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高嶺の花


静かな空間に俺のすすり泣く音だけが響く。


「…もう一度ひなに会いたいよ」


あれからの日々は絶望しかなかった。

だけど一つ分かったこともあった。

それは人の死因を見れるのは゛相手の手に触れている間だけ゛ということ。

手以外の部位には触れてもなんともなくて、逆に手だと指先に触れるだけでも頭に映像が流れ込んでくる。

頭がかち割れそうな位の激しい頭痛に襲われながら誰かの死因を見させられる、なんてどんな拷問だよって今でも思う。

誰かの手に触れることなんてそうそうないけど、人に触れられることがとても怖くなった。

誰かと関わりを深く持つことさえも怖くなってしまった。

だって何かの拍子に手に触れてしまったら大事な人の死因を知ってしまう。

それってとても悲しいことだから。

あの男の子の事故以来、俺は人が変わったようだと言われた。


いつも笑って明るく過ごすようにした。

一見良いことのような気もするけれど俺の場合はそうじゃない。

誰のことも深くまで入り込めないようにするためだから。

当たり障りなく過ごして、なんとなく生きて。

気づいたら俺の周りにはいつもたくさんの人がいるようになった。

笑っちゃうよね、この姿が本心じゃないのに。

だけどこうしないと悲しくなるから、辛くなるから。

大事な人の死因を見るのはもう嫌だから。

仲良しごっこして付き合ってるくらいの友達の死因は見てもそんなに心が痛まないからさ?

これからもこうやって過ごしてくんだってそう思っていたのに。

君と出会うまでは。


担任に呼ばれて教室に入った瞬間から違和感には気づいていた。

ぽつん、と一人佇む君の姿はあまりに綺麗だった。

なんで隣の席が空いてるかなんて言われなくても分かる。

君の隣が奪い合いになるからだろ?

だけどこんなチャンス逃すなんてできない。

君の事を知りたいから多少なりと強引とでも掴むよ。


「あそこの席空いてるじゃないですか!しかも隣が淡島さんなんてラッキー!」


大袈裟だったかな、でもこれくらいしないと周りを置いていけないと思って。

勝手に彼女の隣に座れば「彼女と知り合いなのか?」って怪訝そうに聞く担任。

周りの男達の目も相当痛いけど耐えろ、俺。

何も答えない彼女に担任も周りもなんだ、やっぱり違うんだって空気が流れ始める。

だから少しオーバーな気もするけど


「えー!昨日話したよね?」

って身を乗り出して彼女に尋ねる。


「これからよろしくね、淡島さん!」


困惑の表情を隠せていない彼女に気づいていないふりをして、心の中でごめんねって。

だけど恐らくだけど君は多少強引に事を進めないと受け入れてくれないでしょ?

君はやっぱり何も答えてはくれなかったけどそれでもいい。

こうして隣にいるだけでまたひなに会えているような感覚になれるから。


ここまで数日間この学校で過ごしてみて気づいた事がある。

いや、本当は初めから分かっていたかもしれない。

それはいつも必ず彼女は一人だということ。

だけどそれはいじめ、とかそういうことではなくて。

なんとなく初めて教室に入ったときから察してはいたけど、やはり彼女は高嶺の花として周りから扱われているらしい。

一般人とは懸け離れた容姿に男女問わず見惚れてしまうんだとか。

ひなと瓜二つの彼女なんだからそれは当たり前なんだけど彼女は恐らくそれに気づいていない。

彼女の隣の席を空席にしているのもやはり馬鹿な男共で争いが起きるからだと。

担任だってあんな態度してたけど本当は彼女がとてもお気に入りだってクラスの奴が言ってたし。

でも教師があからさまな贔屓をしたら今の御時世色々アウトだからさ?

頑張って隠してるみたいだけどバレバレだって皆口を揃えて言っていた。

だけどなんていうか俺から見みると彼女は自分自身で独りを選んでいるような気がする。

少なからず自分から周りに関わろうとしないところを見るとそうなのかなって。


「淡島さん、聞いてる?」


あれからずっと話しかけ続けているけどまともに返事が返ってきた事はない。

君がどんな表情をしているのか知りたくて覗き込もうとしたけれどすぐそっぽを向かれてしまった。

だから少し卑怯な手を使わせてもらうね。


「俺はさ、」


いつもより声のトーンを低くして真面目に聞こえるように。


「淡島さんと友達になりたい、って思ってるんだけど…」


ピクっと今の君の肩が少し揺れたのを俺は見過ごさなかったよ。

聞いてないようでやっぱり俺の話聞いてくれてたんだね?


