3.剣闘士アルティシア1
やばいっていう言葉は、かなり頻繁に使うんじゃないかな。
金が無くてやばい。
美味しくてやばい。
宿題が多くてやばい。
友達の彼女が可愛過ぎてやばい。
否定的な状況、肯定的な状況どっちにも使えるこの言葉、便利すぎてやばいよね。
この身が剣になったことを納得はできなくても、受け入れつつあった俺が体験したことは、色々な意味でやばかった。
森の中でお互いの身の上話で盛り上がった俺とアルティシアは、再び町に戻って来た。アルティシアが「軽く食べておいた方がいい」と言うので、「俺は剣だから食べられないんじゃ?」と答えたら、無言で鞘の上から叩かれた。その後、ちょっとでも声を発すると叩かれたので、俺は黙ることにした。
アルティシアが迷いのない歩調で町中を進み、どこかの階段を三段上ってドアを開けた音がした。ドアベルでも吊るされていたのだろう。同時に心地よい金属音が聞こえたが、それよりも俺の興味を引いたのは、食べ物の匂いだった。これはあれだよ、デミグラスソースに違いない。
俺の中で、デミグラスソースと言えばハンバーグだ。ハンバーグは、洋食屋で食べるに限る。ファミレスや一部の牛丼屋などでも食べられるけれど、俺は幼いころに連れて行ってもらった洋食屋のハンバーグの味が忘れられない。
中学を卒業後、つましい生活を送っていた俺は、もちろん洋食屋なんて滅多なことでは行かない。
俺の身体は、税込み三百円くらいの弁当と、牛丼でできている。
さらに俺の血は、水出し麦茶でできている!
……なんか、辛くなってきたからやめようか。
「いらっしゃいませ。アルティシア様」
あらためて、我が身の不幸を嘆いていると、靴音を響かせて近づいてきた誰かが、アルティシアを迎えた。
バリトンボイスで放たれたこのセリフ、辺りに漂うかぐわしい香り。料理の香りだけじゃない。アロマでも焚いているのか、甘く、それでいて爽やかないい香りが満ちている。ここは高級なレストランだ。間違いない。
「久しいな、ロベルト」
「ご健勝のようで何よりです。今夜はお食事で?」
「このあと剣闘なんだ。軽いものを頼みたい。内容は任せる」
「かしこまりました」
アルティシアがコートを脱いだ。そしてベルトから俺を鞘ごと抜き取って、白シャツに黒ベストを合わせ、黒パンツでも履いているに違いない男性に渡した。
アルティシアはここの常連さんのようだ。ロベルトとやらも、実に慣れた感じで俺とコートを受け取った。
あ、ちょっと待って。まさか俺は置いてきぼり?
「ちょ、アルティ――」
素早く――本当に素早く俺の発した声に反応したアルティシアの手が、ロベルトから俺を奪い取った。
「アルティシア様……?」
ロベルトはきっと、思いきりいぶかし気な顔をしているに違いない。アルティシアはわざとらしく咳き込みながら、俺を鞘の上からギリギリと締め付けるかのように握りしめてきた。
「その、なんだ、剣闘が近いから、手元に置いて集中を高めたい……のだが」
最後の方は自信なさげになってしまいましたが、さすが、わが主アルティシア様。素晴らしい言い訳です。
「さ、左様でございますか。ではコートだけお預かり致します。お席へどうぞ」
ほら、ロベルトさんも納得してくれましたよ。だから、ギリギリと鞘を握りしめるのは止めませんか。
ロベルトが先行して歩き始め、アルティシアもそれに従って靴音を響かせた。心なしかロベルトさんの足運びがぎこちなく感じるのは、後ろからついてくるアルティシアの足音が無駄に大きいからだろう。すごく怒っている人は、足音も大きくなるよね。
これだけ硬質の靴音が響くということは、床は大理石みたいな感じなのだろうか。
鞘に納まっていると何も見えないので少々つまらないな。今度どうにかお願いして、のぞき穴でも開けてもらおう。
「それでは、少々お待ちください」
席に着いたアルティシアが、柔らかいところに俺を置いてくれた。柄と切っ先が浮いた感じがするのは、置かれた場所が椅子だからだろう。
周りにもたくさんの席があるようで、楽しげに話す声や食器が立てるカチャカチャという音、さらに遠くから厨房の喧騒が聞こえた。
「あの、ちょっといいですか」
「声を出すな! 他人に聞かれたらどうするんだ!」
「いや、けっこう騒がしい感じだし、誰も聞いてないって」
「いいから黙っていろ!」
一応気を使ってひそひそ声で話しているのだが、アルティシアの怒りは収まりそうにない。これ以上しつこくするとまずい。なにかこう、感じたことのない気配がアルティシアから立ち上っている気がする。これはまさか、殺気というやつですか!?
