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大きな猫  作者: 篠義
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十月の半ばぐらいになると、行き帰りに、ええ匂いがする。便所の臭い消しやとか、世間で言われているが、俺は、この匂いが好きで、いつも、この匂いが漂うようになると、秋やと思う。


「なあ、草花言うんは、ほんま、えらいよな? 」


「はあ? おまえ、何言うとんねん? 」


 晩飯の席で、しみじみと、そう言ったら、嫁に呆れられた。じぶじぶと焼けて音のする秋刀魚に、大量の大根おろしをのせて、はもっと、嫁は口に運ぶ。ちなみに、こいつは、大根おろしの上にポン酢をかけるという邪道に食い方だ。


「いや、あいつらな、別に会話するわけでもないし、携帯持っとるわけでもあらへんのにさ、ちゃんと、同じ時季に咲くやんか。せやから、えらいと思うんよ。」


「乙女心と秋の空か? 」


「・・・・おまえこそ、何ぬかしとんねん。」


「せやからやな。そういうアンニュイな気分っちゅーのは、乙女心ってやつやろ? 秋になったから、おまえも乙女心に火がついたっちゅーやつやないのか? 」


「ちょっと違う。」


「さよか。」


 そういうのではなくて、どっちかというと、そういうふうに、会話するでもなく、同じように同じことが出来るのは、羨ましいと思ったのだが、俺の嫁は、情緒が欠落傾向にあるので、そういう叙情的な感情というものに鈍感だ。


「なんで、あんだけ本読んで、そういうことはわからんのかなー」


「どあほ、俺が読んでる本に、そういうもんはあらへんわ。・・・・なあ、花月、中国の人ってな、カエルが鳴いてたら、うまそうって思うらしいで。俺らが、水族館で鯛見て、うまそう、っていうのとおんなじなんやで? なんか親近感湧くわー」


「あーあっちの人は食うんやんな。・・・って、俺の叙情的なええお話をカエルと掏り替えんなや。」


「おまえ、自分の面見てから、言え。」


「じゃかましいわ。ほれ、こっちも食べとき。これ、身体にええから。」


「これ、何? 」


「食用菊とシメジの和え物。」


「きくぅぅぅぅぅ? 」


「おう、これ、身体にええって、テレビでやってたんや。」


 半信半疑で、嫁は、箸を出して、「あれ? 」 と、首を傾げた。


「ん? 」


「・・・うまいやんけ・・・・」


「あたりまえじゃ。うまないもんなんか出すかい。」


 はごはごと、それを食べて、嫁は、「ほんで、おまえは何が言いたいんよ? 」 と、ようやく尋ねてくれた。


「離れた場所におっても同じようにできるっていうのが、ちょと羨ましいと思た。」


「・・・・俺・・・・離れるのはいややで・・・・・」


「そうやないんよ。仕事しててな、窓の外、覗いて、すっごい虹とか出ててさ。おまえにも見せたいなーと、俺が思たら、おまえも、そう思ってた、とか、そういう距離や。」


「ああ、そういうのか。」


 そして、俺の嫁は、ご飯を一口放り込んで、それから、口元を歪めた。言いたいことはわかる。自分には、情緒がないし、些か壊れているから、そういうのは無理に違いないという自嘲だ。


 俺のほうは、メシにお茶をかけて、茶漬けにして、さらさらと食う。別に、そんなことではないのだ。一緒に暮らしていて、相手を思う瞬間が同じようにあればいい、と、思うぐらいなのだが、これが、なかなか伝わらない。


「愛してんで。」


「はいはい。」


「うわぁー愛がない。」


「それは、後でええから、茶かけてくれ。」


「こっちの冷ましたぁーるやつな。」


「・・うん・・・」


 俺の嫁は猫舌なので、熱いお茶なんてヤケドする。だから、最初から、お茶は冷ましてあるのだ。さらさらと、嫁も茶漬けをかきこんで、それから、お茶を飲んで、息を吐き出した。


「ごっそさん。」


「はい、おそまつさん。」


「・・あのな・・・・」


「うん。」


「そういうのは、わからへんけど、おまえが、そのお茶冷ましてるのは、愛やと思う。」


 だから、俺も感じるもんはあるで? と、俺の嫁は恥ずかしそうに微笑んだ。


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