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魔剣に恋して  作者: セキムラ
第一の主人 アルティシア
10/14

10.腹に一物1

 腹に一物ありそう。


 そういう雰囲気を持った人物を演じることは難しい。明らかに秘密を隠していたり、何か企んでいる様子を見せる訳ではなく、面従腹背――表面上は従っているように見えても、「こいつは裏で何か企んでいる」見る人にそう思わせる何か――いわゆる雰囲気とか、その人物が纏う「空気感」とかいうものを演技で表現するというのは、かなりの高等技術だと俺は思う。


 別に普通の人なんだけど、どことなく怪しい雰囲気というか、対面した人を不安にさせるような空気を生来持っている人物もいる。そういう人相の人は、私生活では損をしているかもしれない。いや、もちろん「ミステリアス」という表現を当てはめてしまえば、それはその人の魅力なのかもしれないが。


 とにかく、アルティシアとクリームが向かった先に居た、「情報屋ネズミ」と呼ばれる人物は、腹に一物ありそうな男だったのだ。







 宿の二階から飛び降りたアルティシアとクリームは、闘技場がある方面すなわちサソリの心臓(アンタレス)の巣窟とは反対方向にしばらく走った。そして、馬車に乗り込んで移動を始めた。


 夜行バスならぬ夜行馬車に揺られて眠り、翌昼になって到着したのは、ドネル大河のほとりに点在する町村の中でも最も栄えている町――アルグキュアという町だそうだ。


「ジュン。誰が聞いているかわからない。宿以外では絶対に声を出すな」


 アルティシアに念を押され、俺は黙って揺られていた。彼女とクリームは、まず宿を取り昼食を済ませた後、二人して寝た。「行動を起こすのは夜になってからだ」と言って、俺をベッドの脇に立て掛けて横たわったアルティシアだった。クリームが同室だから遠慮したのか、昨夜のように抱き枕的な扱いはしてもらえなかった。


 別に、抱いて寝てくれなくてもいいのだが、せめて水平に置いて欲しいものだ。何度も言っているように、俺の感覚では刀身が頭で柄が身体となっている。切っ先を床に向けて固定された状態は、頭を床に付けてブレイクダンスのポーズでも決めたような状態だということだ。


 これじゃあなた、頭に血が上ってしまうじゃないか。まあ、血なんか流れてないけどね。剣だから。


 まるで逆さ吊りの拷問に遭った人間のように、顔面がむくんでパンパンになったりすることもなく、意外にもそのまま眠りについた俺は、二人分の衣擦れの音で目覚めた。もちろんそれは、アルティシアとクリームが着替える音なのだ。宿で室内着に着替えた時もそうなのだが、美女二人と同衾という展開を前にして、逆立ち状態で暗闇の中眠るしかなかった俺の忸怩(じくじ)たる心情を、どうか分かって欲しい。


「アルティシア……。どこか一か所でいいから、鞘に穴を開けてくれないか?」会話がない静まり返った部屋に響き渡る衣擦れの音に紛らせるように、俺はそっと訊いてみた。


「なぜだ?」


 アルティシアの声と共に、ジッパーを上げる音が聞こえた。彼女が今、どのような体勢でいるのか想像するだけで――いや、俺の魂は健全な十七歳のものだ。この衝動(リビドー)だけはどうしようもないということを、どうか分かって欲しいなどと思いながら、「いや……息苦しくて」と、さらに小さな声で言ってみた。


「そうか……。しかしその鞘は頑丈なホオ材で出来ている上に、メッキが施されている。私では加工できないんだ」


 大きめの布が翻る音がしたのは、彼女がコートを羽織ったからだろう。着替えを済ませた彼女は、俺を腰紐に吊るして「ひと段落つくまでは我慢してくれ。街中で――ましてやネズミの前で抜刀するわけにもいかないからな」と、すまなさそうに言ってくれた。


「ありがとうございます。アルティシア様」


 煩悩に塗れた青少年のささやかな願いにも、真摯な対応をしてくれたアルティシア様に感謝しつつ、僅かに罪悪感を覚えながら、しかしその数倍の達成感をもって、俺は礼を述べた。


