外伝 サンケミウリ・レポート少年の事件簿 5
今回ボクが調べるのは、『墳火山 霧の樹海』エリアだ。
…と言っても、奥の方にある墳火山エリアまで行く気はない。
だって危ないから。
そもそも霧の樹海自体が凄く悪質で、空に漂うキノコのモンスターとか、
辺り一帯を細切れにする鋭い菌糸を放射するキノコのモンスターとか、
倒した人間の中身に入り込んで操るキノコのモンスターとか、
いきなり地面から伸び出してくるキノコのモンスターとか、
いきなり、月が出ていたらビームを飛ばしてくるキノコのモンスターとかがいる。
…うん、とにかくキノコが危険なんだ。
生態系の底辺にいたキノコ達が、新たなる底辺生体である人間を見つけては襲い掛かってくるらしい。
…ただの元イジメられっこが他のイジメられっこを虐めてスケープゴートにしているようにしか聞こえない。
そう、お姉ちゃんのメモに書いてあったけれど確かにそう言えなくもない。
…でも何だか、失踪する前と比べてメモに悪意が強まっている気がする。
それとも何か悪い奴に騙されていくうちに失踪する必要が出来たのだろうか?
この森は薬草の宝庫だけれど、今は昔と比べてこの森から採れる薬草が激減している。
嘗ては、そんな中でもそのキノコ達の猛攻をことごとく切り抜け薬草を集める、
ドラッグカルトの聖女様がいたけれど、聖女様が亡くなった今ではこの森で取れる薬草の値段は跳ねあがっている。
誰も好き好んで来たくは無いエリアというのはある。
森系統の薄暗くて、天井にや周囲の木々にも気を配らないといけないエリアは、
少なくともボクは好きじゃない。
逆に、俊敏な地形の移動が少ない植物系モンスターが多いこのエリアが好きだというものもいるからよく解からない。
そう言った男の人の横で、「じゃあお前、魔公銀梅花の前でもそれ言えんの?」って言う男の人がいたけれど、
何でもかんでも極端な例を挙げて、それが一般論としておかしいと持って行く辺り、ボクの兄と似ている。
貧乏な地域にも勉強できる機会を得て秀才になった人や、
虐められっ子でも、腐らずに努力して虐めっ子たちよりも社会的上位に立ったり、
直ぐにパニックになって喚き立てるお国柄の者にも、話ができる者もいるとか、
魔力の少ない家系から排出された高名な魔導士もいるにはいるけれど、それって珍しい例だよね。
まあ、その根拠から大きな声で相手を打ち負かせばいいというのがボク達レポート家の確立した、
今では一般的なやり方なのだけれどね。
まあ、このやり方も元はジーナルストお姉ちゃんが残していった資料に残されていた方法だった。
あくまで、それを兄が発見しただけだ。
…けれど不思議なことに、その資料はお姉ちゃんが失踪した時にはどこにも無かった筈なんだけどね。
それにしてもこの資料も以前のお姉ちゃんからは若干違う何か悪意染みたやり方が多く載っている。
後、他にも最近は他の脅威も増えて来てるみたい。
縫職蟻っていうモンスターがやたら狂暴でよく他のモンスターを血祭りにあげている。
だけれど、その粗さの割に、倒したモンスターの身体の一欠けらも残さず、キッチリ持って行くから死体漁り達には不評らしい。
話が外れるけれど紫陽花の花言葉は『非情』。知ってた?
