第127話 内政なんてないぜい(政治編)
クリアリプルスの諺にはこのようなものがある、らしい。
魔王を信仰するは易しい。
魔王を侵攻するは難しい。
そして魔王の信頼を得ることはできない。
人々の中には、この圧倒的で人知を超えた迷宮を管理する僕を信仰する者もいるらしい。
けれど僕はだからと言って彼らを優遇してあげる必要性は全く感じていない。
だってどうでもいいからだ。
自分を慕ってくれる無能よりも、
自分を慕ってもいない有能の方が価値がある。
無能で社会のお荷物になって更に反社会的なものを抱え込むメリットなど無い。
結局彼らは自分達の社会で満足できる地位にいないから、
別の社会の頂点である僕に傾倒しているだけだ。
彼らが僕に提供できる有意義なものは無く、
僕が彼らに何かをしてあげるつもりは無い。
契約は最初から破綻している。
けれど有能なものを自分の支配下に置くことが出来れば、
必ずしもあからさまに斬り捨てる行動を見せることも無い。
クリアリプルス家の第2王子。
彼は僕の信奉家で有能な駒だ。
彼には特に薬や術式による洗脳を施したわけではない。
少々啓蒙してあげただけだ。
彼は元々は次の国王である長男のスペア達の一人。
その中でも最も確率の高いスペアだと自身を認識していた。
その甘い容姿から国民に人気が高い彼には知られていない秘密が多くある。
亡くなった母親を想う少々マザコン気味のところだとか、
母親の死の遠因となった末っ子を実は憎んでいたことだとか。
自分が引かれているレールに納得しながらも、
そのレールから自らの意思で外れた姉や末っ子に憬れと嫉妬が入り混じった複雑な感情を持っていること等、
特にマザコンなんて女性に嫌われる要因の上位ランカーだ。
…僕?
何を言っているのかな?
僕がお母様を敬愛しているのは信者が神を信仰することくらい自然で当然で崇高な事だよ。
彼はマザコンが拗れて、
王族である自分よりも上位である存在、
女神に対して深く傾倒していった。
これは薬師姫たちが僕の所へ来る少し前から始まる話だ。
あるとき彼が父王の執務を手伝い終えて自室に帰ると、
そこには伝承通りの姿の女性…つまり僕がそこにいた。
「っっ!?、女神様っっ!!」
「クリアリプルス王家第2王子ジャズロックよ。」
「はっっ!!」
「何故優秀なそなたが次の王とならないのです?
王は一人、であるならば優秀なものが王に着くようにするのが王族の義務でしょう。」
「しかし次の王には兄上が。」
「確かにそなたの兄ブルースは優秀でしょう。
数々の政敵を葬り、現王の意思の方向性を理解しずれることなく追従した。
そなたたち別の後継者を祀り上げる者達が表に出てくることを許しもしなかった。
けれどそなたはそれ以上に優秀です。この女神がそれを保証しましょう。」
「…し、しかしわざわざ内部を分裂させて国力を落とすような真似は…。」
「でしたら内部に分裂させることなくそなたが権力を握ればいいだけの事でしょう。
できないとは私は思いませんが?」
「…何故、女神様は私に力を貸して下さるのですか?」
「そなたが自分の意思で何かを成し遂げていく事を見たかったからです。
父親に定められた運命ではなく、自分の道は自分の意思で歩くのです。」
「女神様……っ。」
酷くチョロいものだった。
事前に相手の情報を調べ上げて分析して、
必要なものを揃えて行動すれば、おのずと結果が付いてくるといういい例だ。
彼にはいろいろと教育を施した。
例えばこんな風にだ。
「ジャズロックよ、少しお金を持った者達は、
まずお金があることにその意識を奪われてしまう。
商人から王になった国王の子ならば解かるでしょう。」
「はい、女神様。」
「その結果、お金があれば何でもできると思ってしまう。
確かにお金があれば万能に近い感覚を得ることができる。
けれどもそなた達の様に、少しどころではないお金に幼少時から囲まれていればその感覚は違う。
お金があるのは当たり前なのです。
お金を使えば物が買えるぐらい当たり前のことなのですよ。
そんな私達にとっては私達自体に万能の意識を持つことも不自然な事ではない。
そうでしょう?ジャズロックよ。」
「その通りです、女神様。」
「よく弱者を救えと声高々にいう者がいますね。
果たして弱者に対する救済は必要でしょうか?」
「女神様は、この私を救って下さったではないですか?」
「そなたは弱者ではない。
その事を誇りに思い胸を張って生きるがいいでしょう。」
「はいっっ、ありがとうございます。」
「弱者を救済することが仮に必要だとしてその負担は何処からくるのでしょうか?
