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第33話 桃色の塵 — 後編

POV ― ジョン


ロレンツォは死んだ。

リンネ――原形も残らないほどに引き裂かれた。

サラは地面に崩れ落ち、壊れた子どものように泣きじゃくっている。


そして――残った隊員二人も、感染していた。


そのうちの一人は……

妹を殺した“あれ”を撃とうとしたサラに、引き金を引いた。


「お前みたいな奴は、俺たちの隊には必要ない」


俺は銃口をそいつに向け――撃った。

一発で終わらせる。


どれだけ人手が足りなくても……

あんな真似をもう一度させるつもりはない。


これで――戦えるのは二人。

……いや。


無事なのは、俺一人だけだ。


ネズミの数は減っていた。

だが、まだ周囲を徘徊している。


一匹死ぬたびに――

大量のRウイルスが空気中にばら撒かれる。


そのせいで、防護スーツのわずかな隙間を突かれ……

隊員たちは侵されていった。


「こちら、配置についた」


待っていた通信が、ようやく入る。

増援――到着。


「第一斉射、開始」


応答は即座だった。


次の瞬間。


弾丸の雨が降り注ぐ。


ネズミたちは反応する暇もなく――粉砕された。

そして、“あれ”の肉体にも弾丸が叩き込まれる。


まず、頭部が弾け飛び。

次に胴体。


最後には四肢のすべてが――

原形を留めないほどに、引き裂かれた。


「目標の無力化を確認――第27分隊リーダーより報告。要請は達成した。誇張があったと判断されれば、相応の処分を覚悟しろ」


……すぐには答えなかった。


ただ、“あれ”の残骸を見下ろす。


もはや人の形など、どこにもない。

床に散らばる肉塊――

かつて生きていたなど、到底思えない。


だが。


……何かが、おかしい。


嫌な感覚が、体を這う。


……死んでいない。


その時、見えた。


小さな肉片が――

ぐにゃり、と蠢いた。


「……」


疲労による錯覚かと思った。

だが、違う。


一つだけじゃない。


別の破片も――動く。


一つ、また一つ。


何が起きている……?


まさか……

再生、しているのか?


肉片同士が、ゆっくりと――

引き寄せられるように、動き出す。


……足りていない。


「焼却処理に移行する」


「待て、調査チームが――」


通信を切った。


もし本当に、再生するというのなら。

こんなリスク、許容できるわけがない。


この街のためにも。


たとえ、その代償が――俺の命だとしても。


引き金を引く。


白い炎が、噴出口から噴き上がった。


まるで――空気そのものを焼き尽くすような熱。


Rウイルスの痕跡すら残さない温度。


肉が、崩れていく。


骨が、耐えきれずに砕け――

やがて炎の中で、跡形もなく消えていく。


……灰すら残さずに。


それでも俺は、数秒間――

引き金を握り続けた。


「……終わった、か」


残るは――一つ。


感染した隊員の処分。


それで、任務は完了する。


スーツのセキュリティが警告を発した。


[警告:Rウイルスの高濃度を検出]


異常死したネズミは、ウイルスを大量に放出する。

この濃度は、その影響だろう。


無用な混乱を避けるためにも……

状況を報告する必要がある。


「ジョン、くそ……なぜ通信を切った?」第27分隊リーダーの声が戻る。「市外周辺に展開している部隊から報告だ。外部からネズミの大群が接近している。説明できるか?」


……歯を食いしばる。


どういうことだ。


あの連中は――

さっき焼き払った“あれ”に従っていたはずだ。


……違うのか?


あれが、すべての元凶じゃなかったのか?