それに相応しいほど無慈悲なモンスターがいる。毒水風船花龍だ。
多頭の龍の様に蠢き、毒水を空に球体に浮かべて飛ばしてくる。
勿論、毒水には触れただけでアウトだ。
飛沫が飛び散った時に引き起こされる死ぬまで続くとも言う痛みだけで、
耐え切れず自殺を図るものもいたらしい。
他にも、竜なモンスターと言えば、銀竜草とかが危険だ。
というか、もう関わらない方がいい類。
キノコと植物とドラゴン系とどの系統でもなく、
全ての系統でもあるらしい、もはやよくわからないモンスターで、
ブレス攻撃、根攻撃、菌糸の鞭、周囲の養分を強制吸収により枯渇。
色々とバリエーションがあるモンスターだけれども、
かなりいい武具の素材になるらしく、挑戦する人は少なくはないみたい。
後は非情の反対側にいそうなのが、『愛情』とか、そう言う花言葉。
けれど、『愛情』の花言葉を持つ花というのは大概に多くて、
女性受けしそうな花の中で適当に選んだ花の花言葉が『愛情』の花言葉を持つことは多々あるよね。
まあ、その場合、往々にして『執念の愛』『狂愛』『儚い愛』とか、ネガティブな、
タロットで言えば、所謂『逆位置』に当たるダークな『愛』の一面も持っていることもよくあるよね。
そして、花と言えば女性のものというイメージだけれど、
女性のイメージだけあって結構昏い側面もあるものも多かったりする。
国によっては花占いで、好きと嫌い以外に、地獄に落ちろとか入れてしまう国もあるとか、
毒殺用に植えられた観葉植物園を持つ貴族夫人がいたとか、
贈られてきたスノードロップの花言葉の裏の意味が『死ね』だったりとか、まあ、そう言う話。
因みに、ジーナルストお姉ちゃんも結構女の子な趣味もあって、
ボクもいくつか花言葉を教えてもらったんだ。
花言葉は、基本女性向けな言葉が多いけれど、
男性的な花言葉の花もある。
例えば、スターアニス。花言葉は『力』。
若しくは『パワー』。うん、凄く強そうだ。
凄くKIRAKIRAな夢がかないそうなパワーがイメージされて、
もう、偶像にでもになれそうなエネルギーを感じる。
実際、お酒や強壮薬、その他口では言えそうに無いものにも使えそうだし。
他にも糸蘭の花言葉は『勇壮』とかだったりもする。
凄くカッコいい。
因みに普通の花は綺麗で、花言葉が言葉遊びの楽しさだけれど、
植物モンスターの花言葉がぴったりはまっているときは笑えなかったりする。
スノードロップのモンスター、永氷草は、
毒のある凍りついた蜜を飛ばしてきて、地面などにぶつかり破砕したその破片が気化しては、
眩暈と吐き気に襲われたところを花を使って捕食して来たりとか、
スターアニスのモンスター、齎死八角は、圧倒的な火力を兼ね備えた、
超過激モンスターだったりとか、
糸蘭のモンスター竜絶蘭の近似種薬禍蘭の個体戦闘性能は、
可憐な見た目とは違って、やっぱりモンスター、それも竜絶蘭の仲間でありながら、
強靭な直接戦闘力こそないけれど、やはりそれに見合うだけの多数の毒の強さで非常に危険だし、
何よりも、蘭蛾戦士系、
細かく言うと糸蘭蛾戦士、雪蘭蛾戦士、白蘭蛾戦士、
雲蘭蛾戦士、胡蝶蘭蛾戦士の5種がいて、
モンスター同士の契約、専門用語で言うと共生とかいう関係にあるこの5種が群生地をパトロールしていて見つかると襲われる。
それにしても全部真っ白というのが実に微妙だ。
折角5種類いるんだから、赤とか青とか黄色とかになっていればいいのにと昔は思っていたけれど、
ジーナルストお姉ちゃんが教えてくれた話によると、
ブチ切れると色が変わってちゃんとカラフルになるんだとか。
それにしても、強力なモンスター同士共生する意味があるのかどうかは全く分からない。
きっとそれとなく理由はあるのだろう。
そんなわけで、全く持って足を踏み入れたくないエリアだけれど、
ジーナルストお姉ちゃんがいるかもしれないから勇気を出して逝ってみることにする。
…訂正、行ってみることにする。
エリアの中に入ってみると、薬草を集めることに熱狂的な人間至上主義な所がある聖女様を崇める教団の人たちがいた。
どうやら雷獄聖夜草の討伐らしい。
昔はモンスターで無い普通の薬草を狙ってばかりいた彼女たちは、
最近は薬効効果のあるモンスターをも狙うようになったみたい。
で、それで強いかというとそうでもないみたいで、
強いモンスターを怒らせては周囲の人たちに迷惑をかけたりしていることも多いと聞く。