しかし、鞘に納まっていては何も見えないし、身体も動かないとなるとあとは会話でもしていないと退屈でしょうがない。俺は仕方なく、異世界転生と今後の展望について考えを巡らせることにした。
そもそも異世界って、どんなところだ?
まず昼と夜があって、空気も水も存在し、生き物が暮らしている。環境が地球に似ているようなので、ここは太陽から適当な距離にある惑星だと俺は思う。
では俺の魂は、地球から飛び出して違う星にやって来たのだろうか。もちろんその答えはわからない。
あとは、俺の魂が平行世界に迷い込んでしまったとか?そんなテーマの海外ドラマがあったよな。
こればかりはいくら悩んでも答えは出ないだろう。
異世界だか異星だかわからないが、人間を剣に転生させるなんて、神の御業としか考えられない。
いつかもし、神様とコンタクトが取れたら聞いてみよう。いやもちろん、天寿を全うしたらでいい。またすぐ死ぬとかご勘弁ください。
だいたい、神様のことを考えるのはよくないと思う。死ぬ直前の俺の願いを、変な形で叶えた奴だ。下手にコネクトしてしまったら、また妙なことになるかもしれないじゃないか。
さわらぬ神になんとやらだ。
さて異世界で剣として生きていくにあたり、必要なものは何だろうか。
答えは、きちんと管理してくれるご主人だと俺は思う。
剣は道具である以上、それを所有し、管理してくれる人が必要だ。捨てられて、人知れず錆びていくのなんてまっぴらごめんだ。今は、アルティシアが俺の主人だと言ってくれているので、できればその気持ちに応えたい。せっかく魂が宿ったのだから、持ち主と信頼関係を築きたいと思う。でもこれを成すには、大きな障害がある。
俺は、争い事が苦手なんだ。
とにかく人生に波風を立てないように、隅っこで暮らしてきた俺は、殴り合いの喧嘩だってしたことがない。
俺の形状はサーベルで、これは人を切るための道具だ。もちろん、観賞用に剣を所有する人だっているだろうけれど、アルティシアは騎士として戦うための教育を受けていて、今夜も父親のために剣闘大会に出場する。
森で聞いた限りじゃ、弟はしこたまやられたみたいだし、俺が転生する前にこの剣だって折られたらしい。今夜の剣闘大会だって、きっと激しいものになるに違いない。
またアルティシアは、剣が折られたことを死んだと表現した。
それが正しいのだとすれば、今夜の剣闘で俺が折られてしまった場合、また死ぬということになる。刀身が折れるということは俺の顔が折れるということだ。想像してみてくれ。顔の一部が、とんでもない何かの外力によって折れて分離するという状況を。
はっきり言おう。
俺は怖い。
死ぬのはもちろんのこと、他者を傷つけることも怖い。アルティシアが俺を振るって人を切る。俺自身はまったく動けないわけだから、相手を切り倒すのはアルティシアだ。肉を切り、骨を断つ感触は彼女の手にも伝わるだろう。
でも、一番その感触をダイレクトに感じるのは誰ですか?