「……いや。現象の発生源は、たった今焼却した個体だと判断した。だが――現状は理解できていない」


「チッ……お前のことは、これまで有能な奴だと思っていたがな。失望したぞ」


……答えなかった。


あいつの評価なんて、どうでもいい。


指揮する部下もいない今の俺は――

階級のない、ただの兵士と変わらない。


「感染した隊員の処理を行え。現在の戦力で、接近中の群れは抑えられる」


各分隊の隊員は――

人類のために命を捧げる覚悟でここにいる。


だからこそ、俺は信じていた。

たとえ結末が決まっていたとしても。


……だが。


一人は命令に背いた。


サラに発砲した。


俺は……見誤っていたのかもしれない。


絶望の中で、生にしがみつこうとするなら――

それは、浄化部隊の理念への裏切りだ。


俺は二人に歩み寄る。


「お前たちの任務は終了した。義務を果たせ――自ら命を絶て。人類のために」


俺の目的は、最初から一つだ。


人類にとって有用な“道具”であること。


そのために死ぬことも厭わない。

ならば――


義務を拒む者を、排除することにも躊躇はない。


サラは、まだ泣いている。


……俺が、終わらせるしかないか。


銃を持ち上げた、その時。


もう一人の兵士も――武器を構えた。


一瞬、命令に従うと思った。

自ら引き金を引くと。


だが――


俺に、向けた。


先に撃った。


一瞬の猶予も与えない。


「何をするつもりだった……!」


動かなくなった死体に向かって、吐き捨てる。


……止めていなければ、撃たれていた。


残るは――サラだけ。


[警告:Rウイルス濃度――極めて高い]

[推奨:当該エリアからの離脱]


また警告。


濃度は、異常なほどに上昇し続けている。


その時。


背筋に、寒気が走った。


何かが――おかしい。


理解する前に。


触れられた。


手が――


俺の胴に。


「……オレは……まだ……ここに……」


死んだはずの兵士が――

動いている。


本能が、叫ぶ。

離れろ、と。


だが――


体が、間に合わない。


遅かった。


……もう、動かない。


体の制御が――消える。


次の瞬間――


俺の胴体は引き裂かれた。


肉片と――桃色の粉塵へと。


……またか。


同じ現象。


くそ……また一体。


最初の個体と、同じ特性を持つ――

“怪物”。


だが問題は、それだけじゃない。


第二波のネズミが――

もうすぐ街に到達する。


視界が、赤に染まっていく。


崩れ落ちながら、理解する。


このまま濃度が上がれば――


あの桃色の霧が……

全てを、分解する。


……自然発生……?


それとも……感染……?


いや……


どうでもいい……


全員……


なれるのか……?


街が……


知らせ……


なけれ……


……俺の体は、完全に崩れ落ちた。


視界は、赤に塗り潰され――


その瞬間。


俺にとってのすべてが、終わった。


◇◇◇


POV ― ソラ


……だめだ。

調子が、悪い。


まだ……体が戻りきっていない。


動けない。


でも――

動かないと。


意志を、無理やり押し通す。

他は全部、無視した。


そして――


痛み。


頭が真っ二つに裂けるような、耐え難い激痛。

闇が、また俺を引きずり込もうとする。


……いや。


また、あれは嫌だ。


消えるなんて――


そんな終わり方、認めない。


何かに、しがみつく。

何でもいい。


そして――目を開けた。


目の前に、誰かがいる。


白い影。

武器。


敵。


……あいつらの一人。


逃がすわけにはいかない。

あいつらが――まだ――


……


あいつら。


……どこだ?


いや……そんなはず……。


手を伸ばす。


止めないと――


銃声。


世界が、また壊れた。


……


違う。


違う。


もう、消えたりしない。


体を、無理やり動かす。


指に力を込める。


そして――


掴んだ。


次の瞬間――


砕けた。


肉片が、床に飛び散る。


……立ち上がる。


近くに、誰もいない。


……みんな、どこだ?


ゆっくりと――体が再生していく。


意識が……感覚が……戻ってくる。


そして――見えた。


……


違う。


そんなはず……ない。


アメリアの体。


俺の上に、覆いかぶさるように倒れている。


まるで――

最後まで、俺を守ろうとしたみたいに。


……動かない。


それが、彼女の残骸。


「ちっ……なんでまだ死んでねえんだよ」


その先は、聞こえなかった。


聞けなかった。


意味が、分からない。


アメリアは無事だった。

俺が助けた。


大丈夫だって――約束した。


……まだ、体は完全じゃない。


これは……間違いだ。


間に合わなかったなんて――


そんなはずない。


……だろ?


