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俺たちの本気バラエティ!

深夜1時の逃げ場

作者: 空腹原夢路
掲載日:2026/01/28


不合格。


その二文字が、机の上に置かれた封筒から覗いていた。


二月の寒い朝。学校から帰ってきたら、母さんがリビングのテーブルに封筒を置いていた。私立黄明学院高等学校。第一志望だった。


封を開ける手が震えていた。


結果は、すぐに分かった。薄い封筒。入学手続きの書類が入っていない。つまり、そういうことだ。


「悠真」


振り向くと、父さんがリビングの入り口に立っていた。仕事から早く帰ってきたらしい。こんな日に限って。


「……落ちた」


「そうか」


父さんは腕を組んで、俺を見下ろした。


「まあ、お前の実力なら当然だな」


「…………」


「中学の三年間、お前は何をやってたんだ?」


答えられなかった。


「部活は二年で辞めた。勉強も中の下。友達と遊んでばかり。……いや、最近は遊んでもいないか。何やってるか知らないけどな」


父さんの声は怒鳴っているわけじゃない。むしろ静かだ。だから余計にきつい。


「兄貴は中学でバスケのレギュラーで、高校は推薦で受かった。お前は何だ? スポーツも勉強もできない。お前は何ができるんだ?」


何も言えなかった。


言い返す言葉がなかった。


だって、本当のことだから。


俺は何もできない。何も持っていない。


「公立は受かれよ。それくらいはできるだろ」


父さんはそれだけ言って、リビングを出ていった。


俺は不合格通知を握りしめたまま、しばらく動けなかった。




その日の夜、俺は自分の部屋にこもった。


夕食は母さんが部屋まで持ってきてくれた。父さんとは顔を合わせたくなかった。母さんも何も言わなかった。同情の目が、かえってきつかった。


机に向かう。


公立の受験まで、あと一週間ちょい。


勉強しなきゃいけない。分かってる。でも、教科書を開いても、一行も頭に入らない。


父さんの声が、ずっと耳に残っている。


『スポーツも勉強もできない。お前は何ができるんだ?』


……何もできない。


本当に、何もできない。


部活を辞めたのは、自分の限界が見えたからだ。どれだけ練習しても、センスのある奴には勝てない。努力でカバーできる差じゃなかった。


勉強も同じだ。やればやるほど、自分の頭の悪さを思い知る。暗記は苦手。応用問題は解けない。コツコツやっても、テストの点は上がらない。


友達──いや、友達と呼べる奴がいたのかも怪しい。中学に入ってすぐは、何人かとつるんでいた。でも、いつの間にか距離ができた。俺といても面白くない、そんな空気を感じて、自分から離れた。


結局、俺には何もない。


才能もない。努力しても報われない。人望もない。


じゃあ、俺は何のために生きてるんだ?


そんなことを考えながら、時計を見た。


午後十一時。


眠れない。でも、勉強もできない。


何かで気を紛らわせたかった。スマホを開いても、SNSを見る気になれない。誰かの楽しそうな投稿を見たら、余計に落ち込むだけだ。


ふと、机の端に置いてあった古いラジオが目に入った。


兄貴が昔使っていたやつだ。兄貴が大学に行ってから、なんとなく俺の部屋に置きっぱなしになっていた。


……ラジオ、か。


別に聴きたいわけじゃない。でも、無音の部屋にいると、自分の思考に押しつぶされそうだった。


何でもいいから、音が欲しかった。


俺はラジオの電源を入れた。




ザー、という砂嵐のような音。


ボタンを押すと、いくつかの番組が断片的に聞こえてくる。


ニュース。演歌。トーク番組。


どれもピンとこない。


適当に回していたら、妙にテンションの高い声が聞こえてきた。


『──はい皆さんこんばんは!「爆笑キングダム」!今週もやってまいりましたァ!』


爆笑キングダム。


聞いたことない番組だ。深夜一時。こんな時間にラジオなんて、誰が聴いてるんだ。


『今日もリスナーの皆さんから届いた傑作ネタを紹介していきますよ~!まずはこちら!』


リスナーのネタ?


『ペンネーム「夜更かしキング」さん! お題は「こんなサンタクロースは嫌だ」!』


サンタクロース? もう二月なのに?


