8.人は見かけによらない2
「わっ! アルティシア!?」
長大なサーベルすなわち俺は、あっという間に鞘に納められた。視界が真っ暗になり、ベシリと鞘の上から叩かれた。先刻高級レストランに向かう途中にさんざんやられた、これは「黙れ」というサインだ。
しかし黙っているわけにもいかない。この世界での常識はどうなのか知らないが、少なくとも日本においては、メイドさんは女の子…でなくても構わないが、最低でも女性であるべきだ。誰が何と言おうと、これだけは譲れない。
「アルティシアお嬢様……。今、どなたか……?」
そんな俺の心情を知る由もなく、スキンヘッドかつグラサンで、しかも髭のメイドであるクリームが質問した。
「俺には、その剣から声が聞こえたように思えたぜ」
さらにマタジロウが、不信感を隠そうともせずにアルティシアに話しかけている。
「は、ははは! 二人とも何を言っているのだ! 剣が喋るわけがないだろう!?け、剣だぞ!? そうだろう? クリーム?」
対するアルティシアの声は震えていた。
「はあ……。そうでございますよね。では先ほどのお声はどなたが……?」
「わ、私だ! 私! えーと、ちょ、ちょっと待つよろし!!」
「口調も、声も違いますわ……」
「ぐぐぐぐ……」
クリームに悪気はないのだろうが、アルティシアが追い詰められている。柄を握る手に以上に力が入り、やな感じの汗がにじんでいた。さらに、俺の関西弁風ツッコミが誤った形で再現されてしまっていた。
「アルティシア……。ちょっと、その剣を見せてくれねえか……?」
マタジロウまで追い込みに加わった。
「な!? ダメに決まっているだろう!」
「ああ? いいじゃねえか~」
「ダメだ! ダメったらダメ!!」
もう少し頑張れば、アルティシアから新たなキャラクターを生み出せそうな予感もするが、俺が喋ったせいでこれ以上苦痛を味わわせるのは心苦しい。鍛冶屋でも大恥をかかせてしまったからな。
俺は再び声を発した。
「アルティシア、落ち着いてくれ。俺が話しをするよ」
柄を握る手の力が一層強まり、ブルブルと震えだした。
「馬鹿! 魔剣だってバレたらどうなるか――」
「やはり――!」
興奮した様子のクリームが、近くに寄って来た。しかしこの人は、なんで窓から入って来たんだっけ? 話の腰を盛大に折っておいてなんだけど、謎が解けた後できっちり説明してもらわねば。
「さあ、アルティシア。見えるようにしてくれよ」
「おおお! 喋ったぞ!」
マタジロウもドスドスと足音を立てて近づいてきた。
柄を握るアルティシアの指の力が、諦めたように緩み、俺はゆっくりと抜刀された。
ベッドの横に置かれたテーブルに俺は横たえられ、ベッドにはアルティシアと、サングラスを外したクリームが座り、マタジロウはテーブルを挟んで壁に寄りかかって立っている。全員が、俺の発言を待っている状態だ。さて、何から話したものか。
「初めまして。俺はジュン・ミツルギといいます。日本生まれの男です」
マタジロウにしてもクリームにしても、初めて会話をするのだから、自己紹介から丁寧にしていこう。
「俺はマタジロウ。イグナロドス出身だ」
「クリーム・ライトニングです。ユトルランドの出です」
「……アルティシア・ハルバランド」
なにもアルティシアまで自己紹介しなくても、俺も含めて皆分かっているからいいと思うよ? 彼女は未だに動揺しているらしい。心なしか、見事なウェーブがかかっていた髪が張りを失い、頬がこけてしまったように見える。お酒を飲み過ぎると脱水になると聞いたことがあるから、そのせいかもしれない。
それにしてもクリームの姓はライトニングというのか。俺の感性からいくと、そういうピカピカした感じや、クリームなんていう甘いイメージじゃないんだよなぁ……。もちろん、メイドだなんて言語道断だ。あくまで俺の主観が許さないだけで、この世界では常識なのかもしれないが。
「まず、俺は地球の日本という国で生きていたはずなのですが、不幸な事故というか、巡りあわせが悪かったのか、川に落ちて死んでしまいました。そして、この剣に生まれ変わったらしいのです」
我ながら、何度思い返しても突拍子の無い話だと思う。しかし嘘をついても仕方ないし、ここは正直に話して、二人の反応を伺おう。
「チキュウ……? それにニッポンなんて、聞いたことねえな。海の向こうか?」
マタジロウが険しい顔で尋ねてきた。
