13.詰めが甘い
「はーっはっはっは! 貴様はよく戦ったが、詰めが甘かったな!?」
なんて、敵役にあと一歩のところで力及ばず、あるいは武士の情けとかで止めを刺さなかった結果、手痛いしっぺ返しを食らうことって……よくあるわけでもないか。
まあ、期待していた通りの結果が得られなくて、詰めが甘かったなぁ、と、思うことはあるよね。
人は生きていく中で、色々なことを計画する。
俺なんかは期末試験が近づいてくると、特に綿密な計画を立てたもんだ。起床から就寝まで、どの科目を何時間やるとか何日までにここまで終わらせるとかね。
で、試験が終わって壁からスケジュール表を剥がす時に気がつくわけだ。
「そもそも、“実行可能な計画だったか”というところを考えてなかった」
計画の段階で詰めが甘かった、ってやつだな。
アルティシアとクリームの計画も、この「詰め」ってやつが相当に甘かったのは間違いない。もしあの時……いや、たらればの話はやめよう。とにかく闘技場に潜入し、ポルチアーノと直接交渉に挑む作戦は失敗した。アルティシアは、第四王子派の最大派閥赤蛇隊の騎士に捕縛されてしまったのだ。
「ジュン、なにがあっても喋るな」
アルティシアは騎士たちに取り囲まれ、抵抗することなく膝を突いた。当然背中の剣が邪魔になるため、先に取り上げられているのだが、その際彼女が小声で囁いたのだ。この世界には「魔剣」というものが存在していて、大変危険視されているということは聞いていた。クリームは宿屋での会話で、「魔剣は持っているだけで罪に問われる」と言っていた。この上アルティシアがそれを所持していたとなれば、彼女の立場はますます悪くなるだろうと思われたので、俺は彼女の最後の命を厳守することにした。
容疑者から奪い取った剣は抜刀されることはなく、ありもしないのに聞こえる耳から得た情報をまとめて、どうにかアルティシアを救いだす方法を考えなくては。
「アルティシア・ハルバランド。貴様が父親と共謀し三年前の第三王子暗殺未遂事件を引き起こしたという証言を元に、我々は貴様の逮捕状をとった。貴様はこれを認めるか?」
あの時、動くなと言った奴と同じ声が、アルティシアの嫌疑を説明しその場を罪状認否の場に変えた。彼女の答えはもちろんノーだった。
「では、騎士団の権限をもって貴様を城内へ拘留し、取り調べるとしよう。……引っ立てろ!」
奴がせせら笑いを含んだ声で言うと、そいつの命令一下、騎士たちが動いてアルティシアを連れて行ってしまった。俺は現在、号令を飛ばしていた男によってどこかへ運ばれ、さらに数人の手を経た後、ひんやりと冷えた空気の室内に放置されている。俺をここに運んできた連中が、「容疑者の所持品です」とか、「では、リストを――」とか、「武具の類いは別にして地下へ――」なんて言っていたので、ここは地下にある「保管室」とでも言うべき場所なのだろう。しかも、恐らくはバルサザールの王城の。なぜなら男は俺を担いだまま馬に乗って移動し、「かいもーん!」とか言っていたからだ。その後、ゴゴゴ……ギギギ……とかなり重量のありそうなものが動く音が聞こえたのは、城の門が開閉する音だろうと踏んでいた。アルティシアを「城内に拘留する」と言っていたし、わざわざ所持品を別の場所に保管することもないだろう。あくまで希望的な予測だが。
それにしても、どうして人間は剣を立て掛けるときに切っ先を下にするんだろうな。ハニワポーズで脳天が床についた状態というのは、血液が循環していない身体でも気分のいいものじゃない。
まあ、再び手に取るときに柄が床の方にあったら取りづらいとか、下に向けた時に鞘から剣が飛び出したら危ないとか言いたい気持ちはわかるけどさ。んなこと言うなら一回やってみなよ。
ハニワポーズで頭頂倒立。
辛いから。
いや、そんなことはどうでもいい。
拘留されたアルティシアはどうなるんだろう。
罪を認めなければ拷問にでもかけられるのだろうか。
いつも毅然とした態度のアルティシアが辱めを受ける姿なんて想像したくもない。
とにかくどうにかして、アルティシアを救いだすんだ。
クリームはどうなった。他力本願と言いたければ言ってくれ。自力じゃ鞘から抜け出すことすらできない俺が、どこに囚われているかもわからないアルティシアをどうやって救い出せるというんだ。
あの場に居た連中が最初からアルティシアの変装を見破っていたのなら、外で待っていたとはいえ同伴していたクリームだってただでは済まないと思う。だが連中の話を聞いていた限りでは、捕縛されたのはアルティシア一人のようだったし、万が一のときは互いに生き残ることを最優先させるという約束をしていたので、クリームは逃げおおせていると信じよう。
彼女がどうにかして活路を開いてくれることを祈るしかないのか。
改めてわが身の不幸と無力を嘆いていると、少し離れた場所――保管室のドアの辺りから金属音が聞こえた。あれは、鍵をいじくる音だ。誰かが入ってこようとしている!
