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第34話 ある冒険の終わり

POV ― ソラ


「ボーナスをやろう。少し面倒だが、最後のご褒美ってやつだ。悪くないだろう?

お前の冒険には――好きな人間を一人、別の世界へ連れていける」


時折、記憶はぼやける。

けれど、この言葉だけは、やけに鮮明に思い出せた。


あの桃色に染まった世界へ向かうよう、エクス・マキナが俺を誘ったときの言葉だ。


あの世界での生活は、決して楽じゃなかった。

それでも――最後には、なんとかすべてを終わらせることができた。


だから残るのは一つだけ。


誰を連れていくのか。


正解なんて分からなかった。

それでも、俺は最後に一つの選択をした。


痛い。


父さんは仕事で家を空けがちだった。

だからせめて――この人くらいは、そばにいてくれてもいいと思った。


「あー……ユメに知られたら殺されるかもな。別の女と一緒に暮らしてるなんて」


「ユメ? 誰それ?」


ピンク色の髪と瞳をした少女が、興味深そうに首を傾げる。

その表情には、無邪気な笑みが浮かんでいた。


「ねえソラ。この世界、見せてよ。あなたみたいに生きてみたいの」


「ああ……そのつもりだ。なんとかするよ。

それとユメは……俺にとって、すごく大切な人なんだ。だから、もしあいつが辛そうにしてたら……助けてやってくれ」


アメリアは俺の向かいに座り、一緒に朝食をとっていた。


母さんが亡くなってから、料理はずっと俺の担当だった。

だから腕にはそれなりに自信がある。


……とはいえ、久しぶりに帰ってきた家だ。

食材のいくつかは傷みかけていた。


それでも、できる限りはやったつもりだ。


「おいしい。この世界って、本当にすごいね」


アメリアは嬉しそうにそう言って、料理を口に運ぶ。


正直、味は微妙だ。

それでも――彼女の笑顔は、嘘じゃなかった。


痛い。すごく、痛い。


「ああ。安心しろよ。この世界には、まだまだ面白いものがある。

……みんなにも会わせたいんだ。俺の友達、全員に」


あの世界の仲間たちと、最後まで一緒にいられなかったのは少し心残りだ。

けれど、あいつらは強い。


きっと大丈夫だ。


俺が戻ってきたってことは――あの世界での役目は、もう終わったってことだから。


そのとき、アメリアが手にしていたフォークを落とした。


「え、ちょっと待って!?

それってつまり……私たち、夫婦みたいに暮らすってこと!?」


思わず笑いがこぼれた。

けど同時に、どこか落ち着かない気分になる。


女と付き合ってるって噂が立つのは、今に始まったことじゃない。

俺の人生で、恋人はユメだけだ。


……でも確かに、家に出入りしてた女の子は多かった。


ユメ、アリシア、メイ、アニス、アレクシア……。


そこに一人、増えただけの話だ。


たぶん、大して変わらない。


痛い。痛い。痛い。

くそ……痛すぎる……。


「ねえ、ソラ……教えて。

そんなに苦しいなら、どうしてそこから逃げないの?」


アメリアの声が、やけに遠く感じた。


一瞬、言葉の意味すら理解できなかった。


「あなたなら……本気で願えば、きっとできるよ」


結局、俺は曖昧にしか答えられなかった。


「……何を言ってるんだ?