これは……何かの誤りだ。


きっと、逃げたんだ。


そうだ。


時間を稼げばいい。

何をしてでも。


「仲間が恋しいか? 悪いな、もう全員殺した。生き残りはお前だけだ。運がなかったな」


……嘘だ。


ありえない。


そんなわけ――


……


感覚を、広げる。


探す。


必死に。


……


何もない。


誰もいない。


人の気配が――感じられない。


どれだけ広げても。


……


違う。


死んでない。


死ぬはずがない。


目の前にいるのに……感じ取れないだけだ。


バグだ。


そうだ。


待ってるんだ。


俺が――


俺が助けないと。


弾丸が、体を貫く。


痛い。


でも――関係ない。


どうでもいい。


立ち続ける。


止まれない。


今は――まだ――


足が、弾けた。


崩れ落ちる。


地面に叩きつけられる。


……痛い。


痛い……。


……


なんで……


……


どうでもいい。


止まったら――


みんな、死ぬ。


もう一度、感覚を広げる。


探す。


今度は――人じゃない。


そして――


光。


小さい。


散らばっている。


……たくさん。


ネズミ。


……


ごめん。


本当に……ごめん。


でも――


力を貸して。


一匹ずつ――応答が返ってくる。


命が、流れ込む。


体が。


鼓動が。


呼び寄せる。


強制する。


できる限り――すべて。


遠くの個体も。


ずっと遠くのやつも。


……


あの気配――


……違う。


それは……だめだ。


……


それでも、呼び続ける。


距離なんて関係ない。


時間も関係ない。


何も――関係ない。


ただ――


助ける。


弾丸が、降り続ける。


ネズミが、死ぬ。


一匹、また一匹。


……足りない。


全然、足りない。


もっと――


もっと必要だ。


体を再構築する。


歪に。


不完全に。


……それでもいい。


動けるなら。


立ち上がる。


すぐ近くに、少女がいる。


「……」


ごめん。


本当に。


手を伸ばす。


その体は、崩れ落ちた。


……一つ、減った。


まだ、足りない。


続けないと。


ネズミじゃ、あいつらは殺せない。

このままじゃ――勝てない。


だから――


殺させた。


……ごめん……


死ぬことで、ウイルスは高濃度で放出される。


それを――掴む。


無理やり、集める。


スーツの一部へと、押し込む。


……二つ、壊れた。


新しい“光”が、現れる。


これで――感じられる。


命令する。


従え。


抵抗する。


でも――全部、必要なんだ。


未感染の個体が、一人。

近づいてくる。


他は、ネズミに対処している。


なら――先に、あいつを。


……


仲間を使う。


抵抗した。


意思に反して――


腕を上げる。


引き金を引く。


悲鳴。


関係ない。


近づいていた兵士の手が――吹き飛ぶ。


……これで、感じられる。


もう一発。


体が、崩れる。


……違う。


俺じゃない。


別の誰か――

まだ、感じ取れない何かが――殺した。


一つ、失った。


……


長くは、持たない。


でも――いい。


いくらでも、使える。


「第一斉射、開始」


……


違う。


やめろ――


体が、消えた。


何も残らない。


痛みも。


形も。


……


静寂。


……


それでも――


俺は、ここにいる。


体がなくても。


消えない。


絶対に。


……光。


たくさん。


小さいもの。


そして――


二つ。


人間。


……選べばいい。


一つ、掴む。


目を――開ける。


「お前たちの任務は終了した。義務を果たせ。自ら命を絶て――人類のために」


……この声。


この言葉。


動く。


撃つ――


間に合わない。


何かに、貫かれる。


速い。


でも――関係ない。


この体を、使えばいい。


手を伸ばす。


胴に触れる。


……崩れた。


肉片に。


また――弾丸の雨。


体が、消える。


時間がない。


あいつらのところに――行かれる。


この体は、いらない。


捨てる。


別のを、取る。


また、襲う。


弾は、止まらない。


体が、落ちる。


一つ。


また一つ。


死ねば――


次を使う。


それも壊れたら――


また、次。


ネズミが、鳴く。


死ぬ。


弾ける。


それでも――来る。


応える。


助けてくれる。


……


ありがとう。


ありがとう。


ありがとう……


……


人の体がなければ――


ネズミを使う。


どれくらい経ったのか――分からない。


何人いたのかも。


あと何人残っていたのかも。


ただ――


動かなくなった。


……全員。


……


静寂。


……


手を見る。


……俺のじゃない。


最初から――違う。


……


でも、それでいい。


まだ――


動けるなら。


続ける。


だって――


まだ、助けられる。


助けられるなら――


まだ――


まだ……


……


……


周りを見る。


もう――誤魔化せない。


全員、死んでる。


そして――


俺は、無意味に、たくさんの命を殺した。


……化け物だ。


この中で、一番の。


崩れ落ちる。


誰かが――終わらせてくれるのを、待つ。


でも――


分かっている。


そんなこと、起きない。


……どうすればいいか、分からない。


ただ、動かずにいた。


何が来ても――受け入れるために。




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