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魔剣に恋して  作者: セキムラ
第一の主人 アルティシア
7/14

7.人は見かけによらない1

 『人を見たら泥棒と思え』とか、『人は見かけによらない』なんて諺にもあるように、人や物事を見かけだけで判断するのはよくないし、でも簡単に人を信用しちゃいけない。日本でも○○詐欺なんて具体例があるように、人を騙して利益を得ようとするやつらはいつの世にも、どこの世界にもいるものだから。

 

 だがしかし、俺みたいに中卒でどうにか暮らしていかなきゃならない人生を過ごした人は分かると思うけど、疑ってばかりじゃ生活していけないんだな。この人を信用して、本当に大丈夫かなっていう心は常に持ちつつも、時には全面的に信頼しているフリの一つもしてあげなきゃならない時だってある。

 

 そうやって人は、様々な仮面(ペルソナ)を被って――話が逸れた。


 とにかく、いきなり目覚めた俺が見聞きした情報は、そう簡単に信用できるものじゃなかった。




 まず抜刀された俺の切っ先を見つめ、次いでアルティシアの顔をパピーは見た。まあ、サングラスをかけているから本当はどこ見てるかよくわからないんだけど。

 

 対するアルティシアは起き抜けにも関わらず、すぐさま呼吸を整えパピーを見据えていた。パピーのわずかな挙動も見逃すまいと、瞬きすらせずに視線を固定していた。


 パピーの得物は、両手に握られた黒い棒状のものなのだろうか。持ち手は片手で握ることを前提に作られているようで、握り部分はパピーの拳から少しだけはみ出ている。それに垂直に取り付けられている棒の長さは50cmくらいだろうか、パピーはそれを、拳の少し先から肘上までを覆うように握っている。ああいう形状の武器を、マンガで見たことがある気がするけど、何という名前だったかは忘れてしまった。


「アルティシア!! 無事かぁっ!!」


 パピーが得物をクルリと回転させ、何か言おうと口を開きかけた瞬間、ドアを乱暴に――というか破壊して、室内に第二の闖入者が現れた。


 赤い身体に黄色と黒の縞模様の腰巻き一枚という姿の鬼の名は、ご存知風のマタジロウである。六本の腕には偃月刀ではなく、一本が70cm程度の棍棒が握られていた。室内等に照らされて、鈍く光る鉄制とみられるそれで木製のドアを破壊したのだろう。木材が叩かれた音は一回しか聞こえなかった。つまり一撃で、頑丈な木の扉をバラバラにするだけの破壊力を、その棍棒が持っているということだ。はっきり言って偃月刀よりよほど怖い。

 

 彼が戦鬼(トロル)一族の矜持とやらで、当面アルティシアが死なないように守ってくれるというのだ。まさに、鬼に金棒だねマタジロウさん。だが本当にドア番をしていたなんて、律儀というか何というか。


「マタジロウ……本気だったのか」


 アルティシアは、ドアが破壊された瞬間だけびくりと反応したが、闖入者がマタジロウだと分かると、すぐにパピーに注意を戻した。酒に酔ってはいても、マタジロウに言われたことはきちんと覚えていたらしい。


 パピーは自分以外に闖入者が現れたことに驚いたのか、漆黒のサングラス越しにでも目が見開かれていることが分かった。


「てめえは、ポルチアーノんとこの幹部だな……アルティシアに何の用があるのか知らんが、やろうってんなら俺が相手になるぜ?」


 マタジロウがごふーっと息を吐きながら、口中に並んだ牙を剝き出しにしてパピーに一歩近づいた。


 対するパピーは、変な武器をまた肘を覆うように持ち直して、しかし構えようとはせずに、口を開いた。


「勘違いなさらないでください。わたくしは、ハルバランド側の人間です」


「その声は!?」


 パピーの声に、アルティシアが反応した。確かに、闘技場で聞いたパピーの声ではなかった。低く、威圧的な声はなりを潜め、優しげなソプラノの声が、その口から紡ぎ出されていた。


「まさか……。クリームなの……?」


 俺の柄を握るアルティシアの手が震えている。ちょっと待ってください、そこのサングラスのあなた、クリームさんなんですか。


「その通りでございます。アルティシアお嬢様」


 その通りなんですね。なんか、スキンヘッドにサングラス、髭のあなたがクリームとかいう名前なことに、どうしても違和感があるんですけど。


「なんだぁ? 知り合いか?」


 マタジロウは拍子抜けしたといった表情で、肩を竦めて見せた。六本同時にである。スキンヘッドの名前がクリームであることには、あまり違和感を抱かなかったようだ。


「このクリーム、旦那様が囚われの身となって以来、なんとか汚名を濯ごうと、魔法を使って変装し、声を変えてサソリの心臓(アンタレス)に潜入し、調べを行っておりました。非常に危険を伴う故、アルティシアお嬢様とジュン様に黙ってお家を出奔致しましたが、ジュン様とアルティシア様が闘技場においでになった時は、心臓が止まる思いでございました……」


「……つうか知り合いなら、何で窓を割って入って来やがった?」


 その通りですよマタジロウさん。俺もそれを聞きたかったです。マタジロウは右の真ん中の手から棍棒を降ろすと、その手で耳をほじくりながら、さらに言った。


「しかも、同じ屋敷に住んでいたってのはどういうことなんだ? きっちり説明してもらおうか」


「マタジロウ、クリームは」


「よいのですお嬢様。説明は必要でしょう」


 アルティシアの発言を丁寧に遮ったパピー改めクリームは、沈痛な面持ちで語り出した。


 アルティシアの父ディオセウスが、バルサザールの憲兵に拘束され、ハルバランド家の執事であったクリームは憤慨していた。第三王子の警護不備ともなれば、その責を問われること自体は不思議なことではない。


