外伝 サンケミウリ・レポート少年の事件簿 9
宗教を調べると、他の宗教の神が悪魔にされていたり神様の部下にされていたりすることは割とある。
きっと今回もそうなんだろうなあと思ったのが、
雷鳥種と煌蛇鳥種を使役する高山の山頂に生息するらしいこのエリアのボスの話。
この高山エリアの至高存在は雷鳥種と煌蛇鳥種との闘争を下し、
今や完全な山の女王となったが、かの女王は雷鳥種と煌蛇鳥を滅ぼすことはなく、
使役し、高山が並ぶ場所では、ボスによく似た小型のモンスターが発見されたそうです。
ボスが産卵した可能性があるとして、今このエリアの危険性が上げられています。
と、迷宮に落ちていたというジーナルストお姉ちゃんのものらしきメモに書かれており、
初老の冒険者からも、
「伝え聞くには天上の音色たる妃君は、その歌声で2羽の鳥たちの王を従えた、と。
昔からこの場所では音楽家が何かに取りつかれたように山に登って行っては帰ってこないことが多々ある。
そして失踪する少し前には先程儂が言った様なよくわからないことを言い、
この高山が聳え立つ場所へ足繁く通うようになる。
――――儂の弟もそうじゃった。」と、そう聞いた。
その老人が語ったに類似する内容は、他にも多く出ていて、
山に登って失踪した音楽家たちが同じような事を語ったという事も推測できる。
…もしかして2羽の鳥の王も音楽家達もボスの何かによって操られている?
つまりこの高山エリアのボスは他者を操る事が出来る?
だったら、関わっただけでアウトな存在だ。
1人で行って操られたらもうどうしようもない。
まあ、イメージとしてはそう言う敵には少人数で行くのが操られた仲間に狙われたり、
からめ手の拘束方法がない限り、操られた中身に反撃できずに損害を受けるのが容易に想像がつくので、
いっそのことボスが対処できないほど大人数で行けばいいんじゃないかと思ったりもするけれど、
ボスが更に上手で、それほどの大人数をしても全員操られるなんてことになればその時はもうお手上げだ。
…そう言えばあのお爺さんが最後に言っていたことも印象に残っている。
確か、
「待っていろクエルダ。
お前の邪悪に汚された魂は俺が解放してやる。」
そう呟いてそのお爺さんは山に登って行った。
そのクエルダという人が弟さんなのだろうか?
もし、そうだとするとそのボスの下でお爺さんの弟さん達は――――――
いや、他人の家族関係の事だ。
深く関わるのは止そう。記者にもなんでもかんでも首を突っ込む権利があるわけじゃない。
…それに危険そうだ。
あのお爺さんが纏っていた殺気からして、恐らくボク等近寄るのも危険な戦いが繰り広げられるのだろう。
ボクにもボクの安全を考慮して、取材に行く権利と取材にいかない権利を使い分ける権利くらいはある。
高地の酷く悪い足場で飛び跳ねる飛跳山羊の群れから外れた個体がボクに襲い掛かってきたけど、
それもカメイラキャノンを飛び跳ねる寸前で放ち、硬直により中途半端なジャンプを行わせてがけ下に落とし込んだ。
こんな方法でもモンスターを倒すことによる強化恩恵は僅かながら受けられるのが不思議だが今はどうでもいい。
ボクが今ここにいるという事がそれを物語っているけれど、
ボクは結局――――――――――――取材に行く権利を決行したのだ。
山の麓にいた太豚を蹴散らして、山を登り、
揺らすと回復アイテムになる小さく尖った赤い実を落としてくれる、
益樹、団栗林檎に群がる毛玉狸を追い払う奮戦する大尾長の近くを、
巻き込まれないように素通りし、
更に進んでいくと回復薬白シロップの原料になる、川辺やこのエリアに生えている霊樹、白楓を見つけ、
周囲に群がる山獺から白楓を護る方尖塔角鹿を見つけ、
張り倒される山獺達を見て、ボクもそうならないようにしようと今回もその場を去ることにして進み、
その先にあった植物モンスター、
針武器草と洗脳草の群生地に知らずに足を踏み込もうとしていたところ、
「山ってのは素人さんが来ていい所じゃないんだよ~。」
と言って後ろから笑いながら歩いてきた男とその同行者の男の二人組が後ろからやってきて、
