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魔剣に恋して  作者: セキムラ
第一の主人 アルティシア
5/14

5.鬼に金棒1

 鬼に金棒ってことわざがある。


 元々力が強い鬼に、武器を持たせたらもっと強くなるだろうという非常に分かりやすい例えだ。あと、強い人が味方に付いてくれたときに「○○さんがいてくれれば鬼に金棒です!」なんて言うと、喜ばれること請け合いだ。


 鬼に金棒。


 弁慶に薙刀。


 アルティシアに俺。


 牛丼に生卵(+焼き肉のタレ)。


 具体例を挙げればキリがないと思う。


 とにかく、スキンヘッドに連れられて、ボスとの対面を果たしたのちに俺たちを待っていたのは、思わず鬼に金棒です! と言いたくなる出来事だった。




 スキンヘッドの男に案内されて、五分ほども歩いたろうか。俺たちは、タバコ臭い部屋に通された。


「アルティシアか……なかなかのファイトだった……」


 男がゆっくりとした口調で話すのは、ただ勿体付けたかっただけなのか、彼がいつも暴力にまみれ、殺伐とした世界に生きることに疲弊し、話すことすら億劫だからなのか。


 窓の向こうからは、夜の裏路地にはありがちな、物騒な事件でも起きているに違いない。何やら大声でわめく若者達の声と、それを取り締まりにやってきた者たちの持つ明かりと喧騒が、閉めきられたブラインドの隙間からわずかに漏れていた。


 窓際に置かれた重厚な造りのテーブルに両肘を突いて、わずかな光を背負った男の顔は陰になって分からない。彼は葉巻を取り出すと、慣れた様子でギロチンカッターを操り、吸い口をカットしたあと、マッチを擦って火をつけた。刹那の間灯った灯りに浮かび上がった男の頬には、かつて男が若い衆だった頃に負った、名誉の傷の数々が刻まれている。


 口中にたっぷり含んだ煙の香りを存分に楽しみ、彼は鼻からそれを一気に吹き出した。


 狭い部屋に葉巻の紫煙が満ちていく。


 アルティシアは煙に眉をしかめ、わざとらしく咳払いをしたが、男はそれを楽しむように、再び紫煙を吐きだした――。


 今、アルティシアは、そんな状況に置かれているに違いない。


 何しろ鞘に納まっていては何も見えないからな! 音声と匂いから察するに、ここは、こういう感じの部屋だ!


「アルティシア。ボスが褒めてくださっているんだ。お答えしろ」


「なぜだ」


「貴様……!」


「まあ、いいじゃねぇか……パピー、それとな、俺をボスと呼ぶんじゃねえ」


 今アルティシアに答えろと言った声は、さっきのスキンヘッドの声だった。ボスと呼ばれた男は、殺気を放つスキンヘッドをパピーと呼んで制した。名前と見た目にギャップがありすぎだろパピー。


 もしかしたらこの世界では、パピーという名前はすごくクールで、マフィアの側近にいそうな名前なのかもしれない。


 まあ、中身と見た目にギャップがありすぎる俺が言えた話じゃないけど。


「お前が、サソリの心臓(アンタレス)のボスか」


「貴様、ボスに向かって口のきき方に――」


「パピー、いいじゃねえかとさっきも言ったろう?……それとな……二度同じことは、言わせるなよ?」


「失礼しました……。ポルチアーノさん……」


 パピーの声と同時に、ガチャリという金属音が聞こえ、何かの武器を操作した音かと思った俺は肝を冷やしたが、直後に口を開いたボスの声は、少しだけトーンを落としただけだったのに、俺は内臓を締め付けられたような感覚に襲われた。


 圧倒的な迫力。


 これが、この男がサソリの心臓(アンタレス)のボスたる所以か。


 それにしてもポルチアーノさんてのが、ボスの名前なのか。なんかこう…美味しそうな名前に感じるのは俺だけだろうか。


「アルティシアの嬢ちゃんは、何にも知らねえんだ……何もな」


「私が、何を知らないというのだ」


 俺は声を聞いただけでビビりまくっているというのに、アルティシアはまったく臆した様子もなく口を開いた。だが無意識なのか、ボスがパピーを二度目に制したとき、左手が俺の鞘に添えられていた。


 対するボスであるが、アルティシアの問いに「まあ……いいじゃねえか」と案外あっさり三度目の禁忌(いいじゃねえか)を侵して、プハァ、と紫煙を吐いた。これをやられる度に、すごい匂いがするからやめてくれないかな。だがこの葉巻を吹かす音と煙の香りが、このポルチアーノの迫力を増強させているように感じる。

もし、俺がポルチアーノに借金の返済でも迫られている立場だったら、ちびってるね。鬼に金棒、マフィアのボスに葉巻……ちょっと違うか。


サソリの心臓(アンタレス)か……マフィアなんて、やくざな商売をしていた時は、確かに俺はそいつのボスだった……だが、今は違う。お上の命令で、国中のマフィアは解散した。サソリの心臓(アンタレス)も例外じゃねえ。俺は、ただの闘技場の主だ」


「……」


「サーベルを叩き折られて、心も折れちまうようじゃ話にならねえと思っていたが……いいファイトを見せてもらった。それで嬢ちゃんに特別報酬をやろうと思うんだが……何か望みはあるか?」