それを強者の目線で考えれば、おのずとクリアリプルスは発展し栄光を得ることになるでしょう。」
現在強者であるものは、努力、リスク、才気、運、先祖、
様々なものを使った結果今そこの位置にいる。
それを、努力もせず、リスクも負わず、才気も運も無かった者がずるいずるいと叫んだいるだけ。
多く重いの責任と重圧と職務と過去の道筋を持つ経営者たちがその分の利益を得るのは正当な権利。
それもせず、ただ弱者は救われるべきだという豚は死ねばいい。
家畜は食われる代わりに無償でそれまでの生存と種の繁栄を約束されている。
無償の安寧を求める豚は喰われるのが当然の帰結だ。
資産を持つものは確かに貧乏な者から見れば余っているように見えるかもしれない。
けれど懸命に働いて節約して溜めこんだ資金で、
子供達に良いものを食わせ、良い服を着させることの何がいけないのだろうか?
良い教育を受けさせることの何がいけないのだろうか?
その為に頑張って働くのだから、当然の親心だ。
格差の継続と貧困に喘ぐものが高給取りを目指す権利を挙げるものがいるだろうね。
それでも格差はそうは変わらない。なぜなら既に富は分配されているからだ。
けれどもその何が悪いのだろうか?
まさか自分の子供に没落して転落する人生を選ぶ権利を行使させろと?
それこそ有り得ない、当たり前だ。
貧乏な人たちの為にその富を手放してあなたも貧乏人に転げ落ちなさいなんて親は普通いないだろうから。
それに、才気と努力とリスクと運があれば、元が貧乏でも成り上がれる余地は残っているのだ。
そのような事をクリアリプルスの時の施政者の第2継承権保持者に教え込み、
僕に心酔した彼を使って強力な弱肉強食の資本主義社会をクリアリプルスに作りだした。
他の王位継承者を競争に参加させろ。
その上で勝利を勝ち取れ。
磨き抜かれた血筋こそが頂きの王族には相応しい、と。
姫宮家の教えにこのようなものがある。
『血は研磨によって洗練される。』
競争と間引きの果てに優良種を作りだす。
競争馬も、作物も、家畜も、そして人間もだ。
不要を削り落として磨き上げることは姫宮家の得意分野ではない。
得意分野程度の言葉では適当ではない。
存在意義と言えば大げさだけれど信念のようなものなのだ。
そして時は今に至る。
ジャズロックを使って様々な改革をクリアリプルスに施した。
有能な人種を、優秀な個体を作りだすための施策を。
人を見下してはいけない理由なんて実際にはない。
誰もが誰かを見下している。
後はそれを表面化させればいいだけだ。
個人的には苛めは有効な範囲で有効に活用するのならば、
敢えて手を汚しはしないけれど黙認できるものだと思っている。
利益を多く生まない無能な者の犠牲で、
比較的多く利益を生む者達が自分達に自信を持つことができる。
只、無能な者でも100の利益は生まなくても、
20位の利益は生んでくれる。
その合計数を考えれば無視はし切れない。
そう言う意味で彼ら彼女らにも価値は有る。
只少ないだけだ。
結局、一部の相手を見下し、全否定することは、
僅かな下を見たい下層の者程よく動いてくれる。
40しか利益を生めない者程賛同してくれる。
まあ、僕から見れば、20生み出す者も、
200生み出す者もどれも塵に過ぎない。
マシな塵か、マシではない塵か程度の話だ。
結論?