ボクを発見したのか、
「あ~疲れたんだよね。
解かる解かる。だってその格好山に登ることを全然意識してなさそうな感じだもの。
いるよね~そういう人。
なんっていうか、山に登る決意と準備に知識やお金を用意しない人とかって~。」
なんて言っていたけれど疲れていたので返事をしなかったら、
「何だよ。アイツ。俺が折角親切で教えてあげてるのに。」
「まあまあ、そういっても皆が皆そう言う意識で山に登るわけでもないし。」
なんて言いながら奥に進んで行き、
――――――――――――――――――そしてあっさりとモンスター達の餌食になった。
その後も途中で飛跳山羊の群れに狙われ、
その飛跳山羊達を食べるために現れた山登蟹の襲撃に助けられ、
その内逃げる途中に逸れた飛跳山羊をカメイラキャノンで対処して今ここにいるわけだ。
ん? 足元に何か紙があったので取り敢えずポケットに入れた、――その時だった。
あの鈴の成るような声が聞こえたのは。
「天堕氷河滝。」
その声がしたような気がした方向を見ると、
先程ボクが逃げるしかなかった飛跳山羊達を食い荒らしていた山登蟹が、
凍りついた表面から凍った血液が飛び出す様にして息絶えていた。
…あの女性がまたいる。
もしかして悪い神様でボクは憑りつかれたり魅入られたりしたんじゃないのか?
…冗談じゃない。いくら美人でもあんな恐ろしいのは御免だ。
それにボクには初恋のお姉ちゃんがいる。
ボクは一気に足場の悪い山を走って、駆けて、跳ねて、登ることにした。
あの女性がすぐ背後にいて嘲う声が聞こえる気がしながらも、
気のせいだと思い込むことにして駆け上った。
岩場を登り、亀裂を飛び越え、背が低い植物を掻い潜り、
どれだけ走ったことだろうか?
気が付けば今まで来たことも無いような高さにまで登っていた。
怖いもの見たさで…、というか、
未だに頭から離れない恐怖を振り払う為に一瞬だけ後ろを向いた。
…良かった。誰もいない。
そう思って前を向くと――――――――――やっぱり誰もいなかった。
宝具カメイラキャノンを繋いでいた紐が急に千切れて、
千切れた部分が凍っていたことは気にしないで置こう。
念のために耳を澄ませると、何か声が聞こえた。
「ミ……テイ…ル……。」
聞こえてきた部分だけを繋ぎ合わせると、
本当に恐怖以外何でもないのだけれど、
その声が男性のもの。それもつい最近何処かで聞いたような声のようだったことに安堵した。
…決して寒気がするのは高い所にまで来たからだけと信じたい。
知っている人が近くにいるというだけでも安心するので、
藁にもすがる思いでその声の近くにまで近寄ることにした。
ふと何故か、急に違和感を感じたので注意深く進もうとすると、茂みの隙間から向こうが見えた。
その声の主は知り合いではなく、巨大な口を大きく開けた喪黒鸚鵡だった。
足元には肉片になった元人間が転がっていて、
その服装はボクの知り合いによく似ていた。
後で彼の家族には報告しておこう…。
そして喪黒鸚鵡に気が付かれないようにこっそりと戻ると、
「お前…たち…が。」
今度はまた男性の声がした。ついさっき聞いたばかりのお爺さんの声のようだ。
しかもそれだけじゃない。
「是非取材をさせて欲しいですね。」
ジーナルストお姉ちゃんの声までする。
それでも先程の事があるから、逸る気持ちを抑えてゆっくりと警戒しながら進む。
…もしかして? という気持ちもあったけれど、
お姉ちゃんではなく、擬声モンスターがいたことにはやっぱりかとも思った。
まあ、そのモンスターの姿が噂になっているボスの姿らしきものに似ていなければの話だったけれど。
…終わった。
流石にボスの眷属が出て来てはもはやどうしようもない。
そんな風に思っていたけれど、
ボクの存在に気が付いた様子ながらも、ボクが騙されなかった事が如何にも気に喰わないかのように拗ねた仕草で飛び立っていった。
「そこにいたのかクエルダ。」
暫くすると又してもお爺さんの声がしてきた。
その方向には大して深い茂みも無かったので細心の注意でその方向を確認に行くと、