 日本でも、表向きは暴力団じゃありませんよという顔をしている企業はたくさんある。俺は、ポルチアーノの言葉はまるきり信用できないと思った。


「特別報酬など、契約には入っていない。何を企んでいる?」


 アルティシアもそうなのだろう。ポルチアーノの提案に対して、彼女もすぐに

「じゃあ、父を嵌めた奴を引き渡せ」などと言わなかった。だが、実際は組織の中枢に歯牙をかけるチャンスだと思う。アルティシアはどうするつもりなのだろうか。


「嬢ちゃん……。俺は」


「私は、そこのハゲに闘技場の主ではなく、ボスに会うようにと言われてここへ来た。私の前に座っているお前が、闘技場の主として私と会うと言うのなら、腕前を認めて貰っただけで十分だ。次の対戦相手(カード)が決まったら、連絡してくれ」


 ポルチアーノの言葉を遮ったアルティシアは、言うが早いか踵を返した。一歩踏み出したアルティシアの背中に、ボスの、いや闘技場の主の声がかかった。


「嬢ちゃん……。パピーの間違いは、俺が詫びると言っても、その態度を続けるのかい……?」


 余裕の態度を崩さなかったポルチアーノの声音が、三オクターブは下がった。俺は、身の毛が総毛だったように感じた。毛なんか無いけど。ちなみにハゲと言われたパピーの方からまたしてもガチャリという金属音が聞こえたが、何の音なのだろうか。


 アルティシアは一瞬立ち止まって、振り返らずに言った。


「覚えておけ。私は剣闘士としてではなく、ハルバランドの人間として、サソリの心臓(アンタレス)のボスに用があるのだ」


 部屋を出て行くアルティシアは「ああ……。よぉく、覚えておくぜ……」というポルチアーノの低い声を置き去りにして、扉をバタンと閉めた。




 一人の剣闘士が戦うのは一晩に一回が基本ということで、アルティシアは俺を鞘に納めたまま、闘技場を後にした。


 今夜はポルチアーノの呼び出しがあったおかげで少々遅くなってしまったため、アルティシアは町に宿を取った。


 宿屋の敷居をまたぐ前から、ガヤガヤと賑やかな声が聞こえていた。俺たちが宿屋に入ったとき、エントランスは静まり返った。


 直前まで、皿やグラスが割れる音、歓声と歌声に口笛が飛び交い、鞘を被っているので見えないが、どう考えても品がいいとは言えない雰囲気の宿屋に、可憐かつセクシーダイナマイト剣闘士のアルティシアが降臨した瞬間である。


「アルティシアだぜ! 美人だよなあ……」


「俺、さっきの一戦見たよ! すごかったなぁ」


「サインくれるかな!?」


「いや、お前のケツには無理だろ。刺されっぞ」


 皆がアルティシアに注目しているようだ。なぜか俺も誇らしい気持ちになった。立派な主人に仕える執事(バトラー)というのは、こんな気持ちかもしれない。あ、アルティシア様、先ほどの方のケツを差す場合に、俺を使用なさらないでくださいね?


 ちなみに宿に入ってから聞こえてきたのは、野太い男達の声だった。アルコールの匂いと、なにやら味付けが濃そうな食べ物の香りもする。先ほどのレストランとは違い、こちらは大衆居酒屋という雰囲気だ。男たちがたむろしているのは、宿屋の食堂兼酒場といったところか。床も磨かれた石などではなく、木造なのだろう。


 アルティシアはそこまで重くないと思うが、歩くたびにギシギシと床がきしむ音が聞こえた。


「アルティシアちゃーん! こっち向いてー!」


「ぜひっ! 我らと一献!」


「ひっこめ古だぬき!! アルティシア様、ボクらと一杯……」


「んだと若造がぁ!!」


 宿屋に入ってから十歩も歩かないうちに、あちこちからアルティシアに声がかかり、喧騒が広がっていったが、それらを無視してアルティシアは静かに歩みを進めた。


 さらに二十歩ほど歩き、アルティシアは立ち止まった。


 背後から迫る巨大な気配があった。


 これまで、遠巻きに声をかける者は多々あった。しかし殺気を隠そうともせずに近づいて来る気配の持ち主は、その身体が人外の巨躯であることを嫌でも主張してしまう足音と振動を響かせて、背後に立った。


 背後に現れた存在のおかげで、無遠慮な声掛けは止んだものの、代わりに場の空気には緊張感が生まれ、それがじわじわと高まっていった。


 アルティシアは立ち止まったまま、振り返ろうともしない。


 そのまま数秒、時間が流れた。


 やがて、背後から放たれていた殺気が霧散し、聞き覚えのあるドラ声が宿に響き渡った。


「よぉ! アルティシア! さっきは世話になったな!!」


「……」


 アルティシアは黙って振り向いた。


「マタジロウだ……」


「あれに勝ったんだろ? 信じられねえ」


「俺は見たって言ったろ!? マジですごかった! あとパンツ見えた!」


「なんだと貴様! その記憶をよこせ!」


 周囲の緊張感もほぐれ、またあちこちから声が上がった。


 巨大な気配の主は、先ほど戦った戦鬼(トロル)マタジロウだった。


「こんなボロ宿に何の用があるんだ? まさか、泊ろうってんじゃねえよな?」


 ごふーっと息を吐きだす音と共に、さらに一歩、マタジロウが近づいた。とても、汗臭い。


「そのまさか、だ。銀ぎつねの女将が作るスジ煮は絶品だからな」


 アルティシアの答えを聞いたマタジロウは、ぐあはははと豪快に笑った。


「聞いたか女将! 今日はお互いの剣闘を讃えあって、アルティシアと飲むことに決めたぞ! 野郎どもにも一杯おごろう!!」


 宿に男たちの歓声が響き渡った。




牛丼+生卵+焼き肉のタレは、旨いです。お試しあれ☆

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