「やっぱり迷惑かな」


わざと君の方を見ないで下を向いて、ぽつりと呟く。

わざと人と関わる事を避けている君に近づく為にはこうするしかないと思ってさ。

その理由がどうしてかなんてわからないけどきっとそれは君なりの優しさだと思うから。

ごめん、だからそれを利用させて。


「ううん、友達…になろう」 


初めて君と目が合った。

込み上げる感情があって少し泣きそうになったけど、今ここで泣くのはそれは違うと思うから笑って。

ぎこちないけど少し笑顔を見せてくれた君に心が多少痛む。

今嬉しそうに振る舞ってる自分を何処か違うところから達観して見ているような、そんな感覚がする。

性格悪い俺でごめん、君を利用しようとしてごめん。

でもどうか許して。

そう切に祈りながら。



キンコーンカーンコーンとお昼のチャイムが鳴り響く。


「今日もまたパン?」


初めて会ったときからは考えられないような笑顔の君を見てると少し、ほんの少しだけ罪悪感を感じる。


「そうだよ、俺パン大好きなの」

「嘘つき。どうせめんどくさいだけでしょ」

「あっ、バレた?」


そんな気持ちがバレないように笑う自分にも少しの嫌悪感。

あれから特に約束した訳ではないけれどお昼ご飯は一緒に食べるようになった。

少しずつ君の知らないところを知って、少しずつ現実を突きつけられる。

やはり目の前の彼女はひなとは全くの別人なんだと。


「たまには屋上で食べてみない?」


悪い事を考えた子供のような顔をする君。


「屋上って立ち入り禁止じゃなかった?」

「そう、でも私合鍵もってるの」


プラプラと顔の目の前に鍵を出して得意げにしている君を見てたらなんだか笑ってしまって。


「そんなことある?」

「そんなことがあるんです」


この俺の笑顔は偽物か本物か、なんて考えることをやめられたらいいのに。

彼女に連れられてやってきた屋上は思っていたよりも広い所で正直心が躍った。

屋上は物語の中でしか見たことが無かったから。

かつての日本は屋上からの飛び降り自殺が相次いで起きていたらしい。

今となっては自分の寿命が分かる現代でわざわざ自殺する人は滅多にいないらしいけど。

一応自殺は法律違反にもなっているから余計かな。


「初めて入った、屋上」

「担任の先生がくれたの。たぶん私が教室にいてほしくなかったんじゃない?」

「そんなことないよ」

「ほんと?」


眉を潜めてぎこちなく笑う彼女はきっと本当に俺の言葉を信じていない。

いや信じられないの間違いかもしれないね。


「どうして淡島さんはいつもそんなに自分を卑下するの?」

「卑下だなんて、そんなことないよ」


誰もいない静かな屋上に俺達の声はやけに響く。

だから今君の声が少し震えていた事に気付かない訳ないよ。


「ううん、いつも自分なんてって顔に書いてある」

「…そうなの?」

「うん、だからいつも心配になる」


訪れる静寂。下を向いたままこちらを見ない君は何に怯えているんだろう。

元々気にはなっていた。

ここまで完璧な容姿をもっているのにも関わらず、なぜ自分に自信がないのか。

普通は周りから持て囃されるのが当たり前になって傲慢な性格になりそうなものなのに。

深く深呼吸をしてから俺の方を向くと真っすぐ俺の目を見る彼女。 

両目いっぱいに涙を溜めて今にもその大きな瞳から零れ落ちそうになっていて。


「青海君の目を見てると吸い込まれそうになる」

「吸い込まれる?」

「うん、その優しさに」


優しくなんてないよ、君を利用してるだけだよ。

思わず出かけた言葉を喉の奥に押し込む。


「淡島さんには俺がそんな良い人に見えてる?」

「すごく。だからなんとなく目を合わせちゃいけない気がしてた」

「言われてみればなかなかこっちを見てくれなかったね」

「見てしまったら最後。青海君の優しさから抜け出せなくなると思った」


そう言って曖昧に笑う君の瞳からはついに涙が零れ落ちて頬を濡らす。

泣いてる姿を見てるとあの日のひなを思い出して苦しくなる。


「そんな大層な人間じゃないよ、俺」