俺ですね。
再び想像してください。首から上が刀身を成しているという、この状況。そう、顔面がもろに人の肉にめり込んで、骨とぶつかる。この長いが細身のサーベルで、まして女性の腕力では、一刀両断とはいかないだろう。
俺は血と脂にまみれながら、何度も何度も相手に叩きつけられる場面を想像して、吐き気を催した。まあ、吐くことはないんだけどね。剣だから。
「お待たせいたしました」
壮絶なスプラッターシーン満載の世界で、血みどろになって奇声を上げていた俺は、ロベルトさんのバリトンボイスで現実に帰ってきた。まあ、帰ってきた現実世界も異世界なんだけど。
「総料理長が現在旅に出ておりまして、副料理長の特別料理でございます」
「ミッチ殿が?」
「ええ、探し物があるとかで」
「ほう」
しぇふ・ど・きゅいじーぬって何ですか。教えてくださいアルティシア様。
「コエビと三種の魚卵を使いましたタルタルです。焼パンにつけてお召し上がりください。お飲み物はマッサンブル地方から売り出し中のワインを用意しました。まだ若い造り手ですが、口当たりも良く爽やかな仕上がりですよ」
「それは楽しみだな」
そうですか。俺の心の叫びなど無視してお食事を楽しみたいとおっしゃるのですね。
ポン、という音は詮を抜いた音ですね。
続いてトクトクトク…と液体がグラスに注がれる音がした。
食器が置かれ、アルティシアが食事を始めた。喉を鳴らす音。吐息。
「なるほど、料理もさることながら、ワインとのマリアージュも完璧だ。副料理長に大変美味しいと伝えてくれ」
「二人には何よりの賛辞となりましょう。代わってお礼申し上げます」
異世界と言っても、色々と共通のことがあるみたいで助かるよ。言語とかね。まあ、お二人の会話の内容はよくわかんないけど。
とにかく高級そうな店で、高級そうな美味しいものを食べたり飲んだりしているってことは、よーくわかった。
アルティシアは、父親が捕まっていて収入がないんじゃないか?高級そうな店で食事なんかして大丈夫なのか。もしかすると剣闘ばかりしているらしいから、その賞金等で案外稼いでいるのかもしれないな。
それにしてもすぐ側で人が食べている音だけ聞いていると、俺も食べたいと思うんだけど、なにせ剣だから、食べるための器官を何も備えていない。あー、牛丼食べたいな。
器官を備えていないといえば、俺ってどうやって声を出しているのだろうか。実はテレパシーとか使ってるだけで、アルティシア以外には声が聞こえないのではないか。
ロベルトがほとんどアルティシアのテーブルに付きっきりで給仕しているし、今試してみたらすごく怒られそうだからやめとこう。
「それではアルティシア様、御武運を」
「ありがとう」
食事を終えたアルティシアは受け取ったコートを羽織り、店を出た。腿から伝わってくる体温が、先ほどよりも上昇したようだ。戦いの前に酒なんか飲んで平気なのかと今更ながら思った。
店から数分歩いたところに、闘技場はある。
俺とアルティシアは、現在出場選手の控室にいる。彼女はランキング上位の人気剣闘士で、出場するときは個室が与えられるのだそうだ。
アルティシアは俺を鞘から解放してくれた。久々にご尊顔を拝しまして恐悦にございます我が主よ。
「もうすぐ、剣闘が始まる。お前も覚悟を決めろ」
控室に設置されたソファに座り、俺を目の前のテーブルに置いて、アルティシアが言った。
「なあ、アルティシア。俺は……」
「怖いのだろう?」
「え?」
彼女の指摘は、まさしく正鵠を射たものだった。俺の中にも、ちっぽけなプライドってものがある。女性の前で怖いなどと言いたくないって程度の、安っぽいものだが。今だって、人を傷つけたくないとか言ってごねるつもりだったのだ。
