第110話 遥さんちの家庭の事情
目が覚めると僕の手にはもはや用途を果たせそうにないリボンが握られていた。
……。考えるな姫宮遥。
お前が考えなければならないことはそのどうでもいいような何かではない。
傷む身体を抑えて紅茶を入れる。
今日は朝の紅茶は飲んだものを現実に引き戻すような酷くあっさりしたものだった。
これはこれでありだと思うが、今の気分ではない。
やはり、自分で淹れた紅茶は物足りない。
「Piiii!! Piiii!!」
起きたばかりだというのに鳥が五月蠅い。
エサか、エサが欲しいのか。
少し我慢してくれ。今は動きたくないから。
身体が痛む。回復魔法でも筋肉痛だけは治らないのだから困ったものだ。
「Piiii!! Piiii!!」
……五月蠅い。
エサか、そんなにエサが欲しいのか。
摂理が置いていった超高級孔雀モンスター専用ペットフードをエサ皿の上に巻いて、
自室から出す。
「Piiii!! Piiii!!」
………五月蠅いっ。
エサが足りないのか?
余り食ってないくせに大盛りじゃないのが気に食わないのか?
だったらたっぷりくれてあげるよ。
超高級孔雀モンスター専用ペットフードをエサ皿の上にぶちまける。
皿の中よりも零れたエサの方が多いが別にどうでもいい。
「早く食えっ。散々泣き喚いたんだ、まさか残すようなことはないだろうね。」
鳥に喚き散らすのも情けない。鳥も思わず固まっている。
というよりもコイツの世話は僕の仕事ではない。
どうせ出ていくのならコイツも連れて行ってくれれば…、
いや、迷宮から生きたモンスターは持ち出せない。
失念していた。
鳥はエサを突いている。
これで再び休息を取ることができる。
「Piiii!! Piiii!!」
五月蠅いっ。
エサをもう食い尽くしたのか。
なんて大食いだ。
そう思ってエサ皿を見ると、
まだ全然食べていない。
周囲に散らばったものだけに手を、いや嘴を付けて、
皿の中の餌は後回しにしたのか…。
意外にも行儀のいい鳥だ。
「Piiii!! Piiii!!」
五月蠅いっ。
「静かにしろっ。」
怒鳴りつけた僕を見返す様に鳥は鳴き続けながら頭を向ける。
ふと鳥は何かを見つけ、鳴きやんでそちらに向かった。
………蒼い髪の天使の絵画。
僕が自室に摂理を呼ばない理由。
彼女の、肖像画だ。
鳥は絵に顔を擦り付けている。
「……止めた方がいい。
絵に顔を擦り付けても絵の具の匂いしかしない。」
母親が恋しいか。
その気持ちは解かる。
誰よりもわかっているつもりだ。
僕は僕のお母様も、
そしてお前の母親にも。
……気が付かないようにしていたのに。
気が付かないふりをしていたのに。
彼女の気持ちに、
そして、僕の気持ちに。
今なら言える。
僕はこんなにも彼女を愛している。
よく、愛の反対は無関心だと言われるけれど、
そこのところはどうなのだろうね。
僕はむしろ隣り合わせにあるものだと思っている。
僕に取っては愛する者がいれば、
後の全てはどうでもいい。
「……しばらく良い仔にしていてくれ。
お前のお母様を、
僕の妻を迎えに行く。」
この斬られた結紐を縫い直した後でね。