 だが、そもそもディオセウスが警護に当たって、不備があったということ自体が不自然なのだ。


 クリームはかつて、バルサザールの隣国、西のユトルランドで活動していた泥棒だった。といっても、富める者から小金を盗み、生活費に充てていただけだ。


 ユトルランドとバルサザールは、ドネルという大河を挟んで接している。ドネル大河は対岸へ渡るのに船で丸一日かかるほどの広さを誇り、両国の生活や運搬の要となっている。ユトランドの西から北方をぐるりと囲むように、鉱物資源が豊富なガララト山脈がそびえており、その向こうは海洋だ。


 バルサザールは東の国境を好戦的な蛮族が支配する、密林国家イグナロドスと接しており、資源豊富なユトルランドはバルサザールに鉱物資源を供給することで、自国の防衛拠点のような役割を担わせていた。


 それ故、武芸で一旗揚げようという若者はバルサザールに流れ、富を得ようとするものはユトルランドに集まるという構図が出来上がっている。つまり、バルサザールは殺伐としており、ユトルランドはすこぶる平和ボケしているのだ。


 そんなユトルランドの富豪たちは、少々の現金を盗まれた被害を公表すれば、自分の屋敷の警備が甘いと流布することになり、いよいよ盗賊団に目を付けられかねないため、クリームの犯罪は明るみに出ること自体がほとんどなかった。


 そしてクリームは、一度盗みに入った家には二度と近づかなかった。さすがに二度目は通報される危険が高いし、現金を盗まれた経験がある人は分かると思うが、そういう家はタンス預金をしなくなるものだ。


 ユトルランドで富豪の家のほとんどを荒らしたクリームは、かの国での仕事に見切りをつけた。


 そして流れてきたのがバルサザールである。その日暮らしのクリームには、海へ出る金もなく、一匹オオカミを気取っていたせいで密航するコネもない。仕方なく友好国である隣国へ渡ったが、ユトルランドよりも遥かに防犯意識の高いバルサザールでは、泥棒稼業で身を立てようなどという者は皆無といってよかった。


 クリームはバルサザールの本城および城下町では仕事はできないと踏み、闘技場のある町まで流れてきた。


 この町にはしかし、クリームが盗みの対象にするような金持ちといえば、当時はまだマフィア甚だしい活動をしていたサソリの心臓(アンタレス)一家くらいのものだった。屋敷の警備がどうこうという前に、彼ら自体が危険人物の集団だったのだ。


 そこで目を付けたのが、郊外に住むハルバランド家であった。名門騎士の家系で、家族は皆剣技に優れてはいるものの、家長はしょっちゅう任務で家を空けており、屋敷に罠を仕掛けるような酔狂な人物でもないらしく、屋敷の警備は特になしという。


 下調べの結果、クリームからすればどうぞ盗みに入ってくださいと逆に誘っているのではと思わせる家だった。


 バルサザールに入国してから一週間、すでに文無しとなって三日が経過していたクリームは焦っていた。空腹で身体が動かなくなる前にと、ディオセウスが在宅であっても屋敷に侵入した。


 そして、クリームは騎士である家主に取り押さえられた。


 バルサザールの騎士は、その手で捕らえた犯罪者を尋問する権利が与えられている。すなわち事件にするもしないも騎士の肚次第ということだ。それ故王国騎士には高い戦闘力に加えて高潔な精神をも求められる訳だが、残念ながら全員がそうというわけではない。


 そんなことは説明されなくても、クリームは重々承知していた。空腹のために力も入らず―よしんば全力で挑んだとしても結果は変わらなかったのだが―あえなく取り押さえられたクリームは、これが自身の最期だと思った。


 尋問が始まり、まず名前を尋ねられた。


 それに答えたのは、カラカラに乾いた喉から絞り出すように出た細い声ではなく、クリームが着込んでいた黒い塗装の革鎧の奥から響いた空腹の虫であった。


 それを聞いて大笑いしたのは、父の活躍をこっそり見ていたアルティシアであった。つられて父も吹き出し、さんざ笑った後に連れて行かれたのは、屋敷の食堂であった。

 騎士のたしなみということもないのだろうが、ディオセウスの手によって上等な小麦を使い、バターの香りまで放つパンが焼かれ、簡単なオカズまで付いた食事が供された。


 訳が分からない状況を理解するよりも、当時のクリームは食欲を満たしたいという欲求の方が優先された。無我夢中で食べ、水を飲んで一息ついたとき、食卓の反対側から自分を見据えている視線に気づいて我に返った。


 尋問の再開である。


 ディオセウスに聞かれるがまま、名前と出自、過去の悪事についても正直に語った。騎士の澄んだ目の前では、いかなる姑息な嘘で過去を覆い隠そうとも、必ず見破られていただろう。


 全てを聞いたディオセウスは、行く当てもなく、泥棒稼業もこの国では成り立たぬと分かっているのなら、屋敷に住んで仕える気はないかと聞いてきた。


 恥ずかしながら細君が家を出てしまってのう、と言うと、初老の騎士は豪快に笑った。


 かくしてクリームは、ハルバランドのお屋敷に住み込みで働くメイドとなった。


「――ってちょっと待たんかい!!!!」


「――ジュン!?」

 

 俺は思わず、叫んでいた。マフィアのハゲ改めパピー改めクリームと、マタジロウの視線が俺の刀身にくぎ付けになっていた。



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