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大きな猫  作者: 篠義
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午後早くに、家に辿り着いた。一日ぐらいの出張だと、これといって片付けるものもない。レポートを書かなければならないから、とりあえず、やるか、と、着替えて、こたつに座りこんだ。


「しもたなーーあいつの洗濯物回収してきたら、よかった。」


 うっかりしていたが、あちらは一週間だから、洗濯物も一気に出されたら大量だ。四日分だけでも回収してくれば、よかったことに、今更ながらに気付いた。とはいうものの、あんな状態では、部屋にも入れてくれないだろうし、携帯からの連絡にも出ないから、無理やったな、と、ひとりで結論して笑った。



 窓の外は、暖かい日差しがあって、初冬という時期にしては温かい。十年前の入院騒動に記憶を巡らせた。


 水都は、おかしくはなっていたが、まあ、生きていた。ただし、しばらくは離れるのも嫌がった。職場へ顔を出す必要はあるし、何かと後始末だってある。けど、どこかを掴んで離さない壊れた水都を一人にしておけない。


「結果は、どうやった? 」


「なんもなかったです。・・・・・ただ、その・・・・・ちょっと・・・・・」


 電話をかけて、二、三日の休みを貰うのに、理由が言えなかった。まさか、嫁が本格的に壊れまして・・・・なんて言えない。検査の結果は問題なしだから、これも理由にできない。さて、なんと説明するか、と、思っていたら、上司のおっさんは、くくくくく・・・・と忍び笑いを漏らした。


「大きなネコが、離してくれへんのか? 」


「・・・・ええ・・・・」


「今週一杯は休んだらええ。おまえの格好は目立つからな。そういうことにしといたら、問題はない。公休になるようにしといてやるから、今度、奢れ。」


 これと言って説明しなくても、上司のおっさんは、理解してくれた。違う意味で言ったのだろうが、内容は同じことだ。一週間近く、べったりと、水都はくっついていた。いつもの言動が復活するまで、俺も傍に居た。身体を重ねるようなことではなくて、存在を感じさせてやりたかった。いや、もちろん、身体も直接触れたけど、それだけではない。喋らない水都は本当にネコみたいなもので、ただ傍にいる。たまに、触れて、たまに、会話して、ただ一緒に居た。


 一週間する前に、起きられないほどの無茶をしたら、それから、いつもの状態に戻った。そのことも、きっぱりと忘れているらしく、ぐちぐちと文句を言った。


 だから、入院は避けている。というか、しない方向で生きている。健康であれば問題はない。無茶に身体を壊すような仕事もない部署にいる。出世するには、マイナスだが、別に、出世に興味もない。元上司のおっさんも、そういう人間だったから、気楽にして定年まで働いていた。


「俺の真似はせんでもええんやぞ? 」


 と、上司のおっさんは言っていたが、真似させてもらおうと思う。もちろん、年度末とか会計監査とかの時は、猛烈に忙しくはなるが、一時のことだ。


 その当時のことを思い出して、笑ってしまった。


「大きいネコで、どうしようもないほどおもろいネコですわ。・・・・ほんで、あんたが予想していたのと違う雄ネコです。びっくりやろ? 」


 定年退職してから逢っていない元上司を思い浮かべて、呟いた。あれから、何度も喧嘩して、忘れられて、壊れて、いろんなことを経験したが、それでも離れることがない。もう、これでええんやろうと思っている。


「しかし、怒るとはな・・・・・ちょっとは、まともになっとるやんけ。」


 今朝の怒り状態を思い出して、また笑った。心配ぐらいさせろ、と、怒鳴ったのは、いい傾向だ。


・・・・・風邪ひくぐらいのことやったら、俺も看病してもらうけどな。入院はまずいんやろう。でも、怒ったってことは、それを聞かされても怖いというのとは違うんかな?・・・・・・・


 いや、油断はできない。以前の時も、最初は平静だったからだ。あそこから、どう変化するのかが、十年しても、いまいち分からない。人生の投げ遣り度が、アップするとか、忘れるとか、いろんな変化をするのだが、その引き金と、変化の度合いというのが、俺にもよくわからない。壊れているから方式がないのかもしれない。


「まあええさ。十年もしたら、ズル休みの方法も、介護の仕方も、だいぶ慣れてきた。とりあえず、三日ほどしたら迎えに行こうやないか。」


 うーんと伸びをして、バタンと寝転んだ。まだ、明日も休日だ。時間は。山ほどある。とりあえず、昼寝して、それから、レポートを書くことにした。




 土日は、ビジホのベッドに転がっていた。怒りは収まらない。嘘はつかないという約束を破った旦那が、ものすごくムカついた。


 別に、看病ぐらいするし、心配もさせろ、と、俺は言いたい。俺の死に水を取ると約束したのだから、それまでの時間は、俺が世話することだってある。


・・・・・けど・・・・もし、花月が治らへん病気とかなったら、自信ないな・・・・・・


 俺の末期の水を飲ませてくれるはずの旦那に、俺が、それをしてやることになったら、神経が保つかどうか、かなり怪しい。でも、それをしてやれるのが、俺だけなのも事実やろう。


・・・・やるけどさ。その後、もう、どうでもよくなって、後追っても叱らんとってや?・・・・


 そんなことばかり思い浮かんで、とてもブルーな週末だった。


 謝れというのも違う。もう一度、約束するのも変や、けと゛、何か言葉は欲しい。だが、顔を見たら怒鳴りそうで、合わせづらい。


「・・・・花月・・・・なんで、嘘なんかつくんよ・・・・」


 はあ、と、溜息をついて、目を窓へやる。とても温かい日差しが、あって、初冬なのに温かそうだ。本当なら、この好天にドライブしているはずだった。それもこれも、あいつが、嘘つきなのが悪い、と、ムカムカしつつ空を眺めた。




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