「とかなんとか言って、穴からわたくしたちの着替えを覗きたいだけじゃありませんの?」


 納刀された俺に顔を近づけたのだろう、クリームの悪戯っぽい声が間近に聞こえ、俺は内心ビクリと反応しながらも、「そそそそ! そんなことないぞでございますよ? アルティシア様!?」と応じることに成功した。


「もう喋るな! 変態魔剣!!」


 うん。失敗だった。


 アルティシアは鞘の上から俺をひっぱたくと、ブーツの踵を鳴らして歩き出した。行動を開始したということはもう夜だろう。あまり靴音を響かせると、他のお客さんに迷惑ですよ、アルティシア様。


「わたくしの着替えで宜しければ……見せて差し上げましょうか?」すれ違いざまにそんなことを吹き込んできたクリームが「じょ、冗談ですわ……」とたじろぐほど、アルティシアの怒りは尋常でなかったようだ。




 



 宿を出た二人は、街中を足早に歩いていた。聞こえてきたのは彼女らの足音と、犬の遠吠えが何回かだけだった。大きな町だというのに、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。それぐらい深夜であるということなのだろう。


 町の治安の良し悪しは分からないが、夜中に美女二人が出歩いて大丈夫なのかと心配になってきたころ、二人はやおら下り階段にさしかかった。石段を下る靴音が響き、二十段ほど降りたあたりで止まった。


 どうやら突当りには扉があったらしく、金属製のノッカーを三回、アルティシアが鳴らした。するとその向こうから、木戸を叩く音が三回鳴った。アルティシアが、さらに三回ノッカーを鳴らすと、そこから一拍置いて、木戸を叩く音とノッカーの金属音がシンクロし、それは七回鳴って止まった。三三七拍子だな。三が一回多いけど。


「どちら様ですかな?」ドアが軋んで開けられた音に続いて、皺がれた老人の声が聞こえ、アルティシアがそれに「灰色のローブを買ってくれ」と答えた。


 ネズミのところに行くのではなかったのか。夜中に質入れなんて、アルティシアは実はお金に困っていたのかと驚いた。


「……チーズは?」少し間を空けて再び老人がアルティシアに問い、「とびきりホットで」と彼女は返した。


「……お入りください」


 さっぱり意味が分からない掛け合いだったが、どうやらこれが室内に入るための合言葉のようなものだったようだ。先ほどの三三三七拍子と合わせて、二重のセキュリティってわけだ。思わず「うーむ」と唸った俺は、鞘の上からギリギリと握りしめられた。大変失礼いたしました。







 アルティシア・ハルバランドと、クリーム・ライトニングの二人は、薄暗い室内に案内された。そこは、女性とはいえ二人の大人が入るには少々狭く、アルティシアが腰に長大なサーベルを吊り下げたままでは、ドアも閉められないほどの空間しかなかった。


 一つしかない椅子には、クリームの主であるアルティシアが座り、彼女は腰のサーベルを外して、壁に立て掛けた。狭い空間では抜刀することすらままならないため、万が一の場合は帯刀していること自体がハンディキャップになると判断したのだろう。


 クリームは、密かに武器を袖の中で伸ばしていた。小さな金属音が狭い室内に響き、それが武器を用意した音であると気付かれないようにと、内心冷や汗をかいているに違いない。見た目に反して大胆な行動をとる彼女は、僅かながら呼吸を乱していた。


 彼女たちを狭い部屋に招き入れた人物は、その部屋の面積を著しく狭くしている元凶――分厚い仕切り板の向こうに佇んでいた。板の中央には目の非常に細かい網目状の格子が嵌まっており、その向こうにいる人物が「ようこそ。情報屋へ」と声を掛けなければ、二人はそこに人がいると気付かなかったろう。完璧に気配を消していたその人物こそが、「情報屋ネズミ」であることは、彼が低い声で自己紹介したことから初めて分かったことだ。


 今、アルティシアとクリームはそんな状況だ。


 納刀されたままじゃ見えないから、音声と気配から想像しただけだけどな! こういうときのためにも、覗き穴もとい通気孔が必要だと、改めて俺が思っていると、ネズミが二人に話しかけた。