まあ、迷宮に入っていく時点でモンスターに襲われることは覚悟の上なのだろうけれど、
敢えて、モンスターを人が多い所に誘き出して戦いに巻き込んでは、
その死骸を当然のように持って行く姿勢はお世辞にもいいとは言えない。
教祖がいなくなってからは暴走しているようだ。
今回も当然の様に同じような事をしてやはり周囲の顰蹙を買うようなことを始めた。
というか雷獄聖夜草ってこんな入り口付近にはいなかったはず。
こんな所にまで誘き出す能力があるのなら戦いに全力を出せばいいのに。
皆で薬草を手に入れて貧しい人たちに施すのが当然だと狂信しているから、
敢えてこのような行動を取るのだろうけれど。
…って、ヤバい。
葉っぱと花びらを大きく広げ始めた。
「皆伏せろっっ!!」
誰かがそう言ったか思うと同時に周囲に電撃が振り回された。
電撃が振り回されるという表現はおかしいかもしれないけれどほんとにそんな感じなんだ。
熟練の冒険者たちは剣や盾や兜を前方に投げ飛ばしてそれを避雷針にして難を逃れていたけれど、
新人らしいごく普通の鉄鎧に身を包んだ冒険者は動かないけれど恐らく中身は……うっ、想像してしまった。
焦げた匂いも伝わってくる。もはや確定だろうけれど敢えて確認してトラウマを負いたくもない。
その焦げた冒険者の方に近寄ってきた雷獄聖夜草は、
あっという間に冒険者を包み込んだ後、再度電撃を放ち、
その後鎧の隙間から根を入れ出した。
正直何故こんな化物を連れてきたのかはわからない。
雷獄聖夜草の効果は、
一般的な薬草と比べて薬効が特殊だ。
火傷などの表面的な傷に効果的な他に、
呪いや憑依などに対して祓う効果があるんだとか。
特に体表に呪いなどの症状が出てくるものには極めて効果的だとか言う。
…ああ、確かヤバッカ伯爵の娘が呪詛を掛けられて寝込んでいて、
治してくれたものには大金を払うとか言っていたような。
……結局、人類愛を謳う教団も蓋を開ければ金が欲しいのか。
って、そんなことを考えている暇ないかな。
其れよりも早く逃げなくちゃ。
そう思っていたら、
「渦巻く業火よ、我が敵を焼き払え。
火炎竜巻!!」
高めで、しかし優しさの欠片もない厳しげな声が響き渡った。
その声はさらに続く。
「深き地より這い寄せる熱の波よ、
愚かなる迷いし者を飲み尽くせ。
溶岩波。」
炎の渦に閉じ込められて苦しみながらも逃げられない雷獄聖夜草に、
時間が掛かり、遅くて範囲も大きくないけれど威力が非常に高い魔法が重ねられる。
雷獄聖夜草は悶え苦しみ焼き焦げた。
薬草としての効果が発揮できるかどうかわからなくなったと教団の人たちが騒いでいる。
動けなくして少し時間が掛かるけれどまず倒するであろう威力の魔法を重ねるとは、
非常に戦法的には理にかなっている。
そのレベルの魔法が使える事自体がまず凄いけれど。
火炎竜巻には動けなくした後に、
炎に焼かれても毒の煙に変わる毒物発射魔法、毒気泡等を組み合わせたりして動けないままの敵を倒す方法は、
最高学部で魔法を専攻する者達が習うような技術だ。
そんな技術を持っているものなどそうそういないはず。
一体誰が…
あ、――――――――律務官…。
律務官はとにかく、保安部のトップであり、
個人に与えられる称号で、警察権と司法権、そして死刑執行権が与えられている者で1人しかいない。
文字通り「私が法律だ」と言ってしまえるような存在で名前も顔を全てが謎の存在で、
ただ、その黒の特徴的な服装だけが知られている。
犯罪者だと決められたらもうそのものに未来がなくなると言ってもいい。
レポート家はどちらかと言えば反国家勢力寄りの所があるとボクは思っている。
だって、弱者や悪人に容赦の少ないこの国の中で加害者の権利や弱者の権利を声高々に主張しているんだから。
特に兄は何かあるたびに国王や貴族のせいだと文句ばかりを言っている。
記者が国民を導いて興す国を作ればいいとまで言っているんだから、いつ目を付けられてもおかしくはない。
まさか、ボクを捕えに来たのだろうか?
だったらヤバい逃げろ。
免罪だろうがなんだろうが見つかって、「この人犯人です。」なんて保安部の人に言われようものならばもうお先は真っ暗だ。
下手をすれば、人権剥奪によりモンスター扱いを受けて、
見付け次第、誰が殺してもいいようなまるでゴブリンのような扱いを受ける。
そんなのは真っ平だ。
ボクは急いで、しかし怪しまれないようにその場を逃げることにした。