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魔王様、それは無職にございます!

 ――岩の奥で眠っていた意識が、千年ぶりにゆっくり浮かび上がる。

 冷たい石室。ひび割れた封印。天井からは草の根が垂れ、土がぱらぱら落ちてくる。


「フハハハ……! 待たせたな人間ども! 我こそは大魔王ヴァルザーク! 今こそ復活――ぶっ……!」


 土が口に入った。千年ぶりの第一声が、まさか土の味で台無しになるとは。

 唾を吐きながら石室を出ると、そこは深い山の中だった。


「……勇者も兵もおらん。迎えの軍勢も無い。何だこの雑な復活は」


 鳥がぴぃと鳴いた。森の風はのどかで、かつてはどこからか流れていた世界を震撼させるBGMはゼロ。

 仕方なく山道を下る。長い眠りで筋力が衰え、枝にマントは引っかかるし、足はつまずくし、威厳は木の葉並みに軽い。


「くそ……風通しのいいマントになってしまった」


 ようやく谷間に畑が見えた。煙、農家、文明!

 覇道の再開を高らかに告げようと胸を張った、その時。


 ――鍬を振るうおばあちゃんと目が合った。


「人の子よ! 我は千年の刻を経て復活した大魔王ヴァルザーク! 恐怖と畏敬をもって――」


「はいはい、こんにちは。山から下りてきた迷子かい?」


「迷子ではない! 世界の支配者だ!」


「支配者が裸足で歩くんじゃないよ。靴くらい履きな」


 ……見下すように指摘され、足もとを見ると本当に裸足だった。封印で靴は粉になっていたらしい。


「靴は後でよい! まずは村の長を呼べ!」


「村長なら隣の畑だよ。腰痛で動けないけどね」


「腰痛の者が長だと……? やはり人間は分からぬ」


 ばあちゃんは鍬を置き、ポケットから透明な筒を取り出した。


「ほら、水飲むかい?」


「む、この透明な筒……かつてみた魔力を封じた神器に似ておる」


「ただの水筒だよ。キャップ回して飲むの」


「……封印の螺旋を解けということか! ふんっ」


 封印を解くとその中には水が入っている。この魔王に対して、美味なるワインではなく水だと……!?   

 

 不敬にも程があるが……なぜだ……無性にこれを飲みたい……!

 

 ……つめたい。うまい! 涙が出そうになる。

 かつて飲んだどんな美酒よりも……!


「ところで婆よ、ここはどの王国だ。勇者の一族は健在か」


「王国? ここはただの集落さ。勇者? そんなものはただのおとぎ話さね」


「ふむ……なるほど、婆よ、色々と世話になった。後で褒美を取らせる故、名を――」


 そこへ若者が駆けてきた。麦わら帽子をかぶり、手に妙な板――光る道具を持っている。


「ばあちゃん!? なんか怪しいコスプレおじさんいるし!」


「おじ……いや、我は魔王だ!」


「うわ、しゃべった! これバズるかも。写真撮らせて!」


「バズ……写真? なんだそれは……!」


「カメラだよカメラ」


「カメラ? なんだそれは」


「えぇ……まあまあ、いいからポーズポーズ!」


 遠慮もなくこの我に触れてくるとは……あまりに豪胆……!


「やめろぉ! 狐の印など勝手に組ませるな! 妖狐が呼ばれるではないかッ!」


「うわガチ勢……」


 無礼な小娘が我をなんだか可哀想なものを見る目で見てると、ばあちゃんは笑いながら我の肩を叩いた。


「まあまあ、腹減ってるんだろ。おにぎり食べてきな」


「魔王に捧げものとは……貴様、分かっているな。半端なものは赦されぬぞ……!」


「ただの昼飯さ」


 連行されるように農家へ。神棚、扇風機、土間。全てが素朴で、居心地が良い。眷属の砦より安らぐ。くやしい。


「はい、梅干しおにぎりと味噌汁」


「……いただく」


 一口。――うまい。

 千年分の空腹に塩と酸が刺さり、涙が出る。


「泣いてるのかい?」


「いや……これは塩が目に……いや違う、魂に効いたのだ!」


「大げさだねぇ。で、名前は?」


「ヴァルザークだ」


「長いね! バルちゃんでいい?」


「やめろ! 威厳が砕ける!」


「じゃあザクちゃん」


「小娘貴様……!」


 名前の尊厳が崩壊するではないか……!