『「プレゼントを渡す時、『あ、これ売れ残りのやつ』と言ってくる」──ぶはっ!ひでえ!ひでえサンタだな!在庫処分かよ!』


パーソナリティが爆笑している。


俺は──少しだけ、口元が緩んだ。


『続いて!ペンネーム「眠れぬ森の住人」さん!「煙突から入ろうとしたら挟まって『ちょっと押して』と子供に頼んでくる」──あはは!情けねえ!押すのかよ、子供が!起きてんじゃん!夢壊れてんじゃん!』


……面白い。


自分でも驚いた。


こんな状況なのに。不合格通知を受け取った日の深夜に。父さんに何もできないと言われたその日に。


俺は、笑っていた。


『次!ペンネーム「ドリチン侍」さん!「トナカイじゃなくてママチャリで来る」──ママチャリ!想像したらシュールすぎる!サンタがママチャリこいでる画が浮かぶわ!しかも二ケツでトナカイが後ろ乗ってたりして!』


ダメだ、笑いが止まらない。


何だこれ。何なんだ、この番組。


深夜一時。真っ暗な部屋。たった一人でラジオを聴いている。なのに、俺は声を殺して笑っていた。


変な状況だった。


数時間前まで、死にたいとまでは言わないけど、消えてしまいたいと思っていた。それなのに、今は腹を抱えている。


笑うって、すごいな。


こんな最悪な気分でも、面白いものを聞いたら笑えるんだ。


不思議な気持ちだった。



番組は続いていた。


大喜利コーナー、フリートーク、リスナーメール。一時間があっという間だった。


気づいたら、時計は午前二時。


勉強は一秒もしていない。でも、不思議と罪悪感はなかった。


『さあ、今週もそろそろお別れの時間です!また来週!「爆笑キングダム」でした!』


番組が終わった。


俺はベッドに倒れ込んだ。


天井を見上げる。


さっきまでの絶望感が、少しだけ薄れていた。完全に消えたわけじゃない。でも、少しだけ息がしやすくなった。


笑いって、こういう力があるのか。


理屈じゃない。面白いから笑う。笑うと、少しだけ楽になる。単純な話だ。


でも、その単純さが、今の俺には救いだった。


俺は目を閉じた。


明日も聴こう。来週も聴こう。


その番組が、唯一の逃げ場になった。



それから、俺は毎晩「爆笑キングダム」を聴くようになった。


深夜一時。机に向かいながらイヤホンをつける。勉強のBGMという名目で。


実際は、番組が始まると勉強の手が止まる。でも、いいんだ。この一時間だけは、俺は何も考えなくていい。


毎週、大喜利コーナーを聴いた。


そして、ある日。


ふと、疑問が浮かんだ。


「……なんで、このネタは面白くて、このネタは面白くないんだろう」


採用されるネタと、されないネタ。山城さんが大ウケするネタと、そこそこの反応で終わるネタ。違いは何だ?


俺は机の引き出しから、使っていないノートを取り出した。


B5のキャンパスノート。受験勉強用に買ったけど、結局使わなかったやつだ。


そのノートを開いて、ペンを取った。


採用されたネタを書き出す。


「売れ残りのプレゼント」「煙突で挟まる」「ママチャリ」


……共通点は何だ?


俺は考えた。


全部、映像が浮かぶ。脳内で想像できる。「画」が見えるネタだ。


サンタが売れ残りのプレゼントを差し出して、残念そうな顔をする子供の画。煙突に挟まって助けを求めてる画。必死にママチャリをこいでるサンタの画。


ラジオは映像がない。だから、聴いた人が頭の中で映像を作る。その「脳内映像」が面白いかどうかが、笑いに直結するんじゃないか?