つまり――――――――どうでもいい。
ちなみに話は変わるけれど、
現在のクリアリプルスでは知的障害者の犯行はすべて本人と保護者に行くことになっている。
罪の減軽は全くない。
加害者の更正ではなく、被害者への賠償がこの国の刑罰の目的だからだ。
勿論、不安定な爆弾を抱えるその責任が重いと判断するなら、
保護者が被保護者を国外追放する権利もある。
これによって福祉費用は大きく引き下げられている。
というよりも元は商人が作った国家なので、
福祉は裕福な者が治安がある国家を作る為のもの以上ではない。
その事を第2王子はよく理解していた。
そもそも、この世界では生きていく事が困難なため、
無駄なことにそこまで力を払う余裕が無い。
例えば程度が大きい遺伝子異常者は人間としての扱いを受けられない。
醜劣悪人の先祖などがそうだ。
アレはカタログにはモンスターとしては非正規扱いを受けつつも、
社会的には完全にモンスターとして浸透している。
人とモンスターの境など不思議なものだ。
最終的には、障害児を生んで1日がたった事が発覚した場合、
その家族は全員殺されることにして劣等な血を排除するとジャズロックは語っていた。
鳥インフルエンザが発覚した鳥小屋では、
感染疑いとしてその鳥小屋すべての鳥が殺処分されるのと同じだね。
障害者を生みやすい遺伝子を排除するという事だろう。
1日がたった、としているのは、
生んだはずの両親自らに存在を消させる分には見逃す救済処置はあるらしい。
逆にこの事が、障害児を生んだために殺される自分達が可哀そう、ではなく、
自分達を死に追いつめる障害児め、という憎しみへと転化させられる上に、
死罪になることが恐くて子供を産まないとする人々を生まなくて済むという意味でもいい判断だと思う。
最近ある社会問題が急激に大きくなっている。
鳥人系が高所系階層で、魚人系が水中系階層でよく宝箱を探しては、クリアリプルスの市場に流出させている。
侵入と、好みの階層でなければ直ぐ出るスタート&リセット方式と組み合わせれば、
この迷宮がヒト種以外のいわゆる亜人に優位な階層が出ることから、
彼らの社会的地位と経済力が向上している。
かつて被差別対象だった彼らが今はクリアリプルスを我が物顔で闊歩するようになった。
人類全体の戦闘力の上昇の為に競争は、競争の為の緊張は不可欠だ。
そろそろ人種間の紛争を勃発させるかな。
彼ら亜人族に場所を奪われるかと不安な下層のヒト族を煽ってやればいい。
お金が無い者程、
お金では買えないものの大事さを主張する。
しかし、それが何であるかを明確には証明できない。
そしてそのものを貧乏人が持っていることを証明できるものは更にいない。
結局できることは、お金を手に入れる手段を持つものを妬むことだけ。
そのような底辺層を、操り、煽るのは簡単だった。
そしてのぼせ上った亜人族の横暴による事件を大々的に社会に流布させる。
今まで見下されていた少数民族による暴行事件や傷害事件によるイメージの再低化。
『亜』人と『純粋』人の対立は激化する。
漁夫の利は僕の利益だ。
利益を得られる所を奪われた者と、
利益を奪われるのを防ごうとする者。
それらの対立により、
亜人は亜人の集まりを作り、そこに入り込んだヒトに恐怖を振るい、
ヒトはヒトの世界から亜人を排斥し始めた。
始まりは亜人によるヒトの少女への暴行だっただろうか?
それともヒトの亜人を危険人物との独断による殺害だっただろうか?
どちらでもいい話だ。
ヒトは亜人の中傷誹謗を口頭、貼り紙等の各メディアで広めた。
人間至上主義の教祖がいた巨大組織があったから簡単だったよ?
亜人は人ではない。
そういう風に誘導するだけで彼ら彼女らは強力な反亜人宣伝要員になってくれた。
今、世界で最も発達し、最も多くの人種を抱え込むこのクリアリプルスの国は、
最大数民族であるヒト以外を追放すべしという風潮が広がっている。
勿論、裏で強力にバックアップしたよ?