今度は本当にお爺さんがいた。
向かい合っていたのは若い美青年。
「久しぶりだね、兄さん。随分と老け込んだじゃないか。」
「…変わらないな。お前は。」
「それはそうだよ。だって、この迷宮の中に住み込んでいるからね。」
「家族も何もかも棄てて、な。」
「所詮、棄てられる程度のものでしかなかったのさ。父さんも母さんもノヴィアも、兄さんも。」
…どうやら、あの若い青年はあのお爺さんの弟らしい。
それにしても、お爺さんと兄弟であの若さだなんて、
元々年が離れていたとしてもはなれすぎだ。
一体、この迷宮にどれだけ住んでいたのだろう。
理論上、時間の流れが遅い迷宮の中にいれば、
迷宮の外にいる人と比べて年齢が乖離していく。
他にも若返りや真・若作り…というか老化抑制のアイテムや薬草はあるけれど、
今回はそう言う話じゃなさそうだった。
「帰ってくる気はないのか?」
「…兄さんだって解かっているだろう?
―――――――――――僕はもう、戻れない。」
「みんな待ってる。父さんは死んだが、
母さんは体調は崩したけれどまだ生きてる。
ノヴィアは…、――――すまん、俺と結婚した。」
「はは、なんだ。……はは、なーんだ、
予想通りじゃないか。昔も今もみんなが待っているのは兄さんだ。
子供や孫に悲報を聞かせたくなければ、今すぐ逃げればいい。
それで満足してあげるよ。」
「…満足? 何を言っている。」
「歳を取っても鈍さは治らなかったのかな?
それともボケた?
ま、馬鹿は死ぬまで直らないっていうしね。」
「クエルダ?」
「どうする? 兄さん。兄さんの腕なら迷宮に入って今までやってきて、
十分元は取っただろう?
二度と迷宮に足を踏み入れないっていうのなら、逃がしてあげるよ?」
「…魔王に魅入られたか。」
「――――魔王だなんてとんでもない。
あの御方たちは僕の救世主だ。
あの御方たちは僕に生きる意味と死ぬ意味を与えてくれた。」
「やはり魔王を殺さないと救えぬのか。
そこをどけ。その先にいるのだろう? お前を堕とした奴が。」
「…やっぱり兄さんを殺さないといけないのかぁ。
何もしに来なければ、家族に看取られて天寿を全うできたものをね。」
「…やはりそうはいかぬか。
クエルダ、年を取ることなく若いままで高めたお前には解かるまい。
年老いて衰えることで、時を重ね繋がりを増すことで得られる強さというものを。」
「じゃあそれを照明して見せてよ。
…ああ、やっとだ。やっとこの時が来たんだ。
待っていたんだ。僕はずっと待っていた。
兄さんと殺し合えるこの日を。
さあ、兄さん。僕と殺し合おう。」
お爺さんとその弟らしき人たちが戦い始めたけれど、
もはや目に追えそうにない。
弟の方は、そもそも動きが早すぎる上に、
どうやら不可視の攻撃手段があるようで、
けれどお爺さんは何も無い空間を弾くようにしてそれを対処している。
一方お爺さんの方は、そこまで早くはない動きにもかかわらず、
いつの間にか目で追っているとずれてしまうような動きをしながらも、
自分の姿勢を一度たりとも崩すことなく、攻撃を受け止め、弾き、いなし、
そこにカウンターまで混ぜていた。
ただぼーっと、何かをやっている二人を見る事しかできないボクには全く理解できないけれど、
その闘いにも遂に決着がやってきた。…お爺さんが仕掛けたのだ。
「クエルダ…、少し眠っているがよい。
その間に全て終わらせておいてやる。
奥義―――――――――――――――――刃桜。」
そのお爺さんの言と共に、お爺さんが構えていた2つの槍の先が見えなくなり、
周囲には銀の花びらが散るような光景が幻視で来た。
きっと今、そのすぐ近くにいるお爺さんの弟には、桜の花びらが散るような光景が目に映っているのだろう。
『刃桜』…。ボクも話を聞いたことだけはある。
とある剣聖が到達した奥義の1つ。
無数の桜の花びらの様に剣先が煌めき、
その銀の花びらは相手に触れるや、新たに朱い花びらを散らせるという。
――このお爺さんが、万武の到達者。剣聖ハルマー師!!
