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大きな猫  作者: 篠義
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金の流れというのは、慣れてくると、日報のチェックで異変を感じられるようになる。たぶん、慣れというか、多くのパターンを見た経験からなのか、なんとなく、ひっかかるのだ。


「東川さん、ちょっと、お願いします。」


 幹部室から顔を出して、東川に声を掛けた。日報の作業をしていた東川は、「おう。」 と、即座に飛んできてくれる。見たところ、厳ついおっさんなので、俺のほうが下っ端っぽいが、騙されて、俺は、このおっさんの上司になっている。


「なんや? 」


 とはいうものの、丁寧に喋るような関係でもないから、お互い、元のままだ。気さくにやってきて、幹部室の扉を閉めた。


「これ、なんかおかしないですかね? なんで、毎週、土曜日の売り上げが落ちるんか、俺には疑問なんやけど。」


 データは、サーバーへ集積されているから、一店舗の毎日の売り上げを表示することも可能だ。遊興施設なんてものは、週末とか、給料日とか、売り上げが上がる日というのが、はっきりしている。だから、その日は、他の日より売り上げは良いはずだ。だのに、ある店舗だけが、土曜日ごとに売上が下がるという異変が起こっている。例えば、毎週、その地域の同業者が、イベントやらで盛り上げているという外的要因があれば、それは、問題ではない。だが、そういう報告がないと何かが起こっているということだ。


「え? ・・・・・ああ、それな。俺も気にはなったんやけど・・・・小額なんでな。」


「せやけど、一ヶ月の増減は、結構な数字ですやんか。ここ、佐味田さんに調べてもらえませんか? 」


 嘉藤と佐味田は、以前からの知り合いというか同僚で、沢野と堀内の直轄の部下だ。こういうことには、慣れているメンバーでもある。不正があれば、それを探り出す知識も方法も把握している。


「念には念を入れとこか。わかった、ほな、調べさせる。」


「すんませんが、お願いします。」


 一応、頼むのだから、お辞儀をしたら、東川に呆れられた。ここの管理責任者は、自分なのだから、命令しろ、と、言われるのだが、これが、なかなか昔の癖が抜けない。今まで、同等の立場で仕事をしていたし、相手は年上だ。


「舐められたら終わりやぞ? 」


「俺は、ぼんくらの飾りということにしといたら、いろいろと話がわかりますやろ? 」


「・・・・まあ、そうやけど・・・・」


 ここに所属している人間は、この幹部室に押し込められている俺が、どういうことをしているか、はっきりと知らない。だから、元からの噂を利用して、堀内の愛人が飾りに座っているのだと思わせてある。そのほうが、ここで、不正操作をされたりするのを発見しやすいからだ。どうしても、金が動く仕事だから、そういう危機管理が問題になる。互いが互いを監視するような、ギスギスした関係にはならないように、心がけているが、それでも監視は強めにしている。関西の支店での金の動きだけではない。ここでの情報も問題だ。だから、動きやすいように、俺は、ここで、のんべんだらりとしているように見せかけている。


「だいたい、俺の容姿と年齢で、管理責任者なんて、ありえへんって。東川さんのほうが、ずっと、それらしいやないですか。」


「経験年数は、おまえが、上じゃ。わしでは、この流れは、なかなか気付かれへんねから、やっぱり、おまえがやるほうがええ。とりあえず、佐味田に調べさせる。」


「ほんで、嘉藤さんには、こっち。」


「え? 」


「ここ、中部から店長が来てる。たぶん、これは、間違いない。すぐにやると思うから、嘉藤さんの子飼いでも潜入させといてくれ。」


「・・・他は?」


「後は、ちんまいから見逃しといたるわ。」


 そこにある資料で読み取れるものは、たくさんある。売上と金の流れが合致しなければ、どこかで抜き取られている。多少のことは、構わない。どうしても、この業界は、裏で動かす金がいるから、それが、高額でなければ無視しないと、やっていられないからだ。ある程度の警告は出すが、それも、店長にメールを入れるぐらいで済ませる。


『売上と入金の差額があります。』という一文で、警告だと気付く店長は、それから元の流れに変える。それを言い訳してくる相手は、要注意で調べる。ある意味、嫌な仕事だが、これができるから、それなりの給金で雇われるのだから、文句は言えない。


・・・・・まあ、別にかまへん。俺は、こればっかりさせられてきたんやから。・・・・・


 でも、たまに、気分が悪いこともある。東川を呼ぶ前に、その件の店長から怒鳴られていた。相手は、俺が小生意気な小僧だと思っているから、脅しつけてきたらしい。


・・・・あほやなあー。これで、おまえが金を抜いてるのは確定じゃ・・・・・


 怒鳴られたくらいで、へこたれているほど、俺も弱くない。そんなものは、十年前に経験済みだ。堀内が、考えられる限りの悪態は、俺に投げていたからだ。お陰で、どんな罵声も気にならなくなった。


 堀内は、別に優しいおっさんではない。使えると判るまでは、かなりしごかれる。それでも、沢野に言わせると、俺には甘かったそうだ。


「みっちゃんは、息子のつもりやったんちゃうかな。ほんで、おまえも、根性あったしな。」


「行くとこあらへんし、金払いええねんから、我慢する。」


「くくくくく・・・・ほら、そこや。そこが、堀内には楽しかったんやで? あいつ、なんやかんや言うて、おまえを手放せへんもんな。」


 まあ、沢野の言うことも一理ある。この業界で働くのに、一から仕込んでもらった。いろんな裏も、きっちりと見せて、厳しくしごかれた。そういう意味では、親みたいんもんやろう。


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