第138話 復讐へのカウントダウン
蘇我原にはそろそろ退場してもらおう。
信頼についてはともかく、完全に実績面での信用を勝ち得た彼に、参謀である僕の存在を天津姉妹に知らせるように言う。
もう、天津姉妹に従う必要もないのだから、タネを明かして悔しがらせてやればいい。
そんな風にいうと簡単に乗った。
天津姉妹に参謀である僕の存在を知らせると、
当然のようにその参謀を連れて来い。
表向きには、自分達の部下を盛り上げてくれたことへの功労という話でそのような話が来た。
実際のところは解からないけれどね。
僕の存在が知られたことで、もう、彼には天津姉妹にとって価値はない。
有能であったタネが割れたからだ。
タネが割れるといっても、彼は何かに覚醒するわけではない。
ただ、はりぼてが剥がれただけだ。
そして狐娘にその気は無くても、古き神を現人神が乗り越える危険は孕ませた。
もはや用無しだ。
しばらくしたら彼を支援する支持母体の1つである、僕が立ち上げた宗教の信者を使って彼に毒を盛らせる。
表向きは痴情のもつれの末の心中として処理されるのだろう。
彼ら信者はその後、現在の政治支配者である天津姉妹の意向を組んだもの達によって追い詰められていく。
彼らにとっても矢面に立つ存在である蘇我原が倒れ、
上手く誘導していた蘇我原の副官である僕にも余裕がなくなって見放された、という状況になる。
そして行き場がなくなった彼らには、
新たな神輿の存在である為果月を勝手に神輿と掲げる様に誘導した。
元が有能な資質がある者達だ。此処から自分達が生き残るためにうまく立ち回ってくれるだろう。
オートで動く彼らを見ているだけで後はその組織の利益になる。
僕達は僕達で動かせてもらうとしようか。
3日後に本来蘇我原に連れられて天津姉妹の所に行くことになっていたけれど、
少し予定を早めよう。
あまり準備をされても面倒なことになるからね。
蘇我原が管理するチェーン迷宮から別のチェーン迷宮の場所を探り、
その内の1つをデュカリスを使って襲撃させる。
それと同時に僕と摂理は本社へと転移した。
恐らくこの時に見た蘇我原が生きた状態で逢う最後の姿になるだろう。
君は実にいい人形だった、楽しめたよ。
本社の第一階層たる境内の中に入り、辺りを見回す。
…流石、幾多の迷宮群を統べる総代。
造りは似ているものの、その広さと屋台などの品ぞろえが他のチェーンの比ではない。
横の摂理はメロン味の綿菓子に目が釘付けになっている。
…解かった後で買ってあげるから、袖を引っ張らないでくれ。
えっ?今がいい?
「わかった。…すみません。1つ下さい。」
「1つ?遥さんはいいんですか?」
大丈夫だ。
そう答えて、お金を渡して品物を貰って数分後。
「遥さんっ。向こうに林檎飴というのもありますよ!!
…駄目、ですか?」
まだ綿菓子が残っているだろう。
…仕方ないけれど予想済みだ。
「残りは僕が貰うことにするよ。
…すみません、林檎飴一つ、頂けますか?」
摂理が林檎飴をペロペロと舐める横で、周囲の様子を見渡す。
今、謎(笑)の昆虫モンスターの群れによる襲撃で、参拝客が激減する中、
これだけの集客を誇る辺り見事と言える。そう考えていると、
狐耳と尻尾を生やした女性が僕達に気が付いたのか、近寄ってきた。
「迷宮攻略は初めてですか?」
実に懇切丁寧な対応で社員教育も行き届いている。
…素晴らしい。僕の迷宮にはそう言う存在は用意していない。
僕の所の場合は、記者少女が配布した多少誤りを含めた記事を、
定期的に発布しては、侵入者自らがその情報を集めて理解させて入る仕組みになっている。
僕のところが、ネットショップなどの同意規約だったり、
新幹線のタッチパネルのチケット販売などの、客の行動に依存したシステムだとしたら、
この迷宮では、直接店員が品物の情報と店のシステムを説明する形になっている。
人型モンスターが多く、命の取り合いをしながらも友好的な関係が構築できているからできる方法だ。
迷宮主が現代人の幼女だとしても、
幼女だと舐めてかかるわけにはいかない。現代人だからこそ思いつけるシステム構築を流動的に活用している。
僕の敵になり得ていると認めざるを得ない。
「いえ、そうではないのですけど。」
「そうですか。」
そう答える狐耳の女性型モンスターは、あの睦月より朗らかでふわふわしたような印象を受ける。
…摂理、だから僕に浮気癖は無い。そういう所もお母様似なんだ、安心してくれていい。
「御垣内参拝はできますか?」
「…すみません。事前の準備も要りますので本日は…。」
そう困った様に濁しながら断られる。
曖昧な言い方で相手を気遣った断り方は外国の人には通じないことも多く、
ビジネスや恋愛などにもよくその事でトラブルがある。
そんな呑気な思考を浮かべながら、何処か優しい拒絶の空気を叩き斬る一言を告げる。
「僕が蘇我原の参謀だと言っても?」
先程までの緩やかな空気が張り詰める。
脅威とは恐ろしい。
というか恐ろしい事が脅威なのだろう。
けれど脅威はしかりと対策されたものの前では脅威足りえない。
用意せざる者にこそ脅威足りえる。
しかし最悪なのは脅威への恐れを持っておきながらもその対策がまだ不十分の時だ。
運よく転がれば用意の完成に近いところまで転がれるが、
かつて、震災に余計な点を加えて人災に変えた政治家がいた様に、
勘違いの余裕が生んだ要らない対応が更なる脅威を生むことになる。
少々君達が予定したよりも僕は早くついてしまったけれど、
果たして彼女達は、どちらへ転がるのか?
「……こちらへ。」
目の前の狐耳女性に導かれるままに着いていく。
恐らくその向こうには、デュカリスの襲撃に対処するために、
思考と戦力を割かれた天津姉妹がいるのだろう。
そう、思っていた。
他の支店迷宮同様、幾つもあるコースが示された扉とは別に、
閉ざされ封じられた岩の扉がある。
狐耳女性がその岩に手を翳すと、岩が動き、その扉が通れるようになった。
以前同様他の侵入者は気が付いていないようだ。
今開いた扉以外にも、他に封じられた扉が幾つかあったことには気になったけれど、
本社で大きいからそういうものなのだろうと何も考えずに入ってしまった。
…結論から言うと失敗だったのかもしれない。
石畳でできた通路を歩いていくと、巨大な御堂があった。
その御堂の前まで行き、先導した狐耳女性がその扉を開くと。
「たぁぁっっ!!」
袴姿の狐耳の女性の周りに、同様の姿をした狐耳の女性たちが倒れていた。
死んでいる様子はない。訓練の様なものだろう。
そのうち1体が起き上がり、中央に立っている恐らく自分達を打ち負かしたであろう少女に称賛の意を贈った。
「流石ね。為果月。」