外伝 サンケミウリ・レポート少年の事件簿 12
あのメモを見る限りお姉ちゃんはボクの行動に気が付いている。
そして、もうほぼ完全に9割9分魔王側だと言ってもいい。
…でも1分でも信じられる可能性があるのならボクはその証拠を調査する。
―――――――人は信じたいものだけを信じる。
誰かがそう言っていた。
それでもいい。自分が信じる道の先が崖であってもそれでも走り抜ければ向こう側にだって行けるかもしれない。
信じたいことを信じて何が悪い。
ボクは僅か1分のお姉ちゃんが否魔王側である可能性を見つけるためにサンケミウリ・レポートは調査を開始する。
今回調査するエリアは『漣の迷宮』の名前の由来にもなっているこの迷宮の代名詞たる、凍える浜辺。
他にも『清漣』『清き浜』様々な呼び名がある。
美しく広がる砂浜が伸び、海の向こうには『氷結地獄』と呼ばれる氷の大地が海の上に浮かんでいる。
『氷結地獄』は横に広がるのみでなく、更に海の底にまで縦にも伸びているらしい。
この迷宮において最も歴史あるエリアだとも言われていて、
このエリアには他のエリアよりも多くの中ボスクラスがいて、
更にこのエリアのボスは全てのボスの中で最強とも言われている。
まあ、冒険者がボスを倒したという確かな話は聞かないからどのボスが最強かなんてのは眉唾な話だけれどね。
それでも、海の上に浮かぶ氷の塔を造り出したのはたった1匹のボスという話もあるくらい圧倒的な存在らしい。
最先の大地にして最果の戦力が集う場所。
もしジーナルスト・レポートが魔王に関係があるのならここにその痕跡はきっとあるはずだ。
エリアに入るといつも通り美しい砂浜がボクを迎えてくれた。
けれどこの美しい砂浜は多くの冒険者の血を吸って、
そして洗い流された場所だ。
血が飛び散っても、その血を汚れを掃除するかのように漣が洗い流してしまう。
三又首蘇鉄が三つ首を振り回しながら吼え、
地面を透過して泳ぐサメのモンスターで、砂漠や洞窟にもいる地泳鮫、
進化系の地泳骨鮫、地泳金属鮫、地泳黄金鮫等が背びれを出して泳ぎ、
昏根涙花に襲い掛かる与党虫に、
自分の生存よりも与党虫の脚を引っ張ろうとすることが生き甲斐である夜盗虫が更に襲い掛かり、
昏根涙花の近似種の強力なモンスター、雷獄聖夜草のエサに共々なり、
その雷獄聖夜草も、黒い死の概念を乗せた付着したものの中で拡散、増殖させる種子を持つ真っ黒な植物モンスター、
告死草によって隙を狙われていた。
阿鼻叫喚、死屍累々、悪鬼羅刹による血で血を洗う光景が繰り広げられ、
漣だけが平然とそれを洗い流していた。
そうしていると地泳鮫の1匹がボクの方に寄ってきたので、
敢えて地泳鮫の方に飛び掛かってその背ビレを剣で突き刺した。
思わず痛みで砂の上に身体を反らして起き上がった地泳鮫の正面からカメイラキャノンの連射で動きを止めて、
その間に鼻先を思い切り鉄パイプのような鉄のパイプで殴りつけてもう一度アゴの下から剣を突き刺してそのまま後ろに下がった。
血塗れになった地泳鮫はその血の匂いに寄ってきた同種の地泳鮫達に喰われて息絶えた。
…凄い所へ来たものだ。
このエリアはいつだって見た目だけならば美しい。
香りだっていい。
陽光柑橘というモンスターの強い爽やかな香りや、
他の柑橘系の植物や植物モンスターの香り、
そして深々と降る晴れ空の中の粉雪。
とても幻想的だ。
――――――――例えそれが表面的なだけのものだったとしても。
周囲ではモンスターと冒険者や、モンスター同士殺し合い、
粉雪は血を吸って溶けて砂浜に沈み洗い流され、
寒い所で日光後強い所を好む陽光柑橘は、
吸収した光を凝縮して放射したり、
触れた直後に肌に直接強力な光のエネルギーを放出するエキスを飛ばして来たりする厄介な敵で、
このエリアは美しいけれど、美しい『だけ』でその中身は悍ましい。
このエリアが魔王の象徴だという小話を聞いたことがあるけれど、
魔王はきっと見た目だけは美しくて、その中身はとてつもなく悍ましいのだろう。
――そう言えばこのエリアに象徴される存在がもう一人いたはずだ。
いや、それはあまりにも女神様に不敬か。その思考は止めておこう。
あの女神様のように美しい女性が魔王であり女神様だなんて、
そんなのは考えすぎかもしれない。
そしてこのエリアには難攻不落を絶対とする存在がいる。
ボクの今見ている先には海があり、
その海の中から何個も天に向かって氷柱が伸び、
天からも氷柱が落ちてくる。
その天と海の底から出でる氷柱の贄は、守護海蛇。
強力なモンスターで、有名な冒険者を何体も返り討ちにしている。
…もはやその影は見るまでも無いけれど。
海の中に氷の針で縫い付けられた守護海蛇は海から突き刺さっている氷柱が伸びてきたことで、
祭壇に掲げられる贄の様に持ち上げられた。
更にその周囲から贄に手を掲げる司祭たちの様に幾本もの巨大な氷柱が海中から伸び、
守護海蛇を突き刺している。
明らかにオーバーキルだけれど何故か守護海蛇は死んでいない。
…これを行ったものが敢えて生かしているのだ。
――――――――――――弄ぶためだけに。
そして空から何かがやってくる。
正体は言うまでもない。
中ボスクラスを赤子の手を捩じる様な残虐非道さと容易さでやってのける。
こんなことができるモンスターなんてのは一握りしかいない。
―――――――――――――最強の戦闘種族 死氷柱雀蜂。
悪夢のお出ましだ。
……いや、何だか変だ。
色も翅の数も大きさも何だか変だ。
咄嗟にエレクトロメモリを向けてもそこに表れる表示は『■■■■■■■■■■』としか出ていない。
思わずカメイラキャノンを向けようとしたけれど、
それをすると何故だか助からない光景しか浮かばなかった。
「いい判断ですね。」
呆然とするボクの後ろから拍手が聞こえてきた。
――――この声は…。
「お姉ちゃんっっ!!」
そう言って振り向いたボクの後ろには誰もいなかった。
そしてそこには代わりに1枚のメモ書きがあった。
湧迫潮山地で待っています。
あなたの大好きなジーナルスト・レポートより。