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大きな猫  作者: 篠義
18/18

18

翌日、腰から下の感覚がない俺の嫁は、ぐったりと寝込んでいる。朝焼けの時間まで離さなかったので、俺も、かなり寝不足だ。時刻は、九時を少し回っている。こっそりと起き上がって、部屋から出た。携帯で、職場へ連絡を入れた。


「ええ・・・今も、トイレですねん。昨日、なんか当たったらしくて・・・はい・・・すんません。」


 サボりの理由なんて、いくらでもある。それほど忙しい時期でもないから、うちの課長も気楽なものだ。もちろん、具合は本当に悪い。ただの寝不足やけどな。


 連絡だけ入れたら、さっさとベッドに引き返した。どう考えても、俺の嫁は午後まで目覚めないだろう。それなら、俺もご相伴で、朝寝を楽しむことにした。


「・・・・ん?・・・・つめた・・・」


「ああ、すまん。トイレ行ってた。」


「・・・・うー・・・・・」


「うん、寝よう。どっこも行かへんからな。俺は、ずっとおるから。」


 ぎゅっとしたら、うーと唸って、俺の嫁は、すうすうと寝息に戻る。忘れたのか、どうなのか、よくわからなかったが、まあ、一昨年の出張は、片が着いたと思われた。堀内のおっさんが、連れて来たのが、ちょっと気に食わないが、まあ、それもよしとする。あのおっさんも、俺の嫁がおかしくなるのは避けたいはずだ。



 午後まで寝て、それから食事の用意をした。うだうだと布団に融けている俺の嫁は、まだぼんやりとしているのか、適当に短くしたうどんを、箸で口へ運ぶと、ちゅるちゅると食べている。ちゃんと冷やしてあるから、猫舌の俺の嫁でも安全な代物だ。それらを食べさせていると、ようやく日常だ、という気分になった。


「・・・花月・・・・」


「んー? 」


「今、なんじー? 」


「二時くらいかな。」


「う? にじ?・・・・・・えええーーーーー」


 いきなり、がばっと俺の嫁は起き上がろうとして、ぐぎっと腰を鳴らせた。ううっと唸って、パタンと布団に崩れる。


「おまえ、要介護の状態なんで、トイレとか、俺に言わんとあかんで? 」


「・・・あ・・おっおまっっ・・・・仕事・・・・」


「ああ、休んだ。有給あるし、別に使ってもええやん。・・・ていうか、こんな状態のおまえの世話をせんかったら、俺、鬼やんか。」


 歩くのが不自由な状態の人間を放置するわけにもいかない。こうしてくれ、と、ねだったのは、俺の嫁だが、こうしたのは、俺だ。だから、世話はする。繋がりを直接的に感じたいと言うなら、それはくれてやるし、俺も感じたい。離れたら消えてしまうと泣かれるくらいなら、そのほうが嬉しい。


「・・・すまん・・・・」


「なんで謝るんよ。」


「だって、俺が言うたからやんか。」


「いや、なかなかエロてよかったで? 俺、ぐっとキたもん。」


「どあほっっ。」


「いやあー俺も、おまえが不足しとったから、ええ補給やったわ。今日は、なんもせんでええからな。・・・・・世話できへんかった分も補給させてもらう。」


「・・・・おまえ・・・・正真正銘のあほやんな? 」


「失礼な。愛妻家と呼ばんかい。」


 ほれ、もうちょっと食べとき、と、うどんを口元に運ぶ。花月のごはんは美味しい、と、俺の嫁は感想を漏らしつつ、うどん玉半分くらいは食べた。


「どうせ、おまえのことや、メシも碌な事になってへんかったんやろ。」


「いや、そうでもない。沢野のおっさんと堀内のおっさんが、適当にええもん食わせてくれてたと思う。あんま美味いとは思わへんかったけどな。」


「うーん、あっちの名物て、味噌煮込みとかしか知らんなあ。ああ、きしめんもあるんや。」


「食ったと思うで。よう覚えてへんけど。・・・・・ごめん・・・・・・」


「何の謝罪? 」


「わからんけど謝ったほうがええような気がした。」


「謝るようなことはあらへん。もう、ちょっと寝るか?  ああ、せやせや湿布貼ったんの忘れてた。」


 腰に湿布を貼る前に、身体を綺麗に拭いた。それから、トイレへ運び、それから、俺の部屋に転がす。昨日は、嫁の部屋でいたしたので、そちらは、シーツもどろどろになっていたから洗濯する必要がある。


「ちょっと洗濯するからな。本でも読むか? 」


「・・・いや、ねむい・・・・」


「うん、ほんなら、寝とき。」


 シーツをはがして、新しいのと交換した。それから、出張の洗濯物も取り出して洗う。ワイシャツは、二枚しか使っていなかった。後は、入れたまんまで残っている。汗をかかない季節やったから、それで済んだらしい。それらは、クリーニングに出すから、そっちの袋に入れて、下着だけ洗った。


 夕方近い時間だったので、乾燥機に放り込み、やれやれと部屋を見回す。俺の嫁がいなかった一週間、ほとんど、ここで寛ぐこともなかったから綺麗なものだ。テレビをつけて、だらだらと観ているぐらいしかやることがない、とてもつまらない一週間だった。どうも、俺は、あの生活能力すら怪しい生き物がいないと、人生の退屈度がアップするらしい。


・・・・・人生の投げ遣り度と退屈度か・・・・・


 人は、それぞれだ。どこかで、自分の人生に折り合いをつける。俺には、嫁が居れば、それで上々の人生なんだろうと思われる。


 のんびりと窓の外を満足した気分で眺めていたら、嫁の呼び声が聞こえた。


「花月っっ。」


「なんや? 」


「・・・・トイレ・・・・」


「おう、ゆっくりな。」


 ずるずると起き上がっているところをみると、朝よりは動けるようになったらしい。だが、まだ、しやっきりとはいかないので、肩を貸してトイレへ運ぶ。


「俺、いつか、腰いわすんちゃうやろか。」


「いわしたら、車椅子で介護したる。」


「いや、そうやなくて、もうちょっと大人しくしてくれたら、ええと思うねん。」


「ほな、頻度を上げてくれ。・・・一ヶ月に二回とか少なすぎるやろ?」


「え? そんなしてなかったか? 」


「してへんわっっ。」


「・・・わかった。一週間に一回くらいは襲てくれ。」


「くくくくく・・・・ほんなら体力つけなあかんなあ。」


 ずるずるとトイレへ運んで、扉を閉める。今更だと思うのだが、俺の嫁は恥ずかしがりなので、そこいらはけじめをつける。どうせ呼ばれるのだから、俺は、扉の前で待っているわけで、そのまんま会話なんかしていたりする。


「体力なんかつけられたら、俺が死ぬ。」


「どあほっっ、おまえの体力じゃっっ。肉食わすからな。ホルモンとか、鳥の肝とかええな。」


 明日からの献立を考えつつ、俺は、鼻歌なんて口ずさんでいたりする。それに、嫁も付き合うように歌っているのが、なんとも平和で楽しい我が家だ。




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