もはや勝負など判っていた。
剣聖が本気を出したのなら人の身で敵うものなどいない。
そう―――――――――――――――――――思っていた。
「…老いたね、兄さん。」
ふと意識を戻すと、剣聖ハルマーは、
その弟の何でもないただのでの短剣の一突きに沈んでいた。
もはやハルマー師の反応は見えない。…死んでしまったのだろうか?
「…人間を辞める反則をして、初めて兄さんに勝てた。
僕の人生の目的の1つでもあったのに。
…何でだろうね、それでももどかしさが残るのは。」
そう言って、実の兄を倒したハルマー師の弟は空を見上げて。
―――――そして此方を見た。
…っっ、ヤバいっ、気付かれたっっ!!
「其処の少年、この老人を連れて帰ってくれ。
少々重いかもしれないけどね。」
…死んでは無いみたいだ。
悪ぶっていたけれど、案外悪い人でもないかもしれない。
「運べないほど重たいなら言ってくれ。
手足を切り落とした方が軽くなるかな。」
…悪い人なのは間違いないか。
ボクは意識を失った剣聖を背負って歩き始めたとき、
後ろからこんな声が聞こえた気がした。
「ありがとう、そしてさようなら兄さん。」
――――――――――――∮∮――――――――――――――
SIDE GODDESSES ~家主夫婦~
「これでもはや兄さんは戦いの場には繰り出せない身体になった。
兄さんの事だから僕を助けるために自分を犠牲にしても、
自分の子供達にはそれを押し付けることは無い筈だ。
これでいい。これで、
この力で、魔王から手に入れたこの強大な力で、
――――――――――――――――――僕が魔王を殺す。」
以前、僕の部下になりたいと申し出てきた青年が実現不可能な世迷言をほざいている。
僕の部下にして強大な力を与えて欲しいというから、
様々な薬草やモンスターの遺骸を来る日も来る日も喰わせ続けた。
それがこの―――――――――――――――予想通りの結果だ。
「遥さん、地雷の造反者をどうします?」
「どうもしないさ。」
目に見える地雷はただの爆弾だし、
只の爆弾を解体しないのには理由があるものさ。
「ですが…。」
「僕は従順な無能より、野心ある有能な部下が欲しい。
それに、敵として動きたがっている人間にも使い道はあるものさ。」
「…ああ、そういうことですか。」
――――――――――――∮∮――――――――――――――
SIDE LITTELE REPORTER ~少年記者~
必死で山を駆けおりてハルマー師を無事、医療所に届けた。
…うん。明日はもれなく筋肉痛だ。
次の迷宮の調査は数日後にしよう。
大して動かなくてもできることを考えていて、
あることを思い出し、
途中で拾った紙をポケットから取り出して読むと、
それはジーナルストお姉ちゃんの、
しかもごく最近書かれたであろう手記の切れ端だった。
「○月×日
(摂理様を除き)無慈悲なる遥様は、
今日も実の弟を向かわせるという冷徹かつ冷酷な方法で、
放っておいても後先が無い老人を始末するのを見届けるようです。
それと、あの子が上手く歴史どころか曰くしかないアレを使っているようで嬉しかったです。
きっと『中身』も溜まってきているはずだからもうすぐかもしれない。
遥様に楽しい玩具にされているところは羨ましくて仕方がないけれど。
ああ、早く遥様の御役に立ちたい。」
ジーナルストお姉…ちゃん?
疑問と恐怖がないまぜになり、ねっとりとした粘ついた空気が方に乗っている気がして後ろを振り向いたけれど、
やっぱりそこには誰もいなかった。