溢れて止まらない君の涙をおぼつかない手つきで拭ってあげる。

あの時のひなには出来なかった事。


「すごくすごく優しい人だよ、青海君は」


泣きながらそういう言う君の方がよっぽど優しい人だよ、きっと。


「ありがとう。そんな風に言ってくれて」


でもどうしてかな、君はさっきよりも悲しい顔をしてる。


「神様は悪い人だね」

「どうしたの、突然」


突拍子でもないことを言い始めるから素で驚く。


「なんでもないの。ごめんね、突然」


いつの間にか泣きやんでいた彼女は俺の傍から離れるとゆっくりと立ち上がってフェンスの方へと向かう。

彼女の背丈よりも高いフェンスだから落ちる心配なんてあるわけ無いけれど思わず後を追ってしまう。


「私ね、人殺しなの」


空を見上げながら言葉を噛みしめるように呟く君。


「私が人殺しでも青海君は変わらず友達でいてくれる?」


さっき泣き止んだばかりなのにまた泣きそうな顔をして言うからなんだか居た堪れない気持ちになってくる。


「もちろん」

「すごいね、即答だ」

「そんなの当たり前でしょ」


咄嗟に出てきた言葉が肯定の物で良かったと安堵する。

もしここで否定したり、すぐに言葉を出せなかったりしたらきっと彼女との関係は今日限りになっていたと思うから。


「何処かに埋めてあるって言うなら場所も教えて?そしたら共犯者になれるでしょ」


そんな俺の言葉にわかりやすく目を丸くして、あははって声を出して笑うからなんだかムッとしてくる。


「ひどいよ、結構真面目に言ったのに」

「ごめんね、可笑しくて。普通そこまでする?」

「淡島さんの為ならどこまでも」


今度はお腹を抱えて笑い始めるから思わず眉を顰めてしまう。


「青海君もそんな顔するんだね」

「言ったでしょ。俺はそんな大層な人間じゃないって」

「でもその方が人間らしいよ。青海君はなんていうか完璧過ぎるから」


そっとフェンスに手をかけて下を見つめる彼女。

君も周りの人と同じように俺の上辺にしか興味ないのかな。

いや、何言ってんだろ。それでいいはずなのに。


「お褒めに預かり光栄です」


ちょっとおどけた口調で言えば笑ってくれると思ったけれど。


「でも私が人殺しなのは本当なの。」


返ってきたのは真面目な声。

一切こちらを見ないで言うから少し距離を感じる。


「例えそれが本当でも俺は気にしないよ。淡島さんがそんな事するのには理由があってだと思うし」 

「気を遣ってくれてありがとう。でも上手く言えないんだけど直接手をかけて殺めた訳ではなくて」


少しずつまた声が震え始めるからできる限りの優しい声音で相槌を打つ。


「でも死んでしまったのは、やっぱり私が原因で」

「その人は大切な人だったの?」

「すごく。この世の誰よりも」

「詳しく話すのが辛かったら無理しないで」


フェンスに頭をもたれかけて震える小さな背中をそっとさする。


「私は死神だから、私は生きてちゃいけないの」

「どうしてそんな事言うの」


両手を顔の前に持ってきて隠してしまうから今君がどんな表情してるのか分からないよ。


「だけど自分で死ぬのは身勝手な事だから。死ぬ時まで謝り続けるって決めたの」

「…それじゃ淡島さんが辛いよ」

「これが私にできる贖罪だから」


よっぽど大事な人だったんだろうなと思う。

俺にとってのひなのように。


「淡島さんは優しい人だね」

「そんな訳ないよ、こんなに心が醜い」


誰かを思って泣ける人は心が綺麗だよ、そんな言葉は心にしまって。


「俺と淡島さんは同じだね」

「…どうして?」 

「俺も自分のせいで大切な人を失ってる」


ゆっくりとこちらを向いた彼女は酷く驚いた顔をしていた。


「気持ちわかるよとかそんな安い言葉言いたくないけど、他の人よりは分かると思うから」

「どうやって立ち直れたの…?」

「全然立ち直れてなんかないよ。今でも思い出す」


あの日の光景が一瞬で呼び戻される。

何度呼びかけてもぴくりとも動かなかったひなを。


「良くも悪くも私たち似たもの同士って事だね」 


そう言って目元を伏せて笑う君は今どう思ってる?