 食後、小娘が光る板をいじりながら言った。


「ねえバルちゃん、どこ住んでんの? 山?」


「ふむ……我は千年間、石室に封印されていた」


「――うっわ、ガチじゃん……!」


「ガチとは何だ。鋼鉄のことか?」


「本物系きちゃったよ!」


「当然だ。我は魔王だからな」


「うわ逆に開き直ってる! やばすぎてネタにできねえ!」




「ほら、被んなよ」


 ばあちゃんが玄関から帽子を持ってきた。

 麦で編まれた、つばの広い帽子。


「……これは……! かつて西方の僧兵どもが、炎天下の修行に使っていた“日除け笠”に似ておる!」


「ただの麦わら帽子だよ」


「むぎ……わら……? 麦を編んで頭にかぶるだと? 食糧を頭に載せるとは、人間の発想は恐ろしい……」


「はいはい、かぶっときな。ハゲ隠しにもなるし」


「ハゲだと? 我には立派な魔王の角が――」


「角? はえてないよ」


「えっ」


 鏡を見た。角が、無い。千年の間に退化したのか、封印で削られたのか。どちらでもいい、ショックだ。


「抜け落ちただと……? 我が威厳の象徴たる角がッ――!?」


「まあさっさと被りなよ! 被ったら役所まで送っていくよ」


「役所……国の支配機関か?」


「まあそんな感じ。紙の魔物がいっぱいいるよ」


「紙の魔物?」


「書類っていう」


 ――書類……なんだこの口にするだけで心を締め付けられるこの響きは……まるで呪詛だな。


 軽トラと呼ばれる鉄の馬車に乗せられ、揺れながら都市へ運ばれる。


 自動で開く扉、冷房の風、番号札を配る魔導板。

 辿り着いたのは、「魔物登録課」と書かれた窓口だった。


「ほら、相談してきな。きっと臨時の仕事くらいあるからさ! なかったらうちの農家手伝ってくれてもいいからね!」


 番号札一二三番。呼ばれ、窓口へ座る。


 メガネの女性職員が笑顔で出迎える。


「えーと、お名前は?」


「ヴァルザーク」


「フルネームでお願いします」


「……古来より単名だ」


「じゃあカタカナで記入しますね」


 すらすらと書かれる「ヴァルザーク」の文字。歴史が履歴書に。

 プライドが紙に閉じ込められていく。


「ご住所は?」

「山」

「番地は?」

「山」

「郵便番号は?」

「……山」


「――なるほど、山ですね」


 職員の笑顔が一瞬だけプロの仮面を外し、疲れた人間の素顔がのぞいた。人間も戦っているのだな、と変に納得した。


「職業は?」

「魔王」

「現在は?」

「……魔王だ」

「なるほど……」


 ペンが走る音。

 職業欄なるものに書かれた言葉は「無職」

 書かれた瞬間、心臓がずきりとした。勇者の剣による一撃よりよほど痛いぞッ!


「とりあえず宿と食事の支援、それから臨時の仕事を紹介しますね。魔物登録課で人手不足ですから」


「……魔物を、登録?」


「はい。最近は魔物をペットにする方が多いので」


 ――眷属を、ペットと呼ぶ時代。

 千年の空白は世界をよほど滑稽なものに変えたようだな。


「よかろう……人間社会を学んでやる。その“紙の魔物”とやら、いずれ我が征服しよう」


「じゃあまず、この書類にサインを」


「血で?」


「インクでお願いします」


 サイン欄。ペン先が震える。

 我は悟った。

 この世界の支配者は勇者でも魔王でもない。しょしき? といんかん? と締切――すなわち“事務”である、と。


 ――新たな戦いが、今始まる。

次回――

魔王様、ついに“印鑑の儀式”に挑む!


というわけで評価、感想、ブクマ良ければよろしくお願いします!

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