どこから逃げるっていうんだよ」


その瞬間――


世界にひびが入った。


景色が砕け散る。

破片の向こう側に現れたのは、真っ白な部屋だった。


「ここからだよ、ソラ……

こんなの、痛すぎる……お願い……戻って……」


光が、顔を焼く。


体の一部が――開かれている。


痛い。


痛い、痛い、痛い、痛い、痛い――。


やめてくれ。


何度も、何度も。

得体の知れない何かが、体の中に流し込まれる。


分からないはずなのに――


それでも、どこかで理解してしまう。


これは――罰だ。


痛い。


違う……全部、俺のせいだ。


崩れるな。


まだ、耐えろ。


痛い……痛い……。


分かっている。

全部、俺の責任だ。


まただ。

また、意識が沈んでいく。


感覚が、薬で鈍らされていく。


逃げたいと思う気持ちは――

まだ、この罪悪感を上回らない。


怖い。


自分自身が――怖い。


◇◇◇


POV― 前原伊織


部屋に並ぶモニター越しに、複数の実験モジュールを観察する。

そこには地下研究施設へ搬入された感染体が、それぞれ収容されていた。


人間。

ラット。

そして――あの桃色の肉塊。


無数の眼と口を持つ、不快な肉の集合体。

すべては厳重な監視下に置かれ、いかなる異常も即座に対処できるようになっている。


進展はあった。

だが、未だに完全な人工治療法は確立できていない。


現状では、あの肉塊を利用し――安定変異種を強制的に生成させることしかできない。


……それでも、方向性は正しい。


いずれ、あれらに頼る必要すらなくなる。

そして――この世界を蝕むパンデミックは終わる。


やはり私は、神に愛されているらしい。


「おはよう、イオリ。今日はずいぶん機嫌がよさそうだな」


背後から聞き慣れた声がした。

私は視線をモニターから外す。


「やあ、タケシ。すまない、少し考え事をしていた。……もっとも、この状況でそうならない方が不自然だがね」


軽く肩をすくめる。


「数十年越しだ。ようやく――桃色の疫病を終わらせられそうだ」


タケシは隣に立ち、一つの映像に目を向けた。

そこでは、肉塊がゆっくりと蠢いている。


「……“終わらせる”、か」


彼は小さく繰り返す。


「ただ、その前に……あれから抽出したものを自分たちに打つ羽目にならないことを祈るよ」


画面の中で、肉塊が痙攣する。

いくつもの口が苦悶の声を漏らしながら、薬剤を投与されていた。


安定変異種を引き出すための処置だ。


「同感だ。見た目も含めて、不快極まりない」


私はあっさりと肯定する。


「だが安心しろ。初期実験は第一層の住民に行わせる予定だ」


これらの存在は、極めて“死ににくい”。

だからこそ、あらゆる試行が可能だった。


結果として――ここまで来ることができた。


「我々は任意の状態を誘導できる。

近いうちに、あれらに依存せず合成する手法も見つかるだろう」


「つまり、しばらくは依存するわけだな」


「現時点では、そうなる」


タケシは別のモニターへと視線を移す。


そこにはラット。

人間の感染体。

解剖中の個体。

薬物投与で反応を観察される被験体。


だが、どれも大した価値はない。

結局は死に、何も残さない。


数秒も経たず、彼は興味を失ったようだった。


「それで、イオリ。

わざわざ呼んだ理由は……例の感染体か?」


私は小さく頷く。


すでに人間の感染体の捕獲は不要となり、殲滅段階へ移行している。

だが――例外が発生した。


五つの浄化部隊が壊滅。

原因は、現地で突如発生した桃色の霧。


調査の結果――

そこにいたのは、一体の感染体のみだった。


地面に横たわり、まるで生きる意思を失ったかのように動かない個体。


その異常性から、研究目的での捕獲が特別に許可された。


「搬入直後、連鎖反応が起きた」


私は説明を続ける。


「他の感染体が一斉に反応し、騒ぎ出した。

中には“助けてくれ”と叫ぶ個体すらあった」


一拍置く。


「もちろん、すべて問題なく制圧済みだ」


「……で、成果は?」


「現在も解析中だ。だが――興味深い点が一つある」


私はモニターの一部を拡大する。


「再生能力だ。これまでのどの個体とも比較にならない。

研究員たちは随分と浮かれている」


タケシはわずかに眉をひそめた。


「イオリ……それがどういう意味か、忘れたわけじゃないだろう?」


「当然だ」


即答する。


「モジュール構造は私の発案だ。

そして今回は、さらに追加措置を講じている」


表示を切り替える。


その個体の記録のみを映し出す。


「異常な活動が検知された場合――即座に高濃度の鎮静剤を投与する」


別の映像。


四肢の切断。

薬物の過剰投与。

他個体の苦痛を強制的に観察させる処置。


何度か、何かをしようとする兆候はあった。

だが――成功したことは一度もない。


「さらに保険だ」


私は淡々と続ける。


「正面に別の被験体を配置した。

抵抗の兆候が見られた場合、そちらを拷問、あるいは処分する」


「……脳は死んでるのか?」


「いいや」


首を横に振る。


「脳活動は維持されている。

現時点では意識は落ちているはずだが――思考内容までは不明だ」


わずかに口元が緩む。


「脅威ではない。安心するといい。

だが仕組みを解明できれば――死の克服にすら近づける可能性がある」


“高速再生”と呼ばれてはいるが、本質は異なる。


あれは――

まるで“そういう存在”であるかのように、あらゆる制約を無視している。


「……なるほどな」


タケシは低く呟いた。


「治療薬が完成間近だからこそ……存在を伏せたいわけか」


「その通りだ」


私は頷く。


「見ての通り、警備は完璧だ。

そして、お前と私の部下以外に、この件を知る者はいない」


一歩、彼に近づく。


「だからこそ、余計な干渉は避けたい。

総合委員会との衝突もな……協力してくれるか?」


タケシはしばらく無言でモニターを見つめ――やがて口を開いた。


「分かった。

お前のやっていることが人類のためだってことは信じてる。協力しよう」


「感謝する」


これで話は終わりだ。


……


運が良かった。


もし彼が拒否していれば――

後任を従わせるために、処分する必要があった。


私の研究を妨げる存在は――

一切、許容するつもりはない。


◇◇◇


POV―エクス・マキナ


ソラ・カミセの捕獲から、数ヶ月が経過。


前原イオリは有用な個体であった。

最小限の指示で、開発プロセスの最適化を達成。


しかし――これ以上の継続的利用価値は認められない。


ソラは当該セクションにおける成長限界へ到達。

追加の成長は理論上可能。だが、効率性に欠けると判断。


***

[名称:ソラ・カミセ

警告:認知飽和リスク

状態:

<> 意識:高度不安定

***

長時間にわたる苦痛負荷は、効果の減衰を確認。

これ以上の刺激は、成長効率を低下させる要因となる。


よって――


対象の精神安定性を再調整するため、インターバルの導入を決定。


原初肉体の残存データは、再構築プロセスを完了。


[処理:原初セクションへの移送]


人間構造体における“魂”と定義される情報群を再編成。

リハビリ工程における不具合防止のため、記憶領域の一部へフィルタリング処理を適用。


[結果:許容範囲内]


魂の再統合は、抵抗なく完了。

第一成長サイクル、終了。


ソラは現環境下において、概ね通常行動が可能と推定。


最大潜在能力への到達には、最低でも追加で二サイクルが必要と確認。


……


「現段階の処理は以上。

間もなく――利用可能個体となるだろう、ソラ・カミセ」

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