梅雨
梅雨の終わりを知らせるように、灰色の雲から静かな雨が落ちていた。
駅へと続く大きな交差点で、彩は傘を忘れたことを後悔していた。信号が青に変わるのを待ちながら、濡れた前髪を指で払う。
そのとき、ふいに頭上の雨音が小さくなった。
見上げると、黒い傘が自分の頭上に差し出されていた。
「よかったら、どうぞ」
声の主は、同じ会社の営業部にいる佐久間だった。普段は仕事の話しかしたことがないが、彼の優しい表情に、彩は思わず胸が熱くなる。
「すみません……傘、忘れちゃって」
「知ってます。毎朝すれ違うじゃないですか。今日は珍しく傘持ってなくて」
「見てたんですか?」
佐久間は少し照れたように笑った。
「ええ。気づいたら、あなたのことを探すのが習慣になってました」
心臓が跳ねる。雨よりも濡れてしまいそうなほどに。
二人は並んで歩き出す。雨は強くなるが、傘の下の世界は不思議なほど温かかった。
「もし迷惑じゃなければ……この後、少しお茶でもどうですか?」
信号の先で佐久間が立ち止まり、真剣なまなざしを向ける。
彩は、濡れた肩を見つめて笑った。
「迷惑じゃないです。むしろ……誘ってくれて嬉しいです」
その瞬間、雨脚が弱まり、雲の隙間から淡い光が差し込んだ。
まるで、ふたりの新しい季節を祝福するように。




