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大きな猫  作者: 篠義
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さすがに、出張は疲れたのか、俺も、あの後、ぐっすりと眠った。明日は、休みだと思うと、気楽になる。


 ごそごそという物音で、目が覚めたら、布団が引き剥がされていて、俺の足の間に、俺の嫁は座りこんでいた。


「・・・・みなと・・・・・ここでは、エッチ禁止・・・・・」


 というか、そこまで切羽詰っているのか? と、思いつつ眺めていたら、いきなりトランクスを下げられた。昨夜は、ドタバタで寝たから、とりあえず、スーツとパンツは脱いで、畳んでどけてある。つまり、ワイシャツにパン一という格好なわけで、無防備だ。


「なあ、みなと? 」


 トランクスは下げられたが、そこから攻撃されていない。ただ、じーっと、俺の嫁は、眺めているだけで動かない。いつから視姦プレイなんて覚えたんじゃ? と、思っていたら、触られた。ただし、違うところだ。


「・・・・やっぱり・・・・・」


「ああ? 」


 がばりと顔を上げた俺の嫁は、物凄い形相になっていた。四つんばいで、俺の頭のほうへやってきて、ギロリと睨む。


「一昨年、おまえ、東京へ一週間、出張したよな? 」


「え? えーえーえー、そんな古いこと覚えてないて。」


「あっこのキズな、盲腸ちゃうんか? 」


 盲腸という言葉で、ようやく、俺の嫁が騒いでいる意味を理解した。一昨年、いきなり虫垂炎というものを患って緊急手術を受けたのだ。ただし、嫁には、「東京へ一週間出張」 ということにした。俺が弱っているのを見せると、いろいろ大変なので、そういうことにしたのだ。


・・・・・あーー、そうか、この間・・・・・・


 ストレス発散だと、嫁が襲ってきた。たぶん、あの時に気付いたかなんかして、この騒ぎになっているらしい。


「もうちょう? おまえ・・・・あれは、だいぶ前に、風呂場で、風呂のフタに引っ掛けて切ったやつやぞ? 」


「嘘つけっっ。あんなに、くっきり残ってるのは、そんな浅いキズやあるかぁっっ。」


「今まで、見逃すほどのキズやんけっっ。」


「それは・・・・・とにかくっっ、なんで、そういうことを隠すんや? 」


「隠してない。怪我したんは、だいぶ前や。隠すも何も大したことあらへんっっ。」


「心配もしたあかんのか? 俺は、なんや? 深窓のご令嬢様か? なんも知らんと微笑んどけてか? 」


「・・・・深窓のご令嬢様は、朝っぱらから旦那のパンツ下げたりせぇーへんやろ? 」


 俺の嫁は些か壊れているので、世間一般奥様のような甲斐甲斐しさはない。それでも、嫁は嫁なりに、心配はしているらしい。


・・・・でも、こればっかりは言うわけにはいかんのよ・・・・・


 だから、そのままだ。事実を言うつもりはないし、夫夫間に嘘をつかない、という約束を守るためにも、これは虫垂炎ではない、ということが、俺にとっての事実だ。


「花月っっ、俺、もう大丈夫やで? 」


「うん、わかってる。」


「せやから、こういうことは・・・・」


「だから、ただの怪我やし、気付かれへんくらい細かいことや。・・・・・いちいち、そんなことまで報告せんとあかんのか? 」


「ちゃうっっ、これは盲腸っっ。」


「どこからの妄想じゃっっ、うるさいわいっっ。」


 真剣に大声で怒鳴って、嫁を身体の上から退かせて起き上がった。それから、隣に転がした嫁の顔を、今度は俺が睨みつける。


「当人の俺が、怪我やって言うてんのや。なんで、それが信じられへんっっ? 」


「・・・けど・・・」


「けどもクソもあるかいっっ。俺の言うことが信じられへんで、俺の嫁て言えるんかっっ。このバカっっ。」


 水都の顔色が、さっと変わる。関西では、『あほ』はタダの接頭句だが、『バカ』は本気で罵る場合に使用する。つまり、俺は本気で、水都に、「脳なし」 と、罵ったということだ。


「バカやと? 事実歪めてるおまえんほうが、バカちゃうんか? ・・・・もうええわ。気分悪い。」


 言い捨てるとワイシャツのボタンを嵌めて、スーツとパンツをさっさかと身につけ始める。まあ、冷却期間は必要だろう、と、黙っていたら、いきなり、扉が開いて、堀内が怒鳴りこんできた。


「おまえらっっ、じゃかましいっんじゃあっっ。・・・・え?・・・・」


 堀内の目には、服を身につけている浪速と、ベッドの上でワイシャツ以外はすっぽんぽんの吉本が居る。


「おっさん、俺、社長の話、受けてもええで。・・・・・こんな嘘つきと暮らすことあらへんからなっっ。」


「まだ、言うか? バカ嫁。」


「おまえなんか離婚じゃっっ。盲腸なんか調べたら一目瞭然じゃっっ。」


「おー診断書提出したろやないか。」


 吉本の余裕のある反応に、きっっと浪速のほうは目じりを吊り上げて、部屋を出て行く。その剣幕に、堀内のほうは慌てて浪速を追い駆けて出て行った。


 やれやれ、と、吉本のほうは、大の字でベッドに倒れ込む。割りと水都は、カッとすると、極端な言動になる。「離婚」なん有り得ない。そんなものは、お互い、わかっていることだ。


・・・・あの調子では、今日はあかんな・・・・・・


 あんなに怒っていたら、今日は顔も合わせてくれないだろう。それなら、ここで長居する用事もない。さっさと家に帰るに限る。もし、水都が、また忘れたら、また思い出させればいい。何度でも何度でも、思い出させて自分の傍にいさせる。そう決めているから、喧嘩しても構わない。




「みっちゃん、帰りよったぞ? ・・・・・・こらっっ、おまえの粗末なもんを見せるな。とりあえず、着替えろ。」


 戻ってきた堀内は、すっかりと睡眠妨害の怒りは鎮まったのか、頭を掻いている。あんな怒り心頭の水都なんてものは、滅多に拝めないからだ。


「何をやったんや? 」


 着替えてから、堀内に促されて居間に入った。インスタントのコーヒーを飲みながら、堀内が口を開く。口喧嘩くらいのことなら、からかいの対象になるが、「離婚」だの「バカ」だのという本気の罵りはいただけない。


「なんかの拍子に、一昨年の入院がバレたらしい。」


「げっっ。」


 それで、そういうことかい、と、堀内も納得はした。入院するような病気に吉本が罹るなんてことは、本当に浪速にとっては危険なことで、忘れるなんていう簡単なことでは済まないリアクションが起こる。それを知っているから、堀内も、入院のことは伏せていたし、普段から、吉本の勤務状態もチェックしているのだ。


「ほんで、おまえは、どうするつもりや? 」


「俺は、盲腸の手術なんか受けてない、ということで、押し通す。それが事実や。俺は、一昨年、東京へ一週間の出張に出てた。そうやろ? おっさん。」


「・・・・ああ、そうやったな・・・・」


「ということで、俺、帰るわ。あの調子では、どうにもならんやろう。頭冷えたら帰ってくるか忘れよるやろうから、それから対処する。」


 チェック頼むわ、と、素直に吉本も頭を下げる。これについては、堀内も茶化さないからだ。もちろん、堀内は深い溜息をついて、「わかった。」 と、了承する。


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