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大きな猫  作者: 篠義
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8

まず金に興味がない。野心がない。女を宛がわれても、それに貢ぐことはない。というか、女に興味がないから、それに惑わされない。


「ほんで、おまえが、きっちり教え込んであるから、容赦なく、指摘してくる。これほど、ええ子はおらんやろうな。」


 それから、丸二日、水都は本社の会議室で、監査をしている。ついでに、堀内の仕事も押し付けてあるのだが、それも、すらすらとこなしているわけで、堀内も少し余裕ができた。たまには、ゆっくり、昼を食べようと本社の近くの店で、沢野と食事をとっている。沢野のほうも、最初の思惑通りに、中部の梃入れができたので、上機嫌だ。初日に、容赦なく、使い込みの事実を、社長に指摘したので、そこいらの処分なんかが、簡単に出来た。


 合併した会社は、親族経営だったので、その悪癖が、今も健在で、そこのところが頭痛の種だった。こちらが、証拠を提示したところで、「まあまあ」 と、社長は、のらりくらりと交して来たからだ。さすがに、幹部でもない浪速に指摘されたら、動かざるを得なくなった。


「ほんま、わし、そろそろ楽したいんよ。」


「やってみたら、よろしいがな。お手並み拝見といきますわ。」


 本来なら、浪速を、こちらに呼び寄せて、本社のほうで、全店舗管理をさせたいのだが、生憎と、これが動かないから厄介だ。


「・・・堀内・・・・みっちゃんに甘すぎるんやないか? 」


「甘いですやろな。せやから、わしは、やれません。」


 もちろん、堀内だって、浪速を呼び寄せる算段はした。だが、呼び寄せたところで使い物になるのが数年と予測できてしまったら、言えるはずもない。どんな手を使おうと、水都は、撥ね退けることができる。普通の方法は使えないし、強制したところで、従うわけもないのだ。


「あのバクダン小僧に、重い病気でもさせたら、どうや? 」


「どうやって、あの至極健康なあほが、患うんか教えてくださいや。」


 金に興味がないというのは、一番厄介だ。仕事では、それは使う者にすれば有難い特性なのだが、それで揺れてくれないから、動かすことができない。強制すれば、「辞める」 と、簡単に逃げられてしまう。だから、関西統括を、わざわざ関西に置いたのだ。


「ほんでな、沢野さん。みっちゃんは、あのアホがおらんと、おかしくなるから、長いことは引き留められへん。」


 旦那がいないと、人生の投げ遣り度がアップして、仕事はするが、それ以外は、どうでもええ、というようなことになって、とても危険なことになる。過去、何度か、その現場を見た堀内は、引き剥がす真似を諦めた。高校生の浪速の状態に戻ってしまうと、数年したら突然に動かなくなるだろうと予想できたからだ。以前なら、自分が面倒をみれた。だが、それでも生かしておくだけの状態だったし、吉本が傍に居るのとは、かなりかけ離れた状態だ。


「まあ、この業界に流れてくるのに、マトモなもんはおらんっちゅーこっちゃな。」


「そういうことですやろうな。・・・・それで、社長はなんて言うてますんや? 」


「本社に欲しいと言うとったわ。今夜、席誂えてくれてるで? 」


「くくくくくく・・・・・うちの子飼いが欲しなったか? どあほやな? まあ、ええわ。わしも出るからな。」


「おう、せいぜい見せつけてやれ。」


 本社の幹部連中は、ほとんどが親族で、どうしても、社長も身内は庇ってしまうので、ついつい、処分も甘くなりがちだ。だが、それでは、このグループは発展しないのは、社長のほうもよくわかっている。次の合併を考えている相手があるから、親族を外して、もっときっちりした経営陣に一新したいと考えているのだ。




 三日目ともなると、水都の機嫌も悪くなる。毎晩、電話をしているが、それだって、長い時間ではない。本社の連中が話しかけても、無視だし、幹部の若いのが嫌味のひとつでも繰り出そうものなら、クリティカルヒットで応酬する。


「俺が連れて来られたんは、おまえらが、ぼんくらやからやないか? もうちょっと、その賢い頭使こうて、わからんように金を抜けや。ほんだら、俺かて、こんな面倒なことさせられへんのじゃ。」


 一流私大を出たと自慢した幹部に、そう牙を剥く。相手は、いきりたっているが、それも、さらっと無視だ。ちょうど、そんな場面に出くわして、堀内は爆笑する。この毒舌だけでも、普通の人間には痛いだろう。長年、堀内によって鍛えられているため、毒舌も、ほとんどが、同じノリなのだ。当人は、それが、酷い罵声だと気付いていないのも、ミソといえば、ミソかもしれない。


「みっちゃん、ごはんに行こか? 」


「だいたい、終わった。・・・・なんで、こんなにアホばっかりなんよ? 」


「おまえみたいな厳しい管理してないからな。」


「サボりすぎやろ? おっさん。」


「わしかて、忙しい。なんでもええから、システムを落とせ。・・・・これから、宴会や。」


「はあ? 」


「わしの愛人のお披露目をさせてもらう。」


「なんや、俺が客寄せパンダか? うっとおしいことさせよるで。」


 ふんっっと、鼻息も荒く、システムをダウンさせている水都は、若い幹部なんて、完全に眼中にない。おまえも呼ばれてるやろ? と、堀内が退出を勧めると、そそくさと逃げ出した。見た目は、ぼんやりした小僧だから、見くびられているわけで、その毒舌の破壊力を知れば、余計なちょっかいをかけてこなくなるのは明白だ。ついでに女子社員も、専務の愛人という噂は知っているから、アプローチもしないらしい。


「俺、明日、休みやんな? 」


 帰り支度をした水都が、ようやく、立ち上がる。


「おう、休みやな。どっか行くか? 」


「いや、旦那が来るから、二日間きっちり休ませてもらう。」


 水都の旦那は、相も変わらず、女房にメロメロであるらしい。わざわざ迎えに来るんかい、と、堀内もツッコミのひとつも入れる。


「ちゃうんや。あっちも東京へ出張で、帰りに、拾てくれることになったんよ。家に帰ることもあらへんし、この辺りをドライブでもしよかって言うてんねん。」


「ふーん、浜松でウナギでもいてこましてきたら、どないや? 」


「花月は、長野のほうの温泉って提案してたけどな。」


「じじむさいのーーーおまえの旦那。」


「うっさいわ。」


 ふたりして、普通に会話しているのだが、中部の人間にとって、この会話が、すでに言葉の暴力レベルになっている。だから、誰も近寄らないし、遠目にしているだけだ。


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