おもちゃ箱
「朝がきたぞ!急がないと学校遅刻だぞ!だって時計のオイラが寝坊した!」
なんだって!?ベッドの中でぐっすり寝てたはずの俺は一気に目が覚めて、枕元で叫んでる目覚まし時計を引っつかんだ。
数字がすべて逆さまの時計は俺のお手製。ゆえに俺に似て朝に弱いんだ。
ベッドから飛び降りたとたん、足の下で俺の相棒が「ギャ」とつぶれた声をあげた。
「起きろ、ヘンテコ!5分で家を出ないと完璧遅刻だ」
つぎはぎ服に袖を通し、洗面台で歯ブラシを咥えて鏡をのぞくと髪が爆発してた。
ブラシで髪をとかすと寝癖がなおってセットまで終わってる。
さすが魔女の作った万能ブラシだ。よし完璧!
部屋に戻って作業台からカバンとついでにリンゴをつかんだ俺の肩に、ぴょんとヘンテコが飛び乗った。気分で色が変わる今日の毛の色は赤。
怒ってるからだな。
「最悪な起こされ方だったよ」
「悪い、ほら朝飯」
ヘンテコにもリンゴをやると口がパカリと開いて丸呑みだった。
「お!セーフっ、間に合った」
家を出てから教室前までスケボー移動でなんとか遅刻しなくてすんだ。
「でも怒られるのは必至だね」
スケボーから元の獣の姿に戻ったヘンテコが俺の肩に着地したとたん、頭の上に出勤簿の角がヒットしてた。
イテっ!
「校内は乗り物厳禁!それに毎朝、街中に突風を巻き起こして疾走してくるのはやめたまえ」
げ、教授。
愛想笑いの俺を一瞥して教授は俺の肩を覗き込んだ。
「やあおはよう、ヘンテコ。今日はルビーのように美しい毛色だね」
喉を撫でられ長い耳を寝かせて二股の尻尾を振るヘンテコは、絶対俺より要領がいい。
ここはおもちゃ職人を育てる学校だ。最終学年の俺は卒業を控えてる。
ただし最後の課題にパスしなきゃ卒業は延期。つまり留年だ。
今日は卒業課題がなんなのか発表されるんだ。
「卒業課題はここ夢の世界と対になる現の世界の人間を一人決めて、その者が望むおもちゃを作ること。C判定以上が合格。今年はサンタクロースが新人おもちゃ職人を探している。狭き門だが今回の課題のでき次第で候補者が決まると言っていい。皆、頑張りなさい。現の世界への出立は本日正午きっかり。注意事項もそのときに話すので送れぬように」
教授の話におお!と教室が沸き立つ中、俺も拳を握ってた。
サンタの直属職人なんてエリート中のエリートじゃん。
「狙うぜ、ヘンテコ。サンタの職人になったら可愛い子にモテるって!」
なのに耳の手入れをしながら「ま、頑張って」なんて。
なんだよ、冷めてんなぁ。
妖精の粉をかけた空間バスはクルクル回る鏡に突っ込んで、あっという間に現の世界についた。生徒は俺を含めて全員で20人。課題の最終提出期限は二週間後の朝まで。
それまでに仕上がれば期日を残して夢の世界に帰ってもいいってことだった。
最後にバスを降りた俺に、生徒に付き添ってきた教授がいかした仕草で、シィと指を立てて去っていく。
さて、おもちゃを作る相手を探さなきゃ。
いまはうっかり人と口をきいちゃマズイ。だってこっちの住人で最初に口をきいた相手が、おもちゃ作りの相手として学校に登録されるよう俺たちには魔法がかかってるんだ。