「やれやれ。どうせ増えるならいっぺんに纏めて渡してくれっつーんだよ……」
まさか、元盗賊のクリームが早くも城に侵入を果たしたのか、という俺の期待はもろくも崩れ去った。保管室と仮に呼ぶことにした肌寒い部屋に入って来たのは、声からしてついさっき俺をここに運んできた男だった。
「へっ。リヒターさんも役得だよなぁ。あの女剣闘士、いいカラダしてたしよ……」
男の足音がすぐそばまで近づき、パサッと音を立てて俺の頭の横に何かが落ちてきた。ふわりと香るシトラスの匂いに気づいてハッとした。これはまさか、アルティシアの!?
「だがあいつ、裸に剝かれても怖え目で睨んでやがったぜ。……たまんねえよな」
別の男の声が、恐れていた自体が現実となっていることを告げた。
「どうせ父親ともども死罪になるんだ。粘って苦しむより、楽しめばいいんだよな」
彼女の身に危険が迫っていることは間違いないようだ。俺は、今ほどこの足が動かないことを悔やんだことはない。
「さ、グダグダ言ってねえで上に戻ろうや。真面目に仕えてりゃ、おこぼれにあずかれるかもしれねえぜ?」
「おう。先に行っててくれ。さっき放り込んだ奴と一緒に纏めちまうから」
「……んなこと言ってお前、パンティーを盗む気だろ!?」
「バレたか! ……なわけないだろ」
なんだかんだ剣になっても正気を保てていたのは、アルティシアが居てくれたからだ。彼女が俺の主じゃなくて、例えば彼女をネタに下衆な会話をするこいつらみたいな奴だったらと思うと反吐が出る思いだった。
くそ! ムカつく!
「さて、こいつとこいつを纏めて――と」
室内に残った男――仮に下衆Aとしよう――が独り言ちると同時に扉が閉まる音がした。もう一人の男――下衆B――は去って行ったようだった。無遠慮に俺の柄に手をかけた下衆Aは、軽々俺の身体を持ち上げてシトラスの香りがする柔らかいもの――恐らくはアルティシアの服――と一緒に箱か何かに放り込んだ。そして、それを持ち上げて移動し始めた。どうやら、服と一緒にどこかへしまおうとしているらしい。ここが囚人の所持品などを保管する部屋だろうという俺の予測が外れていなかったとすると、今後ここから俺が出される可能性は極めて低いのじゃないだろうか。
行動を起こすなら今しかない。
「よっこいせ! ふう」
男が箱を棚か何かに乱暴に置いた。このまま部屋を出て行かせるわけにはいかない。一か八かだ!
「さて、戻るか……」
「ま、待て!」
「いっ!?」
鍵束か何かを取り出す音の後、一歩踏み出した男に呼びかけた。
「今……」
カチャカチャと鍵束が揺れる音がするのは、男がキョロキョロと当たりを見回しているからだろう。勢いで呼びかけては見たものの、どうする。どうすれば、アルティシアを助けられる?
「はは。気のせいか」
鍵束の音、靴音。ダメだ! 行かせない!
「気のせいではない!」
「ひっ!? だだ、誰だ!?」
思ったより大きい声が出た。だが相手はビビっているようだ。声が上ずっている。
「くっくっく……たった今貴様が物を置いた場所を見るがいい」
「……そんな、ままま、まさか」
魔剣?
男は口がカラカラに乾いているのか、かすれるような声でつぶやくとカタカタと妙な音が室内に満ちていった。どうやら震えて奥歯が鳴っているらしい。
そうだ、俺は魔剣なのだ。この世界では誰もが恐れる女神……ええと、なんだっけ。とにかくそれが生み出した、人智を超えた力を宿す、魔剣だ!
俺は戯曲「ファウスト」の悪魔になったつもりで、肚に力を――今は肚なんてないとか言っている場合じゃない――込めて、できるだけおどろおどろしい声を絞りだそうとした。
「我は魔剣“ジューン・ブレイド”。その命、喰らい尽されたくなくば、我が前に傅くのだ……」
「あわわわ……ま、まさか魔剣なんて、こんなところにあるわけが」
「やかましい! 我を愚弄するか!?」
「すいません! すいません! なんでも致しますから! 命だけは!」
バン! と音がした後、下衆Aの声はずいぶん下の方から聞こえた。どうやら彼は跪いたようだ。
「ふん。まずは、我を降ろせ。――馴れ馴れしく柄に触れるな! 鞘を持てばか者め!」
「はいい! 申し訳ありません! 魔剣様!」
可哀想なほどに震える手で、俺の身体をそうっと持ち上げた下衆A。これで、移動手段を手に入れたぞ。あとは、この下衆野郎を使ってアルティシアを救出するんだ!