「でも私から見たら青海君は天使に見える」

「その言葉は俺より君の方が似合ってるよ」

「ううん、私には死神が似合ってる」


どんな言葉をかけたらいいんだろう。

何を言ったら君のその呪縛を取れるんだろう。

いつもだったら適当に言葉を投げかけるのになんだか今日は上手くそれができない。


「そろそろ戻ろっか」


広げてたレジャーシートを片付けながら言ってくる。


「話聞いてくれてありがとう、青海君」


ニコッと柔らかく微笑む彼女の本当の想いは。


「…どうしたの?私の話で具合悪くなっちゃった?」


何も言葉を発さない俺を不思議に思ったのか心配そうな顔で見つめてくる。


「天使は悪い事しないよね」

「えっ?」


突然の言葉に固まる彼女。


「次の授業サボろっか」

「どうしたの?急に」

「きっと天使は授業サボらないでしょ?」


ちょっとふざけて言ってみればなんだか少し不機嫌そうな顔になって。


「そういうことじゃないのに」

「細かいことはいいの。だから俺と淡島さんは何も変わらないよ」


ほんの僅かでも良いから俺の言葉は響いてくれたかな。


「…ありがとう、青海君」


噛みしめるように呟いた彼女の言葉は紛れもない本心に聞こえた。


「煌でいいよ」

「え?」

「名字で呼んでるとなんか距離感じない?」


分かりやすく瞳を左右に動かして、ソワソワする君。


「そう、かな。じゃあ煌くん」

「君もいらないのに」

「ちょっと、厳しいかも」


ぶんぶんと勢いよく頭を振るからなんだか可笑しくて笑ってしまう。


「…どうして笑うの」

「ごめんごめん、可愛くて」

「煌くん意外とお調子者?」


そう言っていじける彼女はやっぱり可愛くて。

…ひなと似てるから可愛いんだよね、きっとそう。

少しの違和感には蓋をして気付かない振りを。


「桜だから言ってるの」

「嘘つき」

「俺嘘つかないもん」


ごめん、本当は嘘つきなのに。


「良いように丸め込まれてる気がする」

「そんなことないよ」


そう言って笑い合えば君に笑顔が戻って嬉しくなる。


「良かった。笑ってくれて」 


あぁ、そっか。俺は彼女に笑顔になってほしかったんだ。

この気持ちは偽りじゃない。

でもそれならこの気持ちの理由はなんだろう。


「煌くんと一緒にいる時は笑うことができるんだ」

「俺は特別ってこと?」

「またそうやってふざけるんだから」


そっぽを向いてしまった君だけど耳が赤くなってるのは隠せてないよ。


「ごめんって。怒らないで?」


彼女の元へ駆け寄って謝れば

「嘘。怒ってなんかないよ」って笑うから調子が狂う。


「とっくに午後の授業始まっちゃってるね」


スマホの画面を見ながら全く気にしてない素振りで言う君。


「でもたまにはこういうのもいいね?」


いたずらっ子のように笑う君につられて俺も笑顔になって。


「次の授業が始まるまでに戻ればいいよね」

「そうしよっか」


さっき畳んだレジャーシートをまた広げて座るから俺も隣に腰掛ける。


「今度は楽しいお話をしよう」


そう言って話し始める君の話を聞きながら考えてしまう。

自分のこの気持ちの違和感は何なのか。

…いや、本当はなんとなく気づいてるくせに。

でも正直この気持ちがひなと似ている彼女だから芽生えたのか分からない。

目の前の彼女はひなと似ているけど全くの別人で。

性格だって少しも似てないのに惹かれるのはやっぱり見た目が似てるから?

だけどそれじゃあすごく不誠実な人間な気がしてくる。

彼女を利用しようとして近づいた時点で今更だろって話なんだけど。

申し訳ないって感じる時点で初めて会ったときとは感情が違うんだろうけどさ。

ダメだ、頭がおかしくなりそう。

気づき始めたこの気持ちにはやっぱり蓋をしよう。


だけどごめん。

今更君から離れるのは難しいと思うから、せめて友達でいいから傍に居させてほしい。

楽しそうに話す君を見つめながらそう心の中で唱えた。



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