この僕がね。
一応言っておくと元々人類という生き物、
いや生き物自体に同じ場所で同じ利益を求めるものを排斥するという本能がある。
僕はそれを後押ししただけさ。
悪魔は招かれないと入れないしね。
…僕が悪者であることにはなんの異論もないけれど。
亜人は再び排斥されたことに対し反逆し、反旗を翻した。
その方法があまりにも暴力的な虐殺だったため、
ヒト族も自分たちの平和を守るために虐殺を持って対抗した。
誹謗中傷された位で虐殺を始める亜人の民度に問題はあるし、
他民族を誹謗中傷する自由を語るヒトに原因がある。
テロる宗教には問題があるし、
テロられる国家には原因がある。
ようはイジメ問題と同じだね。
合わせて亜人達の中にも、
近隣のヒト族の国家を奪い、そこに亜人国家ザイオンヒルの成立を望む理想論を唱える勢力と、
既存国家の中で自分たちの能力と経済力を認めさせそれにより地位を築こうとする勢力があり、
共通の敵に対して団結し協力させないように離別させる計を練った。
これによりヒト側に着いた亜人達は今は奴隷扱いでも自分達の居場所を求めるために、
自分達の境遇を誰より理解していながら裏切った絶対に赦せない元同胞を殺すために、
その降伏さえ許さない元同胞に殺されないために、
2つの勢力の戦いは更に激化した。
国家の成立を望む勢力の亜人たちは、
自分達を弾圧するヒトを絶対悪だとして、
そのヒトの国家であるクリアリプルスからの脱出先を全て自分達が建国する新国家に強制しようとした。
しかし、新たに国家を作るにしても、
在住のヒト系勢力の駆逐、新国家の成立、維持させるには力が足りなかった。
その為に、足を引っ張る身体が弱い者、貧しい者、老いたもの、傷ついた者、
つまり福祉により支える必要がある足を引っ張るものを斬り捨てて、
利益になる者だけを全て呼び寄せたいとしていた。
選考から漏れたものを塵屑と呼び、
ヒトを装って虐殺し、
それらをおこなったとするヒトをでっち上げ処刑し、
ヒトへの憎悪と恐怖による団結を強化した。
勿論、これも僕が強力に支援した。
国家と宗教を操り戦争を引き起こし、
資金と権力を手に入れ、
世界の経済を循環させ活性化し、
生存本能と殺意と間引きによる人類の再覚醒、精種化は姫宮家の古来からの十八番だ。
亜人を追い出したいヒト族と、
優秀な亜人を自分達の国だけで受け入れたい亜人族の上層部には裏で手を握れるようにも誘導させた。
彼らは自分達の種族の者がそれを成し遂げたと思っているかもしれないけれどね。
各民族は今までは共に協力して僕の迷宮を攻略してはアイテムを分け合っていたけれど、
これからは互いに争うための武力を手に入れるために、僕の迷宮に侵入する。
より強い武力を持たなければ自分達の種族が滅ぼされる。その恐怖が勢いを加速させて熱心に通い詰めてくれる。
時には僕の迷宮の中でさえ争う。
僕としては随分やりやすくなるね。
迷宮自体を発展させて利用価値を増やす内的要因以外にも、
迷宮が必要とされる外的要因を作ってあげればいい。
例えば迷宮の薬草が無いと助からない病気を蔓延させるとか、
迷宮で取れる武具や、その材料となる資材が必要になる事態を作るとか。
銃の性能を挙げてセールスするよりも、
銃を買わざるを得ない状況を作りだした方が売れるのと一緒だね。
姫宮家の遠い分家である阿多倉家がよくやっている手法と一緒だ。
「様々な悪を裏で助長していることは知っています。
貴女がそれを行うのは、人の団結が恐いからです。
人の心を怖れているからです。」
そう、王女様が言っていたけれど、
リスクを排除するのは施政者なら彼女もわかっていたのじゃないかな?
それにこれも人類の血を精錬してあげようという愛の一種だ。
取り敢えずは民族戦争だ。
いつか、優越した人類と劣等なそれ以外の人類との戦争を作ってみるのも悪くない。
けれども、とりあえずは目先の事は確実に終わらせておこう。
これらの真相を知っているのは、
クリアリプルスのと亜人国家のトップ、
そして僕達だけだ。
そして各国家のトップは僕に逆らえず民族戦争を継続するしかない。
そしていずれは真実は忘れ去られ、
互いの民族が互いに自分達の民族を殺したという憎悪だけが残る。
存分に愉しい余興を見せてくれ。
さあ、この地に生き残る民族を決めるための椅子取りゲームの始まりだ。