慎重に、慎重に……やっぱ子どもがいいよな。望むおもちゃは簡単そうだ。
「もうあの子でいいんじゃない?」
緑あふれる公園で相手を厳選している俺に、犬に姿を変えているヘンテコが言ってくる。
『パス。生意気そう』
近くを通りかかる現の人間が間違えて返事をしたりしないよう、筆談する俺の返事にヘンテコは溜息をついた。
「もう夕方だよ。泊まるとこ探そうよ。おなかもすいたし」
なんて恨めしそうに通りのホットドック屋を見つめてる。
『ここで野宿でいいだろ。ヘンテコ寝袋になってくれ』
「やだよ!もう限界だ。あのホットドックをやけ食いしてやる!」
走り出すヘンテコに呆気にとられ、すぐに我に返った俺はカバンを引っつかんで追っかけた。
ホットドック屋に飛びかかるヘンテコをタックルで捕まえたまではよかったけど。
「きゃぁ!」
声に人を下敷きに倒れこんだんだってわかって俺は慌てて体を起こした。
よろよろと体を起こすのは俺と同じくらいの女の子だった。
側に彼女のものらしい眼鏡が壊れて落ちていて。
「わっ、ごめん。すぐ直すよ」
「え?直せるの?」
俺はヘンテコの口をこじ開け眼鏡を押し込む。
「壊れただけなら俺が一から作るよりヘンテコの中で直したほうが……」
そのときになって俺はやっと気がついた。
サァっと血の気が引いて、目の前の女の子を凝視してからヘンテコを振り回してた。
「アホかぁ!おまえのせいでうっかりしゃべっちゃっただろぉ!」
* * *
俺は彼女の部屋にいた。彼女は近くの大学に通う貧乏学生で一人暮らし。
「ホントにきれいに直ってるのね。何度見ても新品みたい」
彼女が俺のおもちゃ作りの相手に登録されてしまったため俺はすべてを話した。
最初は半信半疑だった彼女も、ヘンテコが吐き出した眼鏡を見てなんとか納得してくれた。
「でもごめんね。わたしほしいおもちゃなんてないわ」
まぁ、確かに……そんな気はしてた。
こっちの世界じゃおもちゃを欲しがるのは子どもがほとんどって聞いてたし。
「そこをなんとか。ほら、おもちゃって楽しい気分にしてくれるだろ?」
「おもちゃよりお金が欲しいわ。新しい本が欲しいもの」
このガリ勉め!
がっくり肩を落として俺は彼女に言った。
「わかった、今日から君に張りついて君が喜ぶおもちゃを絶対作ってやる。とりあえず今日は疲れた……ヘンテコ、寝袋よろしく……」
「卒業課題、お先真っ暗だね」
寝袋に変化したヘンテコがしゃべったとたん。
「夢の国のおもちゃ職人見習いに変身するしゃべる犬……頭がおかしくなりそう。ていうかここに居座るの?」
頭がおかしくなりそうなのは俺のほうだ!
数日、彼女を観察してわかったこと。
超がつく真面目人間。
奨学金ってのをもらって大学に通ってて、周りは遊びやデートにいそしんでるのに、学校が終わったらバイトして帰ったらまた勉強。毎日それの繰り返し。
一体なにが楽しくて生きてるんだ!?おしゃれもしないなんて女じゃない!
「毎日毎日同じことしてるだけでぜんぜん楽しくない!こんなに何日もおもちゃを作ってないなんてもう限界だっ!」
夕飯を平らげた後、俺は型にはまったような生活に耐え切れなくてとうとうキレた。
なんでもいい、とにかく何か作ろう!!