俺はノートに書いた。


『採用される法則①:脳内で映像化しやすい』


我ながら、気持ち悪い分析だと思った。


でも、手が止まらなかった。


次の週も、その次の週も。俺はノートにネタを書き出して、分析を続けた。


『法則②:パーソナリティが読みやすい文字数』


『法則③:専門的な言葉を使うとリアリティが出る』


『法則④:お題の要素を活かしつつ、予想外の角度から攻める』


ノートはどんどん埋まっていった。


勉強そっちのけで。受験まであと一週間だというのに。


でも、俺は止まらなかった。


だって、楽しかったから。


考えることが、分析することが、楽しかった。


テストの点数は全然上がらない。でも、ラジオのネタの分析は、どんどん深くなっていく。パターンが見えてくる。法則が見つかる。


これは──勉強とは違う。


勉強は、答えが決まっている。教科書に書いてある正解を暗記するだけ。俺はそれが苦手だった。


でも、笑いの分析は違う。


正解がない。自分で考えて、自分で答えを見つける。それが合っているかどうかは、採用されるかどうかで分かる。


俺は生まれて初めて、「考えること」が楽しいと思った。



公立高校の受験は、なんとか受かった。


ギリギリだったと思う。合格発表を見た時、正直ホッとした以外の感情はなかった。嬉しいとか、達成感とか、そういうのはない。


「受かったのか」


父さんはそれだけ言った。褒められもしないし、貶されもしない。当然だ、という顔だった。公立に落ちたら、本当にどうしようもない。最低限のことをしただけ。


「良かったね、悠真」


母さんはそう言って微笑んでくれた。でも、俺には分かっていた。心のどこかで、兄貴と比べているんだろう。


兄貴は私立の進学校に推薦で受かった。俺は公立の普通科にギリギリで受かった。比べるまでもない。


でも、不思議と落ち込まなかった。


だって、俺には「爆笑キングダム」があった。


毎週の深夜一時。ノートとペンを持って、ラジオの前に座る。それが俺の一週間の楽しみになっていた。


そして、ある夜。


俺はノートを見返しながら、ふと思った。


「……俺も、投稿してみようか」


心臓がドクンと跳ねた。


分析は続けてきた。採用されるネタの法則も、ある程度は分かってきた。でも、それは傍観者としての理解だ。


実際に投稿して、採用されるかどうか。それを試さないと、俺の分析が正しいかどうか分からない。


でも、怖かった。


投稿して、採用されなかったら?俺の分析が間違っていたら?


今は傍観者だから、いくらでも偉そうなことが言える。でも、実際に参加したら、俺も「採用されなかった側」になる。


──お前は何ができるんだ?


父さんの声が、頭の中で響いた。


スポーツもできない。勉強もできない。友達もいない。


でも、もしかしたら。


「面白い」を作ることなら、できるかもしれない。


少なくとも、今の俺にはそれしかない。


俺はスマホを開いた。


番組の公式サイト。投稿フォーム。


ラジオネームを入力する欄がある。


何にしよう。


俺は少し考えた。


ペンネームは大事だ。採用された時に読み上げられる名前。俺という存在を表す記号。


桐原悠真。


キリハラ……キラ……。


ユウマ……UMA……。


キラー・UMA。


……ちょっとかっこつけすぎか? でも、悪くない。


俺は「キラーUMA」と入力した。


次に、ネタ。


今週のお題は「こんなラーメン屋は嫌だ」。


俺はノートを開いた。分析してきた法則を思い出す。


脳内映像化。パーソナリティの好み。文字数。リアリティのある言葉。


それらを踏まえて、ネタを考える。


一つ目、二つ目、三つ目。


ダメだ、どれも弱い。もっと、もっと。


気づいたら、深夜三時になっていた。


翌日は高校の入学説明会だ。寝ないとまずい。でも、手が止まらない。


四つ目、五つ目──。


「……これだ」


俺はスマホに打ち込んだ。


『店主が「これが本当のゲンコツラーメンだ」って言いながら、豚骨を拳で砕こうとしている』


脳内映像。店主がカウンターの向こうで、すごい勢いで拳を叩きつけてる画。

これなら──いける気がする。


俺は送信ボタンを押した。


心臓がうるさい。


送ってしまった。俺は「傍観者」「当時者」になった。


採用されるかどうかは分からない。たぶん、されないだろう。初投稿でいきなり採用されるなんて、そんな甘い世界じゃないはずだ。


でも、一歩を踏み出した。


俺は、何かを「できる」ようになるかもしれない。


その可能性に賭けてみたい。


俺はスマホを置いて、ベッドに倒れ込んだ。


窓の外は、もう薄明るくなり始めていた。


眠い。でも、悪い気分じゃない。


父さんに言われた言葉が、まだ頭に残っている。


『お前は何ができるんだ?』


分からない。まだ、分からない。


でも、一つだけ見つけた。


深夜一時の逃げ場。俺だけの居場所。


いつか、逃げ場じゃなくなるかもしれない。


いつか、俺の武器になるかもしれない。


その日まで、俺はこの六畳間で牙を研ぎ続ける。


俺の戦いは、ここから始まる。

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