こくり
今日もまた、息子を叩いてしまった。目の前の息子は小さく震えながら、謝罪の言葉を呪文のように繰り返す。
息子を叩いた右手が、妙に熱い。その熱を冷ましたくて私は、台所の蛇口を捻り水を出した。
その直後だったろうか、家の呼び鈴がなったのだ。
近頃は誰かが連絡しているのか、児童相談所の役人がたまに来るのだ。
出ないのも怪しまれる。
私は、息子に部屋の奥へと行くよう目配せして玄関のドアを開けた、もちろんドアチェーンはしたままで。
開けて見えたのは、いつもの善人面した役人ではなかった。
つり目の、セールスマン。セールスマンは、私に挨拶すると一言。
「ご子息様はおられますか。」
今は外に遊びに行っている、と私が答えるとセールスマンはベラベラと話し始めた。
「お宅は子供を虐待しているそうですね。
え、違う?しつけ、ですか。
しつけで体中に青痣、あばら骨折ですか。
随分と厳しいしつけをなさっておられるのですね。
親御さんもたいへんでしょう、やんちゃ盛りのお子様をしつけなさるのは。
私たちの施設に預けていただければ、お子様に完璧な『しつけ』を施すことができますよ。
お子様の出来がよろしければ戦地で活躍することも夢ではありません。」
施設、完璧な『しつけ』、戦地。この男が言っていることが、理解できなかった。
玄関での異変に、部屋の奥へと行っていた息子が玄関まで来ていた。
息子は、震えている私の右手を握る。さっきまで己を叩いていた右手を。
セールスマンは、更に続ける。懐から朱色の紙切れを取り出した、私と息子に見えるように。
「このような「朱い紙」を『厳しくしつけ』をしているご家庭にお配りしているのです。
上手く行けば貴方のお子様は國を救う立派な兵士になられることでしょう。
きっと見事な最期を遂げて…、
どうなさいましたか?
なぜ子供を殴っていた手で、その子供を抱き締めているのですか。
貴女は「できちゃった」から、その子を育てておられるのでしょう。
親に殺されるか、敵国に殺されるかしかないなら、まだ後者のほうが子供にとってはマシというものです。」
私はいつの間にか、息子を抱きしめていた。息子は嬉しいのか、ぎゅっと私を抱きしめ返す。
「そうですね、子供を戦場に送りたい親がいるはずはない。」
セールスマンは朱色の紙切れをまた懐に仕舞う。
私はまだ、息子を抱きしめたままだった。
「どうか我が子を大事にしてください。
でなければまた、『朱紙』をさしあげましょうね。」
セールスマンは私たちに一礼すると去っていく。
私は息子のぬくもりを感じながら、涙を流した。
一応ホラー系
虐待している親のところに来る役所の人的な「何か」。「何か」の目的は子供を回収し戦場に送ること。
〈言い訳〉
あまり良いテーマではないですが…。
今の親は子供を何だと思っているんだ!!と思うくらい最近虐待が多い。
戦時中は、戦争に子供を送らねばならなかった親もいるのに、と思うと正直悲しくなってしまいます(おこがましいにも程がありますが)。
私はまだ子供もいないし、貧しい文章しか書けません。こんな文を書くことも間違いかもしれませんが、虐待はされるのもするのも哀しい、何とか警鐘を鳴らす文は書けないものかと思い書いた次第です。
決して「できちゃった結婚を否定している」わけでもなく、「戦時中の帝国日本を肯定している」わけでもなく、虐待反対の意をこめて書きました。
〈言い訳〉