「売りたい情報があるそうですねぇ?」


 ネズミという名前から抱いていたイメージに反して、彼の声は低かった。と言っても、アルティシアが食事をしていた高級店のバリトンボイスとは違う。どちらかと言うと、早口で喋るポルチアーノという方がしっくり来る。


「せっかちだな。世間話もせず、本題に突入か」


 アルティシアがせせら笑うように言うと、ネズミは「キキキキ……」と奇怪な音を出した。


「由緒正しき名家のご息女が、私どものような人間に売りたい情報とは? と、皆が気にしていましてねぇ。回りくどいのは無し、ということでお願いしますよ」と言うと、また「キキキキ……」という音が聞こえてきた。どうやら、それが彼の笑い声のようだった。


「いいだろう。情報は、サソリの心臓(アンタレス)に関するものだ」


「ほお。とびきりホットなやつを頼みますよ?」


 老人と交わされた合言葉の意味が分かった。「灰色のローブを買って」というのが「情報を売りに来た」という意思表示で、チーズの状態を「とびきりホット」と言ったのは、その情報の重要性や話題性を表しているんだ。


「幹部のパピーが、ポルチアーノに無断でアルティシア・ハルバランドに報復を仕掛けた。今奴は、ハルバランドの勢力に囚われている」


「ほお。それはまた、ホットですねぇ」


 アルティシアがもたらしたのは、一日遅れの情報だった。そもそも馬車で移動して半日以上かかる距離なのだから、伝達速度としては十分にホットだろう。


 情報を聞いたネズミは、「アルティシアも思い切ったことをしたもんだ」と独り言を言ったあと、「それで、ハルバランド側はマフィアの幹部をどうするつもりなんですかねぇ?」と訊いた。


 ここで、俺はもう一つ気が付いた。ネズミはアルティシアと対面したとき、「名家のご息女」と呼んだ。アルティシアの服装や、従者としてメイドを連れているあたりから判断したと言えなくもないが、「情報屋」というからには、城仕えの名家の情報くらい頭に入っているのだろう。それにアルティシアは、バルサザール城下では有名な剣闘士だ。ネズミは彼女がアルティシア・ハルバランドだと分かっていて、あえて情報を売りに来た他人のように扱っているのだ。


「彼らは、幹部から組織と第四王子派の黒い繋がりに関する情報を得た。これを第三王子派にリークして、組織の解体と第四王子派の失墜を狙っているのだ」


 対するアルティシアも、まるで他人事のように話していた。


「その情報を、私どもがマフィアに売るかもしれませんよ?」


「構わん。私は、情報に見合った代価を貰えればよい」と言って、アルティシアは座ったまま少し後ろに体重をずらし、足を組んで(衣擦れの音でわかる)続けた。「だが、バルサザール王家に関わる情報ともなると、値段も付けづらいのではないか?」


 それを聞いたネズミの口から「キキキキ」と笑い声が漏れた。


「見かけによらず、商売がお上手なようですねぇ。金の代わりに、何が欲しいんです?」


 余裕の態度だったネズミが、わずかに声に緊張感を滲ませて言った。


「二年前……ディオセウス・ハルバランドが警護を務めた狩りの場で、毒矢を放った者を探している」


「ほお」


 数秒の沈黙が訪れたのち、「それは同じく、バルサザール王家に深くかかわる問題ですからねぇ」と言ったネズミが鼻を鳴らし、「おいそれとお渡しするわけにも……」などと言い、ネズミはアルティシアの反応を待つかのように言葉を切った。


「では、私からこれ以上話すことはない……。持ってきた情報に対する代価を支払ってもらおうか」


 アルティシアが低い声で、唸るように言い、俺の柄に手を掛けた。


「やれやれ。わかりましたよ」


 ネズミはお手上げだとでも言うように、盛大にため息をついた。その後、お互いの情報が交換され、俺たちは第三王子を狙ってアルティシアの親父さんを嵌めた男の名を知った。それを聞いたアルティシアとクリームは驚愕の声を上げたのだった。




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