第106話 魔王勇者編 遥さんのは繊細かつ大胆な細胞
「カノン…。」
「容赦なくえげつない魔王だ。
俺達だけで絶対に殺す。」
先程まで外野だった二人がようやくベンチからグランドへやってきた。
野球はビジネスとしてしか興味が無いからこの例えであっているかどうかは解からないのだけれどね。
軽く手を叩き、左手を振る様にしてコートを前に翻しながら彼らに先程の選択の回答を問う。
「…で、決まったのかな?
死ぬのか――――――殺されるのか?」
「決まってるだろ、答えは、
―――――――――――――――――お前を殺す、だ。」
そう言って突貫してくるアレイクに地面をデュカリシアで削る様にして礫をかける。
身を捻る様にして躱したアレイクが右肩の後ろに引くように構えていた野太刀を、
頭の後ろを回す様にして左肩の方から振り下ろす様に斬りつけてきた。
―――これは想定内だ。
僕も薙刀をそれに合わせる。
アレイクの後ろにいるキャロルが露出魔が公園で行うようにマントを広げると、
中に所狭しとセットされていた医療用刃物を抜いては投合してきた。
そのどれもがアレイクにはギリギリで当たらないようになっている。
―――これも想定内だ。
水が表面に張った地面を爪先で滑る様にしてアレイクを軸にしたコンパスの針の軌道で移動する。
当然そこに刃物は飛んでこない。
逆にアレイクは刃物を躱すためにこちらに向きを変えられない。
…そのハズだったけれど、
アレイクは斬魔刀でメスを弾きその進行方向を僕の向きに変えた。
凄いね。
―――これも想定内だ。
そのまま移動を続け、
当初の復讐者の真後ろ、
お姫様の正面に移動する。
お姫様の医療器具の投合はまだ続いている。
―――これも想定内だ。
デュカリシアを地面に突き刺し、
棒高跳びの要領で跳ね上がり、
そのまま得物を抜き、
跳躍する。
空中に身を置いた僕に、
合わせる様に手術に使う薄く繊細な刃物が飛んでくるけれど、
身を捻りながら薙刀の側面で弾き返す。
弾き返された刃物を回避している間は動きが止まるのかな?
そう思っていたら、
「神の子である我らに栄光の祝福を。
神聖なる魂と力強き肉体に、
黄金の時代にいざ我らを回帰させん。」
既に聖女は移動しながら刃物を投げつつ詠唱を始めていた。
「――総合身体強化魔法。」
飛んでくるメスの速度と、
野太刀遣いの動き、
更に聖女サマの魔力の奔流が圧倒的に上昇した。
聖女の口から血が垂れている。
…リスクはあるわけか。
けれどそれで動きが鈍ることは無い。
大した覚悟だよ王女サマ。
まあそれも、―――想定内だ。
「ごめんなさい、技をお借りしますね。
見よう見まねですが――――
猛る焚火よ、我が怨敵を薙ぎ焦がし、打ち払えっ!!
武装延長魔法、旋回焔。
地より出でる晶壁よ、
汝は城壁にして剣にして墓標なり。
鋭晶棺。」
飛来してくるメスの周囲に、
炎が巻き付いてメスの軌道に螺旋に似た複雑な動きを加える。
その僕に向けての進行速度は落ちるどころか加速している。
更に復讐者の回転式拳銃から発射される銃弾は、
突如巨大化し、いや、銃弾を起点に巨大な水晶が発生していた。
……想定外だ。
あの魔女の力が使えるとは、
聖女は魔女の上位互換じゃないか。
魔女の居る意味はあったのかな。
いや、失礼魔女の居た意味だったか。
既に彼女は故人だ。
先に飛来した一枚の結晶の先を踏み込む。
結晶は向きを変え、僕を飛来物から護る壁になった。
「人間、舐ぁめるなぁぁぁっっ。」
…斬魔刀に結晶が切り裂かれるまでは。
結晶の壁をまるで無かったかのように振りぬかれた剣は、
僕の右肩から左の腰の上までを切り裂いた。
次いで何かが僕の胸を貫く。
……鎖鎌…。
あの王子の得物か。
振り向けばその持ち手は王女が握っている。
上手く操れずに咄嗟に修正をかけたのだろう。
刃物になっている部分の鎖を掴んでいるその手からは血が垂れている。
「…あの子は決して善人では無かったかもしれない。
王宮から目を背け逃避する為の空への憬れは、
確かに純粋なときもあったのです。
再び権力に落ちてしまいましたが。
…そう誘導したのは、貴女でしょう?
女神、姫宮遥。」
…そういえば、
第2王位継承者を使ってそういうこともやったかな。
今の今まで忘れていたよ。
「死ねっ!!」
復讐者が蹴り上げたのは無眼天譴龍の鱗。
僕の首を切り裂いて掠めていった。
……まだ死なない。
この程度では魔王を殺すことはできない。
「痛みの過去を棄てろ、
苦しみの過去を棄てろ、
哀しみの過去を棄てろ、
完なる過去へ回帰せよ、
回復術式。」
……傷の治りが足りない。
もう一度だ。
「痛みの過去を棄てろ、
苦しみの過去を棄てろ、
哀しみの過去を棄てろ、
完なる過去へ回帰せよ、
回復術式。」
まだ、僕の血は止まらない。




