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大きな猫  作者: 篠義
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10

あれは、一昨年のことだった。俺の旦那は、この十一月に一週間の東京出張で留守をした。なぜだか、携帯の充電器を忘れていて、連絡は、相手から唐突にやってくるだけで、こちらからは通じなかった。よくよく考えたら、コンビニにいけば、充電器は売っているものだったし、ホテルなんかには、そういうサービスだってある。それなのに、俺の旦那は、それで押し通したのだ。その時は、帰って来た旦那に、ほっとしたから、それだけで満足した。


 たぶん、俺は、それが、記憶のどこかでひっかかっていたのだろう。




「おまえ、どこにおるんや?・・・・ああ?・・・・ああ、そこからやったら、タクシーで・・・・おう・・・・・場所は・・・・うん・・・そうそう。みっちゃんが、酔っ払ってお陀仏しとるんや。」


 タクシーに乗ったところまでは、覚えている。堀内が、どこかへ電話しているのも耳には届いていた。酔うと心臓がバクバクして苦しくなる。そうなると、頭も動かない。こういう場合の対処法は、とにかく寝てしまうに限る。アルコールが消化されるまで寝ていれば、起きても苦しくないからだ。


「おまっっ、こりゃ、みっちゃん、まだ寝たらあかんっっ。もうちょっと起きといてくれ。」


 堀内は慌てているのだが、そんなものは無視だ。とにかく眠れば苦しくない。だから、俺は眠るのだから。




 俺の嫁が宿泊しているビジネスホテルの近くで、晩メシを食いつつ、連絡を待っていた。急遽、宴会が入ったから、かなり遅くなるというメールは、もらっていたから、気長に待つつもりで、雑誌を何冊か買ってきた。しかし、意外に早い時間に携帯が着信した。名前は、変態親父だ。


「みっちゃんが、酔っ払ってお陀仏しとるんや。今夜、わしとこで、おまえも泊まれ。場所は・・・・・・」


 こちらの返事なんか聞かないで、いきなり住所を言い出す。慌てて、ファミレスのアンケート用紙に、住所を書き取った。そこまで、タクシーで来い、とだけ命じて、電話は切れた。酔っ払ったとは珍しい。大抵、俺の嫁は、下戸で通している。正体のない嫁を、変態親父のところへ放置するわけにもいかなくて、とりあえず、タクシーで、指定された場所まで出向いた。


 到着して、リダイヤルで、変態親父を呼び出すと、マンションの名前と階数を告げてくるから、その通りに向かった。


「よおう、メロメロ小僧。」


「はあ? 俺の嫁は? 」


「寝室におる。こっちや、おまえ、メシ食ったか? 」


「食った。」


「みっちゃん、そのまま転がしたから、なんとかしといてくれ。」


「へ? 」


「わし、疲れたから寝る。腹減ったら、台所にあるもん食え。」


 ただし、ここで、夫夫の営みとかおっぱじめるなっっ、と、釘だけ刺すと、堀内は、別の部屋に消えた。とても広いマンションで、客間があるらしい。その部屋の電気は、煌々とつけられていて、ワイシャツにネクタイをちょっと緩めただけの姿で、本当にベッドに転がされていた。


「・・・水都・・・・・なんぼ飲んだんよ? おまえ。」


 普段から、あまり酒は飲まないのに、ここまで酔うなら相当、飲まされたに違いない。とりあえず、水を飲ませて酔いを醒ますほうがええやろう、と、台所からミネラルウォーターを取ってきて、口移しで飲ませた。一本丸々を飲み干して、ほけぇ、と、水都が目を開ける。


「・・・う?・・・・・」


「寝とき、明日、ちゃんと聞くさかい。」


「・・・あ・・・・・」


 ああ? と、思った瞬間に、ネクタイを掴まれた。


「・・・・どこ、行っとったんじゃっっ・・・・おまえ・・・・」


「え? 東京やないか。」


「・・・嘘つけっっ・・・・ネタはあがっとんじゃっっ・・・・吐けっっ。」


「せやから研修で東京やって。ヨッパライは寝ろ。」


「・・・ちゃうやろ?・・・おまえ・・・・腹・・・・あれ・・・・」


「ハラ? あーなんかわからんけど、俺が悪かった。話は明日。な? 明日しよ。」


 宥めたものの、もう、何を言ってるのかわからないので、とりあえず、寝かせようとしたら、いきなり、ベッドへ押し倒された。それから、何かをブツブツと呟いて、俺のワイシャツのボタンを外そうとする。しかし、ヨッパライは、動きが鈍くて、ボタンが外れない。わたわたと暴れている俺の嫁は、完全に酔っ払っていた。それを冷静に眺めて、溜息を吐く。


・・・・・何をしてくれんねん、あのクソ親父ども・・・・・・


 ここまで、見境をなくしている姿なんて、あまり拝めるものではない。だいたい、俺の嫁は、酔ってもほとほとと泣くとか、へらへらと笑っている位の穏やかなヨッパライだ。


「いてぇえええええええええ」


 考え事をしていたら、いきなり、ワイシャツの肩口に、俺の嫁は齧りついた。それも、力加減ナッシングだ。俺が痛がっているのを眺めて、今度は笑っている。どういう酔い方? と、こっちが尋ねたくなる乱暴さだ。ヨッパライは、へらへら笑って、それから泣き出しそうに顔をくしゃりと歪めた。


「・・・・もっと・・・痛かったやろ?・・・・・」


「はあ? 」


「・・・・なんで・・・・嘘なんか・・・・・」


「ついてへんっっ。ええ加減にせいよっっ、水都。」


「・・・・俺は・・・おまえの嫁やのに・・・・」


「うんうん、俺の嫁やな? おまえ。」


「・・・なんで・・・ほんまのこと・・・・言うてくれへんの?・・・」


「だから、出張しとったってっっ。嘘ちゃうてっっ。」


「・・・・うそつき・・・・」


「なんの妄想なんよ? それは。」


「・・・・おまえ・・・うそつきや・・・・」


「わかった。俺が悪かった。せやから寝よ。ごめんごめん、俺が悪かった。」


 何やら責められているので、とりあえず、謝った。すると、へにゃりと崩れて、俺の上に落ちてくる。


「・・・・俺・・・・おまえがな・・・・あかんねん・・・・ほんで・・・・・」


 支離滅裂に喋っている口を塞いだら、酒臭かった。けど、無理矢理に、そのまま、俺の横に転がして暴れないように押さえつけたら、しばらくして、くたりと力が抜けた。へーへーと肩で息をしつつ起き上がったら、ズキズキと肩が痛んだ。ちょいと、そこを見たら、ワイシャツが赤く染まっていて、かなりびっくりした


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