「お前が、ニッポンという国で暮らしていた頃の話を語ったときから感じていた。小さい頃のジュンにそっくりだと」
アルティシアの目が、厳しいものではなくなった。優しげですらあった。
「ジュンは騎士小学校に通うことを嫌がっていた。模擬戦でも真剣を使用していたからな。もちろん刃は丸められていたし、防刃服まで着込んでいるのだから、打撲や骨折くらいはするが、命を奪うことはない」
いや、打撲はともかく骨折はやばいだろ。日本のモンペが聞いたら裁判沙汰も覚悟しなきゃならないぞ?などと言った俺を華麗にスルーして、アルティシアの話は続いた。
ジュンは、相手を傷つけることが怖いと泣いた。
アルティシアは、自分が傷つくのが怖いだけだろうと弟を責めたことがある。それに対してジュンは、そうではないと切々と訴えた。
確かに自分が傷つくことも怖い。しかしジュンは、自分が人を傷つけることに慣れてしまうことの方がもっと怖いと言って泣いた。
騎士小学校を卒業するのは十三歳。卒業生はつづいて騎士中学校へと進み、二年かけて騎士たる教養を身に付ける。王国騎士への道は、そこから騎士団に入団するコースと魔法高等学校へ進んでさらに研鑽を積んでから、幹部候補生として入団するコースがある。
小学校の生徒は、六年生になると中学校の見学に行く。そこで中学生同士の模擬戦を見学して以来、ジュンは怖がるようになった。
小学生に模擬戦を披露したのは、当時中学校で一二を争う実力者で、インテバン家の長男ヒュッテと、ランマーク家の次男リヒターの二人である。将来千人長越えは確実と噂される有名人だった。
当時中学生だったアルティシアももちろん見ていたが、彼らが披露したそれは圧巻の一言。実戦さながらどころか、現役の騎士団同士ですらここまで美麗には戦えまいと、誰もが羨望の眼差しで模擬戦を終えた二人を見つめる中、ジュンだけが怯えていた。
模擬戦はきっちりと勝敗を決める。どちらかが戦闘不能となるか、参ったと言ったら負け。騎士学校で教わる手法であれば、何を用いてもよい。禁則といえば、相手を殺してはならないという一点のみ。
模擬戦の内容と勝敗は、きちんと記録されて騎士団に送られる。その結果は入団当初の配属に大きく影響するため、騎士を志す者にとって模擬戦はまさに真剣勝負と言える。
その日戦いを制したのはヒュッテであった。
互いの健闘を称え合うこともなく、勝利した喜びを全身で表現するヒュッテと、惜しみない拍手を送る観衆、そしてその様子を、口惜しさを通り越して憎悪すら籠めた目で見つめるリヒター。彼の両腕は叩き折られ、床に崩れ落ちて立つこともできない状態だった。
誰も助け起こす者はいない。それどころか模擬戦を行った体育館に満ちる終わりのない歓声と、悪鬼のごとく顔を歪めていくリヒターを見て以来、ジュンはすっかり戦うことを恐れるようになったのだ。
人を傷つけても何とも思わない。
瀕死とは言わないが、重傷を負った少年を誰も助けない。
それが普通になっていく過程が恐ろしいと、心優しいジュンは泣いた。
「父様がその後色々と話してくれて、ジュンはまた小学校に通い始めた。何と言ったのか、また言われたのかは、二人とも教えてくれなかったがな」
「……」
俺は、何も言えなかった。アルティシアの弟ジュンとは違う。俺は、淳だ。平和大国日本に生まれて、あの社会の基準で見れば、まあまあ不幸な人生を歩んだが、きっちり平和に慣れ親しんだ自分の身が一番かわいい若造だ。
「私は父様のように、ジュンを納得させることはできなかったが、私なりに出した答えがある」
「……」
俺は、黙って聞いていることしかできなかった。今口を開けば、自分の浅はかな内面を見透かされそうで怖かった。
