴虐鳩と敵対することによって正義のイメージを得ている五首鶴のシンボルを、
王が腹心の部下に与えるというのは解かってやっているのなら凄い皮肉だ。
その2匹のボクら人間が介入しえない圧倒的な戦いを眺めるしかボクにはできなかった。
そうやって空を眺めていたら―――――――、
「待っていました。ケミー。」
後ろから声がした。
…こんな呼び方をする人は一人しかいない。
最近はそう呼ばれることは無かったけれど、それにしてもボクがこの声を聞き間違えるわけがない。
「お姉ちゃん…。」
「久しぶりです。」
「…ボクはお姉ちゃんの痕跡を探して、
そしてお姉ちゃんが魔王の配下であるという可能性を否定する証拠を探してここまで来たんだ。
そして見つからないままここまで来たんだよ。
この意味がお姉ちゃんは解かる?
――ねえ、嘘だよね、そんなはずはないよね!?」
「真実を追求できるようには成れませんでしたが、
真実と事実が違うことを身を持って知ることはできたようですね。
では、本題に入りましょう。あなたには3つの選択肢があります。
1つめは、私と共に魔王の側に降ること。
モンスターで無いあなたなら迷宮の内外を出入りするのに制限はありません。
良い宣伝要員が手に入ったとあの方もお喜びになるでしょう。
2つめはその2つのアイテムを私に渡すこと。
被写体の生命力を掠め取り蓄積したカメイラキャノンはだいぶ『中身』が溜まったようですし、
私の更なる強化に貢献してくれるでしょう。
3つめは、…いえ、そのような事態にならないことを私は望みます。」
3つめは考えたくないけれど、そういうことなのだろうか?
…やっぱりお姉ちゃんは、
「もし、2つ目を選んだ場合、その後ボクはどうなるんでしょうか?」
「3つ目と同じ結果になるかもしれないし、
そうならないかもしれない。
それはきっと遥様が決めていただけるわ。
――――――――――――ですよね、遥様。」
「そうだね。どうしようか?」
ボクの後ろから鈴の鳴る様な聞き覚えのある声がした。
いつのまにっっ!?
咄嗟にカメイラキャノンを向けようとしたけれど、
あの海のボスモンスターと対峙した時のような、
逆らってはいけないような絶対感を感じた。
ただの人間がこれほどの何かを醸し出せるはずがない。
こんなことができるのはきっとこの迷宮の――――――――、
「魔王…。」
「そう。僕こそがここの魔王だ。
君の知識欲はここで満足したかな?
…まあ、その程度なら君の後ろから刃を突き立てているジーナルストに処分させてもいいんだけれどね。」
その声を信じるわけがないじゃないかと思いながらも首だけを後ろに向けると、
――ジーナルストお姉ちゃんがボクに三角に尖ったガラスのような物を突き付けていた。
お姉ちゃんが魔力で構築したもののようだ。
何時の間にこのようなことができるようになったのだろうか?
ああ、そう言えば此処には適性があれば食べるだけで強くなれるソルトハーブがあった。
なんて、考える思考は現実からの逃避でしかない。
…あ、ははは、はははは。
嘘だ。こんなのってないや。ボクが一生懸命頑張ってきても結局は強い者に、
希望も夢も現実も押し潰されてしまうんだ。
「サンケミウリ・レポートは魔王様の軍門に下ります。」
それを聞いた、お姉ちゃんの嬉しそうな顔が、やけに印象的だった。