「地球というのは、星の名前です。少なくとも俺が知る限りでは、バルサザールやイグナロドス、ユトルランドという国は、日本があった世界には存在しませんでした」
「つまり、どういうことだ?」
マタジロウが眉間のしわを深くしてさらに尋ねた。
「つまり、俺は皆さんとは違う世界、あるいは星に生きていた人間だったということ……だと思います」
「違う世界……」
クリームがほう、とため息をついた。彼はベッドに腰掛けたまま、後ろに両手をついて体重をかけて言った。
「その異世界だか異星で暮らしていた魂が、どうしてここへ現れたのでしょう?」
ベッドをきしませながら問うクリームの視線には、疑念が混じっているように感じる。確かに妖しい存在であることは自覚しているが、そのような視線に晒されるのは嫌なものだ。
「それはこっちが聞きたいですよ。こちらの世界では、魔法が常識的に存在するみたいだから、そういう力が働いたんじゃないですかね」
おれがやや拗ねた口調で言うと、アルティシアがハッとした顔になり、クリームはまっすぐ座り直して言った。
「やはり魔剣……ということでしょうか?」
「喋る剣だぞ!? そうに決まってるぜ!!」
クリームが俺の顔すなわち刀身を覗き込んで言い、マタジロウが六本の腕を組んで怒鳴った。
「待ってくれ! ジュンは、魔力など持っていないんだ!」
二人の反応を見たアルティシアが、慌てた様子で身を乗り出し、俺の柄を握った。先ほども焦った様子で、魔剣だとバレたらどうなるかと言っていた。クリームにせよアルティシアにせよ、魔法が使えるらしいし、学校が存在するほど魔法がメジャーな存在である世界において、魔剣とやらが存在してはいけないのだろうか。
「お嬢様、魔力を持っていなくとも、喋る剣など持っているだけで罪に問われる可能性がございます。この剣は、危険です」
柄を握るアルティシアの手に己の手を重ねて、クリームが真剣な面持ちで言った。
「ちょ、ちょっと待ってください。俺は確かに喋れるけど、それは何かの拍子に魂が剣に宿ってしまったというだけで、それ以外には何の変哲もない剣ですよ?」
「ジュン……。お前は、わかっていないのだ。この世界において、魔剣という存在がいかに危険であるかを……」
アルティシアが俺の刀身を見つめていた。その目にはうっすらとだが、涙が溜まっているように見えた。
「どういうことなんだ、アルティシア……」
俺の問いに、アルティシアがポツポツと語り始めた。
俺が転生した星の名はユミル=テラース。現在はこの名前だが、一万年ほど前は違う名前だった。かつての星の名はグェス=テラース。現在星を治める神の姉神様の名前だ。
グェスは好戦的な神だった。他の星を侵略し、豊富な資源を手に入れて自分の星を発展させることに無上の喜びを覚える神であり、星に住む人間たちは戦争に駆り出され、グェスが星に住む動物を改造して生み出した魔物と共に異星を攻めていた。
当然、攻め続けることなどできはしない。一つの星を攻めている間に、他の星から攻められることもあるわけで、グェスが治める星は戦乱に次ぐ戦乱によって荒れ果て、ついに他の星を侵略する余裕がなくなった。星が荒れれば、人間の数も減り、魔物の材料となる動物も少なくなる。
そこでグェスは、力はあるが意思を持たず、ひたすら攻めるか守るかしかできない魔物と、力は強くないものの、戦場においてとっさの機転をきかせたり、魔法を操る人間を掛け合わせることを思いついた。結果として生まれた魔人は、魔物よりも人間よりも強く、少ない数で圧倒的な戦力となり、グェスは再び力を取り戻した。
戦乱の世が続いたある日のこと、魔人の一人が新たな武器の開発を提案した。
それが、魔剣である。
魔力そのものを錬成し、そこに鉄と人間の魂を練り込んで作られた魔鉄と呼ばれる金属を鍛えて創られた魔剣は、一振りで山を崩し、二振りで海を割り、三度振れば星をも両断すると言われるほどの威力を誇ったという。
もちろん、そこまでの威力を誇る剣が何本も存在していたら、グェスは宇宙の覇者となっていただろう。魔剣によって他の星が破壊され、銀河のバランスが崩れてしまうことを恐れたユミルは、他の星の神々と協力して、大量の魔剣が生み出される前にグェスを封印した。一振りの魔剣と、鍛えられる直前だった大量の魔剣もどうにか回収し、神のみぞ知る地へ隠された。
かくしてグェス=テラースはユミル=テラースと名を変え、地上に平和が戻ったのである。
