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大きな猫  作者: 篠義
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5

連れて行かれたのは、明石焼きの店で、昼時も終わって空いていた。奥まった場所に案内されて、明石焼きが運ばれてくる。湯気が、もうもうと上がっている明石焼きと、その汁なんてものは、俺には食える代物ではない。


 目の前では、沢野が、はふはふと、それを食べている。


「ほんで? 」


「何が、『ほんで?』なんや? 」


「なんか話があるから、連れ出したんやろ? 」


「用事はあらへん。ほんまに、卵焼きが食いたてな。みっちゃんにも奢ったろうと思ただけや。」


「・・・・あのな、沢野さん。あんなええタイミングで現れて、それはないやろう。だいたい、おっさんは、中部の梃入れしとるはずや。なんで、関西におるんよ? 」


 このおっさん、会社の経営をやっている、とても偉いおっさんなので、こんなとこで、ふらふらしている時間はない。何事かあるから、顔を出したはずだ。だいたい、うちの会社は本社が中部にあるから、おいそれと、こっちへ戻ることはないのだ。


「タイミングはな、ほんまに偶然なんや。」


 二人前の明石焼きを食べ終わったおっさんは、ずぞーっと、汁を飲み干している。腹が減ってたらしい。まだ、俺は手もつけてないというのに、早食いすぎる。


「ほんなら、なんや? 」


「もう冷めてるやろ? 先に食べ。」


「聞いてから食う。話し次第では、これに手をつけんのは危険や。」


 たかだか、明石焼きだが、奢られたら、なんか因縁をつけてくる場合がある。だから、話は先に聞くほうが安全だ。こんなややこしい地位につけられたりも、前回、このおっさんらに騙されたせいだから警戒はしなければならない。


「相変わらず、用心深いこっちゃな。・・・・いや、用件は、おまえさんに一回、本社へ出向いてもらう用事がでけたさかい、連れ出しに来たんや。」


「え? 」


「よう考えたら、代取の社長にも紹介してへんし、本社の連中に顔だけでも見せとかんと、あかんやろう? ほんで、おっちゃんが誘いに来たっちゅーわけや。」


「電話でええんちゃうんか? 」


「ははははは・・・・おまえさんのこっちゃから、仮病でも使こて、東川を代理で寄越すに違いない。」


 ちっっ、と、舌打ちして、明石焼きに手を出した。つまり、俺の元気なとこを確認しておけば、仮病も使えまいという牽制らしい。ばくばくと、程よく冷めたのを食べて、けっっと、もう一度、舌打ちした。


「挨拶だけなんか? それ。」


「うん、挨拶だけ。」


「ほな、日帰りでええよな? 」


「それはしんどいやろ? なんぼ、新幹線で小一時間やっていうても、晩御飯食べてからやったら、新幹線もあらへんで。」


「なんで、晩御飯? 」


「一席設けて、挨拶して懇親せんとな。代取だけやないで、あっちの幹部は全員、顔合わさせる。」


「んな、面倒なこと、俺はいらん。」


「そうもいけへんやろ? なあ、みっちゃん、おっちゃん、もう、社長と約束してしもたから、みっちゃんがけぇーへんかったら、怒られるねん。おっちゃん、助けると思て頼むわ。」


 絶対に演技なので、しおらしい態度に騙されてはいけない。だいたい、このおっさんが叱られるなんてことは有り得ない。社長は、合併した相手先の社長がついているが、実質、経営しているのは、このおっさんなわけで、社長だって、それには口を挿めないはずだからだ。


「いやや。・・・・ここの払いは割り勘でええわ。」


「そんな水臭いこと言いなや。・・・・二日だけでええから。」


 好きなもん買うてやるで? と、俺は、どこのガキやねん、と、言う台詞まで飛び出した。意味がわからへん、と、残りを食べ終えて、伝票を掴んで、レジへ向った。



 もちろん、そんなことで引き下がるおっさんではない。会社へ戻ったら、沢野のおっさんは封筒を差し出した。それには、辞令と書かれていて、一週間の本社研修という名目の拉致が記されていた。


「こんなん、ほんまは出したないから、おっちゃん、優しい言うたのになあー」


「・・・・他に言うことあるか? 本社研修て、なんやねんっっ。」


「まあ、そういう名目で本社見学して、おっちゃんと遊ぼうっちゅーことやな? 」


 明日、家まで迎えを寄越すから、準備しといてなー、と、朗らかに笑いつつ、沢野は、さっさと帰った。すでに、東川には連絡がされていたらしく、資金繰りのほうは、一週間、とりあえず動かしておくということも言われた。


「こういう時こそ、東川さんやないのか? 」


「いや、そうやないらしい。なんか、本社の幹部連中が、『堀内の愛人を拝ませろ』って、ごねてるらしいで? 」


 年齢からして、責任者然としている東川が、そこへ出向けば問題はない。普段は、そうしている。本社へ出かけるのは、いつも東川の仕事だ。だいたい、俺の姿なんてもんは、屁のツッパリにもならんのは、一目瞭然だ。だが、どうも、そういうことではないらしい。関西統括責任者に就いた人間が、本社に、一度も顔を出さないとは、どういうことか、と、いうことになっていると、東川は言う。それも、『堀内の愛人』と言われている人間が、どういう人間なのか拝みたいとかいうことにもなっているのだと言う。


「俺はパンダとちゃう。」


「いや、そうやない。たぶんな、沢野さんが、本社の人間をびっくりさせたいだけやと思う。今度ばかりは、おまえが行かんとあかんみたいやから、我慢してくれ。」


 実は、東川の説明も嘘だ。本社の人間に顔を見せておきたいというのが、その意図だと、東川は知っている。関西方面の人事を勝手にしているが、それは実力主義だからだ、と、沢野は証明したいのだろう。なんせ、浪速は、見た目には、小憎たらしい小僧だが、仕事のほうは、東川でも同じに出来ないほどの実力が備わっている。本来なら、本社で堀内の補佐をしているはずの人間だ。それが、関西に引き篭もっているから誤解されているのだ。堀内が身内贔屓で取り立てたと思われているらしい。


「一週間か・・・・」


「まあ、そう面倒がらんでも、たまには、沢野さんの遊び相手したったらええがな。」


 それらの評価を覆すには、当人が出向く他はない。もしかしたら、一週間では済まないかもしれないのだが、それも、東川は口を噤んだ。




「本社研修? おまえが? 」


 家に帰って、旦那に告げたら、やっぱり、びっくりされた。まあ、それはそうやろう、あんなヤクザな業界で研修なんてあると思うほうがおかしい。


「んー、行きたない。」


「せやけど、行かなあかんねんやな? 」


「・・・・・なあ、花月。」


「それ、あからさま過ぎるやろ? だいたい、あのおっさんらが、それぐらいで折れるとは、俺は思われへんぞ。」


 介護老人並みに弱らせたとしても、おそらく、そのまま搬送されるのではないか? と、俺の旦那は言う。たぶん、それは正解だろう。沢野は、新幹線とは言わなかったし、クルマで移動しているからだ。


「途中の土日は帰って来たらええやん。ほんなら、三日の出張と、二日の出張っちゅーだけのことや。」


「なるほど。」


「帰れられへんかったら、連絡して来い。俺が行ったるわ。」


「・・うん・・・・」


 一週間は長い。花月が出張した時も、俺は、おかしくなっていたらしいので、まともでいられるか、どうかが、かなり怪しい。それは、旦那である花月も判っているから、そう提案してくれる。





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