彼女の観察日記をつけていたスケッチブックを破って紙飛行機を作る。部屋に飛ばすとそれはいつまでもクルクルと天井を回った。
「どうなってるの?スケッチブックの紙が模型の飛行機に変わってるわ」
驚く彼女にちょっと気分がよくなった。俺の腕はこんなもんじゃない。
俺と彼女が使ってたナイフとフォークが、小さなブリキの人型になってダンスをはじめる。
お茶を入れてたグラスは、尻尾をシャラシャラならして宙を泳ぐ虹色ガラスの金魚に。
俺の履いてた黄色のスリッパがぬいぐるみのヒヨコになって、彼女のピンクのスリッパをつついたらコブタのぬいぐるみに変わって跳ねた。
「可愛い」
クスクス彼女が笑い出す側でヘンテコが、ちっちゃなジュークボックスになって歌いだす。
音楽はシャボン玉になってパチンとはぜると、壁の時計が逆回転をはじめた。
「こんなに楽しいのは初めてよっ。すごく素敵。まるでおもちゃ箱ね!」
手を叩いて子どものように顔を輝かせる彼女は、今まで見たどんな子より魅力的な笑顔を持っていた。
「朝になったら全部元に戻るから」
怒られると思ってそう言ったのに。
「あら、一晩だけの魔法のおもちゃなんてもったいないわ」
だけど君にプレゼントできるおもちゃは君の望む一つだけ。それが課題なんだ。
だから他は消さなきゃいけない。
でも君がこんなに喜ぶなら、まやかしのおもちゃをまた作ってもいいな。
俺は彼女の笑顔が見たくてその日から毎晩、消えるおもちゃを作り続けた。
だけどどんなにおもちゃを作っても、彼女が本当に望むおもちゃはわからなかったんだ。
「課題どうすんのさ。今日が期限だよ。朝日が昇る前に妖精の粉であっちに戻らないと」
おもちゃ達とはしゃいで疲れたのか彼女はソファで眠り込んでる。
ヘンテコの心配そうな声に、俺は木でできた3体の小さな人形をカバンから取り出した。
「なんだ、できてたの?……ってそれ――」
「俺とヘンテコと……」
3体目は彼女。これで俺たちが過ごした2週間を忘れないでくれるかな?
テーブルにコトンと彼女の人形を置いた。
「ねぇ、言わなくていいの?」
体をふるったヘンテコが元の姿に戻る。まるで涙みたいな沈んだ銀色の毛色に、俺は微笑んだ。
課題なんてもうどうでもいい。君ともっと一緒にいたかった。
だから腕を磨くよ。いつかきっと君が大喜びするおもちゃを作るために。
「一人前になったら会いに来るよ」
眠る彼女の頬に口づけたとたん。
「待てないわ」
ぱっちりと目を開けた彼女が驚く俺を見て笑った。
「お人形も素敵だけどわたしは本物のあなたがいいの。だから今度はわたしがあなたに魔法をかけてあげる。これできっとわたしとあなたの世界はつながるわ」
そう言って俺にキスした君はなんてきれいなんだろう。
* * *
「急げヘンテコ!また親方にどやされるっ」
「毎朝のことじゃないか」
大きく伸びをしたヘンテコは黄色のスケボーに変化した。相変わらず俺には冷たい。
「親方があんなに頑固で偏屈ジジイだって知ってたら就職も考えてたさ。子どもにはすごく優しいのに……くそぅ、サンタの本性を世の子どもたちに明かしたいっ」
「親方にまたカカシに変えられるよ?今度は一週間じゃすまないかもね。そしたらデートもお預けだ」
ヘンテコの言葉に俺は密かな野望もあっさりと諦めた。
おっと、忘れるとこだった。俺は作業台に立つあの日持ち帰った彼女の人形を手に取った。
「キスは厳禁!」
ヘンテコが叫ぶように言うのを俺は軽く睨む。
「だってキスしたら二人の世界がつながっちゃうじゃないか。人形に魂が宿って彼女がこっちに来てしまうよ。デートは休日の半日だけ!早く一人前になってまた一緒に住むんでしょ?」
そう、彼女がかけた魔法は素晴らしいものだった。キスで人形の彼女は本物になる。
でも変だな。彼女は魔法が使えないはずなのに。これって愛の力ってやつ?
俺はキスをあきらめて人形の頭を優しく撫でた。
「いってきます」
窓を開け放ってヘンテコに乗った俺が出て行ったあと。
彼女の人形の頬がピンクに染まってたって、その夜目覚まし時計が俺に教えてくれた。
このお話は個人的にとても気に入っているものです。
ご覧になった皆様がおもちゃ箱をのぞいているような、びっくり箱を開けたような気持ちになってくださると、作者冥利につきますがはたしてどうでしょうか?