しかし、グェスと共に封印された魔人たちは、封印の鎖の隙間から抜け出し、魔剣の力をもって主を解放せんと暗躍していた。これまでの歴史の中で、幾度も鍛えられる前の魔剣が探し出され、それを振るう魔人を倒すために起きた大戦争が起きてきた。
魔剣を鍛えることはグェスしかできないが、鍛えられる前の魔剣でもその力は絶大だそうだ。
故に、ユミル=テラースに暮らす人々は、魔剣の存在を忌避しているのだという。
そして、唯一グェスによって鍛えられた最強の魔剣『パイモンブレイド』最大の特徴は、それを操る者に大声で語り掛けるというものだった。
「なるほど。それで、俺が初めて話しかけたときに、あんなに怖がっていたんだな……」
アルティシアの取り乱しようを思い出してクスリと笑うと、彼女はそっぽを向いてしまった。
「突然のことで驚いただけだ。怖がってなどいない」
唇を尖らせ、意外にもあどけない表情を見せてくれたアルティシアであった。俺はつい調子に乗って、もう少し攻めてみることにした。
「しかも、俺が喋ることが知られると危ないと思って、必死に守ろうとしてくれたんだな……」
「そ、そういうことではない! 得物が無くなると、剣闘に出られなくなるから! それで仕方なく――」
「さっきだって、俺を抱いて寝てたもんな……」
「なっ!? だっ! それは……だな」
アルティシアは耳まで真っ赤になってしまった。うーん。ずっと男みたいな口調で話すアルティシアも、かわいいところあるじゃないか。
「お二人とも……そんな場合じゃないのですけど?」
「立派に喋っていやがるが……こんな間抜けがパイモンブレイドなわけはねえぜ」
クリームとマタジロウは、苦笑いを浮かべていた。俺が魔剣認定されそうになった先ほどの様な、剣呑な場の空気は霧散していた。
「では、ジュンさんは、異界でお亡くなりになって、たまたま同じ名前で呼ばれていたお嬢様の剣にその魂が宿ったということで、一応納得いたしますわ」
「よくわかんねえが、そいつがないとアルティシアと再戦できねえってんなら、俺は何も言わねえ」
「私は別に、こんな変態魔剣でなくても戦える! 使い慣れたものの方が、しっくり来るというだけだ!」
三者三様に、俺の存在は受け入れられたようだった。俺はひとまず安堵の溜息をついて――実際は湿った呼気が出たわけじゃないから、俺の刀身が曇ったりはしなかったけど、話の筋を戻すことにした。そもそも、俺がつい大声でツッコミを入れてしまった原因について、きちんと議論がなされていないのだから。
「では、話しを本題に戻しましょう」
俺がコホンと咳払いすると、クリームが会話を繋いだ。
「わたくしが、窓から侵入してきた件ですわね?」
「それもそうですが、もっと重要な案件があります」
「……なんだ?」
「なんだってんだよ」
アルティシアとマタジロウが、これまた眉根を深く寄せて、ほぼ同時に発言した。やはり、この世界では例の件は常識なのだろうか。俺だけが気にしているようだが、やはりはっきりさせないことには、俺の気持ちの整理がつかない。
「クリーム・ライトニングさん」
「何でしょうジュン・ミツルギさん」
俺がクリームに問いかけると、クリームは小首をかしげるという、その容貌にまったく似合わない仕草で応じた。
「俺の故郷では、メイドというのは女性しかなれない職業でした。あなたはその……」
俺が言いよどむと、クリームは目を丸くし、「ああ~」と言ってから笑った。
アルティシアは「……そんなことか」と吐き捨てて、不機嫌至極といった表情になり、マタジロウが「そういや、声があれだよな」と言った。どうやら俺の気持ちをわずかでも分かってくれるのは、マタジロウだけのようだった。
「これはあれです。魔法による変装ですわ」
言うが早いか立ち上がり、一回転して指をパチンと鳴らした。次の瞬間、クリームの身体がまばゆい光に包まれた。
「うわっ!」
俺は思わず目を瞑ろうとして、瞑れないことを思い出し、その発光を見つめていた。不思議なことに、目がくらんだりはしなかった。
やがて発光が治まると「お待ちどうさまですわ」と涼やかな声が室内に響いた。
そこに立っていたのは、流れる黒髪をポニーテールに結い、アーモンド形の黒目をもち、その間に少し丸いが大きくはない鼻がちょこんと坐して、桜色のアヒル口が日本人の様な卵型の顔に花を添える――年の頃はアルティシアより少し若いくらいで十八くらいに見える美少女であった。
俺は思った。
人は、見かけによらないなあ。
いきなり出て来た危険な魔剣パイモンブレイド。果たしてジュンは、剣としてやっていけるのか!?