「ジュンは、すでに王国騎士として大切なものを持っていたのだと。騎士とは王国を守る者。王国を守るとは、すなわち民の命を守ることだ。決して敵を打ち倒すことに特化した戦闘集団ではない。他者の命の尊さを知り、それを守ることを第一に考えられる心が、すでにジュンには備わっていた。幼さゆえに、本人が理解できなかっただけで……」
アルティシアは、控室に用意してあった水を飲んで、一息ついた。
怖いのだろうと言われた時は、内心を見抜かれたと思ったが、アルティシアは大きな勘違いをしている。俺は、ジュンとは違う。ただ平和に暮らしたかっただけなんだ。命の尊さとか、そんな高尚なことを考えて生きていたわけじゃない。
彼女は、たまたま神様かなにかのいたずらで、剣に宿った淳にジュンを重ねて見ているだけだ。俺は、無性に恥ずかしくなった。
「アルティシア。俺は、ジュンとは違う」
「……?」
「俺は、ただ自分の周りにトラブルが起きないように、こそこそと生きてきただけさ。他人の命の尊さとか、そんなこと考えちゃいない。自分のことだけ考えてただけなんだ」
意を決してしゃべり出すと、止まらなくなった。
「死んだ後だってそうさ。剣に転生したとか意味わかんなかったけど、とりあえず二度死にたくないから、鍛冶屋でだって黙ってた。アルティシアが恥をかいてるのはわかってたけど、俺は、俺のために黙ってたんだ!」
その時アルティシアの手が、俺の刀身に触れた。いつの間にかソファから降りて、膝立ちになっていた。眼前に、アルティシアのきれいな顔が迫っていた。
「お前は……勘違いをしている」
「?」
吐息がかかるほど近づいて、アルティシアが囁くように言った。
「お前は、見ず知らずの女が川に投げた動物のために命をなげうった。ジュンは、他者の命の尊さをきちんと理解しているはずだ」
「アルティシア……」
「ジュン……」
アルティシアの目が潤んでいるように見えた。そこから目を離せないでいると(離そうと思っても動かないから)彼女の左手が、慈しむように俺の刀身を撫で、下へと降りていった。そして鍔を伝い、柄へと至り、俺の下半身は力強く握りしめられた。これは、なんだ、もしかしてあれな展開か!? やばいよアルティシア! 俺らまだ出会ったばっかりなのに、つーか剣と人間なのに!
「あれ? アルティシア? 急に真っ暗になったよ? おーい!?」
「時間だ。行くぞ」
長大なサーベルをあっという間に納刀し、アルティシアが勢いよく立ち上がった。控室を出て、そのままずんずん歩いて行く。
歓声が近づいてきた。
どうやら闘技場のステージが近づいているようだ。
『さあー皆様お待ちかね!ついに麗しの女剣士アルティシアちゃんの登場だぁ!!』
アルティシアが走り出した。
歓声が一気に近づき、彼女が跳んだ。
ズダンッと着地したのは硬質のステージ。彼女は片膝を付いた姿勢から一気に俺ことサーベルを抜刀して立ち上がり、大歓声に応えた。
まるでコロッセオさながらの、石造りの闘技場は満員の客で満たされていた。同じく石で作られた舞台の中央に立つのは、星が散りばめられた、派手な衣装を着たおっさん。その手に握られているのは木でできたマイクそっくりの道具。どういう構造なのか、彼がそれに向かってしゃべるとその声が拡声された。
『アルティシアちゃんに対するは――! 東方よりやって来た期待の新人! 操る剣は速きこと風の如し! 通称風のマタジロウだ~!!』
おっさんの紹介を合図に、アルティシアとは反対側からステージに躍り上ったのは、巨大な赤鬼だった。アルティシアの二倍はあろうかという巨躯もしかりだが、注目すべきは腕の数だ。それは六本あり、それぞれに偃月刀を握っている。
『さあー両者見合って見合ってぇ!』
赤鬼が牙を剝き、ごふーと鼻息を吹いた。
対するアルティシアは、冷めた目で赤鬼を見据え、左足を一歩引いて構えた。